この記事では
『死ぬまでに観たい映画1001本』全リスト作品の概要を簡単に説明しています。
全部で1200作品以上あり一つの記事で紹介しきれないので、年代別に分けています。
ここでは、1940年代で、1940年から1949年までの作品を紹介します。
かんとくさん今日も映画を見るぞ





















































いいですねえ
各映画の概要を簡潔に紹介しています。考察はほとんど書いていません。まずは感覚を楽しんでいただき、あなたのハートを動かしてもらうのが目的です。
人生の岐路において、役立つ映画がここでもわんさかと掲載されています。
興味がある作品はどんどん鑑賞していきましょう。そして次の興味をひきだして、映画ライフを充実させていきましょう。
かんとくさん40年代はまだ戦時中で、時代が反映された映画がたくさんあるんだ
ここで記事を順番で見ていくと長くなるので、こちらの一覧リストから見るといいですよ。






















































このリストの作品名から概要の記事にとべます
1940年

ヒズ・ガール・フライデー

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0140)
監督:ハワード・ホークス
92分/アメリカ
原題または英題:His Girl Friday
配給:ヒズ・ガール・フライデー上映実行委員会
古典的なスクリューボール・コメディといわれる作品です。 主人公は新聞社の編集長ウォルター・バーンズと、彼の元妻で敏腕記者のヒルディ・ジョンソン。ヒルディは保険代理人と婚約し、堅実な人生を歩もうとしていますが、ウォルターは死刑囚の事件をネタに彼女を職場に引き戻します。
かんとくさんもともとの原作では「男と男」の会話劇だったんだよ
ハワード・ホークスが家の食事会で台本の読み合わせをしていて、たまたま女性にヒルディ役を読ませたら「え、こっちのほうが面白くない?」となり、そのまま性別を女性に変更 → ラブコメ路線が誕生したと言われています。
「決定版のスクリューボール・ロマンティック・コメディ」といえばこれですね。
スクリューボール・コメディとは、1930〜40年代の米国で流行した、突飛な男女が早口で喧嘩しながら恋に落ちるドタバタなラブコメディのことを言います。
途切れることのない会話の応酬は見どころです。セリフが重なり合い、画面が転げ回るように展開していきます。新聞記者たちがスクープのためなら手段を選ばない姿はかなりブラックですが、そのスピード感とユーモアに引き込まれてしまいます。
一般的な映画のセリフは1分間に90語くらいと言われるのに対し、この作品は約240語/分という狂気のスピードでしゃべっていると分析されています。





















































ホークスが、史上最速の会話劇にしようとしたのです
安定した生活か、それとも自分の才能が本当に輝く場所か?
ヒルディの選択は、現代のキャリアの悩みにも通じます。また、ウォルターとヒルディの関係は、「対等なパートナーでいられるかどうか」が恋愛より大切だと示しています。自分が本当に求めているものは何かを考えさせてくれます。
仕事に情熱を持つ人、元恋人との微妙な距離感に心当たりがある人に、ぜひ観てほしい一本です。
ファンタジア

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0141)
監督:ベン・シャープスティーン
120分/G/アメリカ
原題または英題:Fantasia
配給:カルチャヴィル
ディズニーが放った実験的なアニメーション作品です。クラシック音楽に合わせて8つの短編アニメをつなげたオムニバス形式で、指揮はレオポルド・ストコフスキー、演奏はフィラデルフィア管弦楽団が担当しました。セリフはほとんどなく、音楽を見る体験を目指した作品です。
アニメーション史における画期的でかつ転換期を迎えた作品であり、ミュージックビデオの先駆けとも言われています。
『ファンタジア』は、映画として世界でも最初期のステレオ上映。ディズニーとRCAが組んだ「ファンタサウンド」という独自システムで、劇場の音響設備を一部入れ替えないと上映できなかったのです。





















































