この記事では
『死ぬまでに観たい映画1001本』全リスト作品の概要を簡単に説明しています。
全部で1200作品以上あり一つの記事で紹介しきれないので、年代別に分けています。
ここでは、1950年代後半の、1955年から1959年までの作品を紹介します。
かんとくさん今日も映画を見るぞ























































いいですねぇ
各映画の概要を簡潔に紹介しています。考察はほとんど書いていません。まずは感覚を楽しんでいただき、あなたのハートを動かしてもらうのが目的です。
人生の岐路において、役立つ映画がここでもわんさかと掲載されています。
興味がある作品はどんどん鑑賞していきましょう。そして次の興味をひきだして、映画ライフを充実させていきましょう。
かんとくさんモノクロ映画が増えてきたよ
ここで記事を順番で見ていくと長くなるので、こちらの一覧リストから見るといいですよ。
























































このリストの作品名から概要の記事にとべます
1955年

歴史は女で作られる

画像引用元:映画.com
(NO.0294)
監督:マックス・オフュルス
110分/フランス
原題または英題:Lola Montes
配給:紀伊國屋書店、マーメイドフィルム
実在の女性、ローラ・モンテスの波乱に満ちた人生を描いています。
ローラは19世紀、アイルランド生まれのダンサーでした。作曲家フランツ・リストやバイエルン国王ルートヴィヒ1世など、ヨーロッパ中の著名人との恋愛で知られ、当時「世界一スキャンダラスな女性」と呼ばれました。
映画では、晩年の彼女がアメリカのサーカスで見世物として自分の人生を語る、という独特の構成をとっています。サーカスの場面と過去の回想が交互に映し出され、華やかだった日々と落ちぶれた現在が対比されます。
長年カットされていたシーンが2008年に再発見され、ようやく完全版が復元。フィルム倉庫の隅に、別タイトルで眠っていたとか。























































映画のようにドラマチックな再会ですね
最大の見どころは、オフュルス初のカラー作品として実現した圧倒的な色彩美と、流れるようなカメラワークです。
シネマスコープの画面いっぱいに広がるサーカスの華やかさと、ローラの孤独が鮮やかに描かれます。
映画では悲劇的に描かれていますが、実際のローラは「ナポリで暴動を起こした女」と呼ばれるほど強烈な人物。演説で群衆を煽り、王を退位させかけた記録まであります。
この映画が問いかけるのは、「名声とは何か」「人は他人の目にどう映るのか」という普遍的なテーマです。
見世物として消費されながらも、どこか誇り高く生きたローラの姿から、私たちは自分らしく生きることの意味を学べます。
大地のうた

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0295)
監督:サタジット・レイ
126分/インド
原題または英題:Pather Panchali
配給:東和=ATG
ベンガル地方の貧しい村で暮らす少年アプとその家族の日常を見つめた作品です。
物語に派手な出来事はありません。父は仕事を探して家を離れ、母は苦しい家計をやりくりし、アプは姉と野原を駆け回り、老いた大叔母は食べ物をくすねる。ただそれだけです。
監督もカメラマンも音響も、ほとんどが素人集団。撮影中に「音が入ってない」と気づき、最初の何シーンかを撮り直したとか。
かんとくさん映画チームの多くは、映画初体験だったんだ
風に揺れる草、雨の音、遠くを走る列車といった何気ない風景が、生きることの喜びと悲しみを教えてくれます。
公開当初、インド国内では商業的に苦戦しましたが、海外では大絶賛されました。
村の人々は、何をしているのか理解できず「外国人が農作業を記録している」と思っていたようです。村の子どもたちがカメラに向かって手を振るカットも、意図せず残っています。
マーティン・スコセッシは「世界について学ぶきっかけになった映画」と語りました。
黒澤明は「レイの映画を見ずに生きることは、太陽や月を見ずに世界に存在するようなもの」と言いました。
最大の見どころは、レイ監督の優しいまなざしです。貧困という重いテーマを扱いながらも、家族の笑顔や子どもたちの好奇心を丁寧に映し出し、どんな状況でも人は生きていけることを教えてくれます。























































レイは広告会社で仕事を続けながら資金を調達しました。政府の資金援助を受けてようやく撮影できたのです
幸せは特別なものではなく、日々の小さな瞬間にあるということです。
何も持たなくても、誰かと笑い合えれば、それが人生の宝物なのだということを伝えているのです。
奇跡

画像引用元:映画.com
(NO.0296)
監督:カール・テオドア・ドライヤー
126分/G/デンマーク
原題または英題:Ordet
配給:ザジフィルムズ
信仰と愛の本質を問いかけた作品です。舞台はデンマーク西部ユトランド半島の農村。ある家族の三兄弟が、それぞれ異なる信仰の形を持っています。父と同じキリスト教を信じる弟、信仰を失った長男、そして自分をイエス・キリストだと信じ込んでいる次男。彼らは宗教の違いから隣人と対立し、やがて家族に悲劇が訪れます。
しかし物語の終盤、誰も予想しなかった「奇跡」が起こります。
1955年のヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞。数多くの名監督たちがこの作品から影響を受けました。
見どころは、その抑制された演出です。全編でわずか114のショットしかなく、多くが7分もの長回し。派手な演出も音楽もなく、静寂の中で人間の心の揺れを映し出します。
特に終盤の奇跡の場面は、映画史上でも感動的なシーンの一つともいわれます。
宗教的テーマを多く扱った監督だが、本人は組織宗教に距離を置いていました。牧師から「あなたは信者ですか?」と聞かれ、「神とは撮影中にだけ会う」と答えたという伝説。
おともだちドライヤーって実は教会嫌いだったんだよ
この映画が教えてくれるのは、「信じる力」の尊さです。
論理や宗教の枠を超えて、人が人を信じ愛する時、不可能が可能になる。そんなシンプルで深い真理を語りかけてくる作品なのです。
マーティ

画像引用元:映画.com
(NO.0297)
監督:デルバート・マン
91分/アメリカ
原題または英題:Marty
配給:松竹外画部
主人公は34歳の独身男性マーティ。ニューヨークのブロンクスで肉屋を営み、母親と暮らしています。周りからは「いつ結婚するんだ」としつこく言われ続け、自分でも「太った不細工な男」と思い込んでいます。そんな彼がある晩、ダンスホールで同じように恋に縁のなかった教師クララと出会います。二人は不器用ながら惹かれ合いますが、家族や友人は二人の関係に反対します。
アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞の4部門を受賞し、カンヌ国際映画祭でもパルム・ドールに輝きました。
かんとくさん主演アーネスト・ボーグナインは、どちらかというと悪役専門で、監督も最初は役をふるのにちゅうちょしていたんだよ























































それがオスカーとったんですね
かんとくさんそしてクララ役ベッツィ・ブレアは「ブラックリスト女優」の扱いだったんだよ
ベッツィ・ブレアは当時、政治的理由でハリウッドを干されていましたが、夫のジーン・ケリーが直談判して出演を実現させました。
当時のハリウッドでは派手な大作が主流でしたが、この作品は普通の人々の日常を丁寧に描き、新しい映画の可能性を示しました。
アーネスト・ボーグナインの演技について、自信のない男が、少しずつ勇気を出して自分の人生を選び取る姿が感動を呼びます。クララと踊る場面のぎこちなさも心に残ります。
どんな人にも愛される価値があるということです。みんなもっと自信を持ってほしいです。
年齢や見た目に関係なく、人は変わることができる。マーティが最後に電話をかける小さな一歩が、人生を変える大きな一歩になる。そんな希望を伝えてくれるのです。
画家とモデル

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0298)
監督:フランク・タシュリン
109分/アメリカ
原題または英題:Artists and Models
配給:パラマウント映画
ハリウッド・ミュージカル・コメディの傑作です。
主人公はコミック作家として苦労しているリックと、コミック好きのルームメイト、ユージン。ユージンは寝言でスーパーヒーローの物語を語り、リックはそれを密かに作品にして大ヒットさせます。二人は同じアパートの女性たち、漫画家アビーとモデルのベッシーに恋をしますが、やがてユージンの夢がスパイ事件に巻き込まれていきます。
この映画はマーティンとルイスのコンビ作品の中でも特に評価が高く、タシュリンの独特な演出が光ります。
実写なのにアニメのような大げさな動きや鮮やかな色彩が特徴で、1950年代のポップカルチャーや冷戦時代を風刺しています。
かんとくさんフランク・タシュリン監督は元アニメーターだったんだよ
ワーナー・ブラザースでバックス・バニーなどを手がけていた経歴の持ち主。そのため映画の動きやカット割りがアニメっぽいのは意図的。特に階段落ちシーンは完全にアニメの物理法則。
見どころは、ルイスの体を張ったコメディとタシュリンの遊び心あふれる演出です。カラフルな衣装、突拍子もない展開、そしてマーティンの歌声が絶妙に組み合わさり、飽きさせません。
当時のアメリカは「道徳規制」が厳しく、スカート丈や台詞にまで検閲が入りました。タシュリンは「規制の穴をくぐるためにギャグでごまかした」と笑っていたといいます。
夢や想像力の大切さを学びましょう。
ばかばかしいと思えることでも、それが新しい何かを生み出すかもしれない。楽しむことを忘れずに人生を過ごす大切さを伝えてくれているのです。
理由なき反抗

画像引用元:映画.com
(NO.0299)
監督:ニコラス・レイ
111分/PG12/アメリカ
原題または英題:Rebel Without a Cause
配給:ワーナー・ブラザース映画
永遠の青春映画です。主人公は新しい街に引っ越してきた17歳のジム・スターク。裕福な家庭に育ちながらも両親とうまくいかず、居場所を見つけられずにいます。同じように孤独を抱えた少女ジュディと少年プラトと出会い、三人は心のつながりを求めます。しかし不良グループとの衝突が悲劇を招き、彼らの関係は試されることになります。
この映画は、中流家庭の若者たちの心の闇を初めて正面から描いた作品として革命的でした。
ジェームズ・ディーンは撮影終了後、公開の約1ヶ月前に自動車事故で亡くなり、この作品が彼の代表作となりました。赤いジャケットに身を包んだ彼の姿は、反抗する若者の象徴として今も語り継がれています。
見どころは、ディーンの圧倒的な存在感です。両親に向かって「僕を引き裂かないでくれ!」と叫ぶ姿、不器用に愛を求める姿が、世代を超えて共感を呼びます。ナタリー・ウッドとサル・ミネオの演技も素晴らしく、三人の切ない友情が心に残ります。
原題の「理由なき反抗」は原作の社会学論文のタイトルから取られたが、脚本上は明確に家庭の崩壊と親子の不和を描いています。つまり実際には「理由あり反抗」だったのです。























































理由があるとタイトルが地味になるからと、このタイトルになったのです
反抗の裏にある愛への渇望。理解されたい、愛されたいという気持ちは、時代が変わっても変わらない。
若者の痛みを真摯に描いたこの作品は、今も色あせない普遍性を持っています。
(; ・`д・´)
メートル・フ

画像引用元:Les yeux docより引用
(NO.0300)
監督:ジャン・ルーシュ
36分/アメリカ
原題または英題:Les Maîtres fous The Mad Masters
日本公開情報なし
舞台は当時の英領ゴールドコースト(現在のガーナ)。首都アクラの郊外で行われるハウカ教の儀式を記録したもので、植民地支配下の人々が英国の支配者たちに憑依され、トランス状態でその真似をしながら暴れる姿を映し出す、衝撃的なドキュメンタリーです。
初上映時、この作品は激しい論争を引き起こしました。ルーシュの指導教授は「破棄すべきだ」と言い、植民地当局は侮辱的だとして上映を禁止し、アフリカの学生たちも人種差別的だと批判しました。
かんとくさん当時の観客、これを見て大勢の人が吐き気やショックなどでパニックになったんだよ
しかし後年、この作品は植民地支配への抵抗を記録した重要な作品となりました。
見どころは、ルーシュが生み出した「シネ・トランス」という撮影手法です。
カメラが儀式に巻き込まれるように動き、単なる記録を超えた臨場感を生み出します。ハウカの儀式は支配者を模倣することで、逆に自分たちの尊厳を取り戻そうとする抵抗の形でした。
理解しがたいものを見つめ続ける大切さを考えさせられます。
異文化の「狂気」は、時に私たち自身の社会が生み出したものを映す鏡なのかもしれません。わずか36分ながら、観る者の価値観を揺さぶる強烈な作品といえます。
HILL 24 DOESN’T ANSWER

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0301)
監督:ソロルド・ディキンソン
101分/イスラエル
原題または英題:Hill 24 Doesn’t Answer Giv’a 24 Eina Ona
日本公開情報なし
イスラエル初の長編映画として制作された歴史的作品です。舞台は1948年のイスラエル独立戦争で、停戦の数時間前、4人の兵士がエルサレムへの道を見下ろす「ヒル24」という丘を守る任務につきます。映画は彼らがそれぞれの過去を語り合いながら、運命の朝を迎えるまでを描いています。
4人の兵士は、アイルランド系の元イギリス警官、アメリカ人観光客、パレスチナ出身の若者、そしてイエメン系ユダヤ人女性。それぞれ異なる背景を持つ彼らが、なぜイスラエルのために戦うことを選んだのか、その理由が回想シーンで明らかになります。
1955年のカンヌ国際映画祭にも出品され、イスラエルの映画として初めて世界に紹介されました。
見どころは、多様な背景を持つ人々がイスラエルという新しい国を形づくっていく姿です。戦闘シーンよりも、人々の信念や葛藤を丁寧に描いています。
英語、ヘブライ語、ドイツ語が入り乱れ、俳優たちがどの言語で返事すればいいか分からなくなることもしばしば。編集スタッフは「通訳より翻訳のほうが難戦だった」と嘆きました。























































各俳優が自分の母国語で話していました。カオスですね…..
人が自分の居場所を見つけ、守ろうとする普遍的な思いを感じとることができます。
国や文化の違いを超えて、「何のために生きるのか」を問いかけてくる作品です。イスラエル映画史における記念碑的な一本として、今も語り継がれています。
日本人の勲章

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0302)
監督:ジョン・スタージェス
81分/アメリカ
原題または英題:Bad Day at Black Rock
配給:MGM映画会社
緊張感あふれるドラマが詰まっている異色のサスペンス西部劇です。
物語は1945年、片腕の退役軍人マクリーディが、カリフォルニア砂漠の小さな町ブラック・ロックに降り立つところから始まります。彼の目的は、戦時中に自分の命を救ってくれた日系人兵士の父親に、息子の死後の勲章を届けること。ところが町の人々は彼を露骨に嫌がり、やがて町全体が隠してきた恐ろしい秘密が明らかになっていきます。
邦題は、日本公開時に配給会社が「人種差別を題材にしている=日本人の誇りを描いた映画」として命名しました。
かんとくさん日本では観客の多くが、日本人が主人公の映画だと勘違いしていたんだよ























































