この記事では
『死ぬまでに観たい映画1001本』全リスト作品の概要を簡単に説明しています。
全部で1200作品以上あり一つの記事で紹介しきれないので、年代別に分けています。
ここでは、1960年代前半の、1960年から1964年までの作品を紹介します。
かんとくさん今日も映画を見るぞ













































いいですねえ
各映画の概要を簡潔に紹介しています。考察はほとんど書いていません。まずは感覚を楽しんでいただき、あなたのハートを動かしてもらうのが目的です。
人生の岐路において、役立つ映画がここでもわんさかと掲載されています。
興味がある作品はどんどん鑑賞していきましょう。そして次の興味をひきだして、映画ライフを充実させていきましょう。
かんとくさん往年名監督の映画がどんどん出てくるよ
記事を順番で見ていくと長くなるので、こちらの一覧リストから見るといいですよ。














































このリストの作品名から概要の記事にとべます
1960年

土曜の夜と日曜の朝

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0366)
監督:カレル・ライス
89分/イギリス
原題または英題:Saturday Night and Sunday Morning
配給:昭映フィルム
イギリスの工場で働く若者アーサーの物語です。彼は平日は機械工として真面目に働きますが、週末になると酒を飲み、恋愛を楽しみ、自由気ままに過ごします。しかし、同僚の妻との不倫関係や、新しく出会った女性ドリーンとの恋愛が複雑に絡み合い、やがて現実の厳しさに直面することになります。
アルバート・フィニー演じる主人公は、社会のルールに反発しながらも、結局はそこから逃れられない若者の姿をリアルに表現しています。
この作品は「キッチン・シンク・リアリズム」という、労働者階級の日常をありのままに描く映画運動の代表作で、当時としては衝撃的な性や妊娠の問題も扱いました。
映画の見どころは、工場の油の匂いが漂ってきそうな生々しい日常描写です。パブでの喧騒、狭い家での息苦しさ、そして若者の抑えきれない衝動が画面から伝わってきます。監督のカレル・ライスは、ドキュメンタリー出身だけあって、まるで本物の工場町を覗いているような臨場感を作り出しました。
結末のトーンをめぐって、ライス監督とフィニーはかなり揉めたそうです。監督は「彼はまだ若く、世界を知っていく途中だ」と希望を込めたかったのに対し、フィニーは「そんな甘い終わり方じゃ嘘になる」と主張。最終的に、二人の妥協点として静かな諦めとほのかな希望が混ざった、あの名ラストになったそうです。
自由には必ず責任が伴うということです。
アーサーは好き勝手に生きているようで、実は「自分らしく生きたい」という切実な願いを抱えています。社会に不満を持ちながらも、どこかで折り合いをつけて生きなければならない。
そんな誰もが抱える葛藤を、こんな時代でも鮮やかに見せてくれるのです。
甘い生活

画像引用元:映画.com
(NO.0367)
監督:フェデリコ・フェリーニ
174分/イタリア・フランス
原題または英題:La dolce vita
配給:コピアポア・フィルム
ゴシップ記者マルチェロが7日間にわたってローマの上流社会を渡り歩く物語です。彼は有名人のパーティーや豪華な夜の世界を取材しながら、刺激的で贅沢な「甘い生活」を送っています。でも、どんなに華やかな世界にいても、心の中はずっと空っぽのまま。愛も幸せも探し求めるけれど、結局は見つけることができません。
映画の冒頭では、ヘリコプターがキリスト像を運ぶシーンとビキニ姿の女性たちが対比的に映し出され、聖なるものと浅薄なものの混在を象徴的に表現しています。
かんとくさん『パパラッチ』という言葉は、この映画に出てくる報道カメラマンの「パパラッツォ」から生まれた言葉なんだ
特に有名なのは、アニタ・エクバーグがトレビの泉で水しぶきを上げながら歩くシーン。この場面は印象的な名場面の一つです。
息をのむようなスタイルで作られた映画で、カンヌ映画祭では最高賞のパルムドールを受賞し、アカデミー賞では衣装デザイン賞も獲得しました。
カトリックの総本山ヴァチカンが、この映画を「堕落を描いた冒涜」として非難。上映禁止を求める声明まで出しました。そのおかげで話題が沸騰し、逆に興行は大ヒット。













































フェリーニは「最大の宣伝マンはヴァチカンだった」と言っていますね
表面的な華やかさだけを追い求めても、本当の幸せは見つからないということですね。
お金や名声があっても心が満たされないマルチェロの姿は、現代の私たちにも通じるメッセージです。きらびやかな世界の魅力を見せながら、同時にその虚しさも描き出しています。
穴

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0368)
監督:ジャック・ベッケル
132分/フランス
原題または英題:Le Trou
配給:東和
1947年に実際に起きたラ・サンテ刑務所の脱獄事件を基にしています。4人の囚人が密かに脱獄計画を進める房に、新入りのガスパールが入ってきます。彼らはベッドの支柱を使って床のコンクリートを砕き、下水道を通って外の世界へ続く「穴」を掘り進めていきます。
この映画の特徴は、実際の事件に関わった元囚人が俳優として出演し、脱獄の技術指導も行ったことです。音楽はエンドクレジット以外ほとんど使われず、代わりにコンクリートを砕く音や鉄を削る音が緊張感を生み出します。床を掘るシーンは約4分間の長回しで撮影され、まるでドキュメンタリーのようなリアルさです。
史上最高の脱獄映画の一つとも言われます。
主人公たちのひとりを演じたジャン・ケロディは、なんと実際にこの事件の当事者。彼の体験談をもとに原作者が小説を書き、その映画化に彼自身が出演したという前代未聞の構図です。













































リアルなので演出いりませんね
この映画が教えてくれるのは、人間関係の本質です。どんなに完璧な計画も、仲間の信頼なしには成功しません。自由を求める人間の執念と、それを支える友情、そして最後に訪れる衝撃的な裏切り。
「本当に信じられるものは何か」を問いかけています。心に深く刻まれる名作です。
若者のすべて

画像引用元:映画.com
(NO.0369)
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
177分/G/イタリア・フランス
原題または英題:Rocco e i suoi fratelli
配給:アーク・フィルムズ、スターキャット
戦後イタリアの社会変動を一家族の運命を通して描いた大作です。貧しい南イタリアから、母親と5人の息子たちが仕事を求めて工業都市ミラノへ移住します。しかし、都会での新しい生活は想像以上に過酷で、家族はそれぞれ違う道を歩み始めます。
優しく自己犠牲的な次男ロッコと、激情的で破滅的な三男シモーネの対照的な兄弟が中心です。二人は同じ女性を愛してしまい、その三角関係が家族全体を悲劇へと導いていきます。アラン・ドロンが演じる美しく純粋なロッコの姿は、今でも心に響きます。
貧困や犯罪の描写がリアルすぎて、「ミラノの印象を悪くする」とミラノ市が猛抗議。映画館のポスターが破られる事件まで起こりました。
かんとくさん監督は「本当のことなのに」と開き直っていたよ
イタリアのネオレアリズモ映画の傑作とも言われ、マーティン・スコセッシやフランシス・フォード・コッポラなど、後の巨匠たちにも大きな影響を与えた作品として知られています。
美しい映像と生々しい人間ドラマの対比が魅力です。白黒の映像が醸し出す詩的な美しさの中で、家族の愛憎劇が激しく展開されます。都会の冷たさと家族の温かさ、成功への夢と現実の厳しさが交錯する様子は、オペラのように壮大です。
この映画が教えてくれるのは、「家族の絆は時に人を縛り、時に救う」という複雑な真実。
どんなに愛し合っていても、環境や運命によって家族は離れ離れになることもある。しかし、それでもなお家族を思う気持ちは消えない。そんな普遍的なテーマがあるのです。
情事

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0370)
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
145分/イタリア
原題または英題:L’ Avventura
配給:イタリフィルム
人間の感情の空虚さを描いた革新的な作品です。物語は、裕福な若者たちのヨット旅行から始まります。その途中、アンナという女性が島で忽然と姿を消してしまいます。恋人のサンドロと親友のクラウディアは彼女を探しますが、その過程で二人は次第に惹かれ合い、いつの間にか失踪の謎よりも、自分たちの新しい関係に心を奪われていきます。
1960年のカンヌ初上映時、観客はあまりの静けさと説明のなさに苛立ち、上映中に大ブーイング。ところが、翌日から批評家の間で「これは革命だ」と話題になり、最終的に審査員特別賞を受賞。













































カンヌでブーイングから一日でスタンディングオベーションに変わったんですね
見どころは、従来の映画とは全く違う独特のリズムです。
ミステリーのように始まりながら、謎は解決されません。代わりに、人間の心にある「空白」や「孤独」が浮かび上がってきます。長回しの映像と余白の多い構図は、観る者が登場人物と同じように心の迷路に迷い込んでしまうような感覚を生み出します。
かんとくさんヴィッティとアントニオーニは、ここから恋が始まったんだ
人は誰かがいなくなったとき、その空白をどう埋めるのか。愛する人を失った後、別の誰かで心の穴を埋めようとしても、本当の解決になるのでしょうか?
人間の本能というものをえぐり出します。美しい風景の中で人間の内面の荒野を描き出しているのです。
勝手にしやがれ

画像引用元:映画.com
(NO.0371)
監督:ジャン=リュック・ゴダール(ハンス・リュカス)
90分/フランス
原題または英題:A bout de souffle
配給:オンリー・ハーツ
この作品は「ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)」と呼ばれる映画運動を代表する一本となり、映画史に大きな影響を与えました。
物語は、車を盗んで警官を殺してしまった若者ミシェルが、アメリカ人留学生パトリシアと過ごす数日間を描いています。ミシェルは映画スターのハンフリー・ボガートに憧れ、格好つけながらパリの街を逃げ回ります。しかし、警察に追われる中で、二人の関係は次第に追い詰められていきます。
この映画の革新性は、手持ちカメラによる自由な撮影や、「ジャンプカット」という大胆な編集方法にあります。まるで街角のドキュメンタリーのような自然な雰囲気が、当時の映画界に衝撃を与えました。
今では革命的な編集として知られるジャンプカットですが、実はカットが長すぎて、ゴダールが「もったいないから途中を切ってつなげ」と編集技師に指示したのが始まり。編集担当は「そんな乱暴な」と呆れたものの、出来上がりが新鮮すぎて世界が驚いたという偶然の発明です。
見どころは、パリの街を舞台にした生き生きとした映像と、二人の若者の会話です。
ゴダール監督は、その日の朝に撮影する場面の台本を書いていたという逸話も残っています。カフェでの何気ない会話や、部屋で過ごす長い場面が、不思議な魅力を持っています。
かんとくさん脚本は、その日のゴダールの気分で決まったんだって
自由に生きることの難しさを感じます。ミシェルは無責任で身勝手に見えますが、その行動には、社会のルールに縛られたくないという若者らしい反抗心が表れています。
完璧ではない不器用な生き方もまた、真実を伝えてくれるのです。
スパルタカス

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0372)
監督:スタンリー・キューブリック
190分/アメリカ
原題または英題:Spartacus
配給:ユニバーサル・ピクチャーズ
古代ローマを舞台とした壮大な歴史映画です。物語の主人公は、奴隷として闘技場で戦わされる男スパルタカス。彼は仲間たちと共にローマ帝国に反乱を起こし、自由を求めて戦います。実際の歴史をもとにした物語で、約3時間という長さの中に、迫力ある戦闘場面と人間ドラマが詰まっています。
CGなどない時代に、何千人もの本物のエキストラを使った大規模な戦闘シーンは圧巻です。
実は最初の監督はアンソニー・マン。しかし主演のカーク・ダグラスと衝突して解任され、急きょ若きキューブリックが呼ばれました。つまりここでのキューブリックは、雇われ監督だったのです。
かんとくさんキューブリックはこの作品だけは自分の映画じゃないと言い張っていたんだ













































そのせいで、次からは全部自分でやったんですね
特に有名なのが「私がスパルタカスだ!」と叫ぶシーンです。ローマ軍に捕まった奴隷たちが、仲間を守るために次々と「自分がスパルタカスだ」と名乗り出る場面は感動的なシーンですね。
自由とは誰かに与えられるものではなく、自分たちで勝ち取るものという真実。
スパルタカスは最終的に敗北しますが、彼が示した勇気と誇りは見る者の心に残ります。権力に立ち向かう人間の強さを描いた、今も色あせない名作です。
アパートの鍵貸します

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0373)
監督:ビリー・ワイルダー
125分/G/アメリカ
原題または英題:The Apartment
配給:ユナイテッド・アーティスツ
主人公は保険会社で働くサラリーマン、バクスター。彼は出世のために、自分のアパートを上司たちが浮気に使う場所として貸していました。ところが、彼が密かに好意を寄せていたエレベーターガールのフランが、実はその上司の愛人だったことを知ってしまいます。
アカデミー賞では10部門にノミネートされ、作品賞・監督賞・脚本賞を含む5部門を受賞しました。ワイルダー監督は、この作品で初めて同じ映画の製作・監督・脚本の3部門すべてを受賞した人物となりました。
彼がアイデアを得たのは、デヴィッド・リーン監督の『逢びき』(1945年)を観たとき。「上司の浮気を手伝う部下がいたら…」という発想が頭に浮かんだそうです。





ワイルダーは他人の噂話から脚本を思いつきました
見どころは、笑いと切なさが絶妙に混ざり合った物語です。会社で出世するために自分を犠牲にする主人公の姿は、今の時代にも通じるものがあります。
特にラストシーンでフランが「シャットアップ・アンド・ディール(黙ってカードを配って)」と言う場面は名シーンですよね。













































ジャック・レモンの「パスタシーン」は完全アドリブです
人を踏み台にして得た成功には意味がないということでしょうか。
バクスターは最終的に、昇進よりも自分らしく生きることを選びます。モノクロの映像が人間の温かさや誠実さを際立たせている、静かなる名作です。
下女

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0374)
監督:キム・ギヨン
108分/韓国
原題または英題:The Housemaid
配給:金綺泳プロダクション
物語の舞台は、ある一軒家。ピアノ教師の男性が、妻と子どもたちと暮らしていましたが、家事を手伝ってもらうために若い女性を家政婦として雇います。ところがこの女性は次第に主人に執着し始め、やがて家族全体を恐怖に陥れていきます。
韓国映画の古典としても知られ、2010年にはリメイクも。特にヒッチコック監督の作品と比較されることも多く、心理的な緊張感の作り方が特徴的なのです。
キム・ギヨンはもともと医大で解剖学を学んでおり、人体の構造や心理の歪みに強い興味がありました。その視点がこの映画の「家庭=人体」「愛=病巣」というテーマに活かされています。
かんとくさん監督キム・ギヨン、もともとは解剖医志望だったんだ
見どころは、日常の中にじわじわと広がっていく不安です。階段を使った構図や、登場人物の視線の使い方が巧みで、観ている人を少しずつ追い詰めていきます。
当時の韓国社会における階級の問題や、家庭内の力関係を描いた社会派の側面も。
平穏な日常は、いつでも壊れる可能性があるということですね。
欲望や執着は誰の心にも潜んでいて、一度表に出ると、家族や日常を簡単に破壊してしまいます。静かに始まりながら、最後には逃げ場のない緊張感へと変わっていく作品です。
雲のかげ星宿る

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0375)
監督:リッティク・ゴトク
126分/インド
原題または英題:Meghe Dhaka Tara The Cloud-Capped Star
日本公開情報なし
物語の中心にいるのは、ネータという若い女性。1947年のインド分離独立後、東パキスタン(現在のバングラデシュ)から避難してきた家族の一員として、カルカッタ郊外の難民キャンプで暮らしています。彼女は家族を養うために働き続け、自分の夢や幸せを犠牲にして家族を支えます。しかし、家族は彼女の献身を当たり前のものとして受け取り、やがて彼女は心身ともに追い詰められていきます。
2012年には英国の映画雑誌『サイト&サウンド』の「史上最高の映画」リストにも選ばれました。
見どころは、静かに進行する悲劇です。派手な展開はありませんが、家族の無関心や日々の小さな出来事の中に、深い痛みが描かれています。特にラストでネータが叫ぶ「私も生きたい!」という言葉は、インド映画史に残る名場面とも。
ネータの絶望を表すために、音響スタッフがマイクの破裂音を意図的に残した場面があります。ゴトクはそれを聴いて「心が割れる音だ」と絶賛。
自分のために生きることが大切だということを教えてくれます。
家族や大切な人のために尽くすことは美しいことですが、自分自身の幸せも見失ってはいけない。そんなメッセージを伝えているのです。
サイコ