配給できる映画館が激減して、興行は大失敗したのです
最大の見どころは、ミッキーマウス主演の「魔法使いの弟子」です。ほうきが勝手に増殖していく場面は、セリフなしでも状況と感情が完璧に伝わる名シーン。
恐竜が大地を歩く「春の祭典」、カバやワニが優雅に踊るバレエ、夜の悪魔と祈りを対比させた「禿山の一夜」から「アヴェ・マリア」まで、様々なトーンの作品が楽しめます。
制作時、アニメーターたちは色指定をほぼされなかったと言われています。
「好きな色を使え」というディズニーの方針で、現実離れした背景やキャラの色彩が生まれたとか。
恐竜パートや妖精パートの「これ何色って言えばいいの…?」みたいな色合いは、その自由さの産物。
物語の起承転結ではなく、音と色と動きから自分なりのイメージや感情を引き出す。
そんな「正解のない鑑賞」を体験できます。公開当時は興行的に苦戦しましたが、長い年月をかけて傑作として評価されるようになりました。
かんとくさん実は「こっそりと消されたキャラクター」もいるんだよ
のちの再公開版では、「田園」のケンタウロス・シーンにいた黒人差別的表現のキャラクター(サンフラワーなど)がカットされ、画面から完全にいなくなっています。
普通の映画に疲れたとき、音楽をじっくり味わいたいときに、この作品は新しい世界を見せてくれるはずです。
レベッカ

画像引用元:映画.com
(NO.0142)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
130分/G/アメリカ
原題または英題:Rebecca
配給:モービー・ディック
アルフレッド・ヒッチコック監督がハリウッドで初めて撮った作品で、アカデミー作品賞を受賞しました。
主人公は、イギリスの大邸宅マンダレーの主人マキシム・ド・ウィンターと結婚した、名前すら与えられていない若い女性です。しかし屋敷には、亡くなった前妻レベッカの影が濃く残っており、特に家政婦ダンヴァース夫人のレベッカへの異常な執着が、主人公を精神的に追い詰めていきます。
ゴシック・ロマンスの名作として今も語り継がれています。
かんとくさんプロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックは、『風と共に去りぬ』の人だよ
『レベッカ』の原作権にも『風と共に去りぬ』と同じくらいの金額を払ったと言われていて、そのぶん「原作に忠実に!」「ここはこう撮れ!」と猛烈に口を出しまくり。ヒッチコックは「監督の自由にやらせろ」というタイプなので、ふたりは長文メモを送り合ってバチバチだったそうです。





















































それでもヒッチコックは、プロデューサーとしての仕事ぶりは尊敬していたようですね
最大の見どころは、一度も画面に登場しないレベッカの存在感です。彼女の持ち物や人々の記憶を通して、「完璧だった女性」のイメージだけが膨らんでいきます。モノクロの美しい撮影と影の多い映像が生み出す不穏なムードは、ヒッチコックらしいゴシック・サスペンスです。
ジョーン・フォンテインが演じる主人公、よく考えると劇中で一度もファーストネームを呼ばれていません。クレジットでも「第二のミセス・ド・ウィンター」としか表記されず、原作小説でも名前を与えられていない語り手として有名。
「レベッカという亡き妻の名前の前で、彼女自身は無名である」というテーマを、そのまま仕掛けにした作りです。
ジョーン・フォンテインの繊細な演技と、ジュディス・アンダーソンの不気味な存在感の対比も圧巻です。
他人と自分を比べ続けることが、どれほど心を傷つけるのでしょうか?
主人公は見えない「前の奥さん」という基準に苦しめられますが、話が進むにつれて真実が明らかになっていきます。完璧に見える人も実は完璧ではないこと、自分の価値は他人との比較ではなく自分の中で見つけるべきだという、今の時代にも通じるメッセージが込められています。
ロマンスと心理サスペンスが融合した、じっくり味わいたい名作です。
フィラデルフィア物語

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0143)
監督:ジョージ・キューカー
112分/アメリカ
原題または英題:The Philadelphia Story
配給:セントラル映画社
フィラデルフィアの上流階級を舞台にしたロマンティック・コメディです。主人公は裕福な令嬢トレイシー・ロード。再婚式を控えた彼女のもとに、元夫デクスターが現れ、さらにゴシップ誌の記者マイクとカメラマンのリズまで屋敷に潜入してきます。結婚式前夜に三人の男性との関係が入り乱れ、恋とプライドが大騒動を巻き起こします。
かんとくさんヒロインのトレイシー・ロードは、実在のフィラデルフィア上流階級の令嬢であるヘレン・ホープ・モンゴメリー・スコットがモデルと言われているよ
アカデミー賞では6部門にノミネートされ、ジェームズ・スチュワートが主演男優賞を受賞しました。
最大の見どころは、キャサリン・ヘプバーン、ジェームズ・スチュワート、ケイリー・グラントという豪華キャストの掛け合いです。完璧主義で高飛車なトレイシー、皮肉屋の記者マイク、軽妙な元夫デクスターという三人の会話劇が引っ張っていきます。上流階級の華やかさと辛辣なセリフのバランスが絶妙です。





















