この映画は日本人は出てきませんね
この映画の最大の見どころは、派手なアクションではなく「静けさが生む恐怖」です。砂漠の灼熱の太陽の下、町全体が何かを隠している重苦しい空気の中で、マクリーディが冷静に真実を追い求める姿に引き込まれます。カフェでの空手チョップのシーンは、片腕ながら悪党を一瞬で倒す名場面でもあります。
ブラック・ロックという町は実在しません。砂漠の真ん中に建物をいくつかポンと置いただけの仮設セットで、撮影終了後に取り壊されました。
勇気とは、みんなが沈黙している時でも、一人で真実を語ることでもあります。
当時のアメリカ映画では珍しく日系人差別という重いテーマに正面から向き合った作品で、今も色褪せないメッセージを届けています。
夜と霧

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0303)
監督:アラン・レネ
32分/フランス
原題または英題:NUIT ET BROUILLARD
配給:フランス映画社,日本ヘラルド映画
1955年に撮影し、翌年公開したドキュメンタリー映画。わずか32分の短編で映画史に永遠に刻まれる重要な作品です。
第二次世界大戦が終わって10年後、レネ監督はアウシュヴィッツやマイダネクなどの強制収容所跡を訪れ、そこで起きた出来事を記録しました。タイトルの「夜と霧」は、ナチスが人々を秘密裏に連行した政策の名前から取られています。
この映画の特徴は、カラー映像と白黒映像を組み合わせた構成です。
戦後10年経った静かな収容所跡をカラーで映し、戦時中の記録映像を白黒で見せることで、「時間が経つと人は忘れてしまう」という怖さを伝えています。
かんとくさんフランス政府は、上映禁止にしようとしていたんだ
フランス政府は公開直前、警察が映り込んでいる場面を問題視し、「国家の威信を傷つける」とクレーム。レネは「事実を隠すことが最大の侮辱だ」と反論し、ぎりぎりで上映にこぎつけました。
この映画の見どころは、感情的にならず淡々と事実を語る姿勢です。
脚本を担当したジャン・カイローは、自身も収容所の生存者でした。だからこそ、叫んだり泣いたりせず静かに語ることで観る人の心に響くのです。
人間は残酷なことをする力を持っている。だからこそ、過去に何があったのかを記憶し後世に残すことが未来の悲劇を防ぐことにつながるのです。
アラン・レネは完成後、数年間この作品を観返せなかったといいます。「もう一度観るのは、罪を繰り返すような気がする」と語りました。
無警察地帯

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0304)
監督:フィル・カールソン
100分/アメリカ
原題または英題:The Phoenix City Story
配給:アライド・アーチスツ=映配
実際にアラバマ州で起きた事件を題材にした、衝撃の実録犯罪映画です。
舞台はフェニックス・シティ。賭博、売春、暴力が支配する「罪の街」として知られ、近くの軍基地から来る兵士たちを相手に、組織犯罪が公然と行われていました。物語の中心は、この街の浄化を訴えて州検事総長選挙に立候補した弁護士アルバート・パターソン。しかし、選挙に勝利した直後、彼は暗殺されてしまいます。
撮影地フェニックス・シティにはまだマフィアの残党がいて、現場に冷やかし半分で出入りしていました。俳優が銃を構えると「撃つならもっと腰を落とせ」と本職が指導したというカオスな状況に…..
この事件は実際に1954年6月に起こり、映画は翌年の1955年に公開されました。
映画は13分間の実録ニュース風のプロローグで始まり、本物の記者が事件の関係者にインタビューする様子が映し出されます。その後、実際の現場で撮影された本編へと続く構成で、ドキュメンタリーと劇映画の境界を曖昧にしています。
2019年には米国議会図書館の国立フィルム登録簿に選ばれています。
公開当初、ニュースリール風の予告を流したところ、「またフェニックスで事件が起きた」と本気で信じる観客が続出しました。























































スタジオはあわてて「映画です」の字幕を追加しました
正義を貫くことの代償と勇気を教えてくれます。
誰もが見て見ぬふりをする中で、一人立ち上がる勇気。それは時に命を危険にさらすことでもあります。しかしそういう人々がいるからこそ、社会は少しずつ良い方向へ変わっていくのです。
黄金の腕

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0305)
監督:オットー・プレミンジャー
119分/アメリカ
原題または英題:The Man with The Golden Arm
配給:松竹外画部
フランク・シナトラ主演による社会派ドラマ。当時タブーとされた薬物依存を正面から描いた、アメリカ映画史の転換点となった作品です。
かんとくさんハリウッド史上初、麻薬を直接描いた映画と言われているよ
当時の検閲コードでは薬物表現が完全NG。プレミンジャー監督は検閲協会の許可を無視して公開し、業界を震撼させました。新聞記者に「ルール違反では?」と聞かれ、「ルールが古い」と一言。
物語の舞台はシカゴ。刑務所から出所したカードディーラーのフランキーは、薬物依存を克服してドラマーとして新しい人生を歩もうとします。しかし、かつての仲間や売人が彼を引き戻そうとし、誘惑との闘いが始まります。
タイトルの「黄金の腕」は、ドラムを叩く才能と同時に、皮肉にも注射を打つ腕を意味しています。
公開当時、映画の検閲コードで薬物描写は厳しく禁じられていましたが、プレミンジャー監督はコードの承認なしで公開を決行。この決断こそが、翌年の検閲基準緩和につながりました。
シナトラの鬼気迫る演技に注目。特に薬物の禁断症状に苦しむ「コールドターキー」のシーンは圧巻。加えて、ソール・バスによる震える腕のタイトルデザインと、エルマー・バーンスタインのジャズスコアは、その後の映画史に大きな影響を与えました。
シナトラは役作りのために実際のリハビリ施設を訪れ、入所者と過ごしました。後日、「撮影よりそっちの方が怖かった」と語り、現場ではスタッフに「メソッド俳優デビュー」とからかわれました。
依存からの回復の困難さと、それでも立ち上がる人間の強さを学べます。才能があっても、心の弱さ一つで人生は崩れる。
しかし本当に変わりたいと願う意志があれば、再生の道は開けるのです。























































「黄金の腕」のポスターがアート界で大評判だったようです
キッスで殺せ!

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0306)
監督:ロバート・アルドリッチ
104分/アメリカ
原題または英題:Kiss Me Deadly
配給:ユナイテッド・アーティスツ
1950年代のアメリカの不安と恐怖を描いたフィルム・ノワールです。
物語は、私立探偵マイク・ハマーが、夜道で助けた謎の女性の死をきっかけに、「偉大な何か」と呼ばれる謎の箱をめぐる危険な陰謀に巻き込まれていくというスリラーです。探偵ものの枠を超えて、終盤はまるで世界の終わりを描いたような衝撃的な展開が待っています。
フィルム保存庫で「終わり方」が2種類見つかりました。長年、ラストシーンがカットされた短縮版が流通していました。1970年代に完全版が発見され、エンドロールの爆発がより長く続くことが判明。























































修復スタッフは「想像以上にヤバかった」と言っていたそうです
フランス・ヌーヴェルヴァーグの監督たちが最も影響を受けたアメリカ映画の一つと言われています。
見どころは、独特のカメラワークと不安をあおるような演出です。当初、上院の委員会から「若者を堕落させる」と非難されましたが、今は名作と言われます。
タイトルロールが逆向きに流れる冒頭。前衛的な演出として有名ですが、実は編集段階のミスがきっかけとも言われています。
この映画が教えてくれるのは、「知りすぎることの危うさ」です。
真実を追い求めすぎると、取り返しのつかない結果を招くこともある。好奇心は大切ですが、時には恐ろしい力にもなりうる。そんなテーマを描いた作品なのです。
野郎どもと女たち

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0307)
監督:ジョセフ・L・マンキウィッツ
150分/アメリカ
原題または英題:Guys and Dolls
配給:MGM
ブロードウェイの大ヒット・ミュージカルを映画化した、歌と恋とギャンブルの物語です。
舞台はニューヨーク。賭博師ネイサンと、クールなギャンブラーのスカイが、賭けと恋をめぐって奮闘します。スカイは賭けに勝つため、堅物の救世軍の女性サラをデートに誘おうとしますが、次第に本気で惹かれていきます。一方、ネイサンは長年の恋人アデレードに結婚を迫られ、困り果てています。
話題になったのは、普段は歌わないマーロン・ブランドが歌と踊りに挑戦したこと。
本職ではないものの、そのチャーミングな演技で多くの観客を魅了しました。見どころは、何と言っても「Luck Be a Lady」の場面で、強烈な印象を残すでしょう。
かんとくさんブランドとシナトラは仲が悪くて、お互い本気で嫌っていたんだよ
気取ったブランドに我慢できず、「奴は演技中にわざと俺のせりふを邪魔する」と怒っていた。あるシーンでシナトラがセリフを噛むと、ブランドは小声で「プロなら覚えてこい」とつぶやいたとか。























































見た感じお互いに個性が激しそうですからね…..
ブランドとシナトラが初めて会うシーンを撮影した後、シナトラがチーズケーキを食べ過ぎてその日の撮影を中止せざるを得なくなりました。シナトラがチーズケーキを嫌っていることを知っていたブランドは、シナトラが何度も何度もチーズケーキを食べなければならないように、わざと各テイクを失敗させました。























































ひえ~~~
愛も勝負も、計算より勇気が大切であるということです。
頭で考えすぎるより、一歩踏み出す勇気が幸運を呼ぶのです。そんな人生の知恵が、軽快な音楽とダンスに包まれて描かれているのです。
狩人の夜

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0308)
監督:チャールズ・ロートン
93分/アメリカ
原題または英題:The Night of the Hunter
配給:ケイブルホーグ
アメリカ映画史において最も異質で美しい悪夢のような寓話です。監督は名俳優チャールズ・ロートンで、これが彼の唯一の監督作でありながら、後に映画芸術の奇跡と言われるようになります。
物語は、銀行強盗で処刑された男の秘密を知る子どもたちと、その隠し金を狙う偽牧師ハリー・パウエルの追走劇です。信仰を装いながら殺人を重ねる牧師と、無垢な兄妹との対峙を幻想的な映像で描きます。
公開当時は批評家から「不気味で理解不能」と酷評され、興行的にも失敗しました。しかし現在ではカルト映画として地位を確立しています。
初公開時は「意味不明映画」扱いで3週間で打ち切りになりました。観客が「これはホラーなのか宗教映画なのか?」と混乱。ある評論家は「絵は美しいが頭が痛くなる」と評しました。再評価まで約15年を要しました。























































皮肉にも、監督ロートンは再評価を見ずに亡くなりました
見どころは、絵画のように構成されたモノクロ映像です。夜の川を逃げる子どもたち、星空の下で静かに馬を走らせる牧師の影。すべてが現実と夢のあわいに漂うような美しさを放ちます。
そして、ミッチャム演じる牧師の両手に刻まれた「LOVE」と「HATE」のタトゥー。その愛と憎しみの指で繰り広げる説教シーンは、今見ても圧倒されます。
撮影前、ロートンは主演の子どもたちに「演技するな、信じろ」とだけ言いました。子役ビリー・チャピンは「信じるって何を?」と聞き返し、監督が10分ほど本気で悩んだといいます。
善と悪の境界は、闇の中でこそ見えるということです。
恐怖も信仰も、人の心の奥にある弱さが生み出すもの。ロートンは悪夢の形式を借りて、人間の本質を静かに暴きました。怖いのに、目を離せないという魅力を持つ作品なのです。
マダムと泥棒

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0309)
監督:アレクサンダー・マッケンドリック
90分/イギリス
原題または英題:The Lady Killers
配給:東和
ユーモアとブラックさが絶妙に交じり合う傑作です。舞台はロンドンの古びた下宿。上品でちょっと天然な老婦人ウィルバーフォース夫人の家に、音楽家のふりをした泥棒5人組がやってきます。指揮者を名乗るプロフェッサー・マーカスを中心に、強盗計画は完璧のはずが、マダムの無邪気さとちょっとしたドジの連鎖で、すべてが崩壊していくという皮肉な犯罪喜劇です。
アレック・ギネスの奇抜な歯並びと冷笑的な演技が印象的です。
あの不気味な出っ歯は、ギネスが自分で歯科技工士に依頼して作ったもの。「聖職者みたいな悪党にしたい」と提案した結果、監督が爆笑して即採用。撮影中は滑舌が悪くなり、セリフの取り直しが続きました。
見どころは、マッケンドリック監督らしい「静かに崩れていく計画」の演出です。
列車の音、ドアのきしみ、紅茶を注ぐ音すべてが絶妙なリズムで積み重なり、笑いと緊張を生み出します。そして皮肉にも、悪党たちを次々に倒すのは、何も知らない老婦人の善良さそのもの。この反転構造が英国コメディの真骨頂です。
列車の通過音が多いシーンを撮るためロンドン南部の駅近くで撮影したが、想定外に本物の列車が通りすぎ、毎回NG。























































本物の列車騒音に悩まされていたのですね
悪よりも善意の天然の方が強いということです。計算よりも素朴さが、時に世界をひっくり返す。
道徳ではなく無邪気さの勝利を描いた、格式の高い喜劇です。
オクラホマ!

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0310)
監督:フレッド・ジンネマン
145分/アメリカ
原題または英題:Oklahoma!
配給:RKOラジオ
アメリカの大地と開拓時代の精神を祝福するような、明るく力強いミュージカル映画です。ブロードウェイで大ヒットしたロジャース&ハマースタインの舞台を映画化しました。
舞台は20世紀初頭のオクラホマ準州。陽気なカウボーイのカーリーと農場の娘ローリーの恋、そして彼らを取り巻く人々の暮らしが、歌とダンスに彩られて描かれます。
公開当時、トッドAO(70mm)とシネマスコープ(35mm)という2種類の最新ワイドスクリーン方式で同時に撮影された画期的な作品として注目されました。
当時の最新技術「トッドAO方式」と「シネマスコープ方式」で同じ映画を2回ずつ撮影。キャストは全シーンを2度演じるハメに。主演のゴードン・マクレーは「同じ歌を毎回別のカメラに向かって歌うのは地獄」とぼやきました。
見どころは、広大な大地の映像美と、それを背景に繰り広げられる人間ドラマです。
単なる恋愛劇としてではなく、開拓者たちの夢と現実を丁寧に描きました。登場人物たちはみな夢を持ちながらも、時に恐れ、時に対立する。その姿が新しい世界を築く人々の象徴となっています。
リアリティを出すため、実際の牧場で撮影。ところが牛の群れと馬の糞が多すぎて、主演女優シャーリー・ジョーンズが「リップクリームに牧草の味がする」と苦情を出しました。
夢は一人で追うものではなく、仲間と支え合いながら未来をつくるのです。
その希望と不安を、歌と風と光が包み込むという、観るたびに生きる喜びを思い出させてくれるミュージカルなのです。
夏の夜は三たび微笑む