画像引用元:映画.com
(NO.0376)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
109分/アメリカ
原題または英題:Psycho
配給:パラマウント
サスペンス映画の傑作です。物語は、会社のお金を盗んで逃げる女性マリオンが、嵐の夜に小さなモーテルに泊まることから始まります。モーテルを経営する青年ノーマン・ベイツは、一見穏やかで優しそうですが、母親との関係に秘密を抱えています。
それまでの映画の常識を破りました。主人公が物語の途中で死んでしまうという展開は、当時としては前例のないものでした。
何といっても有名な「シャワーシーン」は見どころです。わずか数十秒の場面に70以上のカットを使い、音楽と映像で観客を恐怖に引き込みます。バーナード・ハーマンの作曲した鋭い弦楽器の音は、今でも多くの作品で引用されています。
アメリカ映画でトイレを流す描写が初めて使われたのが『サイコ』。当時は検閲が厳しく、「不道徳」とまで言われたとか。ヒッチコックは「だからこそやる」と即決。













































実は革命的映画です
人の心の奥底は、見た目だけではわからないものです。普通に見える人でも、心の中には誰にも言えない秘密や苦しみがあるかもしれません。
ヒッチコック監督は、そうした人間の内面の恐怖を、エンターテインメントとして見事に描き出しました。60年以上経った今でも色あせない、映画史に残る名作です。
公開前、彼は本の版元に依頼して原作小説を全て買い占め、ネタバレを防止。さらに、劇場に「上映後の入場禁止」を命じ、遅れてきた観客は入場できなかった。
かんとくさん映画の結末を絶対に漏らさないための策略だったんだ













































ヒッチコック、この作品にはけっこうナーバスだったんですねぇ
ピアニストを撃て

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0377)
監督:フランソワ・トリュフォー
92分/フランス
原題または英題:Tirez Sur Le Pianiste
配給:新外映
主人公のシャルリは、場末のバーでピアノを弾く男性。かつてはコンサートピアニストとして活躍していましたが、妻の自殺をきっかけに過去を捨て、今は偽名で静かに暮らしています。ある日、ギャングに追われた兄が現れ、シャルリは再び危険な世界に巻き込まれていきます。
映画のコミカルなテンポは、実際に2人が舞台でコメディをしていた経験から生まれています。
かんとくさんギャングの2人組は、もともとはコント師だったんだ
この作品はトリュフォー監督の2作目で、前作『大人は判ってくれない』とはまったく違う方向性を目指しました。アメリカのギャング映画へのオマージュでありながら、トリュフォーらしいユーモアと悲しみが混ざり合っています。
見どころは、映画のジャンルを自由に行き来する演出です。シリアスな場面の直後にコメディのような会話が入ったり、突然歌のシーンが挿入されたりと、観る者を飽きさせません。
当時のフランス観客は『大人は判ってくれない』の成功から真面目なドラマを期待しており、この風変わりな作品に戸惑ったとか。しかしアメリカの映画学生が熱狂し、「これぞ反体制的映画」と再評価。
過去から逃げても、人生は追いかけてくることを教えてくれます。
どんなに静かに生きようとしても、人は過去や人間関係から完全には自由になれない。それでも、愛や音楽は人生に小さな希望をもたらしてくれる。そんな人生の複雑さを、軽やかで美しい映像で描いている作品なのです。
血を吸うカメラ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0378)
監督:マイケル・パウエル
101分/イギリス
原題または英題:Peeping Tom
配給:東和
主人公マークは映画撮影所で働く青年。幼い頃、心理学者だった父親に「恐怖の実験」の被験者にされ続けた悲しい過去を持ちます。彼はカメラを通してしか人と関われず、やがて女性を殺害し、その恐怖の表情を撮影するようになります。
公開当時、イギリスでは「不快で下品」と批評家から激しく攻撃され、パウエル監督のキャリアは事実上終わりました。しかし時が経つにつれ評価は一変。同じ年の『サイコ』と並ぶ名作スリラーとなりました。
マーティン・スコセッシ監督らが「映画制作について語るべきすべてが詰まっている」と絶賛する傑作となりました。
この映画の恐ろしさは、観客自身が「覗き見する側」になってしまう仕組みにあります。マークのカメラ越しに殺人が映されるため、私たちは知らず知らずのうちに彼と同じ視点で「見て」しまうのです。
公開後、著名評論家ディラン・トマス夫人ケイト・トマスが新聞に「この映画は人間の魂を汚す」と痛烈批判。この記事で上映中止が相次ぎ、パウエルのキャリアが実質終了。
かんとくさん監督は、映画より批評のほうが恐ろしいと言っていたよ
映画を観るという行為そのものが、実は覗き見と同じではないか?そんな不快な真実を突きつけてきます。
この作品は「人は誰でも見ることで何かを支配し、見られることを恐れる」という人間の本質を描いています。激しく拒絶された映画が名作として語り継がれるようになったこと自体、人間の好奇心と恐怖への惹かれ方を物語っているのかもしれません。
血ぬられた墓標

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0379)
監督:マリオ・バーヴァ
83分/アメリカ
原題または英題:Black Sunday
配給:松竹セレクト
ゴシックホラーの傑作です。17世紀のモルダビア(東欧)を舞台に、魔女アーサ・ヴァイダが処刑される冷酷な場面で幕を開けます。彼女の顔には悪魔の仮面が打ち込まれ、復讐を誓いながら息絶えます。しかし200年後、偶然墓を暴いてしまった医師たちによって魔女は甦り、自分と瓜二つの子孫カティアを狙います。
モノクロの光と影を駆使した映像美は、ホラー映画を芸術の領域へ引き上げた作品として知られています。
あまりに残酷描写が多かったため、公開時には国内で数十カットが削除されました。バーヴァは「美しい死体も芸術だ」と反論したそうですが、検閲官には理解されず。
この作品はダリオ・アルジェントをはじめ、後のホラー監督たちに計り知れない影響を与えました。
見どころは、恐怖と美しさが同居する独特の映像世界です。ろうそくの炎、霧、暗闇の中で光る瞳が生み出す画面は絵画のような美しさです。バルバラ・スティールの冷たく妖艶な表情は、恐怖そのものが魅惑的であることを物語っています。
かんとくさんアメリカ公開時、タイトルが魔女なのか吸血鬼なのか混乱したんだって
この映画が教えてくれるのは、「過去の憎しみや呪いは、時を超えて甦る」ということ。
悪は外からやってくるのではなく、人の心の奥底に眠っているのかもしれません。美しくも恐ろしく、どこか哀しい。ただのホラーではなく、人間の内面を映し出す作品なのです。
若い娘

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0380)
監督:ルイス・ブニュエル
95分/アメリカ・メキシコ
原題または英題:The Young One
日本公開情報なし
アメリカ南部カロライナ沖の孤島が舞台。白人の管理人ミラー、13歳の孤児の少女エヴィー、そして濡れ衣の強姦罪で逃亡してきた黒人ジャズミュージシャンのトラヴァー。この3人が孤立した島で織りなす緊張感あふれる人間ドラマです。
物語は、人種差別、性的虐待、偽善といった重いテーマを正面から描きます。ミラーは少女を保護するふりをしながら支配し、トラヴァーに対しては露骨な人種差別を見せます。美しい自然の中で、人間の醜い本性がむき出しになっていく様子が淡々と映し出されます。
1960年という時代に、アメリカ社会のタブーを正面から描いた勇気ある作品です。派手な演出を一切使わず、日常の中に潜む暴力や差別の構造を冷静に見つめます。
ブニュエルは撮影の合間に「この映画はラブストーリーだ。だが観客は絶対に気分が悪くなる」と冗談を言っていたそうです。若い主演女優キー・キャロルは真に受け、「この映画、出て大丈夫ですか?」と本気で心配したとか。
善意と支配、保護と搾取の境界線は曖昧であり、思考を決めてしまうと大変なことになります。人を守るふりをしながら、実は自分の欲望を満たそうとしていないのだろうか。
ブニュエルはその不快な真実を、私たちの前に差し出します。
1961年

草原の輝き

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0381)
監督:エリア・カザン
124分/アメリカ
原題または英題:Splendor in the Grass
配給:ワーナー・ブラザース映画
舞台は1928年のカンザス州。高校生のディーニーと裕福な青年バドは深く愛し合っていますが、保守的な親たちの期待や価値観が二人の関係を縛りつけます。純愛を貫こうとするほど、心は追い詰められていきます。青春映画の名作です。
劇作家ウィリアム・インジが自身のカンザスでの体験をもとに書いた脚本は、アカデミー賞オリジナル脚本賞を受賞。
原題 「Splendor in the Grass」は、ウィリアム・ワーズワースの詩「Ode: Intimations of Immortality」の一節から引用されています。意味は「失われた青春の輝きへの哀惜」。ちなみにカザンはこのタイトルを最初「田舎のメロドラマっぽい」と嫌っていましたが、完成後には「この詩が映画の心臓だった」と語りました。
見どころは、報われない愛の切なさと、青春の終わりを描いた美しいラストシーンです。
ワーズワースの詩「若き日の輝きは二度と戻らない。だが嘆くのではなく、残されたものに力を見出そう」という言葉が、物語全体を貫いています。
かんとくさんナタリー・ウッドは、本気でウォーレン・ベイティに恋をしていたんだよ
愛は思い出の中で最も美しく輝きます。
過去は戻らないけれど、かつて愛した時間は心の中で永遠に生き続ける。ディーニーが最後に見せる微笑みには、痛みの中にも輝きを見出す人生の真理が宿っています。
ビリディアナ

画像引用元:映画.com
(NO.0382)
監督:ルイス・ブニュエル
91分/メキシコ・スペイン
原題または英題:Viridiana
配給:アイ・ヴィー・シー
スペイン社会の偽善と宗教的道徳を鋭く描いた作品です。修道女になる直前のビリディアナは、恩人である叔父ドン・ハイメを訪ねます。しかし叔父は、亡き妻に似た彼女に異常な執着を見せ、やがて自殺してしまいます。
ショックを受けたビリディアナは修道院に戻らず、叔父の屋敷で貧しい人々を助ける慈善活動を始めます。しかし物乞いたちは感謝するどころか、やがて酒に溺れて暴走し、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を模した乱痴気騒ぎを繰り広げます。彼女の純粋な理想は、残酷な現実の前で崩れ去っていきます。
カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞しましたが、スペインでは上映禁止となり、バチカンからも「冒涜的」と非難されました。
スペインではカトリック批判とみなされ上映禁止。にもかかわらず、カンヌ映画祭でパルムドールを受賞。しかも受賞の報を受けたスペイン政府は激怒し、「この映画は存在しない」と公式声明を出した。
かんとくさんブニュエルは「ならわたしも存在しないことにしよう」と言って笑っていたんだよ
善意だけでは人は救えないという厳しい現実です。
信仰や理想が、人間の欲望や弱さとぶつかったとき、どれほど無力なのか。生活保護に甘えて何もしないとか、そんな現代の日本とも似ているような気が…..ブニュエルはわかっていたのです。
宗教を否定するのではなく、「本当の慈悲とは何か」を問いかけているのです。
ラ・ジュテ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0383)
監督:クリス・マルケル
29分/フランス
原題または英題:La Jetee
配給:ザジフィルムズ
実験的SF映画で、わずか28分という短編ながら、映画史に残る圧倒的な余韻を放つ作品です。核戦争後の荒廃した未来、人類は地下に避難して生き延びていました。科学者たちは過去や未来へ時間旅行できる被験者を探しており、ある男が選ばれます。
彼は子どもの頃、空港の展望台で見た「ある女性の微笑みと男の死の瞬間」を強く記憶しており、その記憶が彼を過去へ導きます。やがて彼はその女性と出会い、短い幸福の後、記憶の中で見た「あの瞬間」へと再び辿り着くのです。
この映画の最大の特徴は、ほぼ全編が静止画で構成されていることです。
写真をつなぎ、ナレーションと音楽で物語を紡ぐ手法は、映画と写真、時間と記憶の境界を曖昧にしました。
かんとくさん静止画で構成されている理由は、実は芸術的意図というよりお金がなかったからだったんだ
テリー・ギリアム監督の『12モンキーズ』の原案となったことをはじめ、実は現代のSF映画でも影響を与えまくっています。
見どころは、たった一箇所だけ使われる動く映像の瞬間。全編モノクロ写真の中で、彼女がまぶたを開くわずかなシーンだけが動き出す! その一瞬の生命の震えが、全編の時間を貫く美しい奇跡となります。
クリス・マルケルは本名をほとんど公表せず、「猫が好きだからマルケル(marker=印をつける人)って呼んでくれ」と言っていた。晩年は自分の代わりに猫の写真だけをメディアに送っていたという逸話も。













































『ラ・ジュテ』の哀しさと猫の気まぐれさ、なんとなくつながりますね
記憶こそが私たちを生かし、同時に縛る。
過去に見たひとつの光景が、人を救い、また滅ぼす。時間を越えてなお、心はあの瞬間に留まり続ける。そんな人間の宿命を静かに語る映画なのです。
ティファニーで朝食を

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0384)
監督:ブレイク・エドワーズ
114分/G/アメリカ
原題または英題:Breakfast at Tiffany’s
配給:マーメイドフィルム
都会派ロマンスの古典で、オードリー・ヘプバーンの代表作として今も愛され続ける映画です。原作はトルーマン・カポーティの小説。舞台は1960年代のニューヨーク。主人公ホリー・ゴライトリーは、自由気ままに生きる社交的な若い女性で、裕福な男性たちとの付き合いで生計を立てながらも、心の奥に孤独を抱えています。そんな彼女の隣に作家志望の青年ポールが引っ越してきて、二人は次第に心を通わせていきます。
トルーマン・カポーティは、原作執筆時から「ホリーはマリリン・モンローに演じてほしい」と希望していました。オードリーが主演と聞いた瞬間、「彼女はお嬢さんすぎる」とぼやいていました。
ティファニーのショーウィンドウを見つめながら朝食を食べるホリーの姿は、映画史に残る名シーンです。黒のドレス、サングラス、そしてヘアスタイルまで、すべてが永遠のエレガンスの象徴となりました。
かんとくさん冒頭の有名な場面は、午前5時に撮影されたんだよ













































メッチャ早朝ですね
そして「猫」か活躍する映画としても知られていますね。
見どころは、華やかな都会生活の裏で「どこにも属せない自分」を恐れながら、それでも幸せを信じようとするホリーの姿です。主題歌「ムーン・リバー」が流れるシーンでは、静けさの中に深い感情が満ちていきます。
本当の自由とは、誰かと分かち合う勇気です。強がりや虚飾を脱ぎ捨てたとき、人は初めて自分を愛せる。
雨の中でホリーが見せる微笑みは、生きることへの許しのようです。
かんとくさんきらびやかなロマンスの裏で、猫も人もスタッフも全力で格闘したんだよね













































