この記事では
『死ぬまでに観たい映画1001本』全リスト作品の概要を簡単に説明しています。
全部で1200作品以上あり一つの記事で紹介しきれないので、年代別に分けています。
1900年代、1910年代、1920年代の映画すべて(1902年から1929年まで)の作品を紹介します。
かんとくさん今日も映画を見るぞ







































いいですねえ
各映画の概要を簡潔に紹介しています。考察はほとんど書いていません。まずは感覚を楽しんでいただき、あなたのハートを動かしてもらうのが目的です。
人生の岐路において、役立つ映画がここでもわんさかと掲載されています。
興味がある作品はどんどん鑑賞していきましょう。そして次の興味をひきだして、映画ライフを充実させていきましょう。
かんとくさんこの時代はサイレント映画が一般的だよ
映画の基礎を作りあげた時代といえますね。歴史を覗く感覚で鑑賞してみましょう。
ここで記事を順番で見ていくと長くなるので、こちらの一覧リストから見るといいですよ。








































このリストの作品名から概要の記事にとべます
1902年

月世界旅行

画像引用元:映画.com
(NO.0001)
監督:ジョルジュ・メリエス
14分/フランス
原題または英題:Le voyage dans la lune
配給:エスパース・サロウ
世界初のSF映画として有名ですね。『死ぬまでに観たい映画1001本』の最初を飾る作品!!
物語は、天文学者たちが巨大な大砲で月へ向けてロケットを発射するところから始まります。月に到着したロケットが月の顔に突き刺さる有名なシーンは、印象的な場面の一つです。







































ロケットが月の目に刺さるカットは、映画史のアイコンとして今も語られますね
月の表面を探検する天文学者たちは、やがて月の住人「セレニート」と遭遇。追いかけられながらも、なんとか地球へ帰還し、英雄として迎えられます。
この作品が革新的だったのは、手品師でもあったメリエスが編み出した特殊効果の数々です。ストップモーション、多重露光、手描きによる着色など、当時としては驚くべき技術を駆使して、観客が見たこともない月世界を作り上げました。
舞台のようなセットと演劇的な演技が組み合わさり、まるで動く絵本のような独特の魅力を生んでいます。
アメリカでの大ヒットにより、海賊版を広く複製・流通され無断複製・上映を行いました。当時は国際的な著作権保護が弱く、メリエス本人が十分な利益を得られなかったとされています。
完璧な技術がなくても、豊かな想像力があれば人の心を動かせるということです。
限られた技術の中で、メリエスは「月へ行ってみたい」という夢を映像化しました。大きな予算や最新技術よりも、「やってみよう」という創造の力が未来を切り開くことを、この作品は教えてくれます。
かんとくさんメリエスは当時からすでに手で色を塗ったカラー版も売っていたんだよ
長年、完全版は失われたと考えられていましたが1993年、バルセロナのフィルム・アーカイブで発見されました。しかし状態が非常に悪く、10年以上かけてデジタル復元し2011年カンヌで上映されました。
1903年

大列車強盗

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0002)
監督:エドウィン・S・ポーター
12分/アメリカ
原題または英題:The Great Train Robbery
日本公開情報なし
エジソン社で制作した約12分のサイレント映画です。アメリカ映画史における最初期の西部劇として知られます。







































世界初の西部劇として有名ですね
物語はシンプルです。駅員を脅して列車を止めた強盗団が、乗客から金品を奪って逃走。しかし最後は追跡してきた自警団に倒されます。たった12分の中に、緊張感あふれる強盗シーンと追跡劇が詰め込まれています。
この作品が画期的だったのは、映画の作り方です。異なる場所で起きている出来事を交互に見せる編集技法を使い、「駅員が縛られている間に、強盗たちは列車を襲っている」という同時進行の緊張感を生み出しました。
屋外での撮影や、カメラを動かして撮影する手法も当時としては新しいものでした。
列車→駅→追跡…を別場所の出来事として切り替えて見せる編集が、短編で物語を走らせる体験を強化したといわれています。今のアクション映画のご先祖ムーブ。
かんとくさん西部劇の顔をしてるけど、実際にはニュージャージーの屋外やエジソンのスタジオ周辺で撮影されたんだ
最も有名なのは、映画のラストに登場する強盗のクローズアップです。画面いっぱいに映った強盗が、観客に向けて銃を撃つこのシーンは、当時の観客を驚かせました。
このショットは、映画館の判断で最初に置かれることもあったそうです。
短い時間でも強い印象を残せるんですね。
12分という短さながら、緊張と興奮、そして勧善懲悪のカタルシスをしっかり届けています。映画史の原点としてその名を刻んでいます。
1915年

國民の創生

画像引用元:IMDbより引用
(NO.0003)
監督:D・W・グリフィス
189分/アメリカ
原題または英題:The Birth of a Nation
配給:ユナイテッド・アーティスツ
南北戦争から戦後の再建期を舞台に、北部のストーンマン家と南部のキャメロン家という二つの家族の運命を描いた歴史大作です。
、映画技術の革新性と内容の問題性という二つの側面を反映しています。
かんとくさん人々はこの作品で初めて、映画の物語で洗脳させたり人生を変えたりすることができることを学んだんだ







































問題映画としてあまりにも有名ですね
この作品は、クロスカッティング(場面を交互に見せる編集技法)や大規模な戦闘シーン、クローズアップの効果的な使用など、当時としては画期的な映画技術を数多く導入し、後の映画制作に大きな影響を与えました。実際、アメリカで最初の長編大作として映画史に名を刻んでいます。
一方で、本作は人種差別的な内容を含み、特に後半でKKKを肯定的に描いているため、公開当時からNAACPなどによる激しい抗議運動が起こりました。
見どころは、サイレント期とは思えない壮大なスケール感と、映画という表現手段の可能性を大きく広げた技術的達成です。
優れた技術や表現力です。しかし内容は自分で考える必要も。
強力な表現手段だからこそ、何を伝えているかを冷静に見極める目を持つことが大切です。
吸血ギャング団(レ・ヴァンピール)

画像引用元:IMDbより引用
(NO.0004)
監督:ルイ・フイヤード
417分/フランス
原題または英題:Les vampires
配給:紀伊國屋書店
全10話で、合計約7時間という超大作の連続活劇。「ヴァンピール(吸血鬼)」という名前ですが、超自然の怪物ではなく、パリを舞台に暴れ回る犯罪組織の物語です。







































10エピソードで約417分。見るこちら側の時間も吸われます
新聞記者フィリップと相棒マザメットが、変装や奇策を使う謎のギャング団を追いかけます。見どころは、黒いボディスーツ姿のミュジドラ演じるイルマ・ヴェップ。映画史上最初の悪の女性キャラクターといわれます。
第一次世界大戦中に撮影されたため、パリの街から人が消えて不気味な雰囲気が漂っています。当時は「犯罪を美化している」と批判され、警察に禁止されたほどでしたが、大ヒットしました。
第一次世界大戦のさなかでも、本作はフランスで大ヒットしたとされ、ミュジドラ演じるイルマ人気が成功要因の一つと言われます。













暗い時代ほど、悪のカリスマは美しく照らされるということでしょうか
社会の不安は見えない敵への恐怖を生むということです。
100年前のパリ犯罪劇が、不確かな情報が飛び交う現代にも通じる、不気味な説得力を持っています。
1916年

イントレランス

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0005)
監督:D・W・グリフィス
163分/アメリカ
原題または英題:Intolerance: Love’s Struggle Throughout the Ages
配給:小林商会
最大の特徴は、4つの時代の物語を同時に進める大胆な構成。古代バビロンの滅亡、キリストの磔刑、16世紀フランスの宗教虐殺、そして現代(当時の1910年代)の労働問題と冤罪事件。これらが「不寛容が人を破滅させる」という共通テーマで交差していきます。
グリフィスが前作への批判を受けて、「不寛容がどの時代でも悲劇を生むんだ!」と規模で殴り返した作品。
おともだち前作『國民の創生』についての回答といわれているね
上映時間は版によって大きく異なり、163分から3時間以上まで様々です。元々8時間の長さがあったものを、公開時に約3時間に短縮したためです。現在も複数のバージョンが存在しています。
高さ90メートル超のバビロンの城壁セットと数千人のエキストラを使った圧倒的なスケール、そして物語を切り替えるクロスカッティング技法の革新性は驚くものです。
現代/バビロン/キリスト時代/宗教戦争。
この時代ジャンプの交差編集は当時として狂気の発明。
この映画が教えてくれるのは深い真実です。
正義や道徳が、他者を裁く武器になった瞬間、暴力に変わります。時代も場所も違う悲劇が同時に展開することで、私たちが信じる「正しさ」の危うさが浮き彫りになります。
分断の時代を生きる今の私たちにも問いかけてきます。
製作費がとんでもなく、興行的には成功しきれなかったと言われるけど、編集・群衆演出・スペクタクルの基準を一気に引き上げました。







































つまり、映画史に対しての投資だったんですね
1919年

散り行く花

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0006)
監督:D・W・グリフィス
74分/アメリカ
原題または英題:Broken Blossoms or The Yellow Man and the Girl
配給:大正活動映画
ロンドンの貧しい街ライムハウスが舞台。暴力的な父親に虐待される少女ルーシーが、心優しい中国人青年チェン・ホアンと出会い、生まれて初めて優しさに触れます。しかし、その束の間の幸せは、偏見と暴力によって残酷に壊されていきます。
グリフィスは大作ではなく、あえて小さな物語を選び、霧に包まれた路地や、チェンの静かな部屋の美しさを丁寧に描きました。その対比が、暴力の恐ろしさをより際立たせています。
チェン役はリチャード・バーセルメスで、いわゆるイエローフェイスの例として言及されます。作品が持つ詩情と、キャスティング史の問題が同居してるのがまた複雑です。
上映時間は約90分が標準版です。
本作はユナイテッド・アーティスツが配給した最初の作品。作品の悲劇性とは別ベクトルで、会社の記念すべき1本でもあるのです。
見どころは、リリアン・ギッシュの目だけで語る演技力。特に有名な「クローゼットのシーン」は、サイレント映画でありながら、観る人の心に叫び声が聞こえてくるような迫力があります。
暴力は個人の問題だけでなく、偏見や無関心が生み出す社会の病でもあります。美しいけれど痛い、でも目を逸らせない作品です。今もなお私たちに問いかけてきます。







