ケイリー・グラントのギャラは全額寄付したそうです
完璧であろうとしすぎると、それは逆に不器用になるということです。
トレイシーは理想の花嫁を目指すあまり、自分にも他人にも厳しくなりすぎていました。しかし三人の男性との関わりを通じて、弱さや欠点を認めることの大切さに気づいていきます。
相手を極端に見ず、「不完全なまま愛し合える人間」として受け入れられるか。この視点は、現代の恋愛にも通じるメッセージです。
怒りの葡萄

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0144)
監督:ジョン・フォード
128分/アメリカ
原題または英題:The Grapes of Wrath
配給:昭映フィルム
ジョン・スタインベックの同名小説を映画化した社会派ドラマです。 舞台は1930年代、大恐慌と干ばつで土地を追われたオクラホマの農民一家・ジョード家。刑務所から戻った長男トムは、家族が「カリフォルニアで仕事がある」という噂を頼りに西へ向かおうとしているのを知ります。長く過酷な旅と、その先で待つ搾取や暴力。それでも諦めない家族の姿を描きます。
公開当時と同じくらい、今日(こんにち)においても社会的に重要なドラマと言われています。
ジョン・フォード監督は、作品世界のリアリティを壊したくないという理由で、現場でメイクと香水を全面禁止。スタジオの公式資料にも「この作品のトーンに合わないから」と書かれています。





















































ところが後年のインタビューで、フォード本人は「実は小説は読んでない」と言っています。あらら…..
見どころは、ヘンリー・フォンダの演技です。寡黙で粗野だった男が、弱い者を見過ごせなくなっていく変化を、台詞より表情と立ち姿で見せます。また、グレッグ・トーランドによる撮影は、埃っぽい道路や移民たちを、モノクロの美しい光と影で切り取っています。どんな状況でも支え合う家族と人々の姿も心に残ります。
















映画は1948年、資本主義の悲惨さを示す教材としてソ連で上映が許可されます。
ところが観客が別のところに目をつけ、「一番貧しいはずの人たちでさえ、みんな自動車を持っているじゃないか」と気づいてしまいます。
かんとくさんその結果、「宣伝として逆効果だ」と判断されて、ソ連での上映は取りやめになっちゃたんだ
貧困や不況の数字の裏には、一つ一つの生活と尊厳があるという事実です。
理不尽な搾取にさらされながらも、「人間らしく生きたい」という願いは誰にも消せません。トムの有名なラストのセリフや、母親の「人は簡単には消えない」という言葉に、その想いが凝縮されています。
派手な演出はありませんが、格差が広がる今の時代だからこそ刺さるのです。
死の嵐(THE MORTAL STORM)

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0145)
監督:フランク・ボーゼージ
100分/アメリカ
原題または英題:The Mortal Storm
配給:MGM
ナチス台頭期のドイツを舞台にした社会派ドラマです。1933年、ドイツ・アルプスの小さな町。名声ある「非アーリア人」の学者ロート教授とその家族は穏やかな日々を送っています。しかしヒトラー政権誕生の報せとともに、友人たちは次々とナチ党に傾倒し、家族の中にも熱狂的な支持者が生まれます。信念の違いが取り返しのつかない亀裂を生んでいきます。
この映画はMGMが第二次世界大戦参戦前に制作した唯一の反ナチ映画で、公開当時はドイツ側の強い反発を招きました。「ナチ弾圧を最初に公然と描いたハリウッド映画」と言われています。
かんとくさん内容があまりに反ナチだったため、ヒトラーの逆鱗に触れ、この作品をきっかけにMGM映画はドイツや占領地域で全面上映禁止になっちゃったんだ
見どころは、政治ドラマでありながら家族映画としても機能している点です。祝宴や食卓の温かさがあるからこそ、思想がぶつかり合い、父と息子、恋人同士が敵味方に分かれていく過程が胸に刺さります。
映画のラストでナレーションが引用する有名な一節――
「私は門に立つ人に言った。未知の闇路を歩くための光をください」から始まるフレーズは、ミニー・ルイーズ・ハスキンズの詩『The Gate of the Year』からの引用です。
マーガレット・サラヴァンとジェームズ・スチュワートの静かな恋も印象的で、山岳地帯でのスキー脱出劇はサスペンスとしても緊張感があります。
アルプスの国境越えスキー・シーン、ロケ地は本物のドイツでもオーストリアでもなく、ユタ州ソルトレイクシティとアイダホ州サンバレー。





















