それでもあの朝、オードリーがクロワッサンをかじった瞬間に、世界中が映画を信じたわけですね
ローラ

画像引用元:映画.com
(NO.0385)
監督:ジャック・ドゥミ
88分/フランス
原題または英題:Lola
配給:ザジフィルムズ、ハピネット
後の『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』へと続く「ロマンティック三部作」の第一作です。舞台は港町ナント。キャバレーで踊るローラは、7年前に姿を消した恋人をいまも待ち続けています。彼女の幼なじみローランは、彼女を密かに想いながらも、過去の恋に囚われた彼女の姿をただ見つめることしかできません。
この映画は、ヌーヴェルヴァーグの時代に作られましたが、他の監督たちとは違う優しいロマンティシズムで観客を魅了しました。モノクロの美しい映像は、港町の光と影を柔らかく包み込み、現実よりも美しい夢のような世界を作り出しています。
見どころは、アヌーク・エーメの輝くような存在感です。彼女が踊るシーンには華やかさと同時に、どこか儚い哀しみが漂います。
ドゥミは「ローラ」という響きを人生で一度は誰かが恋する名前として選んだ。のちにブライアン・デ・パルマの『ローラ殺人事件(Body Double)』やジャック・ニコルソン主演の『チャイナタウン』でも「ローラ」が重要な象徴として登場。
人は過去を抱えたままでも、生きていくしかないのです。しみますねぇ。
報われない愛を抱えながらも、ローラは日々をしなやかに生き続けます。その姿は未練を否定せず、それを自分の一部として受け入れる強さを象徴しています。
異郷生活者たち

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0386)
監督:ケント・マッケンジー
72分/アメリカ
原題または英題:The Exiles
日本公開情報なし
72分のドキュメンタリー風の映画です。舞台は当時のロサンゼルスにあったバンカーヒルという貧しい地区。アメリカ先住民の若者たちが故郷を離れて都会で暮らす、ある一晩の様子を描いています。
この映画の最大の特徴は、登場するのがすべて本物の先住民の人々で、彼ら自身の言葉で語られていることです。マッケンジー監督は、彼らと友だちになり、2年かけて撮影しました。バーで飲んだり、街をさまよったり、ささいな口論をしたりする日常を、まるで隠しカメラで撮ったかのように自然に映しています。
監督ケント・マッケンジーは南カリフォルニア大学(USC)の映画学科出身で、撮影スタッフの多くは彼の友人や学生仲間。照明係も録音担当も、実は授業の単位欲しさで手伝っていたという。













































撮影チーム、実は学生のバイトの人たちだったんですね
かんとくさん登場するネイティブ・アメリカンたちも、実際にロサンゼルスのバンカーヒル周辺に暮らしていた人々なんだよ
公開当時はほとんど注目されず忘れられていましたが、2008年に復元されて再び世に出ました。今では「アメリカ映画史に残る重要な作品」と言われます。
静かでリアルな描写は最大の見どころです。夜のロサンゼルスの街、ネオンの明かり、人々の表情から、「ここにいるけれど、本当の居場所がない」という彼らの気持ちが伝わってきます。
見過ごされてきた人々の人生にも価値があることを教えてくれます。華やかな成功物語ではなく、ただ毎日を生きる人たちの姿を丁寧に記録した映画なのです。
夜

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0387)
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
122分/イタリア
原題または英題:La Notte
配給:東和
「疎外三部作」と呼ばれる作品群の真ん中にあたる映画で、『情事』『夜』『太陽はひとりぼっち』の3本で構成されています。
初期タイトルは「24 Ore di Noia(24時間の退屈)」。製作会社に「売れなさそう」と言われて、「夜」に変更になりました。
物語は、作家のジョヴァンニと妻リディアの、たった一日と一晩を追います。二人は裕福で知的な夫婦ですが、心はもうすれ違っています。ある日、瀕死の友人を見舞った後、それぞれがミラノの街を歩き、パーティーに出かけます。その中で、二人は自分たちの結婚が終わりに近づいていることを感じていくのです。
この映画は「何も起きない」ようでいて、見る人の心に深く刺さります。愛の終わりをこれほど静かで美しく描いた作品はありません!アントニオーニ監督特有の長いカメラワークと、沈黙が多い演出が、登場人物の孤独を際立たせています。
見どころは、ジャンヌ・モローの表情です。言葉少なに街を歩く彼女の顔から、愛と絶望のすべてが伝わってきます。
かんとくさん華やかなパーティーの場面は、ミラノの実業家や社交界の人々をそのまま出演させているよ
愛は永遠ではないという厳しい現実があります。
でも同時に、終わった関係の中にも、かつての思い出の温もりが残っていることも描いています。
ウエスト・サイド物語

画像引用元:映画.com
(NO.0388)
監督:ロバート・ワイズ、ジェローム・ロビンス
152分/G/アメリカ
原題または英題:West Side Story
配給:シネカノン
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を現代のニューヨークに置き換えたミュージカル映画です。
舞台は1950年代のマンハッタン。白人グループ「ジェット団」とプエルトリコ系「シャーク団」が対立する中、敵同士の若者トニーとマリアが恋に落ちます。しかし二人の愛は、仲間たちの憎しみと暴力によって悲劇へと向かっていきます。
舞台版を作った天才振付家ロビンスは、映画でも共同監督を務めましたが、完璧主義が過ぎて現場が大混乱。ダンスシーンを何十回もリテイクさせ、俳優が倒れるまでリハを続けたため、製作半ばでスタジオに解雇されました。残りはロバート・ワイズがすべて仕上げ。





ロビンスが去ったら現場には笑顔が戻ったとか…..
この映画はアカデミー賞で作品賞を含む10部門を受賞。レナード・バーンスタインの音楽とスティーヴン・ソンドハイムの歌詞が、若者たちの情熱と怒りを鮮やかに表現しています。
最大の見どころは、ダンスが物語そのものになっている点です。オープニングの路上でのダンス対決は、言葉なしで両グループの緊張を伝えます。「トゥナイト」「アメリカ」などの名曲も印象的です。
ブロードウェイ版では男女の掛け合いが中心だったが、映画ではプエルトリコ女性たちだけが歌う構成に変更。理由は「現実の移民女性たちの声を強くしたかった」から。
かんとくさん歌詞は舞台と映画でまったく違うんだよ
愛だけでは世界を変えられないという厳しい現実が待っています。
人種や立場の違いによる憎しみが、どれほど尊い命を奪うか。それでも人は愛を信じてしまう。その美しさと悲しさが、今でも心に響く不朽の名作です。













































ジャニー喜多川氏がこの映画を見て、事務所を作ることを決意したことでも知られていますね
ハスラー

画像引用元:映画.com
(NO.0389)
監督:ロバート・ロッセン
135分/G/アメリカ
原題または英題:The Hustler
配給:東京テアトル
ポール・ニューマンが演じる若き勝負師「ファスト・エディ」が、伝説のプレイヤー「ミネソタ・ファッツ」に挑むという、ビリヤード映画の傑作でもあります。
エディは才能はあるけれど自信過剰で、最初の勝負で大敗します。その後、アルコール依存症の女性サラと恋に落ち、冷酷なマネージャーのバートと組んで再起を図ります。しかし、その過程で大きな代償を払うことになります。
撮影のためにビリヤードの猛特訓を受け、わずか数週間でプロ級の腕前に。指導した伝説のプレイヤー、ウィリー・モスコーニは「教えたことを一日で覚えた俳優は彼だけ」と絶賛。
かんとくさん映画のショットのほとんどは、代役なしてニューマン本人が打っているんだよ
アカデミー賞では9部門にノミネート、撮影賞と美術賞を受賞しました。白黒の映像が、薄暗いビリヤード場や安ホテルの雰囲気を見事に表現しています。
この映画の核心は、勝負に勝つことよりも「人間としての誇りを取り戻すこと」にあります。才能だけでは本当の勝者にはなれない。心が伴わなければ、どんな勝利も空しいのだということを教えてくれます。
ロバート・ロッセンは、50年代のマッカーシー時代に赤狩りでハリウッドから一時追放されていた。『ハスラー』はその復帰作。
エディが最後に見せる表情は、ただ勝ったのではなく、人間としての何かを取り戻した静かな安堵です。
派手さはないけれど、人生の痛みと再生を真正面から描いています。
底抜けもててもてて

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0390)
監督:ジェリー・ルイス
106分/アメリカ
原題または英題:The Ladies Man
配給:パラマウント映画
主人公のハーバートは、恋人にフラれて女性不信になった青年。ところが、偶然見つけた仕事先が女性だけの寄宿舎だったから大変!美女だらけの館で巻き起こるドタバタ劇が、テンポよく展開されます。
特に注目されるのが、映画のために実際に建てられた巨大な4階建てのドールハウス型セットです。高さ11メートル、幅47メートルという規模で、カメラが壁を突き抜けて各部屋を覗き見るような撮影が可能になっています。この斬新な映像表現は、後の多くの映画監督たちにも影響を与えました。
ルイスは女性寮をまるごとスタジオ内に建てることを提案。建設費は当時の金額で50万ドル(現在の価値で約6億円!)。2階建て・13部屋・エレベーター付きの巨大ドールハウス風セットを組み、屋根を外してクレーンカメラで撮影した。













































映画史上最も高価なコメディセットと言われました
見どころは、ジェリー・ルイス独特の体を使ったコメディです。言葉より動きとタイミングで笑わせる手法は、チャップリンの伝統を受け継ぎながら、よりカラフルで現代的に進化しています。
この映画が教えてくれるのは、「不器用でも誠実であることの大切さ」です。
ハーバートは女性に怯えながらも、決して人を傷つけません。その純粋さが人々の心を動かしていきます。笑いの中に、人間の温かさがしっかりと息づいています。
鏡の中にある如く

画像引用元:映画.com
(NO.0391)
監督:イングマール・ベルイマン
89分/スウェーデン
原題または英題:Sasom i en Spegel
配給:ザジフィルムズ、マジックアワー
舞台は小さな孤島。そこで夏休みを過ごす4人の家族。作家の父、統合失調症を患う娘カリン、その夫マルティン、そして弟ミヌスの物語です。
カリンは精神病院から戻ったばかりで、家族との時間を大切にしようとします。しかし次第に彼女の心は崩れていき、「神様が私に話しかけてくる」と信じるようになります。ハリエット・アンデルセンが演じるカリンの表情は、美しくも恐ろしく、観る人の心を強く揺さぶります。
アカデミー外国語映画賞を受賞しました。人間の孤独と信仰の限界を、これほど静かに、そして深く描いた映画はありません。白黒の映像が作り出す光と影は、登場人物たちの心の距離を映し出すかのようです。
父親デーヴィッドが劇中で“崖から車で突っ込んで死にそうになった”と語るエピソード、これはベルイマン自身が1955年スイスで経験した“車のトラブルによる事故”をモチーフにしています。
閉ざされた島という舞台は、人間の内面そのものを表しています。
愛も信仰も、人を救うこともあれば、傷つけることもあります。家族でさえ、お互いの心の本当の姿は見えにくいものです。派手な展開はありませんが、見終わった後、胸の奥に何かがずっと残り続ける。そんな力を持った作品です。
ある夏の記録

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0392)
監督:ジャン・ルーシュ、エドガール・モラン
85分/フランス
原題または英題:Chronique d’un été (Paris 1960) Chronicle of a Summer: Paris, 1960
日本公開情報なし
1960年のパリで撮影したドキュメンタリーです。「シネマ・ヴェリテ(真実の映画)」という新しい映画の手法を生み出した歴史的作品として知られています。
監督たちは街で人々に「あなたは幸せですか?」と質問し、その答えから広がる会話をカメラで追っていきます。登場するのは俳優ではなく、工場労働者、学生、移民など、普通の市民たちです。彼らは日常の悩みや喜び、当時問題となっていたアルジェリア戦争について、率直に語ります。
ふたりの共同監督体制は理想的に見えるが、撮影中は意見が真っ二つ。モランは社会学的リアリズムを重視、ルーシュは詩的感性で撮りたい派。ルーシュが「もう少し光を信じよう」と言うと、モランが「僕は影を撮る」と返すのです。













































2人は何度も喧嘩をしたようです
この映画の革命的なところは、「カメラの前で人はどこまで本当の自分でいられるのか」を問いかけた点です。最後には、出演者たち自身が完成した映像を観て「これが私たちの真実なのか?」と話し合う場面があり、観る者も一緒に考えさせられます。
今はYouTubeとかSNSで、みんな同じような事やっていますよね。
見どころは、人々が次第に心を開き、カメラを意識しながらも自分の物語を語っていく過程です。派手な演出はありませんが、一つの質問から生まれる静かな会話の積み重ねが、人生の深みを照らし出します。
人は誰もが、自分の物語の語り手であるということです。幸せも不幸せも、それを言葉にすることで初めて形になる。つまり、自分の日常を語ることそのものが生きる力になるのです。
去年マリエンバードで

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0393)
監督:アラン・レネ
94分/フランス・イタリア
原題または英題:L’Année dernière à Marienbad Last Year at Marienbad
配給:東宝東和
舞台は豪華なバロック様式のホテル。そこで、ある男性が一人の女性に「去年マリエンバードで会いましたね」と語りかけます。しかし彼女はその記憶を否定し、二人の会話は平行線をたどります。本当に二人は去年会ったのか、それとも男性の思い込みなのか?答えは最後まで明かされません。
1961年のヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞しました。
最大の特徴は、時間の流れが普通の映画とは違うこと。過去と現在、記憶と現実が混ざり合い、何が本当なのかわからなくなります。カメラが長い廊下をゆっくりと進むたび、まるで夢の中をさまよっているような感覚になります。
脚本家と監督が「男と女は去年本当に会ったのか?」という点について矛盾するコメントを出しており、見る側に“答えはない”と突きつける構造を助長しています。





監督と脚本家の意見が対立していたんですね
絵画のように美しい映像と、謎めいた物語の構造も見どころです。登場人物たちはほとんど感情を表に出さず、まるで彫刻のよう。白黒の映像が作り出す光と影、左右対称に配置された構図が、不思議な世界観を生み出しています。
記憶は人によって違って見えるということです。同じ出来事でも、覚えている人と忘れている人がいる。
記憶は時とともに形を変えていく。観終わった後も心に残り続ける、芸術的な作品です。
片目のジャック

画像引用元:映画.com
(NO.0394)
監督:マーロン・ブランド
141分/アメリカ
原題または英題:One-Eyed Jacks
配給:パラマウント
名優マーロン・ブランドが生涯でただ一度だけ監督した西部劇です。銀行強盗のリオは、仲間のダッドに裏切られて捕まり、5年間も刑務所に入れられます。脱獄したリオは復讐のためにダッドを探し出しますが、彼はすでに保安官になり、家族を持っていました。
かんとくさんもともとの監督予定は、あのスタンリー・キューブリックだったんだ
この映画が特別なのは、普通の西部劇とは違い、心の葛藤を丁寧に描いている点です。リオは復讐を誓いますが、ダッドの娘に恋をしてしまい、心が揺れ動きます。
海岸で撮影された美しい映像が見どころで、西部劇なのに海が出てくるという珍しさと、ブランドの完璧主義が生み出した絵画のような構図が印象的です。
予定では10週間の撮影が、ブランドの完璧主義と即興演出のせいで半年以上に延長。スタッフが疲弊し、プロデューサーが「終わりが見えない」と泣き出すほど。ブランドは「西部劇じゃなくて人生を撮ってるんだ」と言い放った。
派手な銃撃戦よりも、登場人物たちの表情や沈黙に注目してください。
復讐だけでは人は幸せになれないということを教えてくれます。怒りや憎しみを抱えて生きるより、相手を理解し、許すことで心は救われる。
西部劇の形を借りた、人間の心の物語です。
1962年

5時から7時までのクレオ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0395)
監督:アニエス・ヴァルダ
90分/フランス・イタリア
原題または英題:Cleo de 5 a 7
配給:ザジフィルムズ、ハピネット
主人公は人気歌手のクレオ。彼女は癌の検査結果を待つ間、パリの街を歩き回ります。この映画は、午後5時から6時30分までの約90分間を、ほぼ同じ時間の長さで描いています。
この映画の特徴は、時間の流れをそのまま体験できること。観客もクレオと一緒に、不安な気持ちで時を過ごすことになります。
映画がリアルタイム進行であることを徹底するため、ヴァルダは実際に夕方5時から7時の時間帯に撮影を敢行。自然光の移り変わり、車の数、通行人の動きまでその日その瞬間をそのまま映している。
かんとくさん撮影は本当に5時から7時に行われていたんだよ













