画像引用元:映画.com
(NO.0311)
監督:イングマール・ベルイマン
108分/スウェーデン
原題または英題:Sommarnattens leende
配給:ザジフィルムズ、マジックアワー
暗さよりも優しさ”人間を描いたロマンティック・コメディです。ベルイマンといえば哲学的で重い作風の印象が強いですが、本作は軽やかでウィットに富んだ群像劇。
19世紀末のスウェーデンを舞台に、弁護士フレデリック、彼の若すぎる妻アン、かつての恋人で舞台女優デジレ、そしてその周囲の男女が入り乱れ、愛と嫉妬の夜を繰り広げます。夏至の夜、月明かりの下でそれぞれの愛が3度の微笑みを迎えるという幻想的な構成です。
ベルイマン作品の中でも珍しく、柔らかなユーモアと舞台劇的なテンポが魅力です。
かんとくさん夏のスウェーデンで屋外撮影が多く、照明に集まった蚊が凄まじかったらしいよ
見どころは、ベルイマンらしい知的な台詞と、静かで安らかかつ官能的な映像のバランス。登場人物たちは皆、自分の欲望に正直で不器用です。
当時としては性的な台詞が多く、保守派の新聞が「神聖な夏至を汚す映画」と非難しました。
特に森の中で展開される愛の駆け引きの一夜は、まるでシェイクスピア劇を北欧の冷たい空気で包み込んだような美しさがあります。
愛は理屈ではなく、ゆるしで成り立つということでしょう。
どんなにすれ違っても、人は誰かと笑い合う瞬間を求める。夏の夜が3度微笑むのは、人生が何度でもやり直せることを教えてくれるから。まさに恋と赦しの寓話なのです。
賭博師ボブ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0312)
監督:ジャン=ピエール・メルヴィル
103分/フランス
原題または英題:Bob le Flambeur
配給:ケイブルホーグ
舞台はパリのモンマルトル地区。かつて銀行強盗をしていたボブは、今ではギャンブルが生きがいの紳士です。しかし運が悪くなり、ほとんど無一文に。そこでボブは人生最後の大勝負として、カジノの金庫を襲う計画を立てます。犯罪映画の名作です。
フランス・ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)と呼ばれる映画運動の先駆けとして知られています。メルヴィルはロケ撮影やハンドヘルドカメラを使い、当時としては革新的な手法で撮影しました。
当時のパリ市内で深夜撮影をする際、正式な許可を取る金がなく、監督が「夜だからバレない」と強行。パトカーが通るたびにスタッフ全員が壁の陰に隠れたといいます。























































まるで映画そのものですね
この映画の見どころは、ボブという男の生き方です。彼は表面上は冷静で洒落た紳士ですが、心の奥底ではギャンブルへの情熱を捨てきれません。計画は完璧なはずなのに、思わぬ運命が待ち受けています。
ラストシーンの皮肉な結末は、勝ち負けよりも「どう生きるか」が大切だと教えてくれます。
人生で大切なのは結果ではなく「スタイル」だということです。
失敗しても自分らしく堂々としていれば、それが一番かっこいい。ボブの姿は、困難に直面したときこそ、自分の信念を貫くことの大切さを教えてくれるのです。
ララミーから来た男

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0313)
監督:アンソニー・マン
104分/アメリカ
原題または英題:The Man from Laramie
配給:コロムビア映画会社
ララミーから来た男ウィル・ロックハートは、弟を殺したアパッチ族に武器を売った犯人を探しに、ある町へやって来ます。そこで彼は、町を支配する牧場主の一族と対立し、権力争いと復讐の渦に巻き込まれていきます。
マンとスチュワートのコンビによる5本目で最後の西部劇として知られています。シネマスコープという当時最新の撮影技術を使い、荒野の広大な景色が人間ドラマを際立たせています。
単なる銃撃戦の物語ではなく、復讐心と正義感の間で揺れる男の心理を深く描いた作品です。
主演のスチュワートは撮影中、乗馬シーンのたびに愛馬が動かなくなった。調教師曰く「スチュワートの声が高すぎて、命令だと理解していない」。
見どころは、スチュワート演じる主人公の複雑な感情です。正義のために立ち上がる紳士でありながら、復讐に取りつかれた危うさも持っています。また、牧場を舞台にした家族の権力争いや、緊張感あふれるアクションシーンも魅力的です。
かんとくさんアンソニー・マンとスチュワートはこの作品が西部劇コラボの最後になったんだ























































次作の作品について、制作方針の違いで対立したんですよね
本当の強さとは、怒りを乗り越えることなのです。
復讐は簡単だけれど、許すことのほうがずっと難しい。西部劇ですが、人間の心の戦いを描いた作品なのです。
1956年

天はすべて許し給う

画像引用元:映画.com
(NO.0314)
監督:ダグラス・サーク
89分/アメリカ
原題または英題:All That Heaven Allows
配給:コピアポア・フィルム
色鮮やかなメロドラマで、夫を亡くした裕福な未亡人キャリーは、年下の庭師ロンと恋に落ちます。しかし、周囲の偏見や子どもたちの反対が二人の関係を引き裂こうとします。この映画は、愛を貫こうとする女性の勇気と、社会の冷たい視線を描いています。
1995年には米国国立フィルム登録簿に保存される名作として認められました。
この映画の最大の魅力は、美しい色彩です。サークは色を使って感情を表現し、青は孤独を、赤は情熱を象徴しています。特に印象的なのが、クリスマスプレゼントとしてテレビを贈られたキャリーが、画面に映る自分の姿を見つめるシーン。これは、社会が女性に押しつける「幸せの型」への皮肉を表しています。
映画の中でキャリーが孤独な夜にテレビを見る場面は、当時アメリカで普及し始めた家庭テレビへの風刺。サークは「テレビこそがアメリカ人の新しい牢獄」とコメント。























































メディア批判として語り継がれています
本当の幸せは、自分で選び取るものだということです。
世間体や周りの意見よりも、自分の心に正直に生きる勇気が大切です。愛の物語でありながら、人生の自由について深く考えさせてくれる映画なのです。
(; ・`д・´)
十戒

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0315)
監督:セシル・B・デミル
220分/アメリカ
原題または英題:The Ten Commandments
配給:パラマウント
旧約聖書の「出エジプト記」をもとに、モーゼがヘブライ人を率いてエジプトから脱出し、神から十の戒めを授かるまでを描きました。
この映画は当時の映画技術の粋を集めた作品でした。実際にエジプトやシナイ砂漠で撮影され、数万人ものエキストラと本物の動物たちが動員されました。特に有名なのが「紅海が割れる」シーン。この特撮は映画史に残る名場面です。当時の興行収入記録を塗り替える大ヒット作となりました。
あの伝説の「海が割れる」シーン、実際には巨大なタンクに赤く着色したゼラチンを入れて撮影。スローモーションで逆再生した結果、粘度のある神の奇跡っぽい映像になりました。
この映画の魅力は、単なる聖書の再現ではなく、人間ドラマとしての深さにあります。
モーゼと王ラムセスの対立は、信念と権力のぶつかり合いとして描かれ、どちらにも人間らしい葛藤があります。さらに豪華絢爛な衣装やセット、鮮やかな色彩は、まるで宗教画のような美しさです。
監督セシル・B・デミルは撮影中に軽い心臓発作を起こしたが、2時間後には再びメガホンを握りました。スタッフが止めると、「モーゼが休んだと思うか!」と言い返したとか。
かんとくさん監督は撮影中、過酷な環境で体調を崩していたらしいよ
信念を持って立ち上がる勇気の大切さを教えてくれます。
困難な状況でも、自分が正しいと信じることのために行動する勇気。聖書の物語を超えて、人間の自由と信仰について考えさせてくれる映画です。
捜索者

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0316)
監督:ジョン・フォード
119分/アメリカ
原題または英題:The Searchers
配給:ワーナー・ブラザース
西部劇の黄金コンビである巨匠ジョン・フォード監督とジョン・ウェイン主演による西部劇の最高傑作と言われます。南北戦争後のテキサスで、先住民にさらわれた姪を救うために旅に出る男イーサン・エドワーズの物語。しかしこれは単なる救出劇ではなく、憎しみと偏見に囚われた男が、自分自身と向き合う深い人間ドラマです。
この映画は公開当時は普通の西部劇と思われていましたが、後に再評価され、映画史に残る名作として知られています。
フォード監督が厳しいことで有名だったため、「怒鳴られたら一人前」と信じる若手役者が続出したとのことです。
かんとくさんフォード監督は役者を公然と叱責するタイプだったようだよ
見どころは、モニュメント・バレーの壮大な景色です。そして主人公イーサンは、憎しみに満ちた心を持つ複雑な人物として描かれています。最後に彼が一人で扉の外に立ち去る有名なラストシーンは名場面です。
のちに『E.T.』を撮る前、スピルバーグがこの映画のロケ地を訪れ、最後の扉の場面を真似して立ったまま泣いたといいます。「あのドアの外こそ、映画の原点」と語っています。
人を救うことは、自分を許すことでもあるということです。
愛と憎しみ、正義と偏見。人は誰でもその両方を心に抱えて生きています。西部劇という枠を超えて、人間の魂の旅を描いた作品なのです。
(; ・`д・´)
ビルマの竪琴

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0317)
監督:市川崑
116分/日本
原題または英題:The Burmese Harp
配給:日活
第二次世界大戦の終戦直後、ビルマ(現ミャンマー)で戦う日本兵たちの物語。音楽が得意な水島上等兵は、降伏を拒む部隊を説得する任務を受けますが失敗し、多くの戦死者を目の当たりにします。そして彼は僧侶となり、戦死者を弔う旅に出ることを決意します。
この映画は、戦闘シーンではなく「心の戦後」を描いた点で画期的でした。アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、世界に日本映画の美しさを知らしめました。戦争映画の新しい形といわれる作品です。























































「埴生の宿」の合唱で監督本人が泣いていたという話がありますね
見どころは、竪琴の音色が物語を語る美しい構成です。戦場でありながら、兵士たちが歌う「埴生の宿」は、故郷への思いと平和への祈りを表現しています。銃声よりも音楽と静けさで、戦争の悲しみを伝えました。
予算の都合で実際のビルマには行けず、ロケ地は三重県熊野の山中。椰子の木が足りず、美術班が竹の幹にヤシの葉をくっつけて「南国風」に見せていました。
戦争が終わっても、人の心の戦いは続くのです。
水島のように、悲しみの中でも人を弔い続ける強さを持てるかどうか。静かな映像の中に深いメッセージが込められているのです。
禁断の惑星

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0318)
監督:フレッド・M・ウィルコックス
98分/アメリカ
原題または英題:Forbidden Planet
配給:MGM
23世紀の宇宙船クルーが惑星アルテア4に降り立ち、そこで暮らすモービアス博士と娘、そしてロボットのロビーと出会う物語。しかし惑星には、高度な文明を持っていたクレル人の遺産と、恐ろしい「心の怪物」が潜んでいました。
50年代SF映画の代表格でもあります。
この映画はシェイクスピアの『テンペスト』を基にしたSF版寓話で、人間の知性と無意識の闇を描いています。後の『スター・トレック』の企画にも大きな影響を与えたと言われています。
この怪物をアニメーションで表現したのは、実はディズニーのアニメーターたち。彼らが『ファンタジア』の悪魔「チェルナボーグ」を参考にしてデザインしました。























































ミッキーの隣で生まれたモンスターというわけですね
この映画の魅力は、当時としては画期的な特撮と美術です。広大な惑星の風景、未来的なセットデザイン、そして人気キャラクター「ロビー・ザ・ロボット」のデザイン。
完全な電子音楽を使用した初のハリウッド映画でもあり、その幻想的な音楽は「未来の音」として話題になりました。
かんとくさんあのロビー・ザ・ロボットの中はフランキー・ダーロという役者が入っていたんだ























































でもクレジットはなかったんですね
人間の最大の敵は、自分の心の中にあるということです。
どんなに高度な文明や知識を持っていても、心の中の欲望や恐怖をコントロールできなければ破滅してしまう。SFという形を借りて、人間の本質について深く考えさせてくれる映画です。







アルタ姫のミニスカ衣装が当時は検問スレスレで、スペインでは67年まで上映ができませんでした
風と共に散る

画像引用元:映画.com
(NO.0319)
監督:ダグラス・サーク
100分/アメリカ
原題または英題:Written on the Wind
配給:コピアポア・フィルム
テキサスの石油王ハドリー家を舞台に、富と権力を持ちながらも心を満たせない人々の悲劇を描いています。酒に溺れる息子カイル、その妻ルーシー、そして家族の友人ミッチの三人を中心に、愛と嫉妬が渦巻く物語が展開する、メロドラマの名作です。
公開当初、タイトルの英語表記が似ていたため多くの観客が「スカーレット・オハラの続編だ」と勘違いして劇場へ!!
かんとくさん「風と共に去りぬ」と間違えた人が多かったみたいだよ























































風は風でも違う方向だったわけですね…..
ドロシー・マローンがアカデミー賞助演女優賞を受賞しました。サーク監督の鮮やかな色彩演出が特徴で、赤いカーテンや金色の照明が登場人物の激しい感情を視覚的に表現しています。
有名なのが階段のシーンで、情熱と破滅が交錯する瞬間を象徴する名場面でもあります。
この映画の魅力は、豪邸も富もありながら心の孤独を癒せない人々の姿です。金では買えない幸せを求めながらも、愛し方を知らない登場人物たちの悲しさが心に残ります。
かんとくさんダグラス・サークは石油ポンプの動きに異常なこだわりがあって、油田のシーンを何度も撮り直したんだ
豊かさよりも、心の真実が大切ということです。
どんなに富を持っていても、心が満たされなければ本当の幸せは得られない。華やかな表面の下に隠された人間の弱さと孤独を描いた作品なのです。
抵抗(レジスタンス)―死刑囚の手記より―

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0320)
監督:ロベール・ブレッソン
97分/フランス
原題または英題:Un condamne a mort s’est echappe ou Le vent souffle ou il veut/A Man Escaped
配給:クレストインターナショナル
第二次世界大戦中に実際にあった脱獄の話を映画にしました。ナチス・ドイツに捕まったレジスタンス活動家アンドレ・ドヴィニーが、リヨンのモンルック刑務所から脱出した実話が元になっています。
映画では主人公の名前をフォンテーヌに変え、死刑を宣告された彼が限られた道具だけで脱獄を試みる様子を描きます。スプーンを削って釘を抜き、布で縄を編む。そんな地道な準備の一つひとつが、まるで祈りのように静かに描かれます。
主演フランソワ・ルテリエは、演技経験ゼロの一般人。ブレッソンが「君の無表情が神に近い」とスカウト。撮影初日、ルテリエ本人が「どうすれば無表情に演じればいいんですか?」と聞いて監督を苦笑させました。







そんなルテリエも、のちにメガホンを撮ることになります
モーツァルトのハ短調ミサ曲が効果的に使われ、足音や金属音だけで緊張感を生み出す独特な演出です。
無駄なカットが一つもなく、息をのむシーンの連続。若い同房者ジョストとの信頼関係も重要な要素で、疑いながらも最後は共に脱出する姿が心を打ちます。
演技らしい演技を嫌った監督は、「感情を出したら即やり直し」と徹底。俳優がつい声を荒げると「刑務所に戻って出直せ」と言い放ったといいます。























































抑制された発声・反復で癖を消すのはブレッソンの定番です
この映画が教えてくれるのは、「自由は心の中にある」ということ。絶望的な状況でも、信じ続ける意志の力が道を開く。
ブレッソンの静かで力強い映像は、今も多くの映画監督に影響を与え続けています。
黒の報酬