画面はアルプス、実はアメリカのスキー場は、映画あるあるですね
大きな歴史の転換点は、まず身近な会話の変化から始まるということです。
少しの冗談、差別的な言葉、流される沈黙の積み重ねが、やがて取り返しのつかない暴力を許してしまう。誰かを排除する風潮にどう向き合うのか?
そんなメッセージを問いかけてくる作品です。
ザ・バンク・ディック(THE BANK DICK)

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0146)
監督:エドワード・F・クライン
74分/アメリカ
原題または英題:The Bank Dick
日本公開情報なし
W・C・フィールズが全開で暴れるブラック・コメディです。主人公は酒浸りで家族からもバカにされている中年男エグバート・スーズェ。たまたまベンチに座っていたおかげで銀行強盗を捕まえたことにされ、銀行の警備員に抜擢されます。
ところが彼は、娘の婚約者である銀行員をそそのかし、銀行の金を怪しい投資につぎ込ませてしまいます。そこへ銀行監査官が突然現れ、ウソとごまかしのドタバタが展開します。
「嘘をつき、だまし、酒びたりの男が、なぜか成功してしまう」という倫理的にグレーな世界観がフィールズの真骨頂だと評されています。
見どころは、フィールズ演じるエグバートの徹底した「ダメ人間ぶり」です。仕事も家庭もまともにこなせないのに、口先と図々しさだけでピンチをすり抜けていきます。わずか74分の中にギャグがぎっしり詰まっており、終盤のカーチェイスも見事です。
かんとくさん公開当時のフィールズは60歳。それでも自分で脚本を書き、主演までこなしているよ
世の中は必ずしもきれいごとでは動いていません。真面目さが報われず、いい加減な人間がうまくいくこともあります。
そんな理不尽さを笑い飛ばします。真面目に生きるのに疲れたとき、肩の力を抜いてみましょう。そんなことを感じる作品です。
作中でエグバートが得意げに「昔、サイレント時代にはチャップリンやキートンを監督しててね」とホラを吹くセリフがあります。もちろんキャラの設定上は大ウソなんだけど、この映画の監督エドワード・F・クラインは本当にバスター・キートンのサイレント短編を何本も共同監督していた人。
ピノキオ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0147)
監督:ベン・シャープスティーン、ハミルトン・ラスク
88分/アメリカ
原題または英題:Pinochio
配給:RKO日本支社
ディズニー長編アニメ第2作となるミュージカル・ファンタジーです。木工職人ジェペットが作った木の人形ピノキオが、妖精の魔法で命を与えられ、「本物の人間の子ども」になることを目指します。良心役のコオロギ・ジミニーが見守る中、ピノキオはサーカス興行師や遊び放題のプレジャー・アイランド、巨大なクジラ・モンストロなど、様々な誘惑と危機に巻き込まれていきます。
初公開時は戦時下で興行的に苦戦しましたが、再公開を重ねるうちに「初期ディズニーの技術的頂点」として世界中で愛されるようになりました。
かんとくさんもともとディズニー長編の2作目は『バンビ』になる予定だったんだよ
見どころは、当時としては破格の作画クオリティです。煙や水の細かな表現が80年以上前の作品とは思えない密度で描かれています。
「星に願いを」をはじめとする楽曲も大きな魅力で、この主題歌は後にディズニーそのものを象徴するテーマとなりました。
ピノキオは嘘をつき、さぼり、何度も失敗しますが、大切な人を助けるために危険へ飛び込むことで、少しずつ本物の勇気と優しさを身につけていきます。
原作小説では「おしゃべりコオロギ」は、ピノキオにハンマーでぶっ叩かれて死ぬ→幽霊で再登場という、かなりショッキングな扱い。
「良心の声に耳を傾けること」「楽な道より正しい道を選ぶこと」
そうしたテーマが、子ども向けの冒険ドラマとしてストレートに心に届く作品です。
恋に踊る

画像引用元:映画.com
(NO.0148)
監督:ドロシー・アーズナー
90分/アメリカ
原題または英題:Dance, Girl, Dance
日本公開情報なし
バレリーナを夢見るジュディと、バーレスクで成功を目指すバブルスという二人のダンサーが、仕事でも恋でもライバルとして戦う物語です。芸術を追い求めるジュディと、「男ウケ」を武器に商業的成功をつかむバブルス。二人の対照的な生き方を通して、女性が働く世界の厳しさと、自分らしさを守ることの大切さが描かれています。
もともとこの作品、最初に撮り始めた監督はロイ・デル・ルースで、途中からドロシー・アーズナーにバトンタッチされました。





















