だからこそパリの空気がリアルに感じられるんですね
見どころは、クレオの心の変化です。最初は自分の外見や周りの目ばかり気にしていた彼女が、街を歩き、人々と出会う中で、少しずつ自分自身と向き合っていきます。パリの街並み、カフェの音、通りすがりの人々。
すべてがクレオの心と響き合います。特に終盤、公園で出会った若い兵士との会話が、彼女の心を静かに変えていきます。
不安な時間も、自分を見つめ直すチャンスになるということです。
死の恐怖に怯えながらも、その時間を通じて、クレオは本当の自分に気づいていきます。人生の大切なことを伝えてくれる作品です。
作中のモノクロ短編フィルムに、ジャン=リュック・ゴダール、アンナ・カリーナ、ジャン=クロード・ブリアリらヌーヴェルヴァーグの顔ぶれが総出演。しかも全員“無言劇”でふざけ倒している。ヴァルダいわく「みんな暇だったのよ」。













































カメオ出演が豪華すぎます
ドッグ・スター・マン (DOG STAR MAN)

普通の映画のようなストーリーはなく、山を登る男と犬、太陽、血管、雪、光といった映像が次々と映し出されます。プレリュードと4つのパートからなる約78分の作品で、まるで生命や宇宙の誕生を感じさせるような、不思議な映像体験ができます。
1992年にはアメリカ国立フィルム登録簿に登録されました。映画史上最も重要な実験映像のひとつと言われます。ブラッケージは、フィルムの表面に直接傷をつけたり、塗料や花びらを貼りつけたりして、撮影だけでは作れない映像を生み出しました。
見どころは、言葉も音楽もほとんどない、純粋な映像の力です。観客は説明を求めず、光と色だけで感じることになります。
タイトルの「ドッグ・スター」とは、夜空で最も明るい星シリウスのこと。男が山を登る姿は、人間が神話的な世界へ向かう旅を象徴しているとも言われます。
かんとくさんブラッケージは実際に雪山を登って撮っているよ
理解するより感じることが大切です。頭で考えるのではなく、目と心で世界を感じる豊かさです。
見終えたら自分の呼吸までもが少し違って感じられる。そんな唯一無二の体験ができる作品です。
女と男のいる舗道

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0397)
監督:ジャン=リュック・ゴダール(ハンス・リュカス)
84分/フランス
原題または英題:Vivre Sa Vie
配給:ザジフィルムズ、ハピネット
主人公は映画女優を夢見るナナ。しかし生活は厳しく、やがて娼婦として生きることになります。物語は12章構成で、ナナの人生を断片的に描いています。
カメラはナナを観察するように映し出しますが、観ているうちにその距離が痛みへと変わっていきます。映画館でドライヤーの『裁かるゝジャンヌ』を観るシーンや、カフェで哲学を語る場面など、どの瞬間も詩のように美しく切なく描かれています。
当時2人は実際の夫婦だったが、撮影現場では常に張りつめた空気。あるシーンでは、本来の台本にない怒りの沈黙がそのまま採用された。
見どころは、モノクロの映像美とアンナ・カリーナの存在感です。ゴダールはドキュメンタリーのような即興性と、文学のような言葉の深さを融合させました。
ナナが映画館で観る無声映画『ジャンヌ・ダーク』のシーンは、ゴダール自身が人生で最も衝撃を受けた映画からの引用。
かんとくさん1948年のアメリカの伝記映画のことだね
この映画が教えてくれるのは、「自由とは、自分で選ぶこと」だということ。
たとえ選択が間違いでも、その一歩にこそ生きる意味がある。静かな映像の中に、人生の真実が息づいている作品です。
秋刀魚の味

画像引用元:映画.com
(NO.0398)
監督:小津安二郎
113分/日本
原題または英題:An Autumn Afternoon
配給:松竹
妻を亡くした会社員の平山(笠智衆)が、娘の路子(岩下志麻)と二人で暮らしている日常を描いた作品で、同窓会で恩師と再会したことをきっかけに、「娘を嫁に出すべきか」と悩む父親の姿を静かに映し出します。
日常の何気ない瞬間に人生の深さを見出す映画です。
企画段階では、タイトルは「ビールの味」や「煙草の味」も候補に挙がっていた。小津は「“味”のある人生を描くには、何かを飲み食いしているのが一番いい」と話していたという。最終的に秋刀魚に決まった理由は「庶民の季節感が出るから」。













































ちなみに秋刀魚を焼くシーンは一度も出てきません
この映画の最大の魅力は、色彩と構図の美しさです。赤や緑の温かな色づかいと、小津監督特有のローアングル固定カメラが、家族の空気感を思い出のアルバムのように優しく切り取ります。
かんとくさん岩下志麻は初の小津作品。しかし何十回もNG出されて初めて小津が求める演技を感じたと言っていたね
別れは悲しいけれど、人が成長する自然な流れだということでしょう。
娘が嫁いでいくのは寂しいけれど、それは人生の大切な節目。平山が最後に寂しさを受け入れる姿には、穏やかな受容の美しさが感じられます。
秋の夜のように静かで温かい、何度観ても心に沁みる名作です。
この映画で出てきたとんかつ屋さんは今でもあります。わたしが今年行ったときの写真です。

ロリータ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0399)
監督:スタンリー・キューブリック
152分/アメリカ
原題または英題:Lolita
配給:MGM
ウラジーミル・ナボコフの同名小説を映画化した作品です。中年の大学教授ハンバートが、下宿先の未成年の娘ロリータに惹かれていく様子を描いています。当時の厳しい検閲基準の中で、キューブリックは直接的な描写を避け、暗喩と皮肉に満ちたブラックコメディとして仕上げました。
原作を巧みに脚色し、知的なコメディタッチで新しい作品に昇華させました。
キューブリックらしい緻密な演出と会話の妙がここでも活かされています。ハンバートの自己欺瞞を冷ややかに、時にユーモラスに描き出す構成は見事です。特にピーター・セラーズ演じる謎の作家クレア・クイルティの存在が、物語に不気味で滑稽な味わいを加えています。ジェームズ・メイソンの抑制された演技も秀逸です。
映画のポスターなどで有名なハート型サングラスをかけたロリータですが、実際の映画本編ではハート型ではなくキャッツアイ型サングラスをかけています。
かんとくさん彼女は12歳となっているけど、実際には15歳だったんだ。
この映画が教えてくれるのは、「人は自分の欲望を正当化するとき、最も滑稽で哀れになる」ということ。ハンバートの恋は美しくありませんが、その愚かさの中に人間の弱さが透けて見えます。
キューブリックの演出技術と脚本構成の精巧さを堪能できる、大人向けの知的なブラックコメディです。
リバティ・バランスを射った男

画像引用元:映画.com
(NO.0400)
監督:ジョン・フォード
122分/アメリカ
原題または英題:The Man Who Shot Liberty Valance
配給:パラマウント映画
上院議員ランス・ストッダードが、恩人トム・ドニファンの葬儀に出席し、記者に若き日の物語を語り始めます。彼が無法者リバティ・バランスと対決した日、実は何が起きていたのか。その真実が明かされます。
西部劇を超えて、アメリカの神話そのものを問いかける作品です。この映画は「銃の時代」から「法律の時代」への変わり目を描いており、英雄として語り継がれる物語と、実際に起きた真実との違いを浮き彫りにします。
フォード監督はこの作品を、かつての大自然を舞台にした西部劇とはまったく違う雰囲気で撮るため、名所モニュメント・バレーなど屋外ロケを避け、スタジオ撮影中心にしたそうです。
見どころは、ジョン・ウェインとジェームズ・スチュワートという二大スターの共演です。
「正義を語る男」と「正義を行う男」という対照的な二人を通して、本当の勇気とは何かを問いかけます。白黒映像の光と影の使い方も印象的です。
歴史は真実よりも語られ方で作られるということです。
有名なセリフ「伝説が真実を超えたら、伝説を印刷せよ」は、現代の情報社会にも通じる深い言葉です。西部劇を通して、正義や名誉の本質を静かに問いかけているのです。
HEAVEN AND EARTH MAGIC

画像引用元:IМDbより引用
(NO.0401)
監督:ハリー・スミス
66分/アメリカ
原題または英題:Heaven and Earth Magic
日本公開情報なし
10年かけて作った実験的なアニメーション映画です。19世紀のカタログから切り抜いた絵を使ったコラージュアニメで、全編66分モノクロ、セリフは一切ありません。音は水音や時計の音、動物の鳴き声などが使われています。
かんとくさん完成時にはフィルムが参加しかけていたんだって
物語は、スイカを失って歯が痛くなった女性が天国へ旅をするという不思議な内容ですが、明確なストーリーはなく、夢のような映像が次々と展開します。ハリー・スミスは錬金術や神秘主義に傾倒しており、その思想がこの作品に反映されています。
マックス・エルンストとジョルジュ・メリエスが出会って奇跡を生んだような作品です。
見どころは、手作業で作られた独特の質感と、不思議な世界観です。意味を理解しようとするより、感覚で楽しむ作品といえます。
芸術は説明できなくても心に響きます。論理より直感を大切にする、実験映画の代表作です。
完成後も公式アーカイブには預けず、フィルムを雑に紙袋に入れて部屋の隅に放置。後年、知人の音楽家が「それゴミじゃないの?」と拾って保存したことで、奇跡的に残った。もしそのままなら失われていた。
アラビアのロレンス

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0402)
監督:デヴィッド・リーン
227分/イギリス
原題または英題:Lawrence of Arabia
配給:コロムビア
第一次世界大戦中、イギリス軍将校T・E・ロレンスが、アラブ民族の独立を支援するため砂漠へと向かいます。異国の地で英雄として活躍する一方、自分は何者なのか、誰のために戦っているのか?その苦悩を、圧倒的な映像美で描いた作品です。
映画史上最高の叙事詩とも言われます。スティーヴン・スピルバーグをはじめ多くの映画監督に影響を与えた伝説的作品です。
撮影は実際にヨルダンやモロッコ、スペインの砂漠で行われ、CGなどない時代に、灼熱の中で撮影された風景は今も色あせません。アレック・ギネスやオマー・シャリフといった名優たちの演技も見どころです。
何百頭ものラクダと馬が一斉に突進する迫力の名シーン。あまりにもリアルすぎて、一部のエキストラ(現地民)が本気で逃走。
この映画が描くのは、大きな理想を掲げて戦った人間の孤独です。
ロレンスは砂漠を制覇しましたが、自分の心の中にある迷いや葛藤は消えませんでした。英雄になればなるほど、自分が何者かわからなくなる。
その矛盾した人間の姿が、今も多くの人の心を打ちます。壮大な冒険物語であると同時に、人間の内面を深く見つめた傑作です。
この映画、主人公がゲイであったことを世界で初めて指摘したのが淀川長治氏とも言われています。













































なかなか気づきませんよねぇ
アラバマ物語

画像引用元:映画.com
(NO.0403)
監督:ロバート・マリガン
129分/アメリカ
原題または英題:To Kill a Mockingbird
配給:ユニバーサル映画
1930年代のアメリカ南部の小さな町が舞台。弁護士のアティカス・フィンチは、黒人男性が無実の罪で訴えられた裁判を引き受けます。人種差別が激しい時代、周りの人々から反対されても、アティカスは正しいと信じる道を貫きます。物語は、彼の幼い娘スカウトの目を通して語られ、子どもたちが少しずつ世の中の不公平さを知っていく様子が描かれます。
原作はハーパー・リーのピュリッツァー賞受賞小説。グレゴリー・ペックの演技はアカデミー主演男優賞を受賞し、彼が演じたアティカス・フィンチは、アメリカ映画協会が選ぶ「20世紀最高の映画ヒーロー」の第1位に輝きました。
リーは撮影中に現場を訪れ、グレゴリー・ペックを見た瞬間、「本当にアティカスが生き返った」と号泣。彼女の父親がモデルだったため、ペックはその言葉を一生の誇りにしていたそうです。
アティカスは怒鳴ったり暴力を振るったりせず、冷静に正義を語ります。
「相手の立場に立って考えなさい」と子どもたちに教える姿は、今の時代にこそ必要な姿勢かもしれません。法廷シーンの緊張感と、家族の温かさが混ざり合い、心に深く残ります。
この映画が教えてくれるのは、正しいことをするには勇気がいるということ。そして、優しさこそが本当の強さだということです。
サンタ・バルバラの誓い

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0404)
監督:アンセルモ・ドゥアルテ
95分/ブラジル
原題または英題:O Pagador de Promessas
配給:東急=ワールド・フィルム
ブラジル映画として初めて、そして現在も唯一、カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した歴史的作品です。監純粋な信仰心が、宗教の壁にぶつかる悲劇を描いています。
物語の主人公は農夫のゼ。大切なロバが病気になったとき、ブラジルのアフロ系宗教カンドンブレの神イアンサンに祈りを捧げ、「治ったら十字架を背負って教会まで歩く」と誓います。イアンサンはカトリックの聖バルバラと同一視される神です。ロバが回復すると、ゼは約束を守るため、巨大な十字架を担いで何十キロも歩いて教会へ向かいます。
しかし、カトリック教会の司祭は「異教の誓い」だとして彼の入場を拒否。信仰をめぐる対立は周囲を巻き込み、悲劇的な結末へと向かいます。
かんとくさんブラジル国内では、宗教戦争という騒動に発展したんだ
街を行き交う人々の姿をドキュメンタリーのように捉え、信仰が人を救うと同時に、社会の壁にもなることを静かに伝えます。
見どころは、主人公ゼのひたむきな心と、それを阻む社会の矛盾です。
パルム・ドール受賞式のために映画の象徴十字架を現地に持っていこうとしたところ、空港で「宗教的物体の輸出」として一時没収。スタッフが説明してようやく通過したという珍事。
無垢な信仰が制度に拒まれる姿は、今の時代にも通じる問題を映し出しています。
祈りの形が違っても、そこにある思いは同じだということを教えてくれます。ゼが背負った十字架は、宗教ではなく人間の真実そのものだったのかもしれません。
太陽はひとりぼっち

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0405)
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
126分/イタリア・フランス
原題または英題:L’eclisse
配給:KADOKAWA
アラン・ドロンとモニカ・ヴィッティという美の象徴のような二人が、都会の中で心の空白を漂うように生きる姿を描いています。原題の「L’eclisse(=日蝕)」が示す通り、光の中にある影、人間関係の中にある孤独を静かに見つめた作品です。
主人公ヴィットリアは恋人と別れた後、株式仲買人ピエロと出会います。しかし二人の関係もまた、どこか心が触れ合わないまま進んでいきます。感情が薄れていく現代社会の中で、愛は形だけになり、出会いも別れも淡々と過ぎていく。その冷たさを、長い沈黙と都会の風景で表現します。
撮影のためにローマ証券取引所をロケ地に使ったんだけど、実際営業中じゃない日曜を選び、本物の株式ブローカーたちをエキストラとして起用していた。これがリアルさを生んでいる。













































本物のブローカーが登場したんですね
20世紀の都市における人間の疎外感を、もっとも美しく表現した映画です。特に有名なのがラストシーンで、二人が再会するはずの場所に誰も現れず、ただ無人の街の映像が続きます。セリフは一切なく、人間不在の愛をもって終わらせました。
愛の終わりは必ずしも悲劇ではなく、ただの現実だということを教えてくれます。
人は互いに完全には触れ合えないまま生きていく。けれど、その孤独を意識する瞬間にこそ、人間の誠実さが宿るのかもしれません。
世界残酷物語

画像引用元:映画.com
(NO.0406)
監督:グァルティエロ・ヤコペッティ
108分/PG12/イタリア
原題または英題:Mondo cane
配給:キングレコード
原題「Mondo Cane(=犬のような世界)」が示すように、「人間社会こそ動物的で残酷」というメッセージを持っている、衝撃的なドキュメンタリー映画です。世界各地の奇習、風習、宗教儀式などをつなぎ合わせ、人間という生き物の愚かさと滑稽さを映し出します。
製作段階では『Zoo Umano(人間動物園)』という仮タイトルだったが、検閲を恐れた配給会社が「もう少し詩的に」と提案し、皮肉を込めて犬の世界(Mondo Cane)に変更。













