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0321)
監督:ニコラス・レイ
95分/アメリカ
原題または英題:Bigger Than Life
配給:20世紀フォックス映画
1950年代の理想的な家庭の裏に潜む闇を描いた心理ドラマです。
平凡な中流家庭で暮らす学校教師のエドは、温厚で家族思いの父親でした。しかし難病を患い、新薬のコーチゾンを投与されたことで、彼の性格は一変します。薬の副作用で誇大妄想に陥り、家族に対して支配的で暴力的な人格へと変わっていく。実際にあった事件を元にした衝撃的な物語です。
原作は『The New Yorker』の実話記事。出典はBerton Rouechéの記録ルポ「Ten Feet Tall」。コーチゾンの副作用という医療テーマはここから来ています。
当時のハリウッドでは、家庭崩壊や薬物の危険性を正面から描くことはタブー視されていました。
レイ監督はシネマスコープという横長の画面を使い、狭い家の中をあえて広々と撮ることで、逆に心の閉塞感を表現しました。特に赤い照明に包まれたシーンは、父親の狂気が家族を飲み込んでいく様子を象徴的に描いています。
脚本クレジットはCyril Hume/Richard Maibaum。のちに「007」シリーズで知られる「リチャード・メイボームが、この家庭ドラマの骨格づくりに関わっています。
「完璧でなければならない」というプレッシャーが人を壊すこともあるということです。
理想の父親像を追い求めすぎると、人間の弱さはどこへ行くのか。幸福と破滅の境界を見つめ直す、警告の意味もある映画なのです。
ボディ・スナッチャー 恐怖の街

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0322)
監督:ドン・シーゲル
80分/アメリカ
原題または英題:Invasion of the Body Snatchers
日本公開情報なし
低予算ながらアメリカ映画史に残る傑作SFスリラーを生み出しました。
カリフォルニアの小さな町サンタ・ミラ。医師のベンネルのもとに、町の人々が次々と「家族が別人にすり替わった」と訴えにきます。調べていくうちに、宇宙から飛来した植物状のポッド(さや)が、人間を複製して感情のないもうひとりの自分に置き換えていることが判明します。眠っている間に、そっくりだけど心のない偽物に変わってしまう。この設定は、多くの映画やドラマに影響を与えています。
単なるホラーではなく、冷戦時代の「赤狩り」や「個性の喪失」を寓話的に描いている作品です。
怪物も血も出てこないのに、じわじわと心が侵食されていく不安感。特にラストで主人公が「奴らはもうここにいる!」と叫ぶシーンは、有名なシーンの一つです。
ドン・シーゲルは、上映版を勝手にハッピーエンド化されて激怒しました。スタジオ側が「救いがない」として、冒頭とラストに「警察が信じる」という救済シーンを追加。監督は「恐怖は救われないからこそ恐怖なんだ!」と反発したが通りませんでした。























































このころから、スタジオと製作者の軋轢は存在していたのです
人間らしさとは、感情と不完全さを持つことなのです。
便利で安全な社会が、心のない世界になってしまったらどうするか。70年近く経った今も、現代人への強烈な問いかけとして響き続けています。
ジャイアンツ

画像引用元:映画.com
(NO.0323)
監督:ジョージ・スティーヴンス
201分/アメリカ
原題または英題:Giant
配給:ワーナー・ブラザース映画
テキサスを舞台にした壮大な人間ドラマです。この作品がジェームス・ディーンの遺作となりました。
20世紀初頭から数十年にわたる物語。テキサスの大牧場主の家に嫁いできた東部出身の女性レスリーを軸に、保守的な夫ジョーダン、野心に燃える労働者ジェットとの関係を描きます。石油ブームによる社会の変化、人種差別、階級の壁といった問題を、一つの家族の視点から浮き彫りにしていきます。
かんとくさんジェームス・ディーンは、最後のシーンを撮った翌日に事故死したんだ
彼の死後、未完成だった台詞部分を別の俳優が吹き替えました。撮影所では「まるで彼の影が残っているようだ」とスタッフが話していたといいます。エリザベス・テイラーは撮影再開時に泣き崩れ、現場が一時中断。
当時としては珍しく、女性の視点から男性中心社会の問題を描いたことが評価されました。アカデミー賞では監督賞を受賞。特にラストで、保守的だった主人公が人種差別に立ち向かうシーンは、1950年代のアメリカ社会への痛烈なメッセージとして強く印象に残ります。
時代の波に流されず、自分の信じる正しさを貫くことを教えてくれます。
雄大なテキサスの大地を背景に、人間の誇りと愛を描いた壮大な叙事詩なのです。
間違えられた男

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0324)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
105分/アメリカ
原題または英題:The Wrong Man
配給:ワーナー・ブラザーズ
実際に起こった冤罪事件をもとに描いた異色作です。
ニューヨークで地道に働く音楽家マニーが、ある日突然、銀行強盗の犯人として逮捕されます。身に覚えのない罪を否定しても、状況証拠がすべて彼を指し示す。やがて妻までもが精神的に追い詰められていきます。
ヒッチコック自身が冒頭でシルエットで登場し、「これは実話である」と観客に語りかけます。1953年にニューヨークで実際に起きた冤罪事件が元になっており、彼特有のサスペンス的仕掛けよりも、日常がじわじわと崩壊していく恐怖に焦点を当てました。
ヒッチコックは作品ごとにカメオ出演しますが、この映画では冒頭で堂々とカメラに向かい「これは実話です」と語る唯一のパターン。
警察署や裁判所の撮影には実際の施設が使われ、ドキュメンタリーのような緊張感が漂います。
本物のリッカーズ刑務所やクイーンズ区の裁判所で撮影。スタッフは警察の手続きに巻き込まれ、本当に指紋採取されました。























































いい練習になったようです
この映画が教えてくれるのは、「無実の人ほど、自分を守る術を知らない」という皮肉な真実。
誰もがいつかその立場になり得る現実を突きつけてくる、ヒッチコックの異色作です。
上流社会

画像引用元:映画.com
(NO.0325)
監督:チャールズ・ウォルタース
107分/G/アメリカ
原題または英題:High Society
配給:東京テアトル
きらびやかな音楽と恋の駆け引きが織りなすミュージカル・ロマンスです。1940年の名作『フィラデルフィア物語』を音楽映画としてリメイクしたもので、主演はグレース・ケリー、ビング・クロスビー、フランク・シナトラという豪華キャストです。
舞台はロードアイランドの高級別荘地。裕福な令嬢トレイシーは、完璧主義な性格ゆえに元夫デクスターと離婚。しかし再婚を目前にした彼女の前に、元夫と雑誌記者が現れ、再び恋の火花が散ります。
グレース・ケリー、撮影後すぐ本当に王妃になりました。撮影が終わって数週間後、彼女はモナコ公レーニエ3世と結婚。そのため宣伝コピーには「現実でもプリンセスになったヒロイン」と書かれました。
ジャズ界の巨人ルイ・アームストロングが本人役で出演し、劇中で演奏される「Now You Has Jazz」や「True Love」は、コール・ポーターによる名曲として映画史に残りました。
ルイ・アームストロング、撮影中にアドリブで台詞を増やす!?彼は脚本にはなかったジョークを勝手に入れ、現場を爆笑の渦に。ヒロインのケリーも笑いをこらえきれずNG連発。























































上流社会のはずが庶民的になっていたわけですね
見どころは、ハリウッドらしい華やかさと裏に潜む人間味。上流社会の仮面を脱いだときに現れる本当の愛が、音楽とユーモアに包まれて描かれます。
この映画はグレース・ケリーの最後の出演作でもあり、まるでシャンパンの泡のように軽やかで、観る人の心を静かに酔わせる名作です。
知りすぎていた男

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0326)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
120分/アメリカ
原題または英題:The Man Who Knew Too Much
配給:パラマウント映画
アルフレッド・ヒッチコックが1934年に自ら撮った作品をセルフリメイクしたスパイ・サスペンスです。
モロッコ旅行中のアメリカ人医師マッケナ夫妻が、偶然暗殺計画の秘密を知ってしまいます。口封じのため息子が誘拐され、警察も頼れない中、夫妻は自らの手で事件の真相を追うことになります。
ヒッチコックらしい「普通の人が非日常に巻き込まれる」構図が見事に機能しています。
見どころは、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで繰り広げられるクライマックス。音楽とサスペンスが完全に融合し、楽曲の一音一音が観客の心拍とシンクロするような緊張感を生み出します。
母親が歌う「ケ・セラ・セラ」が、息子を救う命の合図になる場面は有名ですよね。
ドリス・デイは脚本を読んで「こんな子ども向けみたいな歌、場違いよ!」と反発。ヒッチコックは「その素朴さが必要なんだ」と説得。結局この曲がアカデミー賞を受賞し、彼女の代名詞に。ドリス本人はのちに「ヒッチの方が私より先見の明があった」と笑ったとのこと。
恐怖に支配されず、大切なものを守るために立ち向かうことを教えてくれます。
緊張と感動が同居する、ヒッチコック流の完璧なスリラーです。
1957年

蜘蛛巣城

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0327)
監督:黒澤明
110分/日本
原題または英題:Throne of Blood
配給:東宝
シェイクスピアの名作『マクベス』を日本の戦国時代に置き換えて作った映画です。霧に包まれた幻想的な映像と、能楽の静かな美しさを取り入れた、日本が世界に誇る名作です。
物語は、戦いに勝った武将・鷲津武時が、蜘蛛の巣の森で不気味な老婆に出会うところから始まります。老婆は「あなたはやがて城主になる」と予言します。最初は信じなかった武時でしたが、妻・浅茅の冷たく強い言葉に動かされ、次第に野心にとらわれていきます。そして、主君を殺害し、城主の座を奪いますが、その先に待っていたのは悲劇的な結末でした。
クライマックスで三船敏郎が本物の矢を全身に浴びるシーンは有名で、かつ名場面として知られています。
クライマックスで矢が雨のように降り注ぐシーン、実際に弓を引いていたのはプロの弓道家。矢は本物で、三船が動くたびに標的を変えて撃っていた。黒澤が「三船は恐怖でこそ最高の芝居をする」と言い切り、撮影後、三船は「もう二度とあの監督とは仕事しない!」と笑いながら言ったという。


有名なエピソードの一つだよね
この映画の最大の魅力は、セリフよりも「映像」と「沈黙」で語る演出です。
霧、風、鳥の群れといった自然の力が、人間の心の闇を映し出します。また、山田五十鈴が演じる浅茅の冷たく妖しい存在感は必ず印象に残るものとなるでしょう。
英語版の字幕翻訳者が「セリフがない…!」と嘆いたとか。黒澤は「セリフで語る映画は子供でも撮れる」と一蹴したとのこと。
人を滅ぼすのは運命ではなく、自分の欲望であるということなのです。
権力を手に入れても、心の闇は消えません。静かな恐怖の中に深い真実を描いた作品なのです。
突撃

画像引用元:映画.com
(NO.0328)
監督:スタンリー・キューブリック
86分/アメリカ
原題または英題:Paths of Glory
配給:松竹
第一次世界大戦のフランス軍を舞台に、戦場の理不尽さと人間の尊厳を描いた作品で、キューブリックの名を世界に知らしめた記念碑的な映画です。
物語は、無謀な突撃命令を受けたダクス大佐が、勝ち目のない作戦で多くの兵士を失うところから始まります。作戦が失敗すると、責任逃れをしたい上層部は3人の兵士を「臆病罪」で軍法会議にかけます。元弁護士のダクスは彼らを守ろうとしますが、軍の体面を守るという名目の前に、正義は押しつぶされていきます。
フランスでは「軍の恥を描いた」として1975年まで公開禁止。しかし、非公式の軍関係者はこっそり観て「嫌なほどリアル」と称賛。























































結果的に、真実すぎてダメな映画になりました
この映画の最大の魅力は、キューブリック特有の正確な構図と長回しのカメラワークです。
塹壕を進むカメラは観客を戦場の地獄へ引き込み、対称的な構図が軍の冷酷さを際立たせます。クライマックスの処刑シーンは、言葉では語り尽くせない衝撃を与えます。
かんとくさんラストで歌うドイツ娘は、のちにキューブリック夫人となるスザンヌ・クリスティアンなんだよ
本当の勇気とは、命令に従うことではなく、不正に立ち向かうことです。
理不尽な世界でも人としての誇りを守ろうとする姿は、今も多くの人の心に響きます。
めぐり逢い

画像引用元:映画.com
(NO.0329)
監督:レオ・マッケリー
119分/アメリカ
原題または英題:An Affair to Remember
配給:20世紀フォックス映画
運命的な出会いとすれ違い、そして再び結ばれる二人の姿を、上品で切ないタッチで描いています。
物語は、豪華客船で出会った画家のニッキーとナイトクラブシンガーのテリーから始まります。二人は互いに婚約者がいながらも、運命的な愛を感じ合います。そして「半年後、エンパイア・ステート・ビルの屋上で再会しよう」と約束します。しかし、再会の日、テリーが交通事故に遭い、二人は引き離されてしまいます。
あの象徴的な屋上シーン、実はセット撮影。実際のエンパイア・ステート・ビルでは撮っていません。あまりにリアルに作りこまれたため、観客の多くが「本当にビルで撮った」と信じました。























































後年観光客が「同じ場所で会おう」と誓うカップルが続出するというオチがつきました
アメリカン・フィルム・インスティテュートの「最も偉大なラブストーリー」ランキングで第5位に選ばれるなど、時代を超えて愛される作品です。
レオ・マッケリーは1939年に『邂逅(めぐりあい)』を監督しており、今回はそのセルフリメイク。違いは「泣かせ方を洗練させた」とのこと。
見どころは、言葉ではなく視線や沈黙で愛を語る演技の美しさです。
ラストでケーリー・グラントが事故の真実に気づく場面は、時間が止まるような感動的な名シーンといえます。
本当の愛は待つ強さで証明されるということです。
すれ違いや沈黙も愛の一部です。信じることの美しさを教えてくれる永遠の恋愛映画といえるでしょう。
第七の封印

画像引用元:映画.com
(NO.0330)
監督:イングマール・ベルイマン
97分/スウェーデン
原題または英題:Det sjunde inseglet
配給:ザジフィルムズ、マジックアワー
「死とは何か」「神は本当にいるのか」という人間の根源的な問いを描いたスウェーデン映画の傑作です。白黒の美しい映像の中で、人間が生きる意味を探し続ける姿が描かれています。
物語は、十字軍の戦いから帰ってきた騎士アントニウスが、ペストが流行する祖国で死神と出会うところから始まります。死神は騎士の命を奪いに来ますが、騎士は「チェスで勝負しよう。負けたら命をやる」と提案します。神の存在を信じられなくなった騎士が、最後に人間としての善や希望を見つけようとする旅が始まります。
チェス盤の駒、毎回位置がバラバラ!あの象徴的な場面、カットごとに駒の配置が微妙に違います。理由はベルイマンが「構図優先でいい」と言ったため。チェス好きの観客からは「ルールを無視した神との対局」としてネタにされています。
1957年のカンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞し、世界中の映画監督に影響を与えました。特に「死神とチェスをする」場面は、有名なシーンで、記憶に残るでしょう。
見どころは、光と影を使った美しい映像表現です。絶望的な世界の中でも、旅芸人の家族が見せる温かな笑顔が希望を感じさせてくれます。
かんとくさんペストの群衆シーン、低予算なので近所の大学生を大量にエキストラとして起用しているんだ
死と向き合うことで、生きる意味が見えてくるということなのかもしれません。
答えの出ない問いに向き合い続けることも、人生の大切な一部なのだと教えてくれる、心に残る映画です。
十二人の怒れる男