「監督交代案件」だったのですね
2007年にはアメリカ連邦議会図書館のナショナル・フィルム・レジストリに選ばれ、「文化的・歴史的・美的に重要な作品」として保存されることになりました。
最大の見どころは、ジュディがバーレスクの舞台で、ヤジを飛ばす男性客に向かって怒りのスピーチをする場面 です。
「見られる立場」の女性たちの本音を代弁したこのシーンは、今見ても強烈なメッセージを放ちます。
初公開時は批評も興行もパッとせず、RKOに約40万ドルの赤字を出した失敗作扱いでした。
ところが70年代以降のフェミニズム映画研究で再評価が進みます。
「女性の視線から“見られる女”を描いた先駆的作品」として論文が量産され、2007年には米議会図書館のナショナル・フィルム・レジストリに登録。





















































映画って何十年たって評価されるのも魅力の一つですね
自分の選択に誇りを持つということですね。
お金が必要でも、夢を諦めずに自分の道を選ぶ勇気。それぞれの生き方を尊重しながら、自分の信じる道を歩む大切さが、今の時代にも響く作品です。
1941年

市民ケーン

画像引用元:映画.com
(NO.0149)
監督:オーソン・ウェルズ
119分/アメリカ
原題または英題:Citizen Kane
配給:ATG
大富豪の新聞王チャールズ・フォスター・ケーンが死の間際に「ローズバッド(バラのつぼみ)」という謎の言葉を残して亡くなります。記者トンプソンがその意味を探るため、ケーンを知る人々に取材していく中で、少年時代から権力の頂点、そして孤独な晩年までが明らかになっていきます。
冒頭の偽ニュース映画「News on the March」は、当時の有名ニュース映画シリーズ『The March of Time』の完全パロディ。
















ウェルズはラジオ版『March of Time』でナレーターをやっていたことがあり、その経験を映画に持ち込んでいます
アメリカ映画協会(AFI)の「アメリカ映画ベスト100」では1998年版・2007年版ともに第1位に輝いています。
モデルとされる新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストは、試写の噂を聞いた瞬間ブチ切れ。自分の新聞で一切レビューも広告も出さない完全黙殺を指示したうえで、MGMのルイス・B・メイヤーらと組んで「RKOからフィルムを買い取って、ネガごと焼却しよう」という計画まで持ち上がりました。
当時のハリウッド映画は、ライトを吊るす都合で天井ナシのセットが普通でした。でも『市民ケーン』では「現実の部屋みたいに見せたい」として、ほとんどのセットに布(モスリン)製の天井を張り、超ローアングルから撮影していたのです。
かんとくさん選挙後にケーンとリーランドが対峙する有名シーンでは、カメラをもっと下げるために床に穴まで掘ってカメラを埋めたんだよ
見どころは、撮影監督グレッグ・トーランドによる「ディープ・フォーカス」という技法です。手前から奥までピントが合った映像で、人物関係や空間の広がりを一枚の画面に表現しています。また、ニュース映画風の冒頭から複数の証言を通じて真実に迫る構成も革新的です。
ラストで明かされる「ローズバッド」の正体は、ケーンの子ども時代のそりでした。どれほど成功しても、失った幼い日々の幸せは取り戻せないのです。
本当に大切なものは、権力やお金では買えない」という普遍的な真実を教えてくれます。





















































カメラマンのグレッグ・トーランド、監督と同格クレジットの異例待遇でした
撮影監督グレッグ・トーランドは、ディープ・フォーカスやローアングルの仕掛け人。
ウェルズはその貢献をたたえて、普通はありえない「Orson Welles / Gregg Toland, A.S.C.」という監督と並列のタイトルカードに彼の名前を載せました。
ヨーク軍曹

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0150)
監督:ハワード・ホークス
134分/アメリカ
原題または英題:Sergeant York
配給:セントラル映画社
第一次世界大戦で活躍した実在の英雄アルヴィン・C・ヨークの半生を描いた作品です。
テネシー州の山あいで暮らす貧しい農夫だったヨークは、信仰に目覚めて生き方を変えますが、徴兵されて戦争と向き合うことになります。「殺してはならない」という聖書の教えと愛国心の間で激しく悩みながらも、最終的に単独で132人ものドイツ兵を捕虜にするという伝説的な戦果を挙げました。
ゲイリー・クーパーはこの役でアカデミー主演男優賞を受賞しました。
かんとくさんゲイリー・クーパーは、最初は役を断っていたんだ





















