逆に、印象に残るタイトルになりましたね
構成はナレーション中心で、従来のドキュメンタリーとは異なり、強烈に演出された映像の連続です。ある文化の祝祭の直後に別の地域の葬儀を挿入するなど、皮肉な編集によって「文明と野蛮は紙一重」というメッセージを浮き彫りにしています。
人類への鏡のような映画でもあり、人種差別的で演出過剰と考えてしまうかもしれません。
ただ残酷さを並べるのではなく、「人間の幸福と不幸が同じ場所にある」ことを示しています。感情的な告発ではなく、冷笑的な観察者としてカメラを向けました。
かんとくさん「真実を映す」と宣伝されたけど、実際には多くのシーンがやらせだったんだ
私たちが誰かを「野蛮」と笑うとき、自分の中の野蛮さも映しているということです。
文明社会の光の裏にある影を見せることで、人間であることの不気味なリアリティを突きつけてきます。
皆殺しの天使

画像引用元:映画.com
(NO.0407)
監督:ルイス・ブニュエル
95分/メキシコ
原題または英題:El angel exterminador
配給:トレノバ
人間社会の「理性の崩壊」を鋭く風刺した不条理劇です。舞台は上流階級の邸宅。晩餐会を終えた客たちは帰ろうとしますが、なぜか部屋から出られなくなります。誰も理由を説明できないまま、日が経つにつれて礼儀や秩序が崩れていき、飢えと恐怖と狂気が支配していきます。
宗教的寓話のようですが、実は「上流社会という閉じた檻」を象徴する物語です。人間が文明や社会的地位を誇っても、状況が変われば獣のように退化していく。その構図を淡々と、そして皮肉たっぷりに描きます。
説明を拒む構造そのものがテーマであり、なぜ出られないのかを考え続けること自体が作品の仕掛けでもあるのです。
作中、邸宅に羊や熊が登場するが、実は撮影現場でも本当に逃げ出した。羊はセットの隙間からスタジオ外へ脱走し、近所のレストランに入り込んだとか。ブニュエルはその報告を聞いて「映画が現実を追い越した」と笑っていた。













































羊と熊は本当に迷い込んだんですね
見どころは、冷笑的なユーモアと宗教的象徴。羊が部屋に入り込み、人々が祈る場面など、社会的儀式がいかに脆く滑稽かを可視化しています。
間の秩序とは薄い膜の上に成り立つ幻にすぎないのです。外に出られないのは、実は誰の心にもある見えない壁なのかもしれません。
突然炎のごとく

画像引用元:映画.com
(NO.0408)
監督:フランソワ・トリュフォー
107分/フランス
原題または英題:Jules et Jim
配給:KADOKAWA
愛と友情をめぐる永遠の三角関係の物語です。第一次世界大戦前のパリで、親友同士のオーストリア人ジュールとフランス人ジムは、奔放で魅力的な女性カトリーヌに出会います。二人はともに彼女を愛し、彼女もまた二人のあいだを自由に行き来します。しかし戦争と時間が三人を変えていき、やがて愛は破滅へと向かっていきます。
この映画の魅力は、三人の関係を善悪で裁かず、人間の欲と衝動をそのまま描いているところです。ナレーションがテンポよく物語を導き、フランス・ニューウェーブらしい軽やかさと切なさが交錯します。ジャンヌ・モローが橋の上で笑いながら走るシーンは、名場面として有名です。
有名な橋の上を走るシーンは、もともと台本になかった。撮影当日、モローが「退屈なカットね、走ってみてもいい?」と即興で走り出し、スタッフが慌ててカメラを回した。それが映画史に残る自由の象徴となった。
愛の形を革命的に描いたお話しであり、情熱の中にある孤独を美しく表現した作品です。
愛は理屈ではなく、生き方そのものだということです。
嫉妬も裏切りも、すべてが生きて愛した証として焼きつきます。燃え尽きてもなお美しい。そんな人間らしさの極みを描いた作品です。
影なき狙撃者

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0409)
監督:ジョン・フランケンハイマー
126分/アメリカ
原題または英題:The Manchurian Candidate
配給:ユナイテッド・アーティスツ
冷戦スリラーの金字塔です。原題は「The Manchurian Candidate(満州候補者)」。朝鮮戦争で捕虜になった米兵たちが、帰国後に洗脳されていたという衝撃的な設定で、当時のアメリカ社会に潜む恐怖と不安を描き出しました。
主人公のマルコ少佐は、戦友のレイモンド・ショーが英雄として帰国したものの、どこか様子がおかしいことに気づきます。実は彼は共産勢力に洗脳され、暗殺者としてプログラムされていました。ショーの母親の支配的で冷酷な存在感は、映画史上屈指の毒母像ともいえます。
最も知的な政治スリラーでもあり、時代を超えて不気味な雰囲気を感じます。
劇中で母と息子を演じたアンジェラ・ランズベリーとローレンス・ハーヴェイの年齢差は、なんとわずか3歳!にもかかわらず、彼女の圧倒的な貫禄で“母”にしか見えなかった。演技力の勝利。
この映画は後の多くのサスペンス映画に影響を与えました。演出は切れ味鋭く、リアリズムと悪夢のような幻想描写が交錯し、「何が真実で、何が操作なのか」を感じることになるでしょう。
洗脳のスイッチとなる「トランプのクイーン(ハートの女王)」のモチーフ。
監督が「美しくて不気味だから」とだけ説明し、脚本家も「深読み禁止」。
かんとくさんトランプのクイーンの意味を最後まで誰も理解してなかったんだね
理性を失うのは恐怖よりも「信じすぎること」から始まるということです。
誰かの言葉を鵜呑みにすること、政治やメディアに思考を委ねることの危うさを描いています。時代が変わっても、人間の操られやすさは変わらない。現代社会の日本とも被ってしまいます。
何がジェーンに起ったか?

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0410)
監督:ロバート・アルドリッチ
134分/アメリカ
原題または英題:What Ever Happened to Baby Jane?
配給:ワーナー・ブラザーズ
心理スリラーの名作で、ハリウッドの光と影、老いと狂気、そして姉妹の歪んだ関係を描いた、恐ろしくも切ない物語です。
かつて天才子役として人気を博したベイビー・ジェーンことジェーンと、その後映画スターとなった妹ブランチ。年月が経ち、ジェーンは忘れられ、ブランチは事故で車椅子生活を余儀なくされます。共に暮らす屋敷の中で、かつての姉妹の関係は逆転し、ジェーンは狂気に囚われていきます。
主演のベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードは、もともとハリウッドでも有名な犬猿の仲。
監督ロバート・アルドリッチはわざと2人を共演させ、「カメラの外の憎悪が映画にリアルさを与える」と豪語。
「サイコロジカル・ホラーの金字塔といえます。ベティ・デイヴィスの鬼気迫る演技は圧巻で、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされました。ジョーン・クロフォードの抑えた演技との対比も見事で、実際の二人の確執が物語に生々しいリアリティを与えています。
かんとくさん映画公開後、アメリカではジェーンの姿を模した人形が限定販売されたんだよ
見どころは、華やかなショービズの裏に潜む「老い」と「忘れられる恐怖」。ジェーンが鏡の前で昔の衣装を着て踊るシーンは痛ましくも美しいですね。
名声も愛も、過去の栄光にしがみつくと毒になるということです。
輝いていた時間を手放せない人間は、やがて自分を蝕んでしまうのです。
冬の光

画像引用元:映画.com
(NO.0411)
監督:イングマール・ベルイマン
82分/スウェーデン
原題または英題:Nattvardsgasterna
配給:ザジフィルムズ、マジックアワー
人間の「信仰の空白」と「沈黙の神」を描いた内省的な名作です。『鏡の中にある如く』『沈黙』と並ぶ信仰三部作の第二作で、もっとも静かで冷徹な作品とも言われます。
かんとくさんベイルマンが「今度は眠くならない映画を作りたい」と言って撮ったんだ
舞台は、スウェーデンの雪深い小さな教会。牧師トーマスは、妻を亡くして以来、神の存在に疑問を抱き、信仰を失いかけています。そんな彼のもとに、絶望した漁師ヨナスが、核戦争の恐怖について相談に訪れます。しかしトーマスはうまく言葉をかけられず、やがてヨナスは自殺してしまいます。神を語る立場の人間が、誰よりも信じられなくなっている。そこにあるのは「沈黙する神」と向き合う人間の孤独でした。













































マックス・フォン・シドーの出演時間はわずか10分でした
後年の彼の回想によれば、「あれほど短い出演であれほど印象に残る役はない」とのこと。ベルイマンは「神の代わりに絶望を置いた男」と彼を評している。
台詞も映像も極限まで削ぎ落とされ、凍りつくような静寂が画面を支配します。
信じるとは疑いを抱えたまま歩くことだということです。
神の沈黙とは、無関心ではなく人間の自由の証なのかもしれません。寒々しい冬の光の中に、この映画は救いのかけらをそっと置いています。
1963年

8½

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0412)
監督:フェデリコ・フェリーニ
140分/G/イタリア・フランス
原題または英題:Otto e Mezzo
配給:コピアポア・フィルム
タイトルの「81⁄2」は、フェリーニがそれまでに撮った映画の本数を表していて、「はっかにぶんのいち」と読みます。これは監督自身の「映画作りの悩み」をそのまま映画にした作品なのです。
脚本の途中で完全に行き詰まり、「映画が進まない映画を撮ろう」と開き直ったのが本作の出発点。つまりスランプをそのまま作品にした。まさに芸術的開き直り。
かんとくさんフェリーニ自身も「この映画が何なのか分からなかった」と言っていたぐらいだよ
主人公は映画監督のグイド。次の作品のアイデアが浮かばず、周りからのプレッシャーと自分の創作意欲の間で悩んでいます。映画の中では、現実と夢、記憶と空想が混ざり合い、グイド自身も何が本当で何が想像なのかわからなくなっていきます。
当時は映画芸術の最高峰と絶賛されました。今でも充分にその名は恥じないものです。多くの映画監督が、この作品から影響を受けたと語っています。
白黒の映像は夢のように美しく、特にラストシーンの「人生の輪舞」は圧巻です。
かんとくさんサーカスのラストシーン、エキストラに近郊の住民総動員で、ボランティアで出演したんだ
訳わからなかったのに、わたしもラストシーンは号泣してしまったことを鮮明に覚えています。
迷うこともまた人生の一部なのです。
完璧を求めすぎると、かえって身動きが取れなくなる。でも、その混乱の中にこそ「生きている実感」があるのです。
フェリーニは、創作に限らず人生に迷うすべての人に「それでいいんだよ」と語りかけてくれています。
フェリーニはこの映画で映画撮影恐怖症を克服しました。撮影前は「もう映画なんて撮りたくない」と言っていたが、完成後は「やっと次の映画が撮れる」と笑顔で語っりました。













































やっぱり創作活動で真剣に悩んでいたんですね
鳥

画像引用元:映画.com
(NO.0413)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
120分/アメリカ
原題または英題:The Birds
配給:ユニヴァーサル
原作はダフネ・デュ・モーリアの短編小説ですが、ヒッチコックは舞台をアメリカ西海岸の静かな港町ボデガ・ベイに移し、「なぜ?」という答えのない恐怖を描きました。
物語は、都会的な女性メラニーが、知り合った男性に小鳥を届けに行くところから始まります。ところが突然、町で鳥たちが人間を襲い始めます。カモメ、カラス、スズメといった身近な鳥が、何の前触れもなく、理由もわからないまま群れをなして襲ってくるのです。
サスペンスの極致と言われます。特に有名なのは、学校の裏でカラスが静かに集まっていくシーンです。ヒッチコックは音楽を使わず、鳥の鳴き声だけで恐怖を作り上げるという革新的な手法をとりました。
撮影で使われた鳥は、すべて本物。カモメ、カラス、スズメなどをトラックで運び、リース契約で借りていた。
この映画の見どころは、日常にある「当たり前のもの」が突然牙をむく恐ろしさです。
そして、なぜ鳥が襲ってくるのか、映画は最後まで答えを教えてくれません。この「理由がわからない不安」こそが、最も恐ろしいのです。
恐怖を高めるために、映画音楽を一切使っていない。代わりに使われているのは電子音と加工された鳥の鳴き声。ヒッチコック曰く、「沈黙が最大の悲鳴」。彼の言葉どおり、無音が最も怖い演出になった。
この映画が教えてくれるのは、私たちが安全だと思っている日常も、いつ何が起こるかわからないということ。
予測できない恐怖に直面したとき、人はどう行動するのか。
ヒッチコックは、人間の心の奥底にある不安を見事に映像化した名作を残したのです。













































映画の最後、エンディングが削除されています
本来は、鳥に襲われたサンフランシスコの街を空撮で見せる予定だったが、予算と撮影の困難さでカット。結果、無音で終わる現在のエンディングが採用されました。
パサジェルカ

ムンク監督は撮影中の1961年に車の事故で亡くなり、その後友人のヴィトルト・レシェヴィチらが未完成部分を補完して、1963年に公開されました。
この映画が特別なのは、撮影中の1961年に監督が交通事故で亡くなり、未完成のまま残されたからです。友人たちが静止画とナレーションで補って完成させた、いわば「遺作」となりました。
普通なら完成していない作品は上映されないが、この映画は例外。1963年のヴェネツィアで特別審査員賞を受賞。審査員の一人が「完成していたら、金獅子賞だった」とコメントしている。
物語は、豪華客船に乗った元ナチス女性看守リザが、かつてアウシュビッツで監視していた女性囚人マルタらしき人物と偶然再会するところから始まります。リザは夫に「自分はマルタを助けようとした」と語りますが、次第にその記憶には矛盾が生まれ、真実が揺らいでいきます。
未完成であることが、かえって作品の本質を深めたとも言われます。とはいうものの、普通に完成度は高いです。白黒映像が記録映画のようなリアリティを持ち、加害者の心理を冷静に描く視点が独特です。













































ポーランドでの公開時、国営放送が事故映画と誤報を流しました
この映画の見どころは、リザが自分の過去を語るとき、無意識に自分を正当化してしまう人間の弱さを描いている点です。人は都合の悪い記憶を、自分に都合よく作り変えてしまうことがあるという、その怖さを見せてくれるのです。
完成されなかったから故に、語られない真実や赦(ゆる)されない沈黙について、私たちに深く考えさせる作品となっているのです。
召使

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0415)
監督:ジョゼフ・ロージー
115分/イギリス
原題または英題:The Servant
配給:東和=ATG
階級社会の闇と人間の支配欲を、静かで不穏な空気の中で描き出しました。
物語は、裕福な青年トニーが、新しい屋敷で召使のバレットを雇うところから始まります。最初は完璧に仕事をこなすバレット。しかし、彼が妹と称する恋人ヴェラを屋敷に呼び寄せたことから、状況が変わっていきます。やがて主人のトニーはバレットに依存するようになり、いつの間にか主従関係が逆転していくのです。
白黒の映像美とカメラワークが印象的で、特に鏡や階段を使った構図が、誰が本当の「主人」なのかという問いを視覚的に表現しています。
実はロージーは共産主義者とみなされ、マッカーシー時代にアメリカから追放された。イギリスで活動するようになったこの作品は、皮肉にも階級社会の崩壊を描くものだった。彼自身が「亡命者」としての孤独をヒューゴに投影していたとも言われる。
ダーク・ボガードの演技は見どころで、静かな笑みとわずかな仕草だけで、画面を支配する彼の存在感は圧巻です。
支配とは力ではなく必要とされることから始まるという皮肉ですが、これが真理なのでしょう。
人間の心は思っているより弱く、他者に依存してしまうのです。その恐ろしさを冷たく描かれているのです。
燃え上がる生物