初めて見た時、初期のサイレントでここまで心が揺さぶられるのかと衝撃的でした
1920年

カリガリ博士

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0007)
監督:ロベルト・ウイーネ
69分/ドイツ
原題または英題:The Cabinet of Dr. Caligari Das Kabinett des Dr. Caligari
配給:紀伊國屋書店
ドイツ表現主義映画の代表作として映画史に刻まれています。
『カリガリ博士』がドイツ表現主義を国際的に知らしめた最初の決定打と評価されているのは映画史の定説。歪んだ美術が物語を語るという発想は、後のホラー・スリラー・ノワールに直結しています。
ドイツの町で、青年フランシスと友人アランは見世物小屋の怪しい医師カリガリと、棺のような箱で眠る夢遊病者チェザーレに出会います。チェザーレはアランの死を予言し、翌朝その予言は現実になります。真相を追うフランシスの物語は、やがて衝撃的な結末へと向かいます。
かんとくさん世界初の「どんでん返し」映画ともいわれているよ
見どころは、斜めに傾いた建物、鋭角に折れ曲がった室内、セットに直接描かれた影。
表現主義セットのため、屋外ロケなしでスタジオ撮影中心だったのも当時としてはかなり異例。現実の世界を切断して、狂気の箱庭に閉じ込める設計。
現実をねじ曲げて心の不安を可視化した美術です。歪んだ街並みは、登場人物たちの狂気や不安を表現しています。チェザーレの無機質な美しさと、カリガリの権威が狂気へすり替わる恐ろしさが印象的です。













美術担当は、影や光の筋をセットに直接描いたことで有名で、照明じゃなく絵の具でホラーを作り上げました
権威や正しそうな顔をした物語ほど、私たちは疑う力を手放しやすいということです。
不安な時代に誰かの説明へすがりたくなったとき、この映画の歪んだ世界を思い出すと、冷静さを取り戻せるかもしれません。
※上映時間は約69分が一般的ですが、版によって異なります。
我らが門の内にて

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0008)
監督:オスカー・ミショー
79分/アメリカ
原題または英題:Within Our Gates
日本公開情報なし
人種差別が激しかった時代のアメリカを描いた重要な映画です。黒人女性教師シルヴィアは、南部の貧しい黒人児童のための学校を救うため、北部ボストンで5000ドルの資金集めに奔走します。そこで出会った医師ヴィヴィアンと恋に落ちますが、やがて彼女の衝撃的な過去が明らかになります。
アフリカ系アメリカ人監督による初めての作品となりました。この映画は、D・W・グリフィスの人種差別的な『國民の創生』への強い反論として製作されました。
本作はしばしばグリフィスへの強い反論として語られます。ただしミショー本人は単純な対抗作と断言されるのを嫌がったという見方もあります。正面衝突というより、同じ時代への別回答という感じ。
見どころは、リンチや性暴力といった厳しい現実を正面から描きながら、教育の力を信じ続けるシルヴィアの姿です。小予算の制約の中でミショーが実現した、恋愛・裏切り・希望を織り交ぜたメロドラマは、観客の心を揺さぶります。
偏見は制度と日常の両方に深く根を下ろしており、個人の努力だけでは変えられないということです。
だからこそ、教育や人々の連帯という地道な取り組みが、社会を少しずつ変えていく力になります。
今も私たちに問いかけ続けている作品です。
この映画は長く失われたと考えられていましたが、スペインで「La Negra」という別題プリントが見つかったことで生還しました。タイトル変装して生き残ったとかサバイバーです。そのスペイン版は英語のオリジナル字幕がほとんど残っておらず、米議会図書館が1993年にスペイン語字幕から英語へ復元しました。







































字幕の逆輸入でやっとよみがえったのですね
東への道

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0009)
監督:D・W・グリフィス
107分/アメリカ
原題または英題:Way Down East
配給:ユナイテッド・アーティスツ
純朴な田舎娘アンナは、都会の金持ち男レノックスに偽の結婚式でだまされ、妊娠します。しかし彼は真実を告げて去り、生まれた赤ん坊も亡くなります。
絶望したアンナは身を隠し、善良なバートレット家で働き始めます。そこで息子デヴィッドと恋に落ちますが、過去が明るみに出て、吹雪の夜に家を追い出されてしまいます。
最大の見どころは、氷の上を流されるアンナをデヴィッドが救う終盤のシーン。実際の厳しい寒さの中で撮影され、主演のリリアン・ギッシュは凍傷を負いながら演じました。サイレント映画なのに息をのむ迫力です。
当時の州検閲では、偽の結婚や妊娠を示す要素が大量カットされ、「突然赤ちゃんが出てきて死ぬ」みたいな意味不明編集になった例も記録されています。













州によっては、もはや話が通じなくなっているというカオスな状態になりました
「正しさ」の名のもとに人を排除することの残酷さを伝えています。
誰かの過去を責めたくなったとき、吹雪の中に追い出されたアンナを思い出せば、少し優しくなれるかもしれません。
霊魂の不滅

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0010)
監督:ヴィクトル・シェストレム
70分/スウェーデン
原題または英題:Körkarlen/The Phantom Carriage
配給:国活
スウェーデンのサイレント映画で、ホラーと人間ドラマが溶け合った作品です。
物語の軸は古い言い伝え。大晦日の夜、最後に死んだ者は翌年一年間、死の馬車の御者として魂を集める運命を背負います。アルコール依存症で荒んだ人生を送る男デイヴィッド・ホルムは、その夜に死を迎え、死の御者と出会います。そこで彼は自分が傷つけてきた人々の姿と、自身の過ちを嫌というほど見せつけられるのです。













酒に溺れて家庭を壊す男というかなりヘビーな役を監督本人が演じています
二重露光という当時最先端の技術で作られた幽霊の映像は、今でも美しく不気味です。
幽霊表現は、二重〜三重〜四重露光まで駆使した先進的な合成と言われます。今見ると素朴なのに、当時の観客には超常現象レベルの衝撃だったとのこと。
この映画は後の巨匠イングマール・ベルイマンに決定的な影響を与え、彼は毎年必ずこの作品を観返したと語っています。
シンプルで深い真実。過去は消せなくても、向き合い方は変えられる。人は何度失敗しても、やり直すことができる。
重いテーマを扱いながらも、最後に残るのは希望の光です。過去の過ちに苦しむすべての人に勇気をくれる作品と言えます。
1921年

嵐の孤児

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0011)
監督:D・W・グリフィス
150分/アメリカ
原題または英題:Orphans of the Storm
配給:芸術家連盟支社輸入
フランス革命という激動の時代を舞台に、実の姉妹リリアン&ドロシー・ギッシュが演じる孤児姉妹の物語です。疫病で失明した妹ルイーズを治すため、姉アンリエットとともにパリへ向かいますが、到着早々、姉は悪徳貴族に誘拐され、妹は物乞いを強要する泥棒一味に引き取られてしまいます。
互いを探し続ける姉妹と、革命の嵐が同時に進行していきます。
元ネタは舞台劇 『The Two Orphans(オーファンズ)』。40以上の言語に翻訳された大人気作で、グリフィスは「ギッシュ姉妹ならいける!」と映画化を狙ったと言われています。
巨大なセットと群衆シーンのスケールは圧巻で、特に終盤のギロチンからの救出劇は、今見ても息をのむサスペンスです。
グリフィスはこの映画を通じて、当時のロシア革命への警鐘として、革命の暴走がもたらす危険性を訴えました。純粋な姉妹愛の物語でありながら、政治的メッセージも込められています。
かんとくさんただし興行的には、グリフィスの全盛期には届かなかったと言われているよ
社会が混乱する時ほど、弱い立場の人が最初に犠牲になるという現実があります。
正義の名の下に行われる暴力、大きな理想よりも目の前の一人を守ろうとする愛の尊さ。今の時代にも響くメッセージです。
愚なる妻

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0012)
監督:エリッヒ・フォン・シュトロハイム
100分/アメリカ
原題または英題:Foolish Wives
配給:ユニバーサル・ピクチャーズ
エリッヒ・フォン・シュトロハイムが脚本・監督・主演を務めた、欲望と虚飾に満ちたサイレント映画です。
舞台は華やかなモンテカルロ。ロシア貴族を名乗る詐欺師カラマジン伯爵が、「王女」を自称する仲間たちとともに、富裕層の女性たちから金を巻き上げようと企みます。アメリカ外交官の妻ヘレンに近づき、甘い言葉で誘惑しようとしますが、やがて彼の策略は破綻していきます。
この映画は当時「最初の100万ドル映画」として宣伝され、ハリウッドに実物大のモンテカルロを再現した豪華なセットが話題になりました。
見どころは、観光都市の華やかな表面と、そこに潜む詐欺や欲望を同時に描く演出です。上流社会の社交場面ほど、登場人物の品性が剥がれ落ちていく様子がゾクッとさせます。
見た目や肩書きだけで人を信用するのは危険も伴います。
人は自分が見たい理想を見せられると、簡単に警戒心を解いてしまいます。相手の言葉だけでなく、行動の一貫性を見極める大切さを、100年前の映画が今も私たちに教えてくれるのです。
※上映時間は版によって異なり、現在見られるのは100分前後のものが一般的です。
かんとくさん現在でも、復元のたびに尺が変わっているよ
1922年