ヨーク「ご本人様」から依頼を受けて、ようやく引き受けたんですよね
見どころは、信仰と戦争という矛盾を一人の青年の成長物語として描いている点です。前半ではユーモラスな田舎の日常、後半では緊張感あふれる戦場シーンへと展開します。
ヨークは戦いを楽しむ英雄ではなく、あくまで仲間を守るために動く人物として描かれています。
映画で印象的な「雷に打たれそうになって改心する」シーン、あれは脚本家の創作で、史実の回心とはだいぶ違います。
かんとくさん実際のヨークは、酒びたりの乱暴者から長い時間をかけて、妻の影響や教会生活を通じて変わっていったといわれているよ
信念と現実のあいだで悩み抜いて選んだ行動には重みがあるということです。
ヨークは最初から英雄だったわけではなく、むしろ戦いを拒否しようとした人物でした。それでも「守らなければならないものがある」と覚悟を決めて前に進む姿は、現代の私たちが人生の岐路で迷うときにも重なる作品であると言えるのです。
この映画は、真珠湾攻撃の前日(1941年12月6日)に空母エンタープライズの甲板で上映されています。
・翌日、日本軍の攻撃でアメリカが正式参戦。
つまり、アメリカの兵士たちが「伝説的アメリカ兵」の映画を見た翌日に、本当に戦争に突入したという、歴史と映画が奇妙にリンクした一本でもあります。





















































若者が映画館からそのまま徴兵事務所へ向かったという話もありますね
レディ・イヴ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0151)
監督:プレストン・スタージェス
97分/アメリカ
原題または英題:The Lady Eve
配給:プレノンアッシュ
クルーズ船で出会った詐欺師の美女と、お人よしの御曹司が繰り広げる恋と騙し合いの物語です。
カード詐欺を生業とするジーンは、ビール会社の跡取りでヘビ研究オタクのチャールズの財産を狙って近づきますが、本気で好きになってしまいます。やがて正体がバレて振られたジーンは、「レディ・イヴ」という貴婦人に成りすまして復讐と再会を企てます。
1994年にはアメリカ議会図書館のナショナル・フィルム・レジストリに登録されました。
見どころは、スタンウィックの「強さと可愛らしさ」の両立です。詐欺師なのに恋に落ちると不器用になる姿がチャーミングで、フォンダのドジな御曹司とのテンポの良い会話と転倒ギャグは結構笑えます。
おともだちヘイズ・オフィス(ブリーン事務所)が最初の脚本を「2人の性関係がはっきり示されていて、救済的な道徳がない」として却下しているよ





















































スタージェスは少しだけトーンを調整して再提出し、OKをもらいました
それでも火力はほぼそのままだったらしく、映画評論家のロジャー・イーバートは「映画史でもっともセクシーで、しかも笑えるシーン」として長椅子でスタンウィックがフォンダに髪をなでつけながら話す場面を挙げています。
恋愛は完璧な素性よりも、本音で向き合えるかが大事ということです。
嘘から始まった関係、相手の過去を受け止めきれないすれ違いを通して、「相手を理想化しすぎないこと」「自分の弱さも含めて見せること」の大切さが描かれています。
軽快なラブコメとして楽しめる、洒落た大人のコメディといえます。
狼男

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0152)
監督:ジョージ・ワグナー
70分/アメリカ
原題または英題:The Wolf Man
日本公開情報なし
ユニバーサル怪奇映画を代表する「狼男」のイメージを決定づけた作品です。
久しぶりに故郷ウェールズに戻った御曹司ラリー・タルボットは、街の娘グウェンに惹かれて夜の散歩に出かけます。そこで狼に襲われ、なんとか倒しますが自分も噛まれてしまいます。やがてラリー自身が満月の夜に狼男へと変貌し、殺人を犯してしまうという悲劇的なストーリーです。
戦前における最高のホラー映画の一つとも評されています。
見どころは、狼男メイクとモノクロ映像が作り出すゴシックな雰囲気です。森の霧、満月、銀のステッキといったモチーフが、これ以降の狼男映画の定番となりました。チェイニーが演じるラリーは単なる怪物ではなく、「なりたくもない化け物になってしまう男」として同情するでしょう。





















