画像引用元:映画.com
(NO.0331)
監督:シドニー・ルメット
96分/G/アメリカ
原題または英題:12 Angry Men
配給:ユナイテッド・アーティスツ
一つの部屋での議論だけで人間社会の真実を描いた傑作ドラマです。主演のヘンリー・フォンダが演じるのは、たった一人「無罪の可能性がある」と主張する陪審員です。密室での緊迫した会話劇は、今も多くの人に「正義とは何か」を考えさせる名作として語り継がれています。
物語は、殺人事件の審議に集まった十二人の陪審員が、少年の有罪・無罪を巡って激しく議論するところから始まります。最初は11対1で圧倒的に「有罪」。しかし、陪審員8番の冷静な指摘が次第に他の心を動かし、「正義とは何か」「真実とは何か」を問う心理戦へと発展していきます。
映画後半で汗がにじむのは演技ではなく、実際に照明の熱。狭いスタジオに強力なライトを入れたため、体感温度40度以上。俳優たちは本当にイライラしており、それがリアルな怒りを生んだとも。
アメリカ映画協会も、陪審員8番を「20世紀の偉大な映画ヒーロー」の第28位に選出しています。























































ルメット監督は俳優たちに3週間ものリハーサルを課しました。撮影自体はたった2週間でした
見どころは、議論の中で露わになる人間の矛盾です。
偏見、恐れ、プライド、良心。誰もが持つ「心の中の裁き」が少しずつ動いていく過程が見事に描かれています。
かんとくさんルメット監督はカメラをじわじわ下げていたんだよ
映画の前半は広角レンズで明るく、後半になるほどカメラを低く・長焦点にして圧迫感を増していきました。気づかぬうちに観客まで息苦しくなるのです。
正しさは多数決ではなく、勇気ある一人から始まるということで、わかりやすいメッセージが響きます。
声を上げること、考え続けること、他人の立場に立つこと。その積み重ねが社会を動かす。静かな情熱で理性の力を信じさせてくれる永遠の人間ドラマです。
かんとくさんセットに窓があるのに実際には外の景色は一切ないんだよ
野いちご

画像引用元:映画.com
(NO.0332)
監督:イングマール・ベルイマン
89分/スウェーデン
原題または英題:Smultronstallet
配給:ザジフィルムズ、マジックアワー
老いと人生を見つめ直すことをテーマに描いた名作です。
物語は、医学博士のイサークが名誉博士号をもらうため、車で長旅に出るところから始まります。道中で若者たちと出会い、夢や記憶が次々とよみがえります。少年時代の初恋、家族との関係、孤独な日々。過去を振り返りながら、彼は自分の人生と向き合い、心の平和を取り戻していきます。
ベルイマンが少年時代から尊敬していた伝説的監督・俳優シェーストレムを主演に起用。彼が亡くなったのは映画完成のわずか2年後。
かんとくさんシェーストレムはベルイマンにとって父のような存在でもあったんだね
ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞し、アカデミー賞脚本賞にもノミネートされました。
見どころは、夢と現実が入り混じる美しい映像です。時計の針がない街や葬列のシーンは、主人公の心の奥にある罪悪感を表現しています。
明るい若者たちとの出会いが、過去にとらわれた老人に希望をもたらす対比も印象的です。
スウェーデンでは“Smultronställe”という言葉が「心の中の特別な場所」という比喩として使われます。映画タイトルはただの果実ではなく、「人生で一度だけ戻りたい時間」を象徴しています。























































「野いちご」の意味は「心の特別な場所 (甘酸っぱい記憶) 」ということですね
人生の終わりに必要なのは、後悔ではなく許すことです。
誰もが過去に痛みを抱えて生きているけれど、野いちごのように小さな甘さを見つけられたら、人生はまだ優しいのではないでしょうか。そんなメッセージが心に残る作品といえます。
縮みゆく人間

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0333)
監督:ジャック・アーノルド
81分/アメリカ
原題または英題:The Incredible Shrinking Man
配給:ユニヴァーサル
特撮を使いながら、人間の存在の意味を哲学的に描いた作品として、今も多くの映画人に影響を与えています。
物語は、普通のサラリーマン、スコット・ケアリーが放射能と殺虫剤を含む霧を浴びてしまうところから始まります。最初は気づきませんが、次第に身体が縮み始め、家具が巨大に見え、妻の声が遠くなり、やがて猫や蜘蛛との命がけの戦いを余儀なくされます。彼は恐怖と絶望の中で、自分が世界から消えていくことを受け入れようとするのです。
主役のグラント・ウィリアムズ、撮影中ずっと本当に縮んで見えました。というのも、特撮のために彼専用の巨大セットを毎回組んでいたから。冷蔵庫ひとつを作るのに人間5人分の大きさで制作。彼は「人生で一番でかい家具に囲まれて、史上最小の男を演じた」と冗談を言っていました。
「SFの詩」と言われています。2009年にアメリカ国立フィルム登録簿に登録され、文化的に重要な作品として保存されることになりました。
見どころは、当時としては驚異的な特撮映像です。洗面所の水滴が滝のように見え、蜘蛛との戦いは今見ても迫力があります。
巨大猫シーンは本当に猫を撮っていました。小型カメラで猫を撮影し、合成で主人公と組み合わせたが、猫の演技が想定外にやる気満々!?
しかしこの映画の真価はラストの静かな独白にあります。スコットが「私は無限に小さくなっていく。でも、宇宙は終わらない」と悟る場面。それは消滅ではなく、存在の拡張としての救いを描いた、まさに名シーンです。
自分の小ささを嘆くより、その中に宇宙を見つけよということを考えさせられます。
視点を変えれば、世界はどこまでも広がっていくという、科学の形をした人間賛歌といえる作品です。
OK牧場の決斗

画像引用元:映画.com
(NO.0334)
監督:ジョン・スタージェス
122分/アメリカ
原題または英題:Gunfight at the O.K. Corral
配給:パラマウント
アメリカ西部史上最も有名な銃撃戦を描いた西部劇の代表作です。主演はバート・ランカスターとカーク・ダグラスという豪華な顔合わせで、無骨な友情と正義をテーマに描かれた作品です。
物語は、保安官ワイアット・アープと、元医師で拳銃の名手ドク・ホリデイの奇妙な友情を中心に進みます。無法者クラントン一家との対立が激化し、やがて運命の舞台OK牧場での決闘へと向かっていきます。銃を抜くのは正義のためか、それとも誇りのためか?それぞれが抱える葛藤が描かれます。
かんとくさんタイトルに「牧場(Corral)」とあるものの、実際の決闘は牧場ではなく、馬小屋の裏の空き地だよ
アメリカの歴史マニアから「牧場なんてなかったじゃないか!」とツッコミが入り、監督は「空き地の決斗では響きが悪い」と言ったとか。
しっかりとした演出に力強い演技。アープとホリデイの関係は、西部劇の中でも印象的な友情として描かれています。まさに西部劇の基本。
見どころは、静と動の対比です。銃撃戦の派手さよりも、決闘までの緊張と沈黙が見事に演出されており、観客は撃つ前の心理戦に引き込まれます。
また、ドク・ホリデイの皮肉屋ぶりと孤独な優しさとカーク・ダグラスの芝居が、ただのガンマン映画を超えた感情を揺さぶるシーンを生んでいます。
脚本段階で「静寂の演出」が意図され、最初の発砲音までの緊張を5分間保つ構成に。これを短くしようとしたプロデューサーに対し、監督スタージェスは「西部劇にしては静かすぎる方がいい」と押し切りました。























































結果、息を吞むようなシーンが生まれたのです
正義とは撃つことではなく、迷いながらも立ち向かうことが重要です。
勝つか負けるかより、自分が信じるものを貫く勇気。銃声の中にも人間の誇りが鳴り響く、西部劇でも屈指の名作といえます。
カビリアの夜

画像引用元:映画.com
(NO.0335)
監督:フェデリコ・フェリーニ
117分/イタリア・フランス
原題または英題:Les nuits de Cabiria
配給:コピアポア・フィルム
貧しさの中でも笑い、裏切られても信じ続ける小さな女性カビリアの姿は、世界中の観客の心を掴みました。
物語は、ローマの片隅で暮らす娼婦カビリアが、何度も男に裏切られながらも「きっと次こそ幸せになれる」と信じ続ける人生を描きます。裕福な俳優、謎の紳士、信仰への憧れ! さまざまな出来事を経て、彼女は再び裏切られ、絶望の淵に立たされます。しかしラスト、涙をこらえながら微笑む彼女の姿には、人間の強さと希望が静かに宿っています。
カンヌ国際映画祭でマシーナが主演女優賞を受賞し、1958年にはアカデミー外国語映画賞を受賞しました。Rot特にジュリエッタ・マシーナの表情演技は、チャップリンの喜劇を思わせる繊細さと深みがあり、観ていてついつい泣いてしまいます。























































主演ジュリエッタ・マシーナ、実生活でもカビリアっぽいと言われていました
見どころは、フェリーニが描く希望の光の演出です。街灯、焚き火、行列のろうそくと、すべての灯りがカビリアの人生の象徴です。
カビリアを助ける若者のグループは、ロケ中にたまたま通った地元の学生をフェリーニがスカウト。「カメラを気にせず歩け」と指示した結果、あの自然な笑顔の行進シーンが生まれました。
どんなに闇が濃くても、光は完全には消えない。その映像詩のような構図が心を温めます。
絶望のあとにも、人はもう一度笑えるということです。
人生に裏切りや痛みはつきもの。それでも、前を向く勇気を持つカビリアの微笑みは、誰の心にも残る生きる希望そのものといえるのです。
戦争と貞操/鶴は翔んでゆく

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0336)
監督:ミハイル・カラトーゾフ
97分/ソビエト連邦
原題または英題:The Cranes are Flying
配給:新東宝
戦争の悲劇を残された者の視点から描いた作品です。この作品は1958年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞しました。
かんとくさんソビエト映画で唯一のパルム・ドール受賞作品なんだよ
物語は、若い恋人同士のヴェロニカとボリスが、戦争によって引き裂かれるところから始まります。ボリスが戦地へ向かい、ヴェロニカは空襲の中で家族を失い、過酷な運命に巻き込まれていきます。彼女は絶望の中でも、生きること、そして愛を信じることをやめないという、その姿が胸を深く打ちます。
戦争を賛美することなく、人間の痛みと希望を詩のように描いたといえます。
流れるような長回しや、手持ちカメラワークはその後の映画表現を一変させ、多くの映画監督に影響を与えました。
ウルセフスキーの「自由なカメラ」は本作の代名詞。軍隊カメラマンの経験が活きたとされます。
見どころは、感情の動きをそのまま映すようなカメラの呼吸です。戦場ではなく、泣き崩れる女性の顔に戦争の痛みを見出す。その人間的な視点が、他の戦争映画と一線を画しています。
終盤、空を翔ける鶴の群れにヴェロニカが微笑む瞬間、希望とは生き続けることそのものだと気づかされます。
政府の上層部は「勝利の映画にしろ」と要求したが、監督は脚本の修正を拒否。代わりに「空を飛ぶ鶴」をラストに加え、「これは希望の象徴です」と言い切りました。
戦争が奪うのは命だけでなく、人の心の時間だということです。
それでも、心の奥に愛と誠実さを守れるかどうか。その問いを投げかけてくる作品なのです。
大河のうた

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0337)
監督:サタジット・レイ
105分/インド
原題または英題:Aparajito
配給:ATG
前作『大地のうた』で少年だったアプが成長し、学び、そして母との別れを経験する物語です。タイトルの”Aparajito”は「不屈の者」という意味で、人生の喪失を受け入れながらも前に進む人間の強さが描かれています。
物語は、アプ一家がベナレス(現ヴァラナシ)へ移り住むところから始まります。ガンジス川のほとりで暮らす一家でしたが、父の死をきっかけに生活は一変。やがてアプは学問への情熱に導かれ、母のもとを離れカルカッタの学校へ。息子の成功を願いながらも、次第に孤独に沈んでいく母。母と子、それぞれの道が静かに交差していきます。







ガンジス川のシーンは魚の乱入で何度も中断したそうです
ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞。世界中の映画人から「人間の感情を最も誠実に映した映画」として称えられています。
見どころは、ベナレスの陽光、ガンジス川の穏やかな流れなど、日常の風景を通して人生の無常を語るレイ監督の映像美。特に、母が息子を想うシーンの静かな表現は、深い余韻を残します。
撮影監督スブラタ・ミトラが、室内にやわらかい自然光を再現するためバウンスライト(反射光)を本格導入。以後のインド映画の光設計に大きな影響を与えました。
成長とは、愛する人から離れていく痛みの中にあることを教えてくれます。
別れもまた人生の一部であり、流れる川のように止められない。生きることの美しさと哀しさを同時に感じさせる、永遠のヒューマンドラマです。
戦場にかける橋

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0338)
監督:デヴィッド・リーン
155分/アメリカ
原題または英題:The Bridge on the River Kwai
配給:コロンビア映画
第二次世界大戦中の1943年、タイとビルマの国境付近にある日本軍の捕虜収容所が舞台。戦争の愚かさと人間の尊厳を描いた傑作です。アカデミー賞では作品賞をはじめ7部門を受賞しました。
物語は、日本軍の捕虜となったイギリス兵たちが、クワイ川に鉄道用の橋を建設するよう命じられるところから始まります。イギリス軍のニコルソン大佐は、非人道的な扱いに抗議しますが、やがて「立派な仕事をして軍人としての誇りを示す」という使命感に取り憑かれ、完璧な橋を作ることに執念を燃やします。
原作に登場する「クワイ川」は、実際の地名にはありませんでした。撮影地タイの当局が観光目的で「この映画の川を本当に作ろう」と提案し、後にクワイ川と名付けてしまいました。























































映画が地名を生み出したのです
一方、脱走に成功したアメリカ兵は、連合軍の作戦でこの橋を爆破するため戻ってきます。誇りを賭けて橋を作る者と、それを破壊しようとする者。敵味方の境界が曖昧になる中、衝撃のラストが待ち受けます。
戦争の狂気を完璧に描いた、完璧な作品です。特にラストシーンで軍医が叫ぶ「狂気だ!」という一言は、戦争の無意味さを象徴する名場面でもあります。
あの有名な口笛行進曲、もともとは第二次大戦中の英軍行進曲「Colonel Bogey March」。原曲には下品な替え歌があり、歌詞の一部は「ヒトラーの××がない」という内容だったため、映画では口笛に差し替えられました。
この映画が教えてくれるのは、誇りや使命感が時として人を盲目にし、本来の目的を見失わせるということ。
善意や誇りすら、戦争という異常な状況では狂気に変わるという、人間の複雑さが描かれている作品なのです。
成功の甘き香り