鉄路の白薔薇

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0013)
監督:アベル・ガンス
150分/フランス
原題または英題:The Wheel La Roue
日本公開情報なし
オリジナル版は約7〜9時間という超大作でしたが、現在観られる主なバージョンは1924年の短縮版(約150分)と2008年の復元版(約263分)、そして2019年の復元版(約413分)があります。
初期公開版は32リールで、資料によって約7.5時間〜約9時間とされる超ロング版。
この時点で車輪”じゃなく映画史の回転木馬です。1924年にはガンス自身が約150分にまで短縮して流通させました。巨大叙事詩→劇場で回せる現実サイズへの泣きの編集。
鉄道機関士シジフは、列車事故で孤児となった赤ん坊ノルマを救い、息子エリーと一緒に育てます。しかし、ノルマが美しい若い女性に成長すると、シジフ自身もエリーもノルマに恋をしてしまいます。エリーはノルマを実の妹だと思っているため、罪悪感に苦しみます。
シジフはこの状況を解決しようと、富裕層の男ジャック・ド・エルサンにノルマを嫁がせようとしますが、それは新たな悲劇を生むことになります。
見どころは、当時としては革新的だった急速なモンタージュ(カット編集)と照明技術。列車の疾走感と人間の感情を同じリズムで描き、サイレント映画なのに「音が聞こえる」ような迫力があります。
列車シーンの高速編集とリズム設計は、のちのモンタージュ映画史に影響したと言われています。
愛情と欲望の境界線の難しさについて考えさせられます。
善意から始まった行動が、禁断の感情を生み出してしまう。人間の心の複雑さと、感情をどうコントロールするかを描いた作品といえます。
ドクトル・マブゼ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0014)
監督:フリッツ・ラング
270分/ドイツ
原題または英題:Dr.Mabuse, the Gambler Dr.Mabuse, der Spieler
配給:Universum Film A.G. (UFA)
天才的な犯罪者マブゼ博士は、変装術と催眠術を駆使してベルリンを支配しようとします。株の操作、ギャンブルでのイカサマ、偽札作りなど、あらゆる犯罪に手を染めながら、警察の検事フォン・ヴェンクの追跡をかわし続けます。
マブゼの恐ろしさは、その多様な「顔」です。精神科医、酔っぱらい、実業家など、様々な姿に変装することで、誰も彼の正体を見抜けません。
難解アート映画の権化みたいに語られがちだけど、元ネタはノルベルト・ジャックの大衆小説です。
ドイツ表現主義映画の元祖といわれ、後のジェームズ・ボンドやバットマンなどの悪役キャラクターの原型となったと言われています。若き日のセルゲイ・エイゼンシュテインもこの映画の編集技術に影響を受けたほどです。
見どころは、マブゼの心理操作によって人々が操られていく恐怖と、1920年代ワイマール共和国の混乱した社会が描かれる点。派手なアクションより、催眠術や詐欺といった見えない脅威が怖さを生み出します。
脚本のテア・フォン・ハルボウとラングは、この作品の制作中に関係が深まり、のちに結婚。







































映画史だけでなく恋愛史も動いていました
社会が不安定なときほど人は騙されやすいということを教えてくれます。
「楽して儲けたい」という欲望や、「見たいものだけ信じたい」という心の弱さが、マブゼのような悪人を生み出す土壌になります。今も通じる教訓が多い作品だったりします。
極北の怪異(極北のナヌーク)

画像引用元:映画.com
(NO.0015)
監督:ロバート・フラハティ
78分/アメリカ
原題または英題:Nanook of the North
配給:グループ現代
ロバート・フラハティ監督が、カナダ北極圏で暮らすイヌイットの男性ナヌークと家族の1年間を記録した作品です。セイウチ狩りやイグルー作り、極寒の大地での移動など、過酷な環境で生きる人々の日常が映し出されます。
長編ドキュメンタリーの先駆けといわれます。
ただ、一部のシーンが演出されていたことも事実です。フラハティは、すでに銃を使っていたイヌイットに伝統的な銛での狩りを依頼し、「より原始的」に見せる演出を加えました。
冒頭の小さなカヤックから家族が次々出てくるあの場面は、観客向けのほほえましい見世物として演出的に撮られた名物シーン。今で言うバラエティの鉄板ネタともいえます。
この点は、ドキュメンタリーとは何かという議論を今も生み続けています。
人間の適応力と創意工夫の素晴らしさを感じてください。環境が過酷でも人は工夫と笑いで前へ進めるということです。
かんとくさん世界初のドキュメンタリー映画ともいわれ、同時に演出が多い問題映画とも言われているんだ







































それはそれで貴重な感じしますね
真実らしく見える映像ほど、私たちは演出や意図に気づきにくいという教訓も含まれています。どう作られたかを考える視点を持つことも大切です。
吸血鬼ノスフェラトゥ

画像引用元:映画.com
(NO.0016)
監督:F・W・ムルナウ
65分/ドイツ
原題または英題:Nosferatu, eine Symphonie des Grauens
配給:紀伊國屋書店
吸血鬼映画の元祖として映画史に名を刻んでいます。ドイツの町に住む不動産業者フッターが、遠く離れた城に住むオルロック伯爵のもとへ出張します。しかしオルロックの正体は恐ろしい吸血鬼でした。伯爵はフッターの妻エレンに執着し、疫病とともに町へやってきます。
この映画はブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』を無断で映画化したものでした。
名前や設定を変えて公開しましたが、ストーカーの未亡人に訴えられ、1925年に全ての複製を破壊するよう命じられました。しかし、いくつかのプリントがアメリカに渡って生き残り、今日まで伝わっています。
マックス・シュレック演じるオルロック伯爵の不気味な姿と動き、影を使った演出は必見です。
この映画は「日光を浴びると吸血鬼が灰になる」という設定を初めて映像化しました。それまでの吸血鬼は日光で弱るだけでしたが、『ノスフェラトゥ』で初めて致命的な弱点となりました。これが後の全ての吸血鬼作品の基本となっています。
今や超ド定番の「朝日でヴァンパイアが死ぬ」ルール、これが元祖で、後の吸血鬼映画・ドラマへ大きな影響を与えました。
目に見えない恐怖が社会全体を蝕んでいく構図が唸らせます。
100年前の作品なのに、噂や不安が一気に広がる現代社会にもそのまま当てはまります…







































吸血鬼というより、恐怖と病の拡散装置みたいな描かれ方が妙に現代的だったりします
魔女

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0017)
監督:ベンヤミン・クリステンセン
80分/デンマーク・スウェーデン
原題または英題:Haxan
配給:紀伊國屋書店
中世の魔女狩りと悪魔信仰を、記録映像のような解説パートと恐ろしい再現ドラマを組み合わせて描いた実験的な映画です。
中世地獄の再現に気合い入れすぎて、製作費はほぼ200万スウェーデンクローナ規模。
当時のスカンジナビア無声映画でも最大級!!
古文書や絵画を参照しながら、拷問や魔女裁判の実態を視覚化し、さらに「魔女とされた人々は、実は精神疾患や社会の無知が生んだ犠牲者だった」という当時としては画期的な視点を提示しました。
拷問、ヌード、反聖職者的な描写が問題視され、ドイツ・フランス・アメリカなどで検閲や拒否反応がでました。まさに100年前の“炎上案件…..
見どころは、悪魔や魔女の圧倒的な造形美です。ヒエロニムス・ボッシュの絵画が動き出したような悪夢的な映像世界が展開され、ストップモーションや多重露光などの特殊効果が100年前とは思えない迫力を生み出しています。
かんとくさんクリステンセン本人が悪魔役。学者ポジ→演出家→悪魔まで一人三役ってねえ
無知や恐怖が人々を暴走させる怖さを感じるでしょう。
根拠のない噂や偏見で誰かを「悪」に仕立て上げ、集団で裁いてしまう構図は、現代のSNSでの炎上騒動とも重なります。
人はなぜ恐怖を感じ、誰をスケープゴートにしてきたのか?その本質を考えさせてくれる、100年の時を超えた警告の書といえるでしょう。
※上映時間はオリジナル版約104分、1968年の短縮版76分と複数のバージョンがあります。
1923年

微笑むブーデ夫人

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0018)
監督:ジェルメーヌ・デュラック
38分/フランス
原題または英題:The Smiling Madame Beudet
日本公開情報なし
フランスのサイレント短編映画(約38分)です。知的で繊細な妻が、粗野で支配的な夫との息苦しい結婚生活に追い詰められていく心理劇として知られています。
夫のブーデ氏は、空の拳銃で自殺するふりをして妻を脅すという悪趣味な「冗談」を繰り返します。詩を読みピアノを弾く教養ある妻を馬鹿にし、彼女の心は日々すり減っていきます。ある晩、夫が劇場へ出かけた後、ブーデ夫人はついに決断をします。夫の拳銃に弾を込めるのです。
海外では、初期のフェミニズム映画の重要作と言われます。
物語の多くが妻の視点・感情に寄り添う設計で、当時としてはかなり先進的。
「夫が主人公じゃない結婚映画」ってだけで革命といえるのです。
1920年代のフランスでは女性に参政権すらなかった時代に、不幸な結婚生活を女性の視点から描いたことは画期的でした。フランス印象派映画の代表作としても知られ、夫人の幻想や内面をスローモーション、二重露光などの技法で表現する演出が先駆的です。







































サイレントなのに心理描写がやたら現代的に見える映像トリックを堪能してください
見どころは、タイトルの「微笑み」が実は無理に作った表情であることを、映像だけで伝える繊細な演出。短編でも観終わえた後には重い余韻が残ることになります。
関係が壊れるのは大きな暴力だけではないということです。
毎日の小さな軽視や嘲笑の積み重ねが、人の心を深く傷つける。誰かの笑顔が無理そうに見えたとき、その背景にあるSOSに気づいてほしいと訴えかけてくる作品です。
荒武者キートン

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0019)
監督:バスター・キートン
68分/アメリカ
原題または英題:Our Hospitality
配給:フランス映画社
バスター・キートンとジョン・G・ブライストンが共同監督した1923年のサイレント・コメディ映画で、実際にあったハットフィールド家とマッコイ家の争いをもとに作られました。
主人公のウィリー・マッケイは、子どもの頃に家同士の争いで父を失います。成人してニューヨークから故郷へ戻る列車の中で、美しい女性ヴァージニアに恋をしますが、なんと彼女は敵対するキャンフィールド一家の娘でした。彼女の家に招かれたウィリーは、そこで重大なルールを知ります。
かんとくさんあの家同士の不毛な因縁は、19世紀後半に実在した有名な家族抗争が下敷きになっているよ







































ただし映画の時代設定はもっと古めにずらしてるのがキートン流といえますね
「客人は家の中では殺してはならない」という南部のおもてなし精神(!?)です。ウィリーは命を守るため、何とか屋敷の中に留まろうと必死の知恵比べを繰り広げます。
キートン初の本格的な長編作品として、ギャグをストーリーに自然に組み込んだ点が画期的です。
見どころは、初期の蒸気機関車を使った列車シーンと、クライマックスの滝での救出シーン。特に滝のシーンは、キートン自身が命がけで演じた迫力満点のアクションで、今も色褪せない魅力があります。
滝シーンでキートンが危うく溺れかけたことがあります。撮影中に大量の水を吸い込んで応急処置が必要だったという逸話。







































キートン、笑いの裏で毎回命がけなんですね
古い因縁や慣習に縛られることはいかに無意味なのかということです。
本当に大切なのは、敵味方の境界を越えて誰かを愛すること。それで長年続いた争いも意味を失う、そんな温かいメッセージが込められた作品と言えます。
1924年