「銀の杖で倒せる」「噛まれて感染」というお約束は、ほぼこの映画で定着したんですね
「心清き者ですら満月の夜には狼となる」という有名な詩も印象的です。
この映画が描くのは、「自分でも制御できない衝動をどう抱えて生きるのか」というテーマです。
ラリーが必死に自分を抑えようとしても結局周囲を傷つけてしまう姿は、現代のメンタルヘルスの問題にも重なります。ホラーとしての怖さだけでなく、「人間の中の獣」を考えさせる切ない作品です。
ハイ・シエラ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0153)
監督:ラオール・ウォルシュ
100分/アメリカ
原題または英題:High Sierra
配給:日本ヘラルド
年老いたギャング、ロイ・アール(ハンフリー・ボガート)が刑務所から出所し、最後の仕事として高級ホテル強盗を引き受ける物語です。
山小屋で若い仲間たちやダンサーのマリーと合流しますが、道中で出会った足の不自由な少女ヴェルマに心を寄せ、彼女の手術費を出してあげます。しかし強盗は失敗し、ロイは警察に追われて山へ逃げ込み、最後の戦いに臨むことになります。
当初ロイ・アール役は、スタジオの第一候補がポール・ムニ、次がジョージ・ラフト。ふたりとも「またギャングはイヤ」「最後に死ぬ役は嫌だ」として断り、その空き枠にボガートが滑り込みます。この一本でボギーはB級の脇役専門 → 本格スターへジャンプ。
1930年代のギャング映画から1940年代のフィルム・ノワール(犯罪映画)への転換点となった作品として知られています。
もともと民間伝承にはいろんなバージョンがあったけど、「狼に噛まれると狼男になる」「銀の武器だけがトドメを刺せる」 という「セット」をハリウッドの標準ルールにしたのが、この『狼男』だと多くの研究で言われています。
見どころは、冷酷なプロの犯罪者でありながら、犬のパードには優しく、ヴェルマの手術費を工面し、マリーからの愛情に戸惑う、ロイの人間らしさです。山道でのカーチェイスや岩山でのクライマックスは、西部劇のような風景と犯罪映画の暗さが混ざり合った印象的な映像と感じるでしょう。
かんとくさん1作目を見ると記憶より満月要素が薄くて、満月ごとに変身というルールが固まるのは続編からだよ
「過去から自由になりたい」と願っても、人は自分の選んだ道から逃れられないという現実に考えさせられます。
ロイは静かに暮らしたいと望みながらも、結局は犯罪の世界に引き戻されてしまいます。それでも最後まで守ろうとするのは、自分を慕うマリーや、ささやかな優しさの記憶。人が本当に求めているのは、お金や名声よりも「誰かとのつながり」なのだと、この映画は教えてくれます。
シオドマクらは「ウェールズが舞台」とインタビューで語っていますが、映画自体では国名は出てきません。ロケ地はもちろんユニバーサルのバックロットで、例の霧がかった森セット。
わが谷は緑なりき

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0154)
監督:ジョン・フォード
119分/アメリカ
原題または英題:How Green Was My Valley
配給:セントラル
ウェールズの炭鉱町で暮らすモーガン家の末っ子ヒューが、大人になってから故郷を振り返る物語です。父と兄たちが炭鉱で働き、母と姉が家を守る大家族の温かい日々。しかし賃金カットによるストライキ、兄弟たちの移住、坑内事故などで、少しずつ家族は離れ離れになっていきます。姉アンハラッドと牧師グリフィズの叶わない恋も描かれます。
アカデミー賞で10部門にノミネートされ、作品賞・監督賞・助演男優賞・撮影賞など5部門を受賞。『市民ケーン』『マルタの鷹』『ヨーク軍曹』を抑えて作品賞に選ばれました。感傷的になりすぎず、優れた俳優陣とジョン・フォード監督の比類ない演出が光る労働者階級ドラマです。
かんとくさん『市民ケーン』に勝った作品賞として、今も論争に巻き込まれる作品だよ





















