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0339)
監督:アレクサンダー・マッケンドリック
96分/アメリカ
原題または英題:Sweet Smell of Success
配給:ユナイト=松竹
ニューヨークの夜を舞台に、成功への野心と権力の腐敗を鋭く描いた社会派ドラマで、フィルム・ノワールの傑作ともいわれます。
物語の主人公は、野心家のPRマン、シドニー・ファルコ。彼は、ニューヨークで絶大な影響力を持つ新聞コラムニストのJ.J.ハンセッカーに取り入ろうと必死です。ハンセッカーは妹スーザンとジャズ・ギタリストの恋人を別れさせたいと考え、シドニーに汚い仕事を押し付けます。成功のためなら何でもするシドニーは、次第に人間としての一線を越えていきます。
J.J.ハンセッカーのモデルは、当時ニューヨークで絶大な影響力を持っていたコラムニスト、ウォルター・ウィンチェル。彼本人が映画を観て激怒し、「私を冒涜した映画だ」と公言。























































監督は「いや、あなたに感謝している」と言ったそうです
公開当時は興行的に失敗しましたが、現在では「1950年代アメリカの闇を描いた名作」として再評価され、1993年には米国国立フィルム登録簿に登録されました。
見どころは、夜のニューヨークを映し出す美しいモノクロ撮影と、毒を含んだ名セリフの数々。
ジャズの音楽が流れる中、成功という甘い香りの裏にある苦い現実が浮かび上がります。
成功のために他人を利用し、自分を売ることの空しさというのを感じさせます。
野心と権力が交差する場所で、人は何を失うのか?今も色あせない普遍的なテーマを持つ作品です。
マザー・インディア

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0340)
監督:メーブーブ・カーン
172分/インド
原題または英題:Mother India
日本公開情報なし
貧困と苦難に立ち向かう一人の母親の生涯を通して、母なる大地インドの姿を描いた壮大な叙事詩です。
物語の主人公は農村の女性ラーダ。結婚式の借金が原因で、悪徳高利貸しに苦しめられる日々が始まります。夫は事故で両腕を失い、絶望して家を去ってしまいます。残された二人の息子を育てるため、ラーダは必死に働きます。やがて成長した次男ビルジューは、母を苦しめた高利貸しへの復讐を企てます。愛する息子と正義の間で、母は究極の選択を迫られます。
クライマックスの撮影中、火事のシーンで本当に炎が広がり、ナルギスが危険に!それを救出したのが息子役のスニル・ダット。これがきっかけで二人は恋に落ち、のちに結婚しました。
アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたインド映画第一号として歴史に名を刻みました。インド国内では1990年代まで上映が続いた国民的名作です。
見どころは、主演ナルギスの圧倒的な演技。若い花嫁から老婆まで演じ切り、どんな苦境でも凛とした姿は「母なる強さ」そのものです。























































インドの映画館では観客がお祈りしてから観賞する習慣がありました
この映画が教えてくれるのは、真の強さとは諦めない心だということ。
苦難の中でも信念を貫く母の姿は、時代を超えて私たちに勇気を与えてくれます。

1958年

黒い罠

画像引用元:映画.com
(NO.0341)
監督:オーソン・ウェルズ
111分/アメリカ
原題または英題:Touch of Evil
配給:ユニヴァーサル
オーソン・ウェルズが監督・脚本・主演を務めた、フィルム・ノワール(犯罪映画)の傑作です。メキシコとアメリカの国境を舞台に、正義と腐敗の境界線を描いた重厚なドラマで、チャールトン・ヘストンとジャネット・リーも出演しています。
物語は、メキシコの麻薬捜査官ヴァルガスが新婚旅行中、国境で車の爆破事件に遭遇するところから始まります。事件を調べるうちに、彼はアメリカ側のクインラン警部が証拠をねつ造していることに気づき、真実を追求していきます。正義を信じる者が闇に巻き込まれていく。この作品は「正しさ」とは何かを問いかけます。
かんとくさん実はウェルズ、メキシコロケには行っていないんだ…..
作品の舞台は国境の町ティファナだが、撮影のほとんどはカリフォルニア州ベニスで行われた。ウェルズは「本物よりニセのメキシコのほうがリアルに見える」と言い切りました。























































つまり、リアリズムを演出したフェイクだったんですね
公開当時は興行的に失敗しましたが、1998年にウェルズが残した58ページのメモをもとに再編集された復元版が公開され、再評価されました。
最大の見どころは、冒頭約3分半にわたる長回しシーンです。カメラが一度も切り替わることなく、爆弾が仕掛けられた車と主人公たちを追い続けるこの映像は、今も映画学校で教材として使われています。
ウェルズは当初、爆弾の車を追う3分20秒の長回しをノーカットで撮影。しかし試写段階で幹部が「テンポが遅い」と難色を示し、クレジットを上に乗せようとしました。ウェルズは激怒して、「この一連は映画の鼓動だ」と抗議。のちに再編集版で元の構成に戻されました。
モノクロ映像の美しさと、計算された構図は圧巻です。
おともだちオーソン・ウェルズ。やっぱり天才っす…..
正義を守ろうとする人間も、いつの間にか罠に落ちることがあるということ。
人間の弱さと矛盾を、ウェルズは圧倒的な映像美で表現しました。深く考えさせられる作品です。
恋の手ほどき

画像引用元:映画.com
(NO.0342)
監督:ヴィンセント・ミネリ
115分/アメリカ
原題または英題:Gigi
配給:MGM
19世紀末のパリを舞台にしたミュージカル映画です。
物語の主人公は少女ギギ。祖母と伯母に上流社会の女性としてのマナーを教え込まれますが、彼女の素直な心は周りの人々を変えていきます。特に、遊び人の青年ガストンは、ギギとの関係を通じて本当の愛の意味に気づいていきます。
アカデミー賞では、作品賞や監督賞を含む9部門すべてで受賞という記録的な快挙を達成しました。
当時は、実は誰もミュージカルを作りたがっていませんでした。1950年代後半、ミュージカル映画の人気は下降気味で、MGM内部でも「時代遅れ」と言われていました。























































アカデミー賞制覇して、手のひらを返したんですね
見どころは、ミネリ監督の美しい色彩感覚と、パリの街並みを再現した豪華なセット。衣装デザインも見事で、まるで絵画の中にいるような美しさです。
ギギを演じたキャロンは、当時まだ英語の歌唱に自信がなく、歌の部分はプロの歌手による吹き替えでした。
かんとくさんミュージカル映画なのに主演が歌っていないというカオスな状況になっていたんだ
本当の愛とは、相手を尊重し、誠実であることというメッセージが伝わってきます。
華やかで優雅なミュージカルの中に、大切な人生の教訓が込められているのです。
手錠のまゝの脱獄

画像引用元:映画.com
(NO.0343)
監督:スタンリー・クレイマー
97分/アメリカ
原題または英題:The Defiant Ones
配給:松竹=ユナイテッド・アーチスツ
肌の色も考え方も違う二人の男が、手錠でつながれたまま逃亡する姿を描いた社会派ドラマです。人種差別がまだ当たり前だった時代に、この問題に真正面から取り組んだ作品として知られています。
物語は、囚人護送車から脱走した白人のジョーカーと黒人のノアが、手錠でつながれたまま南部の荒野を逃げ続けるロードムービー。最初はお互いを嫌い合っていた二人が、危険と困難を共に乗り越える中で、次第に信頼関係を築いていきます。
カーティスはポワチエの名前を映画タイトルの上に並べて表示することを要求し、これはポワチエのキャリアで初めてのことでした。
ポワチエはこの作品で、黒人男性として初めてアカデミー賞主演男優賞にノミネートされるという歴史的快挙を成し遂げました。また、脚本賞と撮影賞を受賞しています。
見どころは、雨に打たれながら泥まみれで助け合う二人の姿です。無言のまま肩を貸し合うラストシーンには、憎しみを超えた人間同士のつながりが描かれています。
かんとくさん撮影後、カーティスとポワチエは本当に親しい友人になったんだ
違いを超えた理解は、弱さを見せ合った時に生まれるのです。
立場や肌の色が違っても、人は心でつながることができる、そんな希望を伝えている作品です。
西部の人

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0344)
監督:アンソニー・マン
100分/アメリカ
原題または英題:Man of the West
配給:松竹=セレクト・インターナショナル
人間の過去と償いを描いた異色の作品です。主演のゲイリー・クーパーは、老いゆく男の内面を見事に表現しています。
物語は、かつてギャング団の一員だった男リンクが主人公。過去を捨てて平和な暮らしを望んでいましたが、列車強盗に巻き込まれ、再び犯罪者たちと対峙することになります。リーダーは彼の叔父ドック。荒野の中で、リンクは過去の自分と向き合いながら、もう一度人としての誇りを取り戻そうとします。
アメリカでは当初あまり評価されませんでしたが、のちに再評価され、現在では西部劇でも傑作と言われる作品になりました。
かんとくさん実は、ヒロイン役ジュリー・ロンドンの本職はジャズ歌手だったんだ
西部劇の緊張感あふれる現場で、休憩中に歌い出し、共演者が即席ライブを楽しみました。ゲイリー・クーパーも「この歌声に撃たれた」と言ってコーヒーをこぼしたといいます。
見どころは、アンソニー・マン監督ならではの風景の使い方です。荒れ果てた廃屋や草原は、主人公の過去の罪と孤独を象徴しています。クーパーが無言で銃を構える姿には、正義よりも人間らしさが滲み出ています。
人は過去を消せないが、それを超えて生きることはできるということです。
過去と向き合い、自分自身を見つめ直す勇気を描いた、成熟した西部劇です。
めまい

画像引用元:映画.com
(NO.0345)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
128分/アメリカ
原題または英題:Vertigo
配給:マーメイドフィルム
執着という名の愛を描いた心理サスペンスで、表面的にはミステリー映画ですが、その本質は人間の心の深い部分を見つめるラブストーリー。ジェームズ・スチュワートとキム・ノヴァクの共演が、観る者をめまいのような幻想へと誘います。
物語は、高所恐怖症を持つ元刑事スコッティが、友人から妻マデリンの尾行を依頼されるところから始まります。彼女は先祖の霊に取り憑かれたかのような奇妙な行動を繰り返し、スコッティは次第に彼女に惹かれていきます。しかし悲劇的な転落事故をきっかけに、彼の心は歪み、愛と幻想の境界が崩れていきます。























































マデリンの髪型は、ヒッチコックの個人的趣味説があります
公開当初はあまり評価されませんでしたが、のちに再評価され、2012年の英国映画協会「史上最高の映画」ランキングでは、名作『市民ケーン』を抜いて第1位に輝きました。
ジェームズ・スチュワート、実は恋愛対象として年齢が限界だった。撮影時50歳。ヒッチコックは「そろそろロマンスを演じるのは無理かもな」とぼやき、次作『北北西に進路を取れ』では彼を使わずケイリー・グラントを起用したのです。
かんとくさんちょっとせつないなぁ
見どころは、ヒッチコックが生み出した「めまいショット」。
カメラを引きながらズームインすることで、落ちていくような感覚を再現したもので、後の映画に大きな影響を与えました。
人は理想を追い求めすぎると、本当の愛を見失うということでしょうか。
心の奥底にある執着と愛の狭間を描いた作品でもあります。
灰とダイヤモンド

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0346)
監督:アンジェイ・ワイダ
103分/ポーランド
原題または英題:Popiół i diament
配給:NCC
第二次世界大戦直後のポーランドを舞台に、戦争が終わっても終わらない戦いを描いた作品で、ポーランド映画の名作として世界中の映画人に大きな影響を与えました。
物語は、戦後の混乱期に共産党幹部の暗殺を命じられた若きレジスタンス兵マチェクの運命を追います。自由のために戦ってきた彼は、戦争が終わった後の新しい秩序に居場所を失い、敵と味方、正義と裏切りの狭間で揺れ動きます。そんな中、ホテルのバーテンダー、クリスティナとの恋が、彼の中に生きたいという希望を灯します。
ポーランド映画史上最高の作品の一つと言われます。主演のチブルスキーは「ポーランドのジェームズ・ディーン」と呼ばれ、そのカリスマ性が絶賛されました。
撮影中、彼はいつも革ジャンにサングラス姿で現場入り。あまりに西側っぽいその姿がマスコミに注目され、宣伝担当者が勝手に「ポーランドのジェームズ・ディーン」とキャッチコピーをつけました。
かんとくさん本人は「俺はハーレーじゃなく自転車で通っているんだけど…..」と苦笑いしていたんだって
見どころは、マチェクが酒場でウォッカに火をつけて眺める象徴的なシーン。灰とダイヤモンド。つまり、焼け跡の中に残る人間の輝きを表す印象的な場面です。
モノクロ映像は美しく、光と闇のコントラストが登場人物の葛藤を鮮やかに映し出しています。
理想のために戦った者ほど、平和の中で孤独になるという真実。
信念を持ち続けることの難しさを問いかけています。
カイロ中央駅

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0347)
監督:ユーセフ・シャヒーン
77分/エジプト
原題または英題:Bab el hadid Cairo Station
日本公開情報なし
公開当時、保守的なエジプト社会から激しい非難を浴び、検閲により禁止措置を受けたという伝説の映画です。
舞台はカイロ中央駅。足の不自由な新聞売りの青年キナウィ(シャヒーン自身が演じる)は、飲み物売りの美しい娘ハンマに恋をします。しかし彼女は労働組合のリーダー、アブ・シリと婚約しており、キナウィの想いは次第に病的な執着へと変わっていきます。駅という場所に集まる様々な人々の中で、小さな悲劇が静かに爆発します。
最初は別の俳優にケナウィ役を依頼していたが、「気味が悪すぎて嫌」と断られたため、仕方なく自分で演じることに。
かんとくさん監督は当初、自分で主演をやるつもりはなかったんだ
ヒッチコックの影響を感じさせるサスペンスとも言われます。1970年代に新しい世代の映画ファンによって再発見され、アラブ映画の傑作、エジプト映画の金字塔とも言われます。
イタリア・ネオレアリズムとフィルム・ノワールを融合させたこの作品は、性と階級という当時タブーとされたテーマに正面から取り組みました。駅という空間を通して、1950年代エジプトの社会変動や階級格差をリアルに描き出しています。
ヒンダ・ルスタムの登場で保守派の観客がざわつき、「エジプト映画が堕落した」と新聞で批判。シャヒーンは「彼女は肉体ではなく人間を演じている」と反論し、さらに話題になりました。























































女優ヒンダ・ルスタムは、当時アラブのマリリン・モンローと呼ばれていたのです
孤独や抑圧が人間をいかに歪ませるかというメッセージを感じます。
キナウィの悲劇は個人の問題ではなく、社会が生み出した病そのもの。愛と狂気のはざまで苦しむ人間の姿を私たちに問いかけてくるのです。
音楽サロン/音楽ホール