最後の人

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0020)
監督:F・W・ムルナウ
72分/ドイツ
原題または英題:The Last Man Der Letzte Mann
配給:松竹キネマ
名門ホテルのドアマンとして誇りを持って働く老人が、年齢を理由にトイレ係へ降格させられ、尊厳を失っていく姿を描いています。
主人公は立派な制服を身にまとい、近所からも家族からも敬われていました。しかし制服を奪われた瞬間、周囲の態度は一変します。仕事そのものより、制服という権威の象徴を失ったことに絶望する姿が、人間社会の残酷さを浮き彫りにします。
この作品の革新性は、ほぼ字幕なしで物語を語り切ったこと。カール・フロイント撮影による「解き放たれたカメラ」が、滑らかに動き、昇り、揺れながら主人公の心理を映像だけで伝えます。
ドアマンとして輝いていた冒頭と、転落後の暗い地下室のコントラストは、カメラの動きそのものが感情を表現しています。













カメラが主人公の気分みたいにふらついたり滑ったりして、感情を揺さぶるのがすごいです
カンマーシュピール(室内劇)と呼ばれるジャンルの代表作で、映画が言葉ではなく映像で語る芸術であることを証明しました。
肩書きや役割が剥がれたときに残るものこそが本当の価値だということです。
仕事や立場に自分を全て預けてしまう危うさを突きつけてくる作品です。
ストライキ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0021)
監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン
86分/ソビエト連邦
原題または英題:Stachka Strike
配給:ソビエト映画「母」「ストライキ」全国普及委員会
1903年の帝政ロシアを舞台に、鉄工場の労働者たちがストライキを起こし、やがて国家権力によって弾圧されるまでを描いたサイレント映画です。
過酷な労働条件に耐える工場労働者たちが、一人の仲間の自殺をきっかけにストライキを決行するところから始まります。最初は団結して資本家と対峙しますが、やがて食べ物がなくなり家族が飢えに苦しみ始めます。そこへスパイや挑発者が送り込まれ、最後には警察と軍隊による暴力的な鎮圧が待っています。
本作はもともと「プロレタリア独裁へ」という7部作の一部として企画され、その中のストライキ回が先に映画化された流れ。さらに同じ企画の別エピソードが、のちに『戦艦ポチョムキン』へ発展しました。『ストライキ』はシリーズ第1号のプロトタイプ感があります。
最大の見どころは、エイゼンシュテイン自身が提唱した「アトラクションのモンタージュ」の実践。短いカットを衝突させて感情を増幅させ、個人ではなく群衆全体を主役にする手法が革新的でした。
映画は6つの章で整理されていて、「集団の怒り→組織化→弾圧」が段階的に上がる設計。







































ほぼ政治マニュアルのテンポで進みます
終盤で労働者の虐殺シーンと牛の屠殺映像を交互に映す演出は、暴力の本質を象徴的に示しています。
理不尽に慣れてしまった瞬間に人は負けるということです。
小さな怒りが組織化されたとき、個人では届かない力になる。連帯することの難しさを伝えてくれる作品なのです。
キートンの探偵学入門

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0022)
監督:バスター・キートン
45分/アメリカ
原題または英題:Sherlock, Jr.
配給:松竹
映画館の映写技師として働く青年が、恋人の父親の懐中時計盗難事件で濡れ衣を着せられます。探偵として真相を追うものの失敗し、仕事場で眠りについた彼は、夢の中でスクリーンに飛び込み、名探偵シャーロック・Jrとして事件を解決していきます。
最大の見どころは、映画の中に入り込むという革新的な発想。スクリーンに飛び込んだキートンが、次々と変わる背景(砂漠、海、雪山)の中で状況に対応していく編集技術は、1924年の作品とは思えない斬新さです。
ビリヤードのシーンやバイクチェイスなど、キートン自身がスタントなしで演じた危険な場面も圧巻です。
かんとくさん首の骨折を本人が気づかないまま撮り続けていたんだ
列車の給水塔シーンで水の勢いに吹っ飛ばされ、後年のX線で首の骨折が判明したという逸話があります。サイレント期の現場、当時はこんなにワイルドだったんですね。
映画という媒体そのものを題材にした「メタ的」な作品として、後の多くの映画にも影響を与えました。
主人公がスクリーン世界に入り込む構造は、のちの映画の中の映画系コメディの祖先みたいな存在。
現実が詰むほど映画が神に見えるって感覚、今でもわかるのがすごいです。
夢や想像が現実を変える力になるということもあります。
うまくいかない現実から逃げるのではなく、空想の中で得た勇気を実際の行動に移せるかどうかということを考えてみましょう。
映画愛と技術革新が詰まった45分です。
The Great White Silence

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0023)
監督:ハーバート・ポンティング
108分/イギリス
原題または英題:The Great White Silence
日本公開情報なし
ロバート・スコット隊のテラ・ノヴァ南極探検(1910-1913)に同行して撮影した映像を、長編ドキュメンタリーとしてまとめた作品です。ニュージーランドから南極へ向かう航海、氷海での船の活躍、基地での日常生活、ペンギンやアザラシなどの野生動物、そして南極点を目指す最後の遠征へ向かう隊員たちの姿を記録しています。
ポンティングは南極に映画カメラを持ち込んだ最初の人物とされ、この映像は探検の黄金時代を伝える貴重な記録となりました。
かんとくさんポンティングは最後の南極点アタックには行っていないんだ
実は彼は1912年2月に遠征を離脱していて、スコット隊の最終行程そのものは撮影できていません。だから本作のラストへ向かう空気は、基地で見送る側の視点の重さがにじみます。
スコット隊は最終的に南極点到達でノルウェーのアムンゼン隊に先を越され、帰路で全員が遭難死するという悲劇に終わりました。結末を知ってしまうと、基地での穏やかな日常や隊員たちの笑顔が胸に迫ります。
2011年にBFI(英国映画協会)が修復・再公開し、サイモン・フィッシャー・ターナーの新しい音楽を追加。色彩復元も施され、白だけではない南極の表情が蘇りました。
偉業の陰にある準備と共同生活の大切さ、そして自然の前では人は謙虚にならざるを得ないということです。
貴重な作品ではありますが、不思議と背筋が伸びる一本でもあります。
グリード

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0024)
監督:エリッヒ・フォン・シュトロハイム
140分/アメリカ
原題または英題:Greed
配給:МGМ
フランク・ノリスの小説『McTeague』が原作で、約140分の作品として現在観ることができます。
不器用だけど優しい歯科医マクティーグは、友人マーカスの恋人だったトリナと結婚します。ところがトリナが宝くじで大金を当てたことから、すべてが変わり始めます。お金を手放せなくなったトリナ、嫉妬に狂うマーカス、そして追い詰められていく夫婦。お金への執着が、人間関係を少しずつ壊していく様子が恐ろしいほどリアルに描かれています。
かんとくさん実は幻とされる9時間バージョンがあったんだよ
シュトロハイムの最初の編集版は42リールで9時間級とされ、ごく少人数(十数名規模)しか観ていない伝説のカット。もちろん現存していません。
シュトロハイム監督の徹底したリアリズムと、人間の本質を見抜く観察眼は注目に値します。
スタジオ主導で約2時間強(初公開は約140分級)まで削られ、さらに10リールに詰める工程ではタイトル職人が継ぎはぎで物語を補強。シュトロハイムが編集者を痛烈にこき下ろした逸話も有名。
見どころは、何気ない日常が破滅へと変わっていく演出と、灼熱のデスヴァレーで迎える衝撃的なラストシーン。サイレント映画なのに、熱さや砂の感触まで伝わってくるような迫力があります。
リアリズム重視でロケ中心、特にデスヴァレーの灼熱撮影は体調を崩す人が出るほどのハードさだったと伝えられています。
お金との付き合い方の大切さを教えてくれます。
お金は幸せをもたらす道具にもなれば、人間関係を壊す毒にもなる。大事なのは、お金を手に入れることより、どう使うか、どう向き合うか。欲望に自分を支配されないこと。そんなことを突きつけてくる作品です。
バグダッドの盗賊

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0025)
監督:ラオール・ウォルシュ
155分/アメリカ
原題または英題:The Thief of Bagdad
配給:ユナイテッド・アーティスツ
『千一夜物語』に着想を得た冒険ファンタジーとして制作されたサイレント大作です。
街を自由に駆け回る大泥棒アフメッドは、バグダッドの姫に恋をします。身分の違いを乗り越えて彼女を手に入れるため、「より良い人間になる」という試練に挑むというわかりやすい成長物語です。
主演のダグラス・フェアバンクスは製作と脚本にも関わり、この作品を自身のお気に入りとして愛していました。







































主演が一番楽しそうな映画はだいたい強いですね
当時としては画期的だった特殊効果(魔法の絨毯、空飛ぶ馬、怪物など)と、巨大なセットで作り上げられた夢のようなバグダッドの世界が魅力的です。
泳いでいるように見せる場面では、薄いガーゼ越しに撮影して水中の質感を作ったとのこと。
特に注目すべきは、フェアバンクスの身体能力を活かしたアクロバティックな動き。壁を登り、跳び、踊るように動く姿は、まるでバレエのよう。巨大なセットの中を縦横無尽に駆け回る様子は、サイレント映画に慣れていない人でも楽しめる作品です。
市場で大きな壺を出たり入ったりする軽業、実は壺の中に小さなトランポリンを仕込んだという力技だったとのこと。
恋や憧れが人を成長させる力になるということです。
今の自分では届かない目標があるなら、まず自分を磨くという前向きなメッセージを味わえる作品です。
1925年

The Eagle(荒鷲)