伝説的な実験映画です。わずか300ドルという超低予算で、ニューヨークの屋上で撮影されたこの作品は、上映禁止や裁判沙汰となり、映画史に大きな足跡を残しました。
この映画には物語らしい物語はありません。古いフィルムで撮影された白っぽい映像の中で、性別の境界を超えた人々が踊り、笑い、自由に振る舞います。監督のスミスは、この作品を「お化け映画スタジオでのコメディ」と説明しています。安物の布や壊れた小道具を使いながらも、独特の美しさを作り出しているのが特徴です。
当時お金がなく、期限切れの16mmフィルムを使って撮影。白飛びやざらつき、露出オーバーは偶然の産物。それが独特の幻想的質感を生み、後のアート映画の基礎になりました。
公開当時は性的な内容が問題視され、1964年には警察が上映を中断してフィルムを押収。わいせつ法違反で裁判になりました。しかし、この事件が逆に映画の自由を守る運動のシンボルとなり、後のアンディ・ウォーホルやジョン・ウォーターズといった映画作家たちに大きな影響を与えました。
かんとくさん上映のたびに警察がやってくるという映画だったんだ
社会のルールに縛られない表現の自由を追求した作品です。
完璧ではない、むしろ粗削りなところにこそ、人間の本当の姿があるというメッセージを伝えています。
あの家は黒い

画像引用元:IМDbより引用
(NO.0417)
監督:フォルーグ・ファッロフザード
20分/イラン
原題または英題:Khaneh siah ast
日本公開情報なし
イランの詩人フォルーグ・ファッロフザードが唯一手がけたドキュメンタリー映画です。わずか20分という短さですが、イラン映画の新しい波(ニューウェーブ)の原点となった傑作として高く評価されています。
フォルーグ・ファッロフザードは本業が詩人。しかも当時28歳、子を持つ母親でした。映画学校にも通ったことがなく、カメラの扱いも現場で覚えたとのこと。
舞台は、ハンセン病患者が暮らす隔離施設です。病気のために社会から離れて暮らす人々の日常を、監督は静かに見つめます。子供たちが遊び、大人たちが祈り、働き、結婚するという普通の生活が映し出されます。ナレーションでは、聖書やコーランの言葉、そして監督自身の詩が朗読され、映像と言葉が響き合います。
この映画は1963年にドイツの国際映画祭でグランプリを獲得し、2014年にはイギリスの映画誌『サイト&サウンド』のドキュメンタリー映画ランキングで19位に選ばれました。
監督は撮影後、施設から子供を養子として迎えています。
かんとくさん撮影現場で出会ったハンセン病の少年に心を寄せ、ファッロフザードは撮影後に彼を引き取り、自宅で育てたんだよ
ファッロフザードは、病気を「かわいそうなもの」としてではなく、一人ひとりの人間として敬意を持って撮りました。
どんな状況にあっても、人間の美しさと尊厳は輝き続けるというメッセージが伝わってきます。
ハッド

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0418)
監督:マーティン・リット
112分/アメリカ
原題または英題:Hud
配給:パラマウント
主演のポール・ニューマンが演じる主人公は、従来の正義のヒーローとは正反対の「反英雄」。この作品は、アメリカ映画のヒーロー像を変えた重要な一本です。
舞台はテキサスの牧場。誠実な父親ホーマーと、女と酒におぼれる問題児の息子ハッド、そしてハッドの甥ロニーという三世代が暮らしています。牧場を口蹄疫という病気が襲い、古い価値観を持つ父と、新しい時代を象徴する息子の対立が深まっていきます。
撮影監督ジェームズ・ウォン・ハウの白黒映像が、乾いた大地と人間の心を見事に映し出し、アカデミー撮影賞を受賞しました。
かんとくさんパトリシア・ニールの出演時間はたった21分51秒でアカデミー主演女優賞受賞したんだ
見どころは、ハッドというキャラクターです。彼は身勝手で荒っぽいのに、なぜか憎めない魅力がある。制作側は彼を悪役として描いたのに、若い観客たちは彼をヒーローとして受け止めました。













































ポール・ニューマン演じるハッド、監督側の意図ではアンチヒーローだったが、若者たちはヒーローとしてポスターを貼ったりしたのです
この映画は、「正しさ」や「強さ」の意味が時代とともに変わることを教えてくれる、まさに名作です。
山猫

画像引用元:映画.com
(NO.0419)
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
186分/G/イタリア・フランス
原題または英題:Il gattopardo
配給:クレストインターナショナル
19世紀のイタリア統一戦争を背景に、古い貴族社会が終わりを迎える様子をが壮大に描かれるという歴史大作です。
物語の主人公は、シチリアの貴族ドン・ファブリツィオ。時代が変わり、新しい勢力が台頭する中、彼は家の誇りを守ろうとします。しかし、若い甥のタンクレディが庶民出身の美女アンジェリカと恋に落ちる姿を見て、古い時代の終わりを静かに受け入れていきます。
かんとくさんヴィスコンティは当初、ランカスターを「アメリカの筋肉男」として嫌っていたんだよね
「ヨーロッパ映画の最高峰」とも言われました。ちょっと大袈裟でしょうか。
特に映画のラスト45分間に及ぶ舞踏会のシーンは、名場面ですよ。豪華な衣装、美しい照明、完璧な構図が、まるで一枚の絵画のような美しさを作り出しています。
最後の45分間に相当する舞踏会シーンは、照明・エキストラ・音楽すべてを本物仕様で撮影。撮影隊は「この映画、ほとんどが晩餐会だった」と苦笑いしていた。
この映画は、時代の変化にどう向き合うかという普遍的なテーマを描いています。
すべてが終わりに向かうとき、人は本当の気高さを知る。消えゆくものの中にこそ存在する美しさを見事に映像化した、忘れられない名作です。
乾いた人生

画像引用元:映画.com
(NO.0420)
監督:ネルソン・ペレイラ・ドス・サントス
105分/ブラジル
原題または英題:Vidas Secas
配給:エスパース・サロウ
グラシリアーノ・ラモスの小説を原作に、ブラジル北東部の乾燥地帯「セルタオン」を舞台に、極限の貧困の中で生きる家族の姿を描きました。ブラジル映画の革新運動「シネマ・ノーヴォ」を代表する重要作品です。
物語は1940年代初頭。干ばつと飢えに苦しむ一家、父ファビアーノ、母シンハ・ヴィトリア、二人の息子、そして犬のバレイアが、仕事を求めて乾いた大地をさまよいます。搾取と暴力にさらされながらも、家族はわずかな希望を手放しません。
この映画の特徴は、音楽をほとんど使わず、沈黙と自然音だけで物語を進める点です。
かんとくさん主人公一家のセリフが少ないのは、実際に文字が読めない設定のためだったんだ
言葉は少なく、乾いた風と太陽の光、そして登場人物たちの無言の表情がすべてを語ります。白黒の映像は、まるでドキュメンタリーのようにリアルで、過酷な現実を容赦なく映し出します。
撮影地の北東ブラジルでは、実際に干ばつが発生。スタッフは「映画が完成する前に雨が降ったら終わり」と焦っていた。結局、撮影中は一滴も降らず、リアルな砂塵と陽光が天然のセットになった。
どんなに貧しくても、人間の尊厳は失われないのです。
極限の状況でも、誰かを思い、明日を信じる心があれば、そこに「生きる」ことの意味がある。その強さこそ、この作品の輝きなのです。













































乾ききった大地で撮られた『乾いた人生』は、偶然と必然のあいだで生まれた奇跡のような映画なのですね
ショック集団

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0421)
監督:サミュエル・フラー
101分/アメリカ
原題または英題:Shock Corridor
配給:ユーロスペース
心理サスペンス映画です。低予算でわずか10日間で撮影されましたが、その強烈な内容で観る者に深い衝撃を与え、後の映画に大きな影響を残しました。
主人公は新聞記者のジョニー・バレット。ピューリッツァー賞という名誉ある賞を狙って、精神病院で起きた殺人事件を調査するため、自分が精神を病んでいるふりをして病院に潜入します。しかし、取材を進めるうちに、彼自身が本当に精神を病んでいき、現実と妄想の区別がつかなくなっていきます。
フラーはリアリティを追求するため、実際にロサンゼルス郊外の精神病棟を何度も訪問。職員に混じって観察を続けた結果、「あの記者のような男が怪しい」と通報され、本当に入院患者と間違われました。
白黒映像の中に突然カラー映像が挿入される大胆な演出や、1960年代のアメリカ社会が抱えていた人種差別や冷戦といった問題を、精神病院という場所を通して描いている点に注目してください。













































幻覚シーンで突如登場するカラー映像は、監督の夢の再現です
真実を追い求めすぎると、自分自身を見失う危険があるということでしょうか。
社会が「正常」と「異常」を決める基準そのものを問いかける、考えさせられる作品です。
軽蔑

画像引用元:映画.com
(NO.0422)
監督:ジャン=リュック・ゴダール(ハンス・リュカス)
104分/G/フランス・イタリア
原題または英題:Le mepris
配給:ファインフィルムズ
アルベルト・モラヴィアの小説を映画化した作品です。フランス映画の金字塔として今も語り継がれています。
物語の主人公は、劇作家のポール。彼はアメリカ人プロデューサーの依頼で、伝説的な監督フリッツ・ラング(本人役)が撮る『オデュッセイア』の脚本を書くことになります。しかし、仕事を通じて妻カミーユとの関係に亀裂が入り始めるのです。きっかけは些細な誤解。でも、その小さなすれ違いが、やがて取り返しのつかない「軽蔑」へと変わっていきます。
ゴダールは当初、冒頭のベッドシーンを「不要」としていた。
ところがアメリカ配給側が「観客がバルドーの裸を見たがっている」と要求。
仕方なく撮ったが、ゴダールは抗議の意味を込めて、赤・青・黄の照明を当て、まるで絵画のような反逆に仕立てました。













































ちなみにフリッツ・ラング本人が自分役として登場しています
鮮やかな色彩の映像美と、ジョルジュ・ドゥルリューの哀しい音楽が、壊れゆく愛を美しく描き出しています。
撮影地はローマとカプリ島。地中海の眩しい光の中で描かれる、心の冷たい距離感が印象的です。
バルドーの「なぜかわからないけど、あなたを軽蔑してるの」という台詞は、愛の終わりを象徴する名言として記憶に残ります。
愛は言葉ではなく沈黙や態度に現れるということです。そして一度失った信頼を取り戻すことの難しいのだと感じさせられます。切なく、心に残る作品となるでしょう。
BLONDE COBRA(ブロンド・コブラ)

画像引用元:IМDbより引用
(NO.0423)
監督:ケン・ジェイコブス
33分/アメリカ
原題または英題:Blonde Cobra
日本公開情報なし
ボブ・フライシュナー撮影の未完成映像を編集して作り上げた、33分のアメリカ実験映画です。
主演はアンダーグラウンド界の伝説的アーティスト、ジャック・スミス(『燃え上がる生物』の監督)。彼が女装をしたり、人形で遊んだり、即興で語る様子が、音楽や沈黙と組み合わされて描かれます。物語は一切なく、画面が真っ黒な時間も長く続きます。それこそがこの映画の狙いです。
会話の大半は、スミスが以前ラジオごっこをして録音していたカセット音声を再利用。
ジェイコブスはその音声を編集して映像を合わせただけ。
かんとくさん脚本は存在せず、録音テープだけが台本代わりだったんだね
ボードレール的映画の傑作であり、美しさ、悲しさ、悲劇において比類のない作品です。ニューヨーク近代美術館(MoMA)でも上映され、アンダーグラウンド映画の重要作品として位置づけられています。
見どころは、常識を覆す構成と、スミスの演技というより「生きる姿」そのもの。笑いと痛み、美と混沌が入り混じります。
人生に決まった形はないということです。自由に生きることの美しさと孤独、そしてありのままでいることの強さです。心に残る一本となるでしょう。
クール・ワールド

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0424)
監督:シャーリー・クラーク
105分/アメリカ
原題または英題:The Cool World
配給:東京第一フィルム
ハーレムの黒人少年たちの生活を生々しく描いた社会派ドラマです。ドキュメンタリーのようなリアルな手法で撮影され、アメリカ独立映画の重要作品ともいわれます。
主人公は15歳の少年デューク。貧しいハーレムで暮らす彼は、ギャング「ロイヤル・パイソンズ」の一員として、銃を手に入れることに憧れます。彼にとって銃は、力の象徴であり、自分を守る唯一の手段。しかし、その夢が彼を暴力の世界へと引きずり込んでいきます。
ハーレムの通りで本物の少年たちを撮影するため、シャーリー・クラークは撮影許可を取らずにカメラを回しました。













































撮影のほとんどは「許可なしゲリラ撮影」でした
1994年にアメリカ国立フィルム登録簿に「文化的・歴史的に重要な作品」として登録されました。クラークの映像が街の生活を鋭く、感傷的にならずに捉えています。
見どころは、実際のハーレムで撮影された街の様子と、地元の若者たちによる自然な演技。マル・ウォルドロン作曲、ディジー・ガレスピー演奏のジャズが全編に流れ、緊張感と切なさを生み出しています。
1963年当時、白人層には「暴力的だ」と批判されたが、黒人の若者たちからは自分たちが初めてスクリーンに映ったと歓迎されました。
貧困や差別の中で生きる若者たちの苦しみと、そこから抜け出すことの難しさを感じさせます。こんな時代から、今も続く社会問題を映し出しています。
底抜け大学教授

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0425)
監督:ジェリー・ルイス
107分/アメリカ
原題または英題:The Nutty Professor
配給:パラマウント
ジェリー・ルイスが監督・主演を務めたコメディの代表作です。冴えない化学教授ジュリアス・ケルプが、自分で開発した薬を飲んで、自信満々の男バディ・ラブに変身してしまうという物語。笑いの中に「ありのままの自分を受け入れる」という深いメッセージが込められています。
ジュリアスは不器用で内気、学生からも馬鹿にされる存在。しかし薬の力で生まれたバディ・ラブは、社交的で女性にもモテる理想の男。ところが、その傲慢な態度が次第に周囲を傷つけていきます。
ルイスはメイクで二重あごを消し、頬を引き上げる特殊テープを貼っていました。撮影中はそれが顔の筋肉を締めつけすぎて「痛みでセリフを噛んだ」ことも。
1996年にはエディ・マーフィー主演でリメイクされるなど、後世に大きな影響を与えています。
見どころは、ルイスの独特なテンポとビジュアル・ギャグ。実験室でのドタバタや、変身シーンの滑稽な演出が魅力です。













































大学の実験室セットは、本物の化学装置を使用していました
この映画が教えてくれるのは、完璧である必要はないということ。自分らしさこそが一番の魅力だという、優しくて温かいメッセージが心に残ります。
大脱走

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0426)
監督:ジョン・スタージェス
172分/G/アメリカ
原題または英題:The Great Escape
配給:ユナイテッド・アーティスツ
実話をもとに描いた戦争映画の傑作です。第二次世界大戦中、ドイツ軍の捕虜収容所「スタラグ・ルフトⅢ」から脱出を企てる連合軍兵士たちの姿を描きます。
脱走常習犯ばかりを集めた収容所で、イギリス人、カナダ人、アメリカ人の捕虜たちが力を合わせ、地下にトンネルを掘って大規模な脱出計画を実行します。スティーブ・マックイーン演じる「クーラー・キング」ヒルツをはじめ、個性豊かな仲間たちが、それぞれの特技を活かして自由を目指します。
トンネル掘りのシーンで本当に息苦しくなり、撮影中に何度も中断。役どころが「閉所恐怖症の掘り師」だったのは、偶然ではなく現実に基づいていました。
エルマー・バーンスタイン作曲のテーマ曲は、今も自由の象徴として愛されています。特にマックイーンのオートバイで国境を越えようとするシーンは名場面です。
見どころは、豪華キャストによる緊張感あふれるチームワーク。準備から脱出、そしてその後の追跡まで、テンポよく描かれます。
国境越えの名シーンで乗っているのは、ドイツ軍のバイクではなくマックイーンの私物トライアンフ。撮影用にドイツ風に改造したもの。しかもスタントの一部を自分で演じ、「俺が一番カッコよく映るように編集してくれ」と監督に頼んだとか。













