画像引用元:映画.com
(NO.0348)
監督:サタジット・レイ
100分/G/インド
原題または英題:Jalsaghar
配給:グッチーズ・フリースクール
映像と音楽だけで深い余韻を残す作品として知られています。主人公は、時代に取り残された地主ビシュワンバル・ロイ。かつては音楽サロンで豪華な宴を開いていた彼も、今では財産を失い、屋敷はがらんとしています。それでも彼は貴族の誇りと音楽への情熱を捨てられず、最後の宴を開こうとします。
シタールやタブラの音色が、時の流れそのものを感じさせます。
見どころは、サロンに灯る蝋燭と揺れるシャンデリア。光がゆっくりと消えていく様子は、まさに滅びの美学です。レイ監督は老貴族の頑なな誇りを、愛情を持って見つめています。
主演のチビ・ビシュワスは作中で音楽に陶酔する貴族を演じたが、本人はリズム感ゼロ。演奏シーンでは音楽に合わせて無音のエア指揮をしており、レイ監督が後でテンポを調整して合わせました。
時代に取り残されても、守り続けたものには意味があることもあります。
音楽を通して誇りの幕引きを描いた作品なのです。
かんとくさんターバンの着用を監督が望まなかったのに、ビシュワスがターバン着用を主張したんだ
ぼくの伯父さん

画像引用元:映画.com
(NO.0349)
監督:ジャック・タチ
120分/フランス・イタリア
原題または英題:Mon Oncle
配給:日本コロムビア
近代化が進むフランス社会を舞台に、古き良き時代の温もりと、便利だけど冷たい現代生活を対比させたコメディです。
主人公は、タチ自身が演じる不器用で愛すべきユロ伯父さん。彼の甥ジェラールは、超近代的な家に住む両親との退屈な生活にうんざりしていて、伯父さんと過ごす時間が何よりの楽しみ。しかし両親は、伯父さんの自由すぎる生活を問題視し、仕事を見つけさせようと画策します。
アカデミー賞外国語映画賞とカンヌ映画祭特別賞を受賞。







タチは映画の公開後、ユロが実在すると思われてちょっとイヤだったようですね
見どころは、ボタン一つで動く魚の噴水や、無機質なデザインで満たされた近代的な家。それらすべてが滑稽で、現代人の生活そのものへの皮肉になっています。対照的に、伯父さんが暮らす古い街並みには、犬たちや市場の賑わいがあり、人間らしい温もりに満ちています。
ラスト近くのシーンで、犬たちが自然に道を渡るのは偶然の一発OK。実は撮影助手がポケットにソーセージを忍ばせており、犬たちはそれを追って動いただけでした。
便利さが必ずしも豊かさではないのか?今でも充分に考えさせる内容です。時代が変わってドンドン便利になっても、心が豊かでない、幸せではないと感じる人が多いのはなぜでしょう?
不器用でも自由に生きる伯父さんの姿は、効率や見栄にとらわれない生き方の大切さを思い出させてくれます。
走り来る人々

第二次世界大戦から帰還した元作家が、16年ぶりに故郷の町に戻り、自分の居場所を見失いながら人生を模索する姿を描いています。
主人公デイヴは、作家として挫折し、酒に溺れる退役軍人。故郷インディアナ州の小さな町に戻った彼は、出世した兄や知的な女教師グウェン、そして純粋に彼を愛する女性ジニーとの関係の中で揺れ動きます。デイヴは賭博師の友人バマと酒とギャンブルの日々を送りながら、自分の進むべき道を探し続けます。
かんとくさんフランク・シナトラとミネリ監督の間に撮影中の摩擦があって大変だったんだ























































観覧車のシーンでシナトラが勝手にリムジンに飛び込んでロサンゼルスに戻ってしまったりしたそうです
特にミネリの色彩演出とカメラワークが特徴です。クライマックスのカーニバルシーンは、シネマスコープの最も偉大で表現力豊かな使用例の一つとも言われます。シャーリー・マクレーンはアカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、その演技は「心を打ち砕く」と評されました。
この映画が伝えるのは、過去と向き合い、本当の愛を見つけることの難しさです。鮮やかな色彩の中で、大人の未熟さと成長が丁寧に描かれています。
吸血鬼ドラキュラ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0351)
監督:テレンス・フィッシャー
82分/イギリス
原題または英題:Horror of Dracula
配給:東和
ブラム・ストーカーの古典小説を大胆に再構成し、史上初めてカラー撮影された吸血鬼映画として映画史に名を刻みました。
物語は、ドラキュラ城に吸血鬼ハンターとして潜入したジョナサン・ハーカーが消息を絶ち、友人のヴァン・ヘルシング博士が彼を探しに城へ向かうところから始まります。しかしそこで待っていたのは、すでに吸血鬼となったハーカーの姿でした。ドラキュラ伯爵は復讐のため、ハーカーの婚約者たちに牙を向けます。
テレンス・フィッシャー監督の洗練された演出と、クリストファー・リーの冷たく魅力的なドラキュラ像が強烈な印象を残します。
クリストファー・リーは台詞量に不満を持ち、「怪物は語らずに存在で語る」と主張しました。























































ドラキュラがのセリフはほとんどないのですね
テクニカラーで鮮やかに映し出される血の赤は当時では衝撃的で、ホラー映画の新時代を切り開きました。
見どころは、ドラキュラとヴァン・ヘルシングの一騎打ち。十字架や日光といった古典的な武器を使った戦いは、今も色あせない緊張感に満ちています。
恐怖の中にも美しさがあります。闇を見つめることで、生きることの実感を得られる。恐ろしさと美しさが共存する名作ホラーなのです。
かんとくさん日本の初公開タイトル案は「ドラキュラ血まみれ伯爵」だったとか























































B級感がすごいですね
1959年

お熱いのがお好き

画像引用元:映画.com
(NO.0352)
監督:ビリー・ワイルダー
121分/G/アメリカ
原題または英題:Some Like It Hot
配給:ユナイテッド・アーティスツ
トニー・カーティス、ジャック・レモン、マリリン・モンローという豪華キャストで、今も色あせない笑いを届けてくれます。
物語は禁酒法時代のシカゴ。マフィアの抗争を目撃してしまった二人のミュージシャンが、命を狙われて女装し、女性楽団に「ジョセフィン」と「ダフネ」として潜り込みます。列車で出会った歌手シュガー(マリリン・モンロー)に恋してしまい、バレないように奮闘する姿が笑いを誘います。
当初はカラー撮影予定でしたが、レモンとカーティスの女装メイクが色テストでグロテスクで幽霊のように見えたため、ワイルダーが白黒撮影を決定しました。
アメリカ映画協会の「最も笑えるアメリカ映画100本」では堂々の第1位に選ばれました。テンポの良い脚本と絶妙な掛け合いで、今見ても抱腹絶倒です。







映画冒頭のギャング虐殺シーンは、1929年のセントバレンタインデーの虐殺事件から着想を得ています
見どころは、ジャック・レモンの女装姿とマリリン・モンローの愛らしさ。特にレモンが金持ちからプロポーズされて浮かれるシーンは伝説的な名演技です。
そしてラストの名台詞「誰だって欠点くらいあるさ(Nobody’s perfect)」。この一言が、完璧じゃなくても愛せるという人生の真理を軽やかに伝えてくれます。
かんとくさんモンローはセリフを全然覚えずにワイルダーを困らせていたんだって























































黒板にセリフを書いたとか
笑いながら生きることの素晴らしさを教えてくれる作品です。
北北西に進路を取れ

画像引用元:映画.com
(NO.0353)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
137分/G/アメリカ
原題または英題:North by Northwest
配給:メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
ニューヨークの広告マンが、ある日突然スパイと間違われて命を狙われるという、まったく身に覚えのない追跡劇が始まります。
この映画の魅力は、恐怖と笑いが絶妙に混ざり合っているところ。何も悪いことをしていないのに、どんどん窮地に追い込まれていく主人公。でも彼は決してパニックにならず、どこか余裕を持って危機を乗り越えていきます。
マウント・ラシュモアで殺人の企画は、最初に浮かんだアイデアで、脚本家のアーネスト・レーマンが「大統領の顔の上で誰かが死ぬ映画を作りたい」と言い出したのが始まりです。そこからストーリーが逆算的に作られたという珍しい構成。
特に有名なのが、何もない広大な畑で飛行機に襲われるシーンと、ラシュモア山の大統領像でのクライマックス。今観ても手に汗握る緊迫感です。
かんとくさん観光地としても有名な山ですよね























































ディープ・パープルのアルバムジャケットでもありますよね
この作品は後の『007』シリーズなど、多くのスパイ映画やアクション映画に大きな影響を与えました。日本の漫画でも、この影響をうけたお話しがいくつか散見されています。
人生は予測不可能だけど、ユーモアと冷静さを失わなければ乗り越えられます。
理不尽な出来事に直面しても、慌てず、時には笑いながら前に進むそんな生き方のヒントが詰まった名作です。
大人は判ってくれない

画像引用元:映画.com
(NO.0354)
監督:フランソワ・トリュフォー
99分/PG12/フランス
原題または英題:Les Quatre Cents Coups
配給:KADOKAWA
フランス映画の革新運動「ヌーヴェルヴァーグ」を代表する名作です。
主人公は13歳の少年アントワーヌ・ドワネル。家では両親に理解されず、学校では先生に怒られてばかり。小さな嘘をついたり、授業をサボったり、やがて家出をして、最後には少年院に送られてしまいます。でもトリュフォー監督は、この少年を悪い子として描くのではなく、誰にも分かってもらえない孤独な心を丁寧に見つめています。
原題 Les Quatre Cents Coups は直訳すると「400発のムチ」や「めちゃくちゃやらかす」というフランス語の慣用句。
特に映画のラストシーン。少年院を抜け出したアントワーヌが海に向かって走り、初めて見る海辺で立ち止まり、カメラを見つめる場面は名シーンです。
主演のジャン=ピエール・レオの自然な演技!実はトリュフォー監督自身の少年時代がモデルになっており、だからこそ少年の心がリアルに伝わってきます。























































映画内のエピソードのほとんどがトリュフォーの実体験なのです
大人に理解されなくても、それは自分が間違っているわけじゃないということです。
誰もが感じたことのある世界との違和感を肯定してくれる、切ない青春映画です。
スリ

画像引用元:映画.com
(NO.0355)
監督:ロベール・ブレッソン
74分/フランス
原題または英題:Pickpoket
配給:紀伊國屋書店、マーメイドフィルム
静かで深い哲学的な映画です。犯罪映画の形を借りながら、罪と救済というテーマを見つめています。
主人公は若い男ミシェル。彼は街でスリを繰り返します。お金のためというより、社会のルールから外れることで自分の存在を確かめようとしているかのよう。やがて警察に追われ、愛する女性ジャンヌとの出会いを通じて、心に変化が訪れます。静かな展開の中に、人間の内面が描かれています。
ブレッソン監督は職業俳優ではなく素人を起用し、感情を抑えた演技とリズミカルな編集で、行為そのものの美しさを浮かび上がらせます。特に、スリの手先の動きを細かく映したシーンは圧巻。まるでバレエを見ているような美しさがあります。
ミシェルを演じたマルタン・ラ・サールは、ブレッソンが街で偶然見かけた青年。彼の「罪を犯しそうな目」に惹かれ、即決で起用。オーディションもなかったとのこと。
見どころは、音と沈黙の使い方。セリフは最小限で、紙幣の擦れる音や足音がミシェルの孤独を語ります。
警察の推薦で、本物の熟練スリが手の動きを指導。あまりに巧妙すぎて、撮影中に小道具の財布が何個も「行方不明」になりました(!?)
人は自分の過ちと向き合うことでしか変われないということです。わたしたちの生活に密接に響いてきます。
救いとは誰かが与えてくれるものではなく、自分自身で選び取るもの。静かな祈りのように心に響くような、深い人間ドラマです。
二十四時間の情事 / ヒロシマモナムール

画像引用元:映画.com
(NO.0356)
監督:アラン・レネ
91分/フランス・日本
原題または英題:HIROSHIMA MON AMOUR
配給:大映
『二十四時間の情事』(原題:ヒロシマ・モナムール / Hiroshima mon amour、1959年)
記憶と時間をテーマに描いた作品です。原爆投下後の広島を舞台に、フランス人女性と日本人男性の一夜の対話を通して、戦争の傷と個人の記憶が交差していきます。詩のような言葉と映像が融合した作品です。
物語は、広島で映画撮影中のフランス人女優が、日本人建築家と出会うところから始まります。二人は短い時間の中で深く惹かれ合いますが、それぞれが戦争の痛みを抱えています。彼女は戦時中にドイツ兵と恋に落ち、その悲劇的な別れの記憶に苦しんでいました。
彼は原爆で家族を失っていました。二人の会話は愛の言葉であり、同時に忘れることと記憶することについての深い対話でもあります。
「Tu n’as rien vu à Hiroshima.」「あなたは広島で何も見ていない」という男性のセリフは、被爆の記憶と見た/見ていないという問いを象徴しています。























































このセリフで「ハッ!」とくる人はなかなかです
後の映画に多大な影響を与えた「フランス・ヌーヴェルヴァーグ」の代表作の一つとされています。
見どころは、広島の街と二人の内面が重なり合う映像表現。ドキュメンタリー風の描写と静かな会話が溶け合い、現実と記憶の境界が曖昧になっていきます。
監督の アラン・レネ は当初、広島 の原爆被害を題材にした短編ドキュメンタリーの制作を考えていました。撮影準備中に脚本家 マルグリット・デュラス を招き、「実録」から「恋」と「記憶」の映画へ構想が変化したのです。
かんとくさんもともとはドキュメンタリーのつもりだったんだ
人は忘れることでしか前に進めないという残酷だけれど真実なテーマ。
愛も痛みも、時間とともに形を変えていく。それでも誰かを想う気持ちは、決して消えない。そう感じさせてくれる作品なのです。
ライド・ロンサム

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0357)
監督:バッド・ベティカー
73分/アメリカ
原題または英題:Ride Lonesome
日本公開情報なし
西部劇の中でも静かな傑作と呼ばれる作品です。派手な銃撃戦よりも、男たちの心の内側を描いた人間ドラマが光ります。
物語は、賞金稼ぎのベン・ブリガードが、殺人犯の青年ビリーを捕まえて町へ連れていく道中で展開します。しかし実は、ブリガードの本当の目的は別にありました。ビリーの兄フランクをおびき出すこと。フランクは昔、ブリガードの妻を殺した男でした。旅の途中、それぞれ思惑を持つアウトローたちが同行し、裏切りと信頼が入り混じります。砂漠の中に広がる無言の緊張感は、まるで心理劇のよう。
バッド・ベティカーは撮影の合間に闘牛の話ばかりしていました。主演ランドルフ・スコットが「牛と撮りたいのか、俺を撮りたいのか」と呆れたといいます。
無駄のない構成に、短い上映時間の中に凝縮された緊張感を充分に味わうことができます。
見どころは、終盤のシーン。ブリガードの復讐心と決意が交錯し、言葉ではなく表情だけで心情が伝わってきます。西部の荒野を背景に描かれる沈黙の強さは圧巻です。
過去の痛みを抱えながらも、正しさを貫く強さを教えてくれます。
復讐と赦しの狭間で、それでも自分の信念を通す男の姿に、静かな尊厳を感じます。短くも深い、人生の孤独と誇りを描く西部劇の名作です。
黒いオルフェ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0358)
監督:マルセル・カミュ
100分/フランス
原題または英題:Orfeu Negro
配給:東和
リオのカーニバルの熱気と、ギリシャ神話「オルフェウスとエウリディケー」を融合させたラブストーリーです。ブラジルのスラム街を舞台に、恋と死と音楽が入り混じる幻想的な世界を描きました。
物語は、陽気な路面電車の運転手オルフェと、田舎から逃げてきた女性エウリディセの出会いから始まります。カーニバルの仮面と音楽の中で二人は惹かれ合いますが、やがて死の影が迫ってきます。古代ギリシャ神話の冥界への旅が、リオの祭りの中で現代によみがえります。
主演のブレノ・メロは、実際にリオの路面電車の運転士。監督マルセル・カミュが街で偶然見かけてスカウト。メロ本人は「カーニバルに行けるなら出てもいい」と軽く承諾したとのこと。
カンヌ映画祭でパルムドール、アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した名作です。特に音楽が素晴らしく、ボサノヴァの巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンとルイス・ボンファが手がけたサウンドトラックは、世界中で大ヒットしました。























