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0026)
監督:クラレンス・ブラウン
80分/アメリカ
原題または英題:The Eagle Clarence Brown’s The Eagle
日本公開情報なし
サイレント映画時代の大スター、ルドルフ・ヴァレンティノ主演の冒険活劇です。原作はロシアの作家プーシキンの小説『ドゥブロフスキー』です。
物語の舞台は18世紀のロシア。近衛隊の青年将校ウラジミールは、女帝エカチェリーナ2世に気に入られますが、彼女の誘惑を拒んだことで追われる身となります。さらに故郷では、悪徳貴族キリラが父親の領地を奪い、父は亡くなってしまいます。
長い宴会テーブルをカメラが真ん中を走っていくあのショット、当時は専用機材がなく、即席の装置を組んで撮ったという話が残っています。
ウラジミールは黒い仮面をつけた義賊「ブラック・イーグル」となり、貧しい人々を助けながら復讐を誓います。しかし、彼が恋に落ちた美しい娘マスチャが、よりによって仇の娘だったことで、愛と復讐の板挟みに苦しむことになります。
この作品は、それまで恋愛映画のスターとして知られていたヴァレンティノが、ダグラス・フェアバンクスの『怪傑ゾロ』のような活劇ヒーローに挑戦した意欲作で、彼のキャリアの復活を印象づけました。
かんとくさんゲイリー・クーパーが無名時代に、仮面のコサック役として未クレジットで通りすがり出演しているんだ
見どころは、仮面の義賊というスリリングな設定と、ロマンスの甘さのバランスです。ヒロインを演じたヴィルマ・バンキーとの相性も良く、重くなりすぎない快活さが魅力です。
正義は怒りだけでは完成しないということです。
敵を倒す爽快感よりも、誰を守りたいのかという目的を見つめ直すことが強さにもつながります。そんな王道の勇気を、軽やかな冒険活劇として楽しめる作品です。
かんとくさんこの映画の映像は何とクイーン&デヴィッド・ボウイの「Under Pressure」のMVで使われているんだよ
オペラの怪人

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0027)
監督:ルパート・ジュリアン
93分/アメリカ
原題または英題:The Phantom of the Opera
配給:ユニバーサル・ピクチャーズ
映画版は当時「オペラの怪人」として紹介された。原作小説&ミュージカル:オペラ座の怪人となります。
フランスの作家ガストン・ルルーの小説を映画化したサイレント・ホラー映画です。
物語の舞台はパリのオペラ座。地下に住む謎の怪人エリックが、若き歌姫クリスティーヌに執着し、彼女を主役にするため劇場で様々な事件を起こします。クリスティーヌは怪人の導きで歌声を磨きますが、恋人ラウルとの仲が深まると、怪人の嫉妬は恐ろしい行動へと変わっていきます。
初公開時にはカラー映像が約17分含まれていたとされ、「バル・マスケ」などが2色テクニカラーで撮られた可能性が語られています。さらに2020年にオランダの映画博物館でバレエのカラー部分が見つかったという話もあり、さらに研究がすすめられています。







































まさに「発掘が続く怪人」なわけですね
チェイニーが自ら考案した特殊メイクは撮影中も秘密にされ、公開時に大きな衝撃を与えました。仮面が剥がされる瞬間は、今観ても十分に怖い名場面です。
怪人メイクはチェイニーが自分で設計・施工したことで有名。鼻孔にワイヤー仕込みみたいな無茶もしていて、撮影監督の証言では出血することもあったとか。
見どころは、豪華なオペラ座のセットと、怪人を単なる怪物ではなく、孤独で悲しい存在として描いている点です。恐怖と哀れみが同時に感じられるからこそ、今でも十分に迫力のあるシーンとなっています。
愛と支配は紙一重だということです。
相手を応援する気持ちが、その人の自由を奪った瞬間に、愛ではなく束縛になってしまうのです。そんな現代にも通じるテーマが込められているのです。
戦艦ポチョムキン

画像引用元:映画.com
(NO.0028)
監督:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン
66分/ソビエト連邦
原題または英題:Battleship Popemkin
配給:ATG
1905年のロシア海軍で起きた水兵の反乱を描いたサイレント映画の傑作です。腐った肉を食べさせられることに怒った水兵たちが立ち上がり、やがてその怒りが市民へと広がっていく様子を、エイゼンシュテイン監督は革新的な編集技術で描き出しました。
1958年のブリュッセル万博では「史上最高の映画」に選ばれ、映画史を変えた作品として今も語り継がれています。







































映画史上の革命的映画として世界的に有名で、映画学校では必ず出てくる映画です
この映画の見どころは、何といっても「オデッサ階段」のシーン。市民を襲う兵士たちの恐怖が、素早いカット割りと映像のリズムで迫ってきます。
あの超有名シーンは、実際の出来事を下敷きにしつつ、映画として大きく再構成された神話化の産物。
史実”より“革命の感情の真実を優先した作り。
言葉がなくても、顔の表情や群衆の動きだけで強い感情が伝わってくる、映画ならではの力を感じられます。
小さな不正を見過ごすことの危険さと、一人ひとりの勇気が集まったとき、世界を動かす力になるということ。
理不尽なことに慣れてしまいそうな時こそ、自分の中の正義感を大切にしたいと思わせてくれる作品です。
この映画においては「モンタージュ理論」の発明と言われています。モンタージュ理論とは?
1コマずつの絵をつなぐと動いて見えるアニメみたいに、短い映像をいい順番でつなぐと、気持ちや意味がドカンと生まれるって考え方です。
チャップリンの黄金狂時代

画像引用元:映画.com
(NO.0029)
監督:チャールズ・チャップリン
72分/アメリカ
原題または英題:The Gold Rush
配給:KADOKAWA
チャップリンが監督・脚本・主演を務めた1925年の傑作コメディ。19世紀末のクロンダイク・ゴールドラッシュを舞台に、一獲千金を夢見る放浪者チャーリーの冒険を描いています。
吹雪で山小屋に閉じ込められたチャーリーは、荒くれ者たちと極限の空腹に耐える羽日々を送ります。靴を煮て食べるシーンは有名で、靴底の釘を鶏の骨のようにしゃぶり、靴ひもをスパゲティのように食べる姿は笑いと切なさが同居します。仲間が空腹のあまりチャーリーを巨大な鶏に見てしまう幻覚シーンも、コメディと飢えの恐怖を見事に融合させています。
あの靴を食べる名シーンは、ドナー隊の遭難話や、飢えで革靴を食べた逸話などに刺激を受けたと言われています。
やがて街に下りたチャーリーは、酒場の女性ジョージアに恋をします。彼女を喜ばせようと必死に背伸びする姿が胸を打ちます。特に有名なのが「ロールパンのダンス」。フォークを刺したパンを足に見立てて踊るシーンは、チャップリンの孤独とロマンが凝縮された名場面です。
チャップリン自身が「最も記憶されたい作品」と語った代表作です。
かんとくさんチャップリンは後年、「この映画で覚えられたい」趣旨の発言を繰り返していたんだ
どんな困難な状況でも人はユーモアと尊厳を失わないということです。
笑いは現実逃避ではなく、生きるための力になる。極寒の中で灯る小さな希望を、チャップリンが最高におかしく、そして温かく見せてくれる一本です。
ビッグ・パレード

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0030)
監督:キング・ヴィダー
151分/アメリカ
原題または英題:The Big Parade
配給:ヤマネ洋行
第一次世界大戦映画の金字塔。ハリウッドが戦争を本格的にリアルに描いた最初期の作品として、後の戦争映画に多大な影響を与えました。
公開当時はMGMの看板級ヒットになり、戦争ものは客を呼べるという空気を一気に作った作品と言われています。
裕福な家庭の怠け者だった若者ジムは、周囲の愛国的な熱気に流されて志願兵となります。フランスの前線に送られた彼は、労働者階級出身のスリムやバルといった仲間と友情を育み、フランスの農村娘メリザンドと言葉を超えた恋に落ちます。前半は、異国での出会いや初々しい恋の時間が丁寧に描かれますが、やがて容赦ない戦場の現実が彼らをのみ込んでいきます。













戦争映画のテンプレはこの映画で完成されました
のちの戦争映画でおなじみの「前半=日常と友情と恋 → 後半=地獄の現実」という落差構造、これが超強力に定着させた代表格。
見どころは、出征シーンでメリザンドがジムを追いかける場面や、圧倒的なスケールの戦闘シーンです。ユーモアと人間性を織り交ぜながら、戦争の残酷さを正面から描く手法は、今見ても色あせません。
熱狂や空気に流されて下した決断が、現実に直面したときにどれほどの重みを持つかということです。
どんな極限状況でも人間らしさを失わない友情や愛の尊さ。戦争を通じて、本当に守るべきものは何かを問いかけてくる作品です。
キートンのセブン・チャンス

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0031)
監督:バスター・キートン
56分/アメリカ
原題または英題:Seven Chances
配給:ヤマニ洋行
事業が破綻寸前の若き証券マン、ジミーに突然舞い込んだのは700万ドルの遺産相続の話。ただし条件がひとつで、27歳の誕生日である今日の午後7時までに結婚しなければならないのです。
最初は愛する恋人メアリーにプロポーズしますが、誤解から断られてしまいます。焦ったジミーは手当たり次第に女性たちにプロポーズを繰り返しますが、ことごとく失敗。やがて新聞広告を出したことで、何百人もの花嫁志願者たちが彼を追いかける大混乱に発展します。
かんとくさん映画はロイ・クーパー・メグルーの同名戯曲(1916)が原作で、舞台のプロデュースはデヴィッド・ベラスコなんだよ
後半30分の追跡シーンは映画史に残る名場面です。花嫁姿の女性たちの大群から逃げるキートンが、最後には転がり落ちる巨大な岩の群れにも追われるクライマックスは圧巻。













実は本作、オープニング周辺が初期のテクニカラー撮影です
この岩のシーンは偶然から生まれた演出で、キートン自身がスタントなしで演じています。
焦りや締め切りに追われるほど本当に大切なものが見えなくなるということでしょうか。
選択肢が増えれば増えるほど迷いが深まる。だからこそ、切羽詰まったときこそ冷静に優先順位を見つめ直すことが大切です。笑いとともに感じさせる作品です。
1926年

アクメッド王子の冒険

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0032)
監督:ロッテ・ライニガー
65分/ドイツ
原題または英題:Die Abenteuer des Prinzen Achmed/The Adventures of Prince Achmed
配給:エデン
ドイツの女性アニメーター、ロッテ・ライニガーが3年かけて作り上げたシルエット・アニメーション映画です。上映時間は65分で、現存する最古の長編アニメーション映画として知られています(アルゼンチンでそれ以前に作られた作品は失われてしまいました)。
かんとくさん1923〜1926年頃にかけて、コツコツと膨大なコマ数の切り絵を動かして完成させたんだ
物語は『千一夜物語(アラビアンナイト)』をベースにしています。悪い魔術師にだまされた王子アクメッドが、魔法の馬に乗って空高く飛ばされてしまいます。やがて不思議な島ワクワクに降り立った王子は、美しい姫パリ・バヌーと恋に落ちます。魔術師との戦い、アラジンとの出会い、魔女の助けを借りながら、王子は愛する姫を取り戻すために冒険を続けます。
美しく作られた映像と魅力的な物語といえます。
ディズニーの『白雪姫』(1937年)よりも11年早く作られたこの作品は、アニメーション史において重要といえますね。