マックイーンらしいです…..
たとえ計画が失敗しても、自由への意志は誰にも奪えないということです。困難に立ち向かう勇気と、仲間を信じる心の大切さが心に残ります。
地中海

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0427)
監督:ジャン=ダニエル・ポレ
43分/フランス
原題または英題:Méditerranée de Jean Daniel Pollet
日本公開情報なし
地中海沿岸を4ヶ月かけて旅して撮影した映像を、詩人フィリップ・ソレールスの文章とアントワーヌ・デュアメルの音楽で構成しています。
この映画には物語がありません。ギリシャの遺跡、シチリアの庭、闘牛、病院の手術台に横たわる少女など、断片的な映像が次々と映し出されます。監督は「ひとつのショットでひとつのものだけを撮影し、編集で言葉のように組み合わせた」と語っています。
かんとくさんロケは約4か月、編集に約3年かけたんだよ
フランスのヌーヴェルヴァーグ映画の隠れた傑作とされています。映画史における彗星のような作品とも。
見どころは、説明を拒む美しい映像の連なり。古代遺跡や海の風景が、まるで記憶の断片のように繰り返し現れます。













































ただの映像旅ではなく、「時間」「記憶」「風景」の連続性を揺さぶる、映画の実験でもあるんです
世界はすぐに理解できるものばかりではありません。言葉や物語がなくても、映像そのものが何かを語りかけてくる。その体験こそが、この作品の魅力です。
雪之丞変化

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0428)
監督:市川崑
113分/日本
原題または英題:Revenge of a Kabuki Actor
配給:大映
原作は三上於菟吉の時代小説で、これまで何度も映画化されてきた人気作品。本作は名優・長谷川一夫の300本記念映画として製作されました。
物語の主人公は歌舞伎の女形役者・雪之丞。父を冤罪で殺された彼は、復讐を胸に秘めながら長崎から江戸へと旅立ちます。舞台の上では美しい女形として演じながら、その裏では父の仇である土部三斎への復讐を計画していくのです。長谷川一夫は雪之丞と義賊・闇太郎の一人二役を演じ、闇太郎は直接関わらないものの、影から雪之丞を見守り応援します。
モノクロの画面に浮かぶ光と影の対比、歌舞伎の舞台を思わせる演出が見どころです。ジャズを取り入れた音楽も斬新で、従来の時代劇とは一味違う雰囲気を作り出しています。
女形 → 役者 →義賊という雪之丞の変化に合わせて、カメラワークも 近景 →中景→遠景を意図的に使い分けていたという批評もあります。つまり、物語だけでなく、映像そのものが変化を語っていたということです。
雪之丞は女形という役を演じながら生きていますが、それは単なる仮面ではありません。復讐のために選んだ「演じる」という生き方が、彼自身の人生そのものになっていくのです。
自分の役割と本当の自分、どちらが本物なのか。そんな問いを投げかける作品です。
たたり

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0429)
監督:ロバート・ワイズ
112分/アメリカ
原題または英題:The Haunting
配給:MGM
派手な演出やCGを一切使わず、「見えない恐怖」だけで観客を震え上がらせることに成功した、ホラー映画史に残る傑作です。
物語は、超常現象を研究するマークウェイ博士が、曰くつきの屋敷「ヒル・ハウス」で実験を行うところから始まります。集まったのは、霊感の強い孤独な女性エレノア、超能力を持つセオドラ、そして屋敷の相続人ルーク。やがて館に潜む「何か」が、彼らの心を少しずつ侵食していきます。
かんとくさん壁をゆがませる専用レンズが使われていたんだよ
ロバート・ワイズ監督は『ウエスト・サイド物語』や『サウンド・オブ・ミュージック』で知られるミュージカルの巨匠ですが、本作ではまったく違う才能を発揮。
幽霊を直接見せず、壁のうなり声、扉の不気味な動き、歪んだカメラアングルだけで恐怖を演出しました。特に「扉が呼吸する」ように見えるシーンは特殊効果なしで実現した伝説的な場面です。
ビートニク風味を出すため、衣装デザイナーが当時人気のマリー・クワントに発注。モダンとホラーが交じり合う不思議な見た目になっています。
恐怖とは外からやってくるものではなく、人の心の中で育つものだということですね。
孤独や罪悪感が生み出す「心の幽霊」こそが、本当は一番恐ろしいのかもしれません。
1964年

007/ゴールドフィンガー

画像引用元:映画.com
(NO.0430)
監督:ガイ・ハミルトン
110分/イギリス
原題または英題:Goldfinger
配給:UA
ジェームズ・ボンド・シリーズ第3作。この作品が、後の全てのボンド映画の「お手本」となりました。
物語の主人公は英国諜報部員ジェームズ・ボンド。彼が挑むのは、金に異常な執着を持つ大富豪オーリック・ゴールドフィンガーの恐るべき計画です。ゴールドフィンガーは「オペレーション・グランドスラム」という作戦で、アメリカの金塊貯蔵庫フォートノックスを核爆弾で汚染し、世界中の金を使えなくすることで、自分の金の価値を何倍にも高めようとします。
金粉で全身を覆われるシーン(ジル役シャーリー・イートン)は、当時「皮膚呼吸できずに死ぬ」という都市伝説を生みました。実際には撮影後すぐに金粉を落としたため無事でしたが、スタッフは常に彼女の体温と呼吸をチェックしていたとか。
「007映画の完成形」と称されています。
見どころは、ボンドが乗るアストンマーティンDB5の数々の秘密装置。回転ナンバープレートや射出座席など、このシリーズの「ガジェット(秘密兵器)」文化はここから始まりました。また、金塗りで殺されるジル・マスターソンの衝撃的なシーン、帽子を武器にする殺し屋オッドジョブ、そして飛行機乗りのプッシー・ガロアなど、印象的なキャラクターが次々と登場します。













































ボンドガールの名前プッシー・ガロアが当時は大問題になりました。露骨な名前が検閲にひっかかる状態でした
欲望に取り憑かれると人は恐ろしいことをするのです。
華やかな世界の裏には、欲と倫理のせめぎ合いが潜んでいるのです。
マイ・フェア・レディ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0431)
監督:ジョージ・キューカー
173分/アメリカ
原題または英題:My Fair Lady
配給:ワーナー・ブラザース
名作ミュージカル映画です。ロンドンの下町で花を売る少女が、言葉の力で上流社会の貴婦人へと変わっていく物語を描いています。
主人公のイライザは、なまりの強い話し方のせいで周りから笑われる花売り娘。そこに現れた言語学者ヒギンズ教授が「この娘を貴婦人に変えてみせる」と宣言し、厳しいレッスンが始まります。発音矯正と礼儀作法を学んだイライザは、見事に上流社会のレディに変身します。しかし彼女が本当に求めていたのは、美しい言葉ではなく、一人の人間として尊重されることでした。
アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞など8部門を受賞。「君住む街角」や「踊り明かそう」など、今も愛される名曲が数多く生まれました。
ブロードウェイ版でイライザを演じたのはジュリー・アンドリュースでしたが、映画版では「映画経験がない」との理由でオードリーに交代。ところが翌年、アンドリュースは『メリー・ポピンズ』でアカデミー主演女優賞を受賞。「最高の復讐劇」と言われています。
オードリー・ヘプバーンの歌声はマーニ・ニクソンが吹き替えていますが、イライザの心の変化を表現する演技は圧巻です。彼女が教授に向かって「私には私の言葉がある」と言い放つ瞬間、この物語が単なるシンデレラストーリーではなく、自分らしさを見つける物語だとわかります。
この映画が教えてくれるのは、人を変えるのは外見や言葉ではなく、自分自身をどう思うかだということ。
イライザが手に入れたのは、自分を誇れる心でした。
赤い砂漠

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0432)
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
117分/イタリア・フランス
原題または英題:Il deserto rosso
配給:東和
ミケランジェロ・アントニオーニ監督が初めてカラーで撮った作品です。色そのものを使って、人間の心の不安を表現した画期的な映画として知られています。
舞台は工場の煙が立ち込める北イタリアの工業地帯。主人公のジュリアーナは、交通事故の後、心のバランスを崩してしまいます。夫や友人のコラルドに囲まれていても、灰色の工場や海に囲まれた世界で、彼女は自分の居場所を見つけられません。
アントニオーニは「自然の緑はこの映画に合わない」として、ロケ地の草・木・建物を灰色や黄色にペンキで塗り替えました。
かんとくさん草も木も、本当に塗られたんだ
アントニオーニは、この映画で革新的な試みをしました。草や木を実際に灰色や白に塗り、自然な色をわざと消して、ジュリアーナの心の状態を風景そのもので表現したのです。赤、緑、灰色といった色彩すべてが計算され、観客が彼女の不安な心の中に入り込めるように作られています。
見どころは、工場や煙突が登場人物のように映し出される映像美。そして、ジュリアーナが息子に語る青い海の幻想シーンは、彼女が心の中で求める美しい世界を象徴しています。
変化する世界の中で、人は自分なりの色を見つけなければならないということを教えてくれます。灰色の世界でも、心の中に自分だけの色を持ち続けることの大切さを語りかけてきます。
砂の女

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0433)
監督:勅使河原宏
1964年製作/147分/日本
原題または英題:The Woman in the Dunes
配給:東宝
安部公房の小説を映画化した日本映画の傑作です。砂丘の底の穴に閉じ込められた男と、そこで暮らす女の奇妙な生活を通して、人間存在の本質を問いかける作品です。
昆虫採集が趣味の男 (岡田英二) は、砂丘地帯で一夜の宿を借りますが、翌朝目覚めると、深い砂の穴から出られなくなっていました。そこには一人の女(岸田今日子)が住んでおり、毎日砂をかき出さなければ家が埋もれてしまいます。村人たちは男を逃がさず、砂掘りの労働を強いるのです。
勅使河原監督は、砂を生き物のように撮影することに挑戦しました。
撮影に使われた砂の一部は、実際の砂丘ではなく、スタジオ内で人工的に用意された粉砕されたコルクでした。俳優が長時間埋もれても呼吸しやすく、衣装も痛みにくいという理由から。
無数の砂粒がうねり、流れ、人を飲み込んでいく映像は、モノクロながら圧倒的な存在感を放ちます。
カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、アカデミー賞でも外国語映画賞と監督賞にノミネート。
見どころは、男の心の変化です。最初は必死で逃げようとしていた彼が、次第にその穴での生活を受け入れ、自分なりの意味を見つけていきます。
当時のフランスやアメリカでは、哲学的官能映画としてカルト的な人気を得ました。ポスターには「砂の肌が最も官能的な瞬間」というコピーまで。
この映画が教えてくれるのは、自由とは外の世界にあるのではなく、今いる場所で自分の生き方を見つけることかもしれない、ということです。
「住めば都」ということわざがあります。わたしは転居を伴う転勤で嫌になった時にこの映画を見て、考えを変えたことがありました。
火の馬

画像引用元:映画.com
(NO.0434)
監督:セルゲイ・パラジャーノフ
92分/ソ連
原題または英題:Shadows of Forgotten Ancestors
配給:ATG
ウクライナ民話の映画化作品です。別名「Wild Horses of Fire(野生の火の馬)」とも呼ばれ、映像詩と称される映画史上特異な傑作として知られています。
舞台はカルパチア山脈に暮らすフツル族の村。主人公イワンは、父を殺した一族の娘マリチカと恋に落ちますが、悲劇が二人を引き裂きます。マリチカは川で溺れて命を落とし、イワンは絶望の中で別の女性パラーニャと結婚しますが、亡きマリチカへの想いから逃れられません。
雪山のシーンで主人公イワン役のイワン・ミコライチュクが本当に足を滑らせ、カメラの前で転落。監督はそのまま使い「魂が画面に落ちた」とコメント。
説明的なセリフを排除し、民族衣装、祭り、儀式といった伝統文化を圧倒的な色彩と動きのあるカメラワークで描きました。カメラは常に回転し、傾き、まるで万華鏡のような映像体験を生み出します。
物語を「理解する」のではなく、映像に「触れる」感覚を味わうことになるでしょう。
かんとくさんタイトルの「火の馬」は象徴であり、実際の馬を燃やしたわけではないよ
見どころは、悲しみの中にも生の美しさを見出す描写です。
失われゆくものの中にも永遠に燃え続ける命があるということです。それは民族の記憶であり、愛の残響であり、人間の心に燃え続ける「火」なのです。
スコーピオ・ライジング

物語らしい筋はなく、革ジャンに身を包んだバイカーたちの世界を、1960年代のポップスに乗せて描いた異色作として知られています。
映画にはセリフが一切なく、すべてが音楽と映像のリズムで語られます。バイクの整備、エルヴィスやボビー・ヴィントンの曲、キリスト像、ナチスの映像、そして同性愛的な視線が交錯し、まるでアメリカの無意識が露出していくような不穏な雰囲気を放ちます。アンガーはこの手法を「映画による儀式」と呼びました。
かんとくさん「ドキュメンタリー撮影だ」と嘘を言ってバイカーたちを誘ったんだよ
既存の音楽をそのまま使って映像を構成するスタイルは、後のミュージックビデオやMTV文化の先駆けとされています。
見どころは、聖と俗、暴力と美、死とエロスが混ざり合う映像の緊張感です。
バイクや革ジャンが単なる「かっこよさ」を超えて、宗教的な象徴へと変貌していく様子は、まさに映像の魔術といえます。
この映画が教えてくれるのは、破壊の中にも創造の火が宿るということ。
アンガーはアメリカ文化の「偶像」を壊しながら、同時に新たな映像神話を築きました。圧倒的なエネルギーを詰め込んだ爆発する詩といえるのです。
マーニー

画像引用元:映画.com
(NO.0436)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
130分/アメリカ
原題または英題:Marnie
配給:マーメイドフィルム
トラウマを抱えた女性窃盗犯の物語です。主人公マーニーは、偽名を使って就職しては会社の金を盗んで逃げる生活を繰り返していました。しかし、ある日彼女の正体を見破った会社社長のマークから、結婚を条件に脅迫されます。













































脚本は女性ひとりだけで執筆された唯一のヒッチコック作品です
物語が進むにつれ、マーニーが赤い色を見ると発作を起こし、雷を異常に恐れる理由が明らかになっていきます。これらは幼少期の恐ろしい体験から生まれたトラウマでした。単なるサスペンスを超えて、心の傷が人生をいかに支配するかという深いテーマを描きました。
ヒッチコックが観客を闇の奥へと誘う作品と言われ、挑戦的な作品の一つとされています。
本物の馬が屋外で撮影できないと判断したヒッチコックは、巨大な走行台(トレッドミル)を屋内に設置し、馬をその上で走らせてカメラワークを工夫。馬が「めっちゃ回ってる」動きをしていることに気づいた人は少ないでしょう。
見どころは、赤を効果的に使った印象的な映像美と、ヘドレンとコネリーの緊張感ある演技です。なぜ彼女が盗みを繰り返すのかという謎が、静と動のリズムで巧みに展開されます。
この映画が教えてくれるのは、語られない過去の傷は、人を同じ過ちへと駆り立てるということ。
マーニーは単なる犯罪者ではなく、自分でも制御できない恐怖と戦っていました。誰もが抱える心の傷と、それを乗り越える勇気について考えさせられる作品です。
赤死病の仮面

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0437)
監督:ロジャー・コーマン
89分/アメリカ・イギリス
原題または英題:The Masque of the Red Death
配給:日本ヘラルド映画
物語の舞台は中世ヨーロッパ。疫病「赤死病」が村々を襲うなか、残酷な領主プロスペローは領民を見捨て、富裕層だけを城に集めて豪華な宴会を開きます。しかし、やがて「死」そのものが仮面をかぶって城に現れるという寓話的なストーリーです。
最大の見どころは、色彩の美しさです。
撮影監督ニコラス・ローグ(後に『赤い影』などの名作を監督)によるカラフルな映像と、映画「ベケット」から引き継いだ豪華なセットが、幻想的な世界を作り上げています。特に「七つの色の部屋」の場面は圧巻です。













