主題歌「カーニヴァルの朝(Manhã de Carnaval)」は世界的にヒットしました
見どころは、色彩豊かな映像と躍動感あふれる音楽。カーニバルのエネルギーと、静かな愛の瞬間が交互に描かれ、見る者を魅了します。
愛も喜びも、今この瞬間にしかないということかもしれません。
永遠ではないからこそ、一瞬一瞬が輝く。生きる歓びの賛歌ともいえるような、色と音楽に満ちた詩のような映画です。
ベン・ハー

画像引用元:映画.com
(NO.0359)
監督:ウィリアム・ワイラー
222分/G/アメリカ
原題または英題:Ben-Hur
配給:ワーナー・ブラザーズ
舞台は古代ローマ支配下のエルサレム。ユダヤの貴族ベン・ハーが、親友だったローマ将校メッサラの裏切りによって奴隷に落とされ、長い年月を経て自由を取り戻し、復讐へと向かう物語です。しかしその旅路の果てで、彼が見つけたのは「赦し」という救いでした。
1959年のアカデミー賞で史上最多タイとなる11部門を受賞(作品賞、監督賞、主演男優賞など)という偉業を達成しました。この記録は後に『タイタニック』と『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』が並びましたが、今も映画史に輝く記録です。
ウィリアム・ワイラー監督のこだわりで、イエスはシルエットや手元だけ。顔を映すと観客の信仰のイメージを壊すから、との理由。
かんとくさん「イエス・キリスト」役の顔は一切映っていないんだ























































それからしばらくの間「暗黙の了解」ができたのですね
最大の見どころは、伝説の「戦車競走」シーン。
CGのない時代に、実物大のセットを組み、すべてが本物の迫力で撮影されました。砂煙と馬の蹄の音、そして緊迫した駆け引き。今見ても圧倒的な臨場感を誇る名場面です。
復讐よりも赦しのほうが人を自由にするということです。
「力ではなく心の強さで生き抜くこと」それがこの映画の放つ最も深いメッセージです。観るたびに、勝つよりも許すことの尊さを思い出させてくれる、壮大な歴史物語なのです。
或る殺人

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0360)
監督:オットー・プレミンジャー
160分/アメリカ
原題または英題:Anatomy of a Murder
配給:コロムビア
実際の事件をもとにしており、「正義とは何か?」を問う緊迫した心理戦が描かる、法廷ドラマの名作です。
物語は、殺人罪で起訴された元軍人を弁護する弁護士ポールが主人公。依頼人は、自分の妻を暴行した男を撃ち殺したと主張しています。しかし、本当にそうなのか? 真実はどこにあるのか? 法廷での攻防を通じて、事件の真相が少しずつ明らかになっていきます。最後まで観る者を迷わせます。
小説を書いたロバート・トラヴァーの正体は、実はミシガン州の判事ジョン・D・ヴォルカー。つまり法廷の中のリアルを知り尽くした人がフィクションを書きました。
もっとも現実的な法廷映画のひとつと言われました。当時としては挑戦的な内容で、性的暴行などの言葉が直接語るシーンもあったので公開時には上映禁止を求める声も上がりました。しかし誠実さと社会的意義が認められ、名作映画となりました。
「パンティー(panties)」という言葉が、アメリカ映画で初めて公に使われました。この一語のために全米の上映館で論争勃発。
見どころは、ジェームズ・スチュワートの人間味あふれる弁護と、どちらの言い分ももっともらしく感じさせる脚本。
正義も悪も曖昧に揺れ、観客も陪審員の一人になったような気持ちで裁判を見守ることになります。さらに、ジャズの巨匠デューク・エリントンが音楽を担当し、硬い法廷ドラマにしなやかなリズムを吹き込んでいます。
かんとくさんアメリカでは最高裁判所の判事たちもこの映画に夢中になったんだよ
真実とは、語り手によって姿を変えるということです。
白か黒かで割り切れない現実の中で、何を信じるのか?考えさせられる作品です。
アメリカの影

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0361)
監督:ジョン・カサヴェテス
82分/アメリカ
原題または英題:Shadows
配給:ザジフィルムズ
独自の手法で撮り上げた、アメリカ・インディペンデント映画の原点ともいえる作品です。わずか4万ドルという低予算で制作され、ニューヨークの街を舞台に、人種の壁と若者たちの孤独を描きます。
資金集めに苦しんだカサヴェテスは、出演していたラジオ番組で「誰か映画作りたい人いませんか?」と呼びかけました。するとリスナーたちが少額を寄付し、映画が完成。
かんとくさん世界初の「クラウドファンディング映画」と言われているよ
物語の中心にいるのは、肌の色が浅く白人にも見える女性レリアと、その兄弟たち。彼らがジャズクラブや夜の街を漂いながら、夢や恋、現実にぶつかっていく姿が描かれます。
特に、レリアが自分の人種を知らない白人男性トニーと恋に落ち、トニーが彼女の兄(肌の色が濃い)に会って真実を知った時、関係が壊れていく場面は、当時のアメリカ社会に突きつけた痛烈な鏡でした。
カサヴェテスは「台本は役者の敵だ」と公言。撮影ではほとんどのセリフが即興。俳優たちはその瞬間の感情で演じていたため、同じシーンを二度と再現できなかったといいます。
かんとくさんこの映画は、脚本はほぼ存在しなかったんだ
アメリカ独立映画の始まりとも言われます。撮影の多くで即興的な演技が用いられ、俳優たちは台本に縛られず、自然な感情のままに動きました。手持ちカメラと低い照明で撮ることで、まるでドキュメンタリーのような生々しさを作り出しています。























































フランスの批評家が「映画の革命」と絶賛したのです







インディペンデント映画の先駆けと言われました
見どころは、ハリウッドのきれいな芝居を拒んだリアリティ。音楽も会話もどこか不器用で、それがまた真実味を増しています。
人はいつも、自分の「境界」と向き合って生きているということでしょうね。
人種や社会の壁を超えようとしても簡単にはいかない。それでも、ほんの一瞬でも心が通じ合う。その儚さこそが人生なのだと語りかけてきます。
大樹のうた

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0362)
監督:サタジット・レイ
105分/インド
原題または英題:Aqur Sansar
配給:エキプ・ド・シネマ
少年時代から青年期までを描いた物語の、「アプ三部作」の最終章です。
「アプ三部作」とは、インドの巨匠サタジット・レイ監督が手がけた3部作のことです。主人公アプの成長と人生を通して、インドの社会変化と人間の普遍的な感情を描いています。『大地のうた』『大河のうた』『大樹のうた』の三作です。
主人公アプは大学を出ても仕事が見つからず、カルカッタで貧しい暮らしをしながら作家を夢見ています。ある日、友人の結婚式に付き添ったことから、思いがけず花嫁アパルナと結婚することに。二人は貧しくても幸せな日々を送りますが、出産でアパルナは命を落としてしまいます。悲しみに沈んだアプは息子を置いて放浪の旅へ。数年後、息子との再会を通じて、彼は再び生きる力を取り戻していきます。
言葉ではなく、映像と間(ま)で感情を語る演出が今でも新鮮に感じます。音楽も特徴的で、シタールの音色が静かに心に響きます。
妻アパルナを演じたシャルミラ・タグールは当時まだ14歳。カメラを怖がり、最初の撮影ではレンズを直視できなかったといいます。
見どころは、アプと息子の再会場面。派手な演出はないのに、長い旅路の果てにたどり着いた「許し」と「愛」が画面全体から伝わってきます。
かんとくさん低予算だったので、三部作すべてを同じカメラやレンズを使いまわしていたんだ























































人生も映画も、同じレンズで見てこそ一貫性が出るというわけですね
人生で大切な人を失っても、そこから立ち直り、また歩き出せるということです。
『大樹のように深く根を張り、嵐が過ぎても生き続ける』そんな人間のしなやかな強さを描いた作品です。
リオ・ブラボー

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0363)
監督:ハワード・ホークス
141分/アメリカ
原題または英題:Rio Bravo
配給:ワーナー・ブラザーズ
ハワード・ホークス監督、ジョン・ウェイン主演の西部劇の名作。派手な銃撃戦よりも、仲間同士の信頼と人間ドラマに重きを置いた作品です。
舞台はテキサスの小さな町リオ・ブラボー。保安官チャンスは殺人犯を逮捕しますが、その兄が一味を率いて町を包囲。助けを呼ぶこともできない状況で、チャンスは酒びたりの元保安官補デュード、若いガンマン・コロラド、足が不自由な老人スタンピーとともに、少人数で立ち向かいます。
ホークス監督とジョン・ウェインは、『真昼の決闘』で保安官が町の人々に助けを乞う展開が「情けない」と感じ、「本物の保安官は自分で戦う」と語りました。そこで生まれたのが本作。つまり、プライドで勝負する西部劇。























































『真昼の決闘』への反論として作られた映画でもあったのですね
141分の上映時間が流れる水のように過ぎていくと感じます。
ジョン・カーペンター監督は後に本作を『要塞警察』として都会版にリメイクするなど、多くの映画人に影響を与えました。
見どころは、ディーン・マーティン演じるデュードの再生物語。かつて優秀だったが酒に溺れます。しかしそんな彼が、仲間の信頼を得て再び立ち上がる姿は胸を打ちます。
本当の強さとは一人で戦うことではなく、信頼できる仲間と肩を並べること。人は支え合うことで、真の勇気を手にできるのです。
若きリッキー・ネルソン。彼は当時ティーン向け歌手として大人気。映画出演の条件は、劇中で歌うことでした。そのため挿入歌「My Rifle, My Pony and Me」が追加されました。
かんとくさんそして全米チャート入りしたんだよ
浮草

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0364)
監督:小津安二郎
119分/日本
原題または英題:Floating Weeds
配給:大映
小津安二郎自身の戦前作品『浮草物語』(1934年)をカラーでリメイクした作品。宮川一夫撮影によるアグファカラーの美しい映像で、旅回り一座の人間模様を描きます。
舞台は瀬戸内海沿いの港町。旅芸人一座の座長・駒十郎(中村鴈治郎)は、昔の恋人お芳(杉村春子)と息子・清(川口浩)を訪ねます。しかし父親だと明かせず、「叔父さん」として接することに。そんな中、愛人のすみ子(京マチ子)が嫉妬から若い女優・加代(若尾文子)に清を誘惑させ、事態は複雑になっていきます。
色彩の美しさと深い優しさを兼ね備えた作品と言えます。原色の暖簾(のれん)や浴衣の柄が、登場人物の心を映し出す小津ならではの演出が魅力です。
衣装の浴衣は、模様・色・帯のバランスまで小津が自ら指定。彼女が袖を通したあとも「帯が5ミリずれてる」と直させました。全部小津のオーダーだったのです。
見どころは、父と息子の微妙な距離感と、小津特有の低いアングルから映される静かな感情の揺れ。言葉にできない愛情や後悔が、日常の風景の中にじっくりと描かれます。
人工雨では風情が出ないと、小津が本当の雨を待ち続けました。そのせいで撮影が3日遅れたが、降り出した瞬間「今だ!」と号令をかけ全員でカメラを回しました。























































小津は完璧主義者だったことがうかがえますね
人は誰もが自分の意思を持ち、思い通りにはいかないということです。
それでも、人生は浮草のように流れながら続いていく!その切なさと温かさを語る作品なのです。
顔のない眼

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0365)
監督:ジョルジュ・フランジュ
90分/フランス・イタリア
原題または英題:Les Yeux Sans Visage
配給:東和
美しくも不気味な映像で、今も多くの映画人に影響を与えているというホラー映画の傑作のひとつ。
天才外科医ジェネシエ博士は、自分が起こした事故で顔に大きな傷を負った娘クリスティーヌのため、若い女性を誘拐し、その顔を娘に移植しようとします。しかし手術は失敗を繰り返し、娘の孤独と絶望は深まるばかり
初公開時はショッキングな内容で物議を醸しました。1960年のエディンバラ映画祭では観客7人が気絶したと伝えられています。恐ろしさと叙情性が奇妙に混ざり合ったまれな作品とも言えます。白い仮面をつけた娘クリスティーヌの姿は、残る強烈なイメージが残ることでしょう。
1960年の初上映で、顔の移植シーンに観客が本当に失神。数名が会場を運び出される事態に。試写会で救急車が呼ばれたのです。
見どころは、モノクロ映像の美しさと不気味さが同居する独特の世界観。
フランジュ監督自身は「これはホラーではなく、内面的な苦悩を描いた作品」と語っています。娘を救いたい父の愛情が、次第に執着へと変わっていく様子が描かれます。
かんとくさん監督、実はホラー映画は嫌いだったと語っていたんだよ
どんなに純粋な愛でも、やり方を間違えれば人を傷つけてしまうということがあります。さらに失われたアイデンティティの痛み。美しくも悲しい物語が、心に深く残る作品です。
まとめ

この記事では、『死ぬまでに観たい映画1001本』のうち、1955年~1959年までの、50年代後半作品の概要をお伝えしました。
かんとくさん今回12人で会議をやったんだ。でも僕だけ違う意見だったんだ























































お!それで『12人の怒れる男』のように、言い負かしたのですか?
かんとくさんところが、みんなミュートしてて、画面がフリーズしていて会議にならないんだ~























































リモート会議だったんですね
『死ぬまでに観たい映画1001本』の完全リストはこちらです。
『死ぬまでに観たい映画1001本』全リスト – 映画じゃないぜ
50年代前半の概要はこちら
60年代の概要はこちら
『死ぬまでに観たい映画1001本』1960年代リスト(前編)
『死ぬまでに観たい映画1001本』1960年代リスト(後編)
70年代の概要はこちら
『死ぬまでに観たい映画1001本』1970年代リスト(前編)
『死ぬまでに観たい映画1001本』1970年代リスト(後編)
80年代の概要はこちら
『死ぬまでに観たい映画1001本』1980年代リスト(前編)
『死ぬまでに観たい映画1001本』1980年代リスト(後編)
90年代の概要はこちら
『死ぬまでに観たい映画1001本』1990年代リスト(前編)
『死ぬまでに観たい映画1001本』1990年代リスト(後編)
2000年代の概要はこちら
『死ぬまでに観たい映画1001本』1990年代リスト(後編)
『死ぬまでに観たい映画1001本』2000年代リスト(後編)
2010年代の概要はこちら
2020年代の概要はこちら