本作では、層を重ねて奥行きを出すような初期のマルチプレーン的手法が用いられたとされています
見どころは、黒い切り絵のシルエットが生み出す優雅な動きと、色彩豊かな背景です。ライニガーは厚紙と薄い鉛のシートを切り抜いて人形を作り、1コマずつ撮影しました。シンプルな表現だからこそ、観る人の想像力をかき立てる魔法のような映像になっています。
ライニガーは黒い紙(や薄い金属素材)を切って各パーツをつなぎ、関節を動かせるようにして撮影したとされています。
限られた道具や条件でも、工夫と根気があれば素晴らしい作品が生まれるということです。
派手な技術や大きな予算がなくても、アイデアと美意識があれば、人の心を動かす物語を作ることができる、まぞはそんな感性を感じとってほしいのです。
1927年

メトロポリス

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0033)
監督:フリッツ・ラング
104分/ドイツ
原題または英題:Metropolis
配給:東和商事
ドイツ製サイレント映画です。未来都市メトロポリスを舞台に、地上で優雅に暮らす支配階級と、地下で機械のように働かされる労働者たちの対立を描きます。
都市の支配者の息子フレーダーが、労働者のために活動するマリアと出会い、階級の壁を超えようとしますが、科学者ロトワングが作り出した偽マリア(ロボット)が混乱を引き起こし、都市は暴走の危機に陥ります。
視覚効果とセットデザインの革新性が特に高く評価され、SF映画の金字塔として今も語り継がれています。一般のブログでも名作SFとしてよくあげられます。
見どころは、圧倒的な未来都市の造形美です。摩天楼、空中道路、群衆の動きなど、のちの『ブレードランナー』や『スター・ウォーズ』にも影響を与えた世界観がここにあります。
このロボット造形は後世のSFに影響大で、『スター・ウォーズ』のC-3POの初期デザインが強く参照したと言われます。
かんとくさんC-3POのご先祖ここにありだね!
特にロボット・マリアの造形は、人間の欲望がテクノロジーに仮面を被せる怖さを象徴しており、AI時代の今見ても新鮮な驚きがあります。
この映画のメッセージは、有名な一行に集約「頭(支配)と手(労働)をつなぐのは心」。
相手を機能としてしか見なくなったとき、社会も人間関係も壊れていく。理解と共感があれば、未来は変えられる。そんな希望を刻む作品です。
映画史の聖杯扱いだった欠落映像が、ブエノスアイレスの資料から見つかり、2010年の修復版(約148分)で物語がかな通じるようになりました。欠落していた部分の復元により、ロトワングがロボット・マリアに何をさせたいのかがより明確になり、「なんでこんな破壊ムーブ?」の納得感が上がったと言われています。







































「悪魔の説明書」が80年ぶりに発掘されたんですね
サンライズ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0034)
監督:F・W・ムルナウ
110分/アメリカ
原題または英題:Sunrise
配給:松竹キネマ
田舎で暮らす夫が都会から来た女に誘惑され、妻を殺そうとさえ考えてしまいます。しかし実行の直前、妻の怯えた表情に心が折れ、夫は罪悪感に引き戻されます。二人は都会へ向かい、一日をさまよいながら、壊れかけた関係を少しずつ修復していくというサイレント映画です。
台詞はないのに、当時最新のFox Movietoneで音楽+効果音付きとして公開された先進作です。







































サイレントの詩情と、トーキーの未来を同時に描ける作品ですね
見どころは、光と影、霧、移動撮影などを駆使した「感情の可視化」です。
夫の欲望、妻の恐怖、二人の再生の喜びが、セリフなしで肌に伝わってきます。特に都会のシーンは、誘惑と救済が同居する迷宮のようで、サイレント映画が到達した視覚表現の頂点を見せてくれます。
ムルナウが文字に頼るのを嫌っていたため、映画が進むほど字幕が少なくなり、ほぼ映像だけで語る構造になっています。
過ちを消すことはできなくても、引き返す選択はできるということです。
関係を壊すのは一瞬でも、立て直すには勇気と時間がかかります。だからこそ、ちゃんと怖がり、ちゃんと謝り、ちゃんと手を伸ばす。
そんな当たり前の行動が人生を朝へと向け直すことをこの映画から教えてくれるのです。
本作は第1回アカデミー賞で芸術作品賞を受賞。この賞は事実上一度きりのレアカテゴリーなので、唯一の王者みたいな称号を持っています。
キートンの大列車追跡

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0035)
監督:バスター・キートン、クライド・ブラックマン
107分/アメリカ
原題または英題:The General
配給:東和
南北戦争時代、機関士ジョニーは恋人に認められたくて軍に入ろうとしますが、機関士としての技術が貴重すぎて断られてしまいます。恋人は彼を臆病者と誤解し、さらに愛する機関車「ジェネラル号」と恋人を北軍に奪われてしまいます。ジョニーはたった一人で列車を追いかけ、命がけの救出劇を繰り広げます。
南北戦争中に実際に起きた大列車追跡事件「アンドリュース攻撃(1862)」が下敷きです。ただし映画は史実より恋とコメディと機関車愛を全力で盛ってるので、史実ベースの超娯楽リミックスと思っていただいて間違いないでしょう。
公開当時は興行的に失敗し、この失敗がキートンの独立制作を終わらせたと言われます。
今は神扱いだけど、当時は製作費が大きい割に興行が伸びず評価も割れたとされています。歴史が追いつくまで時間がかかった天才型ともいえ、後年の再評価で名声が逆転しました。
最大の見どころは、実物の列車を使った命がけのスタントです。特に実際の機関車が橋から川に落ちるシーンは、サイレント時代で最も高額なスタントとして知られ、今見ても圧倒的な迫力があります。
かんとくさん撮影はオレゴン州コテージ・グローブ周辺の鉄道線路や自然地形で行われたんだよ
笑いとスペクタクルが完璧に融合した、アクション映画の原点とも言える作品です。
不利な立場でも目的を一点に絞れば人は強くなれるということです。
誤解されても、守りたいものが明確なら前へ進める。無表情のヒーローが、勇気と行動力の大切さを痛快に届けてくれる作品なのです。







































政治史より個人の必死さに寄せた冒険活劇として観るとスッと入って楽しいです
知られぬ人

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0036)
監督:トッド・ブラウニング
65分/アメリカ
原題または英題:The Unknown
配給:ユナイテッド・アーティスツ
サーカスでナイフ投げをする「腕のない男」アロンゾは、男の腕に恐怖を抱く曲芸師ナノンに恋をします。しかし彼の正体は、逃亡中の犯罪者で、腕がないのは偽装でした。アロンゾは彼女の愛を得るために、常識を超えた選択をし、取り返しのつかない運命へと突き進んでいきます。
わずか1時間強の中に、恋愛、嫉妬、自己破壊が凝縮され、悪夢のようなテンポで展開します。
見どころは、チェイニーの圧倒的な身体表現です。足で食事をし、着替え、銃を扱う演技は職人芸を超えた執念の域で、終盤の感情爆発は観る者の呼吸を奪います。若きジョーン・クロフォードの存在感も鮮烈です。
長く不完全な状態で伝わっていましたが、2022年に新復元版が公開され、より完全な形で観られるようになりました。













近年、チェコの輸出プリント由来の欠落ショットが加わって約10分ぶんの素材が戻り、ほぼフルに近い復元が進みました
この映画が突きつける教訓は冷酷です。誰かの恐怖に合わせることと、自分を壊すことは別物。
愛のための「自己改造」が「自己消滅」に変わる境界線の怖さを、サーカスの闇と恋の熱で焼き付けることになります。
アロンゾの選択って恋愛映画史でも屈指の極端さ。「好きな人の好みに合わせた自己改造」が自己破壊へ滑り落ちる最悪の見本として、今でも刺さる人が多いように思います。
ジャズ・シンガー

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0037)
監督:アラン・クロスランド
97分/アメリカ
原題または英題:The Jazz Singer
配給:ワーナー・ブラザーズ
ユダヤ教の聖歌隊指導者の父を持つ青年ジャッキーが、家の伝統を守るか、ジャズ歌手としての夢を追うかで悩む物語です。
この映画は映画史において極めて重要な作品です。
ワーナーの「ヴァイタフォン」という技術を使い、録音された音楽と、一部の歌やセリフが画面と同期する長編映画として、音の入った映画(トーキー)時代の幕開けを告げました。ただし、全編に音声が入っているわけではなく、大部分はサイレント映画で、歌のシーンなど一部だけに音声が入っています。
アル・ジョルスンが初めて「Wait a minute, you ain’t heard nothin’ yet!(ちょっと待って、まだ何も聞いてないでしょ!)」と喋った瞬間。
これは日本では「お楽しみはこれからだ」と訳されており、映画の歴史を変えました。







































これが初めて、セリフを発した瞬間でした
映画の内容そのものよりも「映画に音がついた」という歴史的意義があるだけでも重要な作品ですね。













ただし「ブラックフェイス」表現あるので注意してください
この映画の見どころは、突然スクリーンから「生の声」が聞こえてくる魔法のような瞬間です。また、家族の期待と自分の夢の間で揺れる主人公の葛藤は、今の時代にも通じるテーマです。
自分の才能や情熱は、家族やルーツを否定するためではなく、別の形で敬意を示すためにも使えるということです。
誰かの期待と自分の夢がぶつかったとき、どちらか一方を選ぶのではなく、両方を大切にする方法を探すことの大切さを教えてくれます。
成功のインパクトが大きすぎて、他社も一気に音へ雪崩を打ち、サイレント黄金期が急加速で終わっていくことになります。「革命映画」って、内容より市場を動かす力があるのです。
ナポレオン

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0038)
監督:アベル・ガンス
240分/フランス
原題または英題:Napoleon
配給:松竹キネマ
ナポレオンの少年時代からイタリア遠征の始まりまでを描いた壮大なサイレント映画です。
この映画は、映画史において革命的な作品として知られています。ガンスは手持ちカメラ、水中撮影、高速カット編集、多重露光など、当時としては前例のない映像技術を次々と投入しました。特に終盤の「ポリヴィジョン」と呼ばれる三面スクリーン同時上映は圧巻で、画面が突然3倍の幅に広がり、フランス軍の壮大な行進が映し出される場面は、今観ても鳥肌が立つほどの迫力です。
かんとくさんこの映画は全6作の超長期プロジェクトの第1章にする構想だったみたいだよ







