赤い照明でフィルムが本当に焼けました
ロジャー・コーマンは低予算の天才。本作の多くのシーンは、前年に撮影された『The Tomb of Ligeia(リージアの墓)』や『The Raven(大鴉)』のセットや衣装を再利用しています。背景のステンドグラスや壁紙まで再登場しています。
この映画が教えてくれるのは、「どんなに壁を高くしても、死からは逃れられない」という普遍的な真理。
プロスペローの城は、現代の私たちが作る「安全な世界」の象徴かもしれません。外の苦しみから目を背けても、やがてそれは内側から忍び寄ってくる。そんな深いメッセージが込められた、美しくも怖い作品です。
革命前夜

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0438)
監督:ベルナルド・ベルトルッチ
112分/イタリア
原題または英題:Prima della rivoluzione
配給:ザジフィルムズ
イタリアの名匠ベルナルド・ベルトルッチがわずか22歳で監督したこの作品は、理想と現実の間で揺れる若者の姿を描いた青春映画です。
ベルトルッチは当時わずか22歳。パルマ大学で文学を学んでいたが、「頭の中で革命が起きた」と語り、大学をやめてこの映画を撮影。つまり、タイトル通り監督自身の革命前夜でありました。
舞台は1962年のイタリア・パルマ。裕福な家庭に育った学生ファブリツィオは、共産主義に共感しながらも、自分の恵まれた立場との矛盾に悩んでいます。親友の自殺をきっかけに、彼は人生を見つめ直し始めます。さらに、年上の伯母ジーナとの複雑な関係にも巻き込まれていきます。やがて彼は理想を諦め、安定した家庭へと向かっていくというお話しです。
ファブリツィオ役のフランチェスコ・バリッリは当時ほぼ無名。撮影初日、感情表現が淡々としすぎてベルトルッチが激怒。しかし編集でその冷たさが作品のテーマに合うと分かり、採用に至ったのです。













































主演俳優が「演技が下手すぎる」と途中でクビになりかけたんですね
若きベルトルッチの才能が光ると思わずにはいわれません。ゴダールなどフランス・ヌーヴェルヴァーグの影響を受けた実験的な映像と、エンニオ・モリコーネの音楽が印象的です。
理想だけでは生きられないという厳しい現実があります。
革命を夢見た若者が、結局は自分の生まれた場所に戻っていく姿には、誰もが経験する青春の終わりが描かれています。理想と現実、どちらを選ぶべきか?
その答えのない問いに向き合う若者の姿が心に残ります。
博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0439)
監督:スタンリー・キューブリック
93分/アメリカ
原題または英題:Dr.Strangelove: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb
配給:コロンビア ピクチャーズ
もともとシリアスな小説『Red Alert』が原作でしたが、キューブリックは「核戦争という状況自体がすでに狂気のコメディだ」と考え、全編を痛烈な風刺作品に変えました。
物語は、アメリカ空軍の司令官リッパー将軍が突然発狂し、ソ連への核攻撃を命令してしまうところから始まります。ホワイトハウスでは大統領が必死に事態を収拾しようとしますが、攻撃は止まりません。やがて米ソの「相互確証破壊」が現実になっていく。そんな恐怖を、笑いと皮肉で描いた作品です。
冷戦時代を最も痛烈に風刺した映画として、ブラックコメディの金字塔といってもいいです。
特にピーター・セラーズが一人で三役(大統領、イギリス将校、車椅子の博士)を演じ分けた名演技は今も語り継がれています。
セットデザインがあまりにも本物そっくりで、アメリカ国防総省の職員が「どうやってレイアウトを知ったんだ?」と不審に思い、実際に調査を行いました。
かんとくさん何と全部キューブリックの想像だったんだよ
この映画の最大の見どころは、笑えるのに怖いという絶妙なバランス。核戦争を防ぐために作られた「自動報復装置」という発想自体が、笑えるのに背筋が凍ります。
黒いユーモアの奥に、「テクノロジーに依存する人間の愚かさ」という現代にも通じるテーマが隠されています。
キューブリックの初期脚本では、核爆発の直前に「世界最後のオーギー(乱交)」が行われるラストがあった。あまりに悪趣味すぎて、製作会社が激怒し、削除された。彼は後に「惜しかったね」と笑って語っているのでした。
最も恐ろしいのは、システムではなく、それを動かす人間の思い込みということです。
キューブリックは、その恐ろしさを笑いに変えることで、観客に深く考えさせる作品を作り上げました。
黒い神と白い悪魔

画像引用元:映画.com
(NO.0440)
監督:グラウベル・ローシャ
118分/ブラジル
原題または英題:Deus e o Diabo na Terra do Sol
配給:日本スカイウェイ、アダンソニア
ブラジル北東部の荒野「セルタォン」を舞台に、信仰と暴力、抑圧と自由を描いた壮大な物語です。
貧しい農民マヌエルは、不当な扱いを受けて地主を殺してしまい、妻ロサと逃亡します。やがて彼は神を名乗る預言者セバスチャンのもとに身を寄せますが、その狂信的な暴力に絶望。今度は悪魔と呼ばれる無法者コリスコの一団に加わりますが、そこでも救いは見つかりません。神にも悪魔にも救われない人間の姿を、力強く描いています。
ブラジルの映画運動を代表する傑作となりました。衝撃的な政治的作品といえます。
映画で主人公マヌエルが、預言者セバスティアーノの教団の儀式として「岩を担いで登る」場面がありますが、実際には“軽そうなレプリカ”ではなく、現地で拾った本物の重石を用いて撮影されたそうです。撮影地が砂荒野であったため、俳優は本気でしんどかったという話。
見どころは、モノクロ映像の圧倒的な力強さです。灼熱の太陽と乾いた大地、宗教儀式と暴力が、まるで民謡のようなリズムで描かれます。映像そのものが、ブラジル社会の不平等を映し出しています。
救いは外にではなく、自分の中にあるということです。
誰かを盲目的に信じても、人間自身が変わらなければ世界は変わりません。荒野の太陽の下で、人間の誇りと尊厳を問いかける作品です。
ビートルズがやって来る!ヤア!ヤア!ヤア!

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0441)
監督:リチャード・レスター
87分/イギリス
原題または英題:A Hard Day’s Night
配給:シンコーミュージック・エンタテイメント
2001年に邦題を原題に近い『ハード・デイズ・ナイト』に変更されており、現在DVDはこのタイトルでリリースされています。
ビートルズの「ある一日」を追いかけたドキュメンタリー風の音楽映画です。ただの宣伝映画ではありません。モノクロ映像で描かれる、笑いとエネルギーに満ちた傑作です。
撮影終盤、リンゴが「It’s been a hard day’s night(きつい一日の夜だった)」と間違って言ったのが始まり。監督レスターとジョン・レノンがそのフレーズを気に入り、正式タイトルに採用されました。
かんとくさん言い間違いが映画史に残るタイトルになったんだね
物語は、ロンドンへ向かう列車の中から始まります。テレビ出演のため移動するビートルズ。しかし、行く先々でファンに追いかけられ、ポールのおじいさんが騒動を起こし、リンゴは警察に捕まってしまうなど、ドタバタの連続。そんな中で「Can’t Buy Me Love」「She Loves You」など名曲の数々が次々と流れます。
搾取目的で作られた映画の中で最も滑らかで、新鮮で、面白い作品と言われます。
最大の見どころは、ビートルズ4人の自然な魅力です。彼らは「スーパースター」ではなく、音楽を楽しむ若者として描かれています。ハンドヘルドカメラの自由な動きと軽快な編集が、後のミュージックビデオの原点となりました。
川沿いを歩くリンゴの一人旅シーン。撮影当時、監督は「時間稼ぎのつもり」だったそうですが、公開後は「ビートルズで一番演技が上手いのはリンゴ」と評されました。













































後の『ヘルプ!』でも彼が中心になるきっかけになりました
自由とは、自分自身で作り出すものということです。
大人たちの枠に縛られながらも、笑いと音楽でそれを軽やかに乗り越える。そんな若者のエネルギーが、今も色褪せずに輝いています。
シェルブールの雨傘

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0442)
監督:ジャック・ドゥミ
91分/G/フランス
原題または英題:Les parapluies de Cherbourg
配給:ザジフィルムズ、ハピネット
世界でも珍しい「全編が歌だけで語られる」ミュージカルです。普通の会話まですべて歌になっていて、まるでオペラのような作品です。
舞台はフランス北部の港町シェルブール。傘屋の娘ジュヌヴィエーヴと自動車整備工のギイは深く愛し合っていますが、ギイがアルジェリア戦争に徴兵されて離ればなれになってしまいます。待ち続けるジュヌヴィエーヴですが、妊娠していることがわかり、母親に勧められて裕福な宝石商と結婚します。数年後、二人は偶然再会しますが、もう元には戻れない。そんな切ない物語です。
ロケ地の傘店「13 Rue du Port, シェルブール」は実在し、店舗の入り口には今も映画撮影を記念したプレートが掲げられています。
日常の物語を壮大なオペラに昇華させた、名作と言えます。音楽はミシェル・ルグランが担当し、テーマ曲「I Will Wait for You(シェルブールの雨傘)」は世界的な名曲となりました。
見どころは、まるで絵画のような鮮やかな色彩です。パステルカラーの壁紙や衣装が、甘く切ない物語を美しく彩ります。そして若き日のカトリーヌ・ドヌーヴの輝くような美しさも必見です。
愛は永遠でなくても、本物だったということでしょう。
若い頃の情熱的な恋は続かなかったけれど、それぞれが新しい人生を歩んでいく。その現実を、悲劇ではなく人生の一部として優しく描いています。
ガートルード/ゲアトルーズ

画像引用元:映画.com
(NO.0443)
監督:カール・テオドア・ドライヤー
118分/デンマーク
原題または英題:Gertrud
配給:ザジフィルムズ
理想の愛を求め続けた女性の一生を描いた作品です。まるで舞台劇のように静かで、深い思索に満ちた映画です。
主人公ガートルードは、政治家の夫との冷めた結婚生活に終止符を打ち、若いピアニストとの恋に身を投じます。しかし、理想の愛はどこにもありません。昔の恋人と再会しても、彼女が求める「すべてを懸けた愛」を与えてくれる人はいないのです。セリフは淡々と、動きは最小限。静けさの中に、激しい感情が隠されています。
公開当初は「退屈」「舞台劇のようで映画的ではない」と批評家たちから厳しく評価されました。しかし、その後再評価が進み、現在では映画史に残る傑作といわれるように。
ドライヤー独特の舞楽がこめられています。長いワンカット、計算された構図、モノクロ映像の光と影。すべてが、言葉では語られない感情を表現しています。





デンマークでは「眠気を誘う映画No.1」に選ばれたことがあります
愛とは、相手に何かを求めることではなく、自分が何を信じて生きるかということです。
ガートルードは孤独ですが、自分の信念を曲げません。その生き方は、妥協より誠実さを選んだ人間の覚悟そのものです。
メリー・ポピンズ

画像引用元:映画.com
(NO.0444)
監督:ロバート・スティーヴンソン
140分/G/アメリカ
原題または英題:Mary Poppins
配給:ブエナビスタ
実写とアニメーションを見事に融合させた、ディズニーの最高傑作のひとつです。
舞台は1910年頃のロンドン。堅物の銀行家バンクス家に、風に乗って不思議なナニー(乳母)メリー・ポピンズがやって来ます。彼女は魔法のような力で、仕事に忙しい両親と子どもたちに、想像力と愛の大切さを取り戻させていきます。
主演のジュリー・アンドリュースは、この作品で映画デビューを飾り、アカデミー賞主演女優賞を受賞。澄んだ歌声と優雅な演技で、世界中を魅了しました。
「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」や「チム・チム・チェリー」など、誰もが一度は耳にしたことのある名曲が満載です。
「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス(Supercalifragilisticexpialidocious)」は、制作中もスタッフ全員が言えず、撮影現場で何度も言い間違いが続出。字幕担当者も頭を抱えたとか。
驚異的な特殊効果、魅力的な楽曲、そしてジュリー・アンドリュースの伝説的な演技を讃える、豪華な現代のおとぎ話なのです。
最大の見どころは、実写とアニメが共演する「チョークの絵の世界」のシーン。技術的な素晴らしさだけでなく、「遊び心こそ人生の豊かさ」というメッセージが込められています。
完璧を求めるより心の余裕を持つことが大切です。忙しい毎日に追われる現代人にこそ、響くメッセージが詰まった作品です。
この映画のテーマ「父が子どもと心を通わせる」は、ウォルト自身の幼少期の体験と重なる部分が多く、完成試写で号泣したと言われています。













































ウォルトが最後に手掛けた作品でした
鬼婆

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0445)
監督:新藤兼人
103分/日本
原題または英題:Onibaba
配給:東宝
戦乱の世に取り残された人間の欲望と恐怖を、圧倒的な映像美で描いた異色のホラー映画です。
舞台は14世紀の日本、果てしないススキの原野。戦場から逃げてきた兵士を殺し、その鎧や武具を奪って生きる老女と若い嫁の二人。しかし、戦友だった男が現れたことで、嫁は男と密会するようになります。それに嫉妬した老女は、ある夜出会った武将から奪った恐ろしい鬼の面をかぶり、嫁を脅して男に近づけないようとします。
しかし、その面は簡単には外れなくなってしまうのです。
主演の乙羽信子と吉村実子の鬼気迫る演技、モノクロ映像で撮られた揺れ動くススキ野、そして能面のような鬼の面が織りなす映像は、今見ても息をのむほどです。
撮影地は茨城県霞ヶ浦近くの原野。真夏の炎天下で、スタッフも出演者も熱中症寸前。蚊・ヒル・ハチの三重苦。乙羽信子は「地獄より暑かった」と回想しています。
悪夢のような映像美ではありますが、その反面視覚的に圧倒的なものがあります。
見どころは、鬼の面が象徴する人間の業です。嫉妬、欲望、老いへの恐怖。それらがすべてこの面に集約されています。新藤監督は、この面を原爆の被害者の象徴としても描いたと語っています。













































海外ではホラーよりアート映画の扱いでした
最も恐ろしいのは人間の孤独と欲望だということです。文明も秩序もない世界で、人間はどこまで堕ちていくのか?その答えを静かに突きつけてきます。
奇跡の丘

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0446)
監督:ピエル・パオロ・パゾリーニ
138分/イタリア・フランス
原題または英題:The Gospel According to St. Matthew
配給:ザジフィルムズ
監督のパゾリーニは無神論者でマルクス主義者でしたが、聖書の言葉をそのまま使って、驚くほど純粋な宗教映画を作りました。
主人公のイエスを演じたのは、19歳の大学生エンリケ・イラソキ。彼を含め、出演者のほとんどが演技経験のない素人でした。南イタリアの荒れた大地で撮影されたモノクロ映像は、まるでドキュメンタリーのようなリアルさです。
主演のエンリケ・イラソキはスペインの経済学部の学生で、たまたま記者会見でパゾリーニの前にいたことからスカウトされました。演技経験ゼロだったが、その素朴な目に聖人のような誠実さを感じたといいます。
この映画の魅力は、イエスを「完璧な神」ではなく「苦悩する人間」として描いたこと。
怒り、迷い、時には厳しい言葉を投げかけるイエスの姿は、私たちと同じように悩む一人の人間です。貧しい人々と共に歩き、権力に立ち向かう姿は、現代にも通じるメッセージです。
他者を赦すことの難しさに、希望を持ち続けることの大切さを感じます。
宗教を超えて、人が人を信じることの意味を教えてくれる作品です。
まとめ

この記事では、『死ぬまでに観たい映画1001本』のうち、1960年~1964年までの、60年代前半作品の概要をお伝えしました。
かんとくさん大変だよ!『砂の女』みたいに、蟻地獄にハマってしまった~













































ええ!?変なおうちに行ったんですか?
かんとくさんタスクが次々降ってくるリモート地獄。今日もメールを掻き出すだけで日が暮れてしまうよ~!!













































会社で残業しているんですね…..
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『死ぬまでに観たい映画1001本』1900~1920年代リスト
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『死ぬまでに観たい映画1001本』1950年代リスト(前編)
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