この一般だけでも怪物級なのに!?
この映画の見どころは、カメラワークの革新性と編集の大胆さです。雪合戦のシーンを戦争のように撮影したり、嵐の海を革命の混乱と重ね合わせたり、視覚的な比喩が効果的に使われています。
大きな夢を実現するには情熱と構想力が必要だということです。
同時に、野心には光と影があり、周囲の人々への影響も考えなければならないという教訓も含まれています。若きナポレオンの疾走する姿は、理想を追いながらも現実とのバランスを取ることの大切さを教えてくれます。
田吾作ロイド一番槍

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0039)
監督:テッド・ワイルド、J・A・ハウ
83分/アメリカ
原題または英題:The Kid Brother
日本公開情報なし
サイレント映画時代の喜劇スター、ハロルド・ロイドの代表作です。
物語の舞台は田舎町ヒッコリービル。主人公のハロルドは、保安官の父と屈強な兄2人に比べて体が小さく、家族から頼りないと思われています。
ある日、旅回りの見世物一座がやってきて、ハロルドは座長の娘メアリーに恋をします。しかし、町の資金が盗まれる事件が起こり、父親が疑われてしまいます。ハロルドは家族の名誉を守るため、知恵と勇気で立ち上がります。
この映画は笑いとロマンス、そしてサスペンスをバランスよく組み合わせた完成度の高い作品です。ロイド自身もお気に入りの一本だったと言われています。
ロイドが「これまでで一番ギャグが多い映画にしたい」と望み、多数の脚本家・ギャグマンが投入されたという話があります。その結果、カットされたギャグが後の作品へ再利用されたとも!?
見どころは、クライマックスの廃船での格闘シーンです。ハロルドが体力ではなく機転で敵と戦う様子は、手に汗握る展開です。
かんとくさんこのシーンはカタリナ島の実際の船で撮影されたんだよ
メアリーをもう一目見ようと木に登り続けるシーンは、サイレント映画屈指のロマンチックな場面です。
体の大きさや力がなくても、誠実さと知恵があれば信頼を勝ち取れるということです。
家族に軽く見られていても、目の前の小さな行動を積み重ねることで、自分の価値を証明できるという、そんな勇気を与えてくれる作品です。
近年の4Kデジタル修復で画質がかなり整い、ロイドの動き・小道具・田舎町の空気がめちゃ見やすい。
サイレント初心者にも優しいアップデート。
1928年

群衆

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0040)
監督:キング・ヴィダー
104分/アメリカ
原題または英題:The Crowd
配給:MGM
1900年7月4日生まれの少年ジョンは「自分は特別な人間になる」と信じてニューヨークへ出て、大企業の一社員として働き始めます。恋をし、結婚し、子供が生まれ、平凡な日常を送るうち、夢と現実の狭間で葛藤していくというサイレント映画です。
当時としては珍しく、ヒーローではなく「普通の人の人生」を真正面から描いた作品。第1回アカデミー賞で監督賞にノミネートされました。
1926年末に始動して、スタジオ撮影→NYロケ→追加撮影と手間をかけた力作。
見どころは、巨大オフィスの圧倒的な俯瞰ショットに象徴される「個の小ささ」の演出。
MGMが「暗すぎる!」と渋って、複数の別エンディングを撮らせたことで有名。
資料によって7本とか8本とか9本と数字は揺れるけど、とにかく保険をかけまくったのは確か。最終的には劇場側がより明るい結末を選べる形で公開されたと言われています。
それでも人は家族と手を取り合い、何とか明日へ進んでいく。そんな日常の強さが心に響きます。
大勢の中の一人でも、自分の物語は確かにあるということです。
派手な成功だけが人生の証明じゃない。愛する人を喜ばせる瞬間や、踏みとどまる一歩が、かけがえのない自分の人生を作っていく。そんなメッセージを伝えてくれる作品なのです。
十月

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0041)
監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン、グリゴリー・アレクサンドロフ
105分/ソビエト連邦
原題または英題:Oktyabri ОКТЯБРЪ
配給:ATG
十月革命10周年記念として1928年に制作した105分のサイレント映画。1917年2月革命後の臨時政府の混乱から、レーニンの帰還、そして冬宮襲撃へと至る激動の日々を再現的に描きます。
公開当初はソ連国内でも「難解すぎる」と微妙な判断をうけました。政治状況の変化によりトロツキーの場面が削除された再編集版が存在するなど、歴史的な事情も含めて語られる作品です。
もともとトロツキーは重要人物として登場していたけど、政治状況の変化で公開前後に彼の場面が削除・改変されたと言われています。映画の中で歴史が書き換えられるという、メタすぎる現象。
見どころは「知的モンタージュ」という編集手法。様々な宗教の偶像を次々と映し出して宗教の同質性を示したり、臨時政府のケレンスキーを機械仕掛けの孔雀と比較して権力の虚栄を揶揄したりと、映像の衝突によって思考を促す手法が随所に見られるのです。
実際の1917年の襲撃は、映画みたいな超大群衆・超スペクタクルだったかは議論があります。
しかし後世の人が頭の中で思い浮かべる革命の絵面は、この映画の再現がめちゃくちゃ影響したと思われます。







































つまり史実を撮ったというより、史実の記憶のテンプレを作った作品といえますね
物語で感動させるのではなく、編集のリズムで革命のエネルギーを体感させる映画です。













神や偶像のショットを次々つないで、信仰・権力・大衆心理を一気に皮肉る名物モンタージュを感じとってください
大きな変化は、情報の編集で起きるという視点をもってみましょう。
現代でも、ニュースやSNSの切り取り方ひとつで世界の見え方は変わります。熱狂に呑まれそうなときほど、自分の頭で考える力を手放さないことが大切です。
そんなメディアリテラシーの大切さを伝えてくれる作品です。
紐育の波止場

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0042)
監督:ジョセフ・フォン・スタンバーグ
75分/アメリカ
原題または英題:The Docks of New York
配給:パラマウント映画
「にゅーよーくのはとば」と読みます。
船の火夫ビルが、自殺を図ったダンスホールの女性メイを助けたことから始まる、一晩の物語。荒っぽい男と傷ついた女が、酔いと勢いで結婚してしまうが、それは本気なのか冗談なのか。
港町の霧と酒場の中で、二人の心が少しずつ動いていきます。
公開当時はトーキー映画の波に埋もれて興行的には失敗しましたが、後にハリウッド最後の真に偉大なサイレント映画と言われるようになりました。







































「霧と光で恋愛を語る」という、映像至上主義の美学を感じとってほしいです
見どころは、美術監督ハンス・ドライアーが作り上げた酒場の雰囲気と、霧に包まれた港の映像美。撮影監督ハロルド・ロッソンのカメラワークが、ジョージ・バンクロフトとベティ・コンプソンの感情を繊細に映し出します。派手な展開よりも、視線や沈黙がドラマを運ぶ作品です。
この映画の心臓部は酒場(サンドバー)。ストーリーより先に「この酒場の空気を観る映画」と言っていいくらい、霧・光・人の密度が完成されています。「港町のビジュアル沼」の入口ともいえます。
人を救うのは正論ではなく、ほんの少しの優しさだということです。
誰かの弱さを見たとき、説教するより隣に座るだけで、世界は少し変わります。底辺の人々のラブストーリーが、現代の孤独にも響く作品となるでしょう。
裁かるゝジャンヌ

画像引用元:映画.com
(NO.0043)
監督:カール・テオドア・ドライヤー
97分/フランス
原題または英題:La passion de Jeanne d’Arc
配給:ザジフィルムズ
ジャンヌ・ダルクの裁判と処刑前の数時間を描いた、サイレント映画の最高傑作の一つ。監督のドライヤーは実際の裁判記録をもとに台本を作り、極端なクローズアップで登場人物の顔を映し続けることで、信仰と恐怖に引き裂かれる心を映し出しました。
主演のルネ・ファルコネッティの演技は映画史上最高の演技と評され、彼女の視線、涙、表情だけで、言葉以上のものを語ります。この一本きりで映画界を去った彼女の顔は、今も多くの映画人の心に焼きついています。
本作は公開当時、興行的には失敗し、オリジナル版は火災で失われたと考えられていました。しかし1981年、ノルウェーの精神病院ディークマルクで、ほぼ完全なオリジナル版のプリントが発見され、映画史上の奇跡として再評価されました。







































ノルウェーのディーケマルク病院の物置で、オリジナル版に近いプリントが見つかったという伝説級の再発見です
公開後まもなく検閲カットが入り、さらに1928年にベルリンのUFAで火災が起きてオリジナルネガが失われたとされています。
かんとくさんその結果、長い間完全版が消滅したと思われていたんだ
弱さの中にこそ本当の強さがあるということを伝えています。
周りの圧力に押しつぶされそうなとき、自分が何を信じて立っているのかを思い出させてくれます。確実に背骨を正してくれるような作品なのです。
アンダルシアの犬

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0044)
監督:ルイス・ブニュエル
17分/フランス
原題または英題:Un Chien Andalou
配給:アイ・ヴィー・シー
監督ルイス・ブニュエルと画家サルバドール・ダリが組んで作り上げたシュルレアリスムの代表作です。普通の映画のようなストーリーはなく、二人が見た夢をつなぎ合わせた不思議な映像が次々と現れます。
脚本の出発点はブニュエルの「月が雲で切られる夢」と、ダリの「手に蟻が群がる夢」。二人が「その2つ、くっつけたら映画できるじゃん」で本当に作ったのです。







































この文化祭的ノリが天才です
冒頭の目を剃刀で切り裂くシーンは、今も映画史上最も衝撃的な場面のひとつ。この作品は「映画は物語を語らなくてもいい。人の無意識に直接届けばいい」という新しい考え方を示しました。
影響力の大きい傑作として、今でも短編映画の代表として、一般のブログでもよくあがってくる作品です。
有名すぎる「目スパッ」は人間の目ではなく、あの衝撃シーンは子牛の目を使ったとブニュエルが語っています。観客のトラウマを守るために!?動物にバトンタッチ。







































守れていませんけどね
わずか16分なのに、その後の実験映画やMV、広告表現にまで影響を与え続けています。
見どころは、意味を探そうとする頭をすり抜けていく不思議な映像の連続。手、虫、月、身体、それらが何を表すのか、答えは誰にもわかりません。
冒頭のカミソリ男はブニュエル本人。そしてダリも(諸説あるけど)修道士役などで関わってるとされています。
すぐに理解できないものを、価値がないと決めつけないという姿勢が大事です。
人生でも、うまく説明できない直感や違和感が、後になって大切な道しるべになることがあります。短時間で頭の固定観念をほぐしてくれる、危険で痛快な一本です。
キートンの蒸気船

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0045)
監督:チャールズ・ライスナー、バスター・キートン
71分/アメリカ
原題または英題:Steamboat Bill Jr.
配給:ユナイテッド・アーティスツ
大学を出たばかりのお坊ちゃん息子ウィリーが、何年も会っていなかった蒸気船船長の父のもとへ帰郷します。父の船会社はライバルと激しく競争中で、しかもウィリーは敵方の娘と恋に落ちてしまいます。
キートンの代表作のひとつとも言われます。
最大の見どころは、映画史上最も有名なスタントシーン。
巨大なサイクロン(竜巻)が町を襲う中、建物の壁がキートンめがけて倒れてくるのですが、彼が立っている場所にちょうど窓があり、奇跡的に無傷で済みます。これは2トンの本物の建物のファサードを使った撮影で、立ち位置がわずか数センチずれていたら命を落としていたという危険なものでした。
あの超有名ショットは本物の巨大ファサード(壁面セット)を落としていて、トリック頼みじゃないタイプ。キートンは窓枠の位置にぴったり立つ必要があり、足元に目印を打って立ち位置を固定したとされています。







































数センチズレていたら大事故!?
不器用でも自分の立ち位置を見つければ人は変われるということです!
親の期待、恋、仕事、世間体に振り回されても、最後に必要なのは派手な才能より、自分が踏ん張れる場所を決めることです。
最初は大洪水のフィナーレを準備していたけど、現実世界で1927年のミシシッピ大洪水が起きて企画が中断・変更。そこでサイクロン案に切り替えて伝説が生まれました。
キートンの無表情が、その小さな覚醒を最高に痛快な笑いへと変えてくれます。
アジアの嵐

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0046)
監督:フセヴォロド・プドフキン
72分/ソビエト連邦
原題または英題:Storm Over Asia Potomok Chingis-khana
フセヴォロド・プドフキン監督が手掛けた『母』『聖ペテルブルクの最後』そしてこの『アジアの嵐』といういわゆる「革命三部作」の最終作です。
貧しいモンゴル人猟師バイルが、毛皮商人に騙され、やがてソビエト・パルチザンとして戦いに巻き込まれていきます。英国軍に捕らえられた彼の持ち物から「チンギス・ハンの末裔」を示す護符が見つかり、英軍は彼を傀儡の王(かいらいのおう)として利用しようとします。しかしバイルはその筋書きを拒否し、怒りを革命の力へと変えていきます。







































傀儡の王とは、他人に操られる王という意味です
反帝国主義の政治映画として知られています。実際には英国軍はモンゴルを支配していませんでしたが、この映画は史実というより、様々な場所に応用できる反帝国主義のメッセージとして作られました。
見どころは、バイルの素朴さが怒りへと変わる心理の変化と、モンゴルの草原で撮影された圧倒的に美しい映像です。終盤の「嵐」のシーンは、自然のスペクタクルであると同時に、支配の傲慢さが崩れ去る象徴として機能しています。
主人公バイル役のヴァレリー・インキジノフはブリヤート出身(モンゴル系)で、実の父親が劇中の父役で出演しています。
肩書きや血筋を誰かに利用されそうになったとき、最も大切なのは自分の意思だということです。
怒りを破壊で終わらせず、自分の尊厳を守る行動に変えられるか。その問いを鮮烈に突きつけてくる作品です。
1929年

A Throw of Dice(南国千一夜)

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0047)
監督:フランツ・オステン
74分/ドイツ
原題または英題:A Throw of Dice
日本公開情報なし
インド叙事詩『マハーバーラタ』の一場面をもとに、ラージャスターンで撮影した74分のサイレント映画です。
隣り合う王国を治める二人の王、ソハトとランジットが、美しい隠者の娘スニータに恋をし、最終的にサイコロ勝負で決着をつけようとする物語。善と悪がはっきり分かれた、わかりやすいロマンス劇です。


プロデューサーでもあるヒマンス・ライが、自分で悪役ソーハトを演じてるのがちょっと熱いと思わせるよね
この映画の圧倒的な魅力は、その規模の大きさ。
1万人のエキストラ、1000頭の馬、50頭の象を動員した壮大な映像は、サイレント時代の映画とは思えないほど豪華で、今でも専門家からは「稀少で魅力的な宝石」と言われるほどです。
ストーリーはシンプルですが、この映画が教えてくれるのは「運に人生を委ねる危うさ」。
一度のサイコロで、王国も愛も失ってしまう。だからこそ、人生の大事な選択は運任せにせず、自分の意志で決めることが重要なのです。
豪華絢爛な古代の物語を通じてわたしたちに伝えてくれている作品なのです。
資料だと74〜76分前後の表記が多く、バージョンや資料源で上映時間に揺れがあります。
「サイレント映画あるある」→同じ映画なのに尺が違うパターン
カメラを持った男

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0048)
監督:ジガ・ヴェルトフ
69分/ソビエト連邦
原題または英題:Человек с киноаппаратом/Man with a Movie Camera
配給:極東映画社
モスクワ、キエフ、オデッサの都市を舞台に、朝から夜までのソビエト市民の日常を、物語も俳優も台詞もなしで描き出した69分の実験ドキュメンタリーです。
ドキュメンタリーの金字塔としてもよく挙げられる映画です。













撮影者は弟ミハイル・カウフマンで、本人あの「カメラを持った男」として出演。編集は妻エリザヴェータ・スヴィロワです







































家族製作チームだったのですね
見どころは、今見ても驚く映像技術の数々。多重露光、スローモーション、フリーズフレーム、分割画面、極端なアングルなど、現代のMVやSNS動画のルーツとも言える手法が次々に登場します。
かんとくさん街の一日は一日のはずなのに、実際の撮影地はモスクワ、キエフ、オデッサが混ざっているよ
撮影と編集の可能性を限界まで追求した、映像の自由さそのものを体感できる映画です。
作品冒頭で「字幕なし/脚本なし/俳優なし」級の宣言をして、徹底して映像と編集だけで語る実験をやり切っています。







































「説明ゼロ縛り」の職人芸ですね
見方を変えれば世界が変わるということを教えてくれます。
同じ現実でも、切り取り方や並べ方を変えるだけで、まったく違う意味が生まれる。仕事でも日常でも、行き詰まったときは視点や順番を変えてみる。
発想の転換で見え方が変わるかもしれません。はたまた人生が変わるかもしれません。そんなことを映像を通じて体感させてくれる作品といえます。
パンドラの箱

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0049)
監督:ゲオルク・ヴィルヘルム・パープスト
133分/ドイツ
原題または英題:Die Buchse der Pandora/Pandora’s Box
配給:中央映画社
ヴェデキントの戯曲をもとに、自由奔放な踊り子ルルが、新聞社の社長シェーンやその息子アルヴァ、伯爵夫人らを惹きつけながら、やがて破滅へと向かう物語を描くサイレント映画。
日本でよく見る情報だと110分前後だけど、資料や復元版では130分台の表記もあります。サイレントあるあるの一つで、上映時間がまちまち。
見どころは、ルルを単純な悪女として描かず、無邪気さと破壊性が同居する複雑な存在として描いた点です。
ブルックスの象徴的なボブヘアと視線だけで場の空気を変える演技は驚くほど現代的。
欲望が社会の偽善や階級制度と衝突する様子を鋭く描き、恋愛悲劇を超えた社会批評にもなっています。
かんとくさん当時では珍しいLGBTQ描写があって検閲を震撼させたんだ
伯爵夫人ゲシュヴィッツは映画史的にかなり早いLGBTQ表象で、ルルに惹かれるゲシュヴィッツ伯爵夫人の存在は、サイレント期としてはかなり踏み込んだ描写。
だからこそ当時の検閲の矢面にも立ったのです。







































検閲の目安が各国バラバラで、バージョンがごちゃごちゃになっていきました
魅力の中心に立つとき、自由と危険は同時に膨らむということでしょうか。
魅力は人を惹きつける力になるけれど、同時に自分を守る盾にはならない。だからこそ、惹かれる衝動と守るべき境界線の両方を見極める必要があるのです。そんな教訓を、美しくも冷たい映像で伝えてくれる作品です。
恐喝(ゆすり)

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0050)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
86分/イギリス
原題または英題:Blackmail
配給:松竹
ヒッチコックが1929年に作り上げたイギリス初のトーキー映画。刑事フランクの恋人アリスが、画家の男に襲われそうになり正当防衛で刺し殺してしまう。罪悪感に苛まれる彼女の前に、事件を目撃した男が現れ、恐喝を始めるというサスペンス。
この映画の特徴は、サイレント映画として撮影を開始したものの、途中でトーキーへ転換した点です。そのため冒頭部分は音声なしで進み、途中から音声が入る独特の構成になっています。
もともと無声映画として進んでたのに、プロデューサー判断で途中から音声映画へ方針転換。結果、音声版とサイレント版が並行して作られ、同年に出るというレア構造になったのです。
アニー・オンドラの訛りが問題となり、ジョーン・バリーが別の場所から台詞を吹き替えるという技術的な挑戦も見どころの一つ。
英国ではまだ音響設備が整っていない劇場が多く、サイレント版のほうが上映機会が多く人気も強かったのです。歴史はトーキー版を革命作として記憶したけど、現場の勝者は無声側だったようで。
ヒッチコック作品では後期よりは荒っぽさも見えるものの、彼の代名詞となるテーマや手法など、才能が随所に見られます。
見どころは、罪悪感の心理描写。朝食のシーンで「ナイフ」という言葉だけが繰り返し聞こえてくる演出は、音響を使った心理表現の先駆けとして覚えておいてほしいシーンです。
ロンドン地下鉄で少年に絡まれながら本を読むシーン。ご本人様のカメオ
かんとくさんヒッチコックご本人登場で最長の作品だよ。何と19秒も登場していたんだ
隠そうとすることが人を追い詰めるという教訓。
一度の過ちよりも、それを隠し続けることで状況は悪化していく。早めに認めて対処することが大切だと伝えてくれる作品です。
まとめ

この記事では、『死ぬまでに観たい映画1001本』のうち、1902年~1929年までの概要をお伝えしました。
かんとくさん『イントレランス』って、うちの会社と同じなんだよ







































ええ!?どうしてですか?
かんとくさん不寛容が組織を壊すんだ







































切実だと思いますが笑えませんよ
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