そのせいで「アカデミー賞やらかしランキング」でよく出てきて、よく叩かれていますね(笑)
見どころは、アーサー・C・ミラーによる撮影で表現された光と影の美しさです。谷に日が差す穏やかな場面と、炭鉱の暗さや坑内事故の恐怖が詩的に対比されます。
厳格だが家族思いの父、包容力のある母、兄弟たちの葛藤など、どの人物も立体的に描かれています。労働争議のシーンでは共同体の息苦しさが、家族の食卓や合唱の場面では温もりが感じられます。
映画の中では「ザ・ウェールズな世界」として描かれていますが、実はキャストの中で本当にウェールズ人なのはダイ・バンド役のリース・ウィリアムズただ一人です。
当たり前だと思っている日常は、気づかないうちに少しずつ失われていくということです。
谷の緑は炭鉱に埋もれ、家族は仕事や貧困で離れ離れになっていきます。それでもヒューは、大人になってからも「たしかにそこにあった幸せな時間」として家族を思い出します。
食卓を囲むこと、歌うこと、誰かを心から想うこと。そうした瞬間こそが、人生の谷の緑なのだと教えてくれる作品なのです。
サリヴァンの旅

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0155)
監督:プレストン・スタージェス
91分/アメリカ
原題または英題:Sullivan’s Travels
配給:プレノンアッシュ
ハリウッドの売れっ子コメディ監督ジョン・L・サリヴァンが主人公の風刺コメディです。いつもドタバタ喜劇ばかり撮っていることに不満を感じた彼は、社会派大作『O Brother, Where Art Thou?』を撮ろうと決意。しかし「本当の貧困を知らない」と言われたことに反発し、ボロ服を着てホームレスとして旅に出ます。
道中で出会った売れない女優と共に、炊き出しや貨物列車の旅を経験するうち、サリヴァンは予想もしなかった悲劇に巻き込まれていきます。
時代を経て再評価が進んだ作品のうちの一つで、「スクリューボール・コメディと社会的メッセージを見事に融合させた作品」と評価されています。
かんとくさん「笑いよりお説教を優先し始めたコメディ」にうんざりしてできあがった脚本なんだよ
見どころは、社会派ドラマに憧れる監督が、自分の思い上がりを思い知らされていく過程です。スタジオ重役との掛け合いや、サリヴァンと「女の子」のテンポの良い会話は、キレのある笑いを生み出します。
一方で、囚人たちが教会でディズニーの短編アニメを見て腹の底から笑うシーンは、「笑いがどれほど人を救うか」を強烈に印象づけます。
教会の上映シーン、本来スタージェスはチャップリン作品の一部を流したかったのだけど、チャップリン側に断られ、代わりにディズニーの短編『Playful Pluto』が採用されました。
「社会派であること」と「人を笑わせること」は対立しないという視点。ここは意外に重要です。
サリヴァンは旅の果てに、「つらい現実の中で、笑いこそが唯一の救いになっている人もいる」と気づきます。立派なメッセージを掲げる前に、自分の作品が誰のどんな時間を少しだけ軽くしているのかを考える!
その気づきは、創作をする人だけでなく、「こんな軽いことをしていていいのかな」と悩みがちな現代の私たちにも刺さるテーマです。
マルタの鷹

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0156)
監督:ジョン・ヒューストン
101分/アメリカ
原題または英題:The Maltese Falcon
配給:ワーナー・ブラザーズ
サンフランシスコの私立探偵サム・スペードが、宝石をちりばめた黒い鷹の像をめぐる陰謀に巻き込まれていくフィルム・ノワールの古典です。美しい依頼人ブリジッドが行方不明の男の捜索を依頼しますが、その夜、スペードの相棒が射殺されてしまいます。やがて、怪しげな紳士ガットマンや神経質な男カイロら、「鷹」を狙う連中が次々と姿を現します。
サスペンスに満ち、迷宮のようで、キャストが完璧な最も影響力あるノワールの一本と言われています。
見どころは、ダシール・ハメットの原作をもとにヒューストンが書いた脚本の緊密さと、会話劇のキレの良さです。スペードとブリジッド、ガットマンらの駆け引きは言葉の銃撃戦のような緊張感で、登場人物の誰もが何かを隠している気配が漂います。
「ファットマン」ことカスパー・ガットマンを演じたシドニー・グリーンストリートは、61歳で初めて映画出演した舞台俳優。この作品がスクリーンデビューです。いきなりの怪演でいきなりアカデミー助演男優賞にノミネート。その後『カサブランカ』『三人の妻への手紙』などでボギー&ピーター・ローレと一緒に名バイプレイヤー路線を突っ走ります。





















































まさに人生2周目。励まされますねぇ
ボガート演じるスペードは、それまで10年間B級ギャング映画に出ていた彼をスターの座に押し上げました。冷徹で皮肉屋だが、どこか仁義だけは通す男として描かれ、ここから生まれた「ハードボイルド探偵像」は後続作品に決定的な影響を与えました。
かんとくさん有名セリフの「夢の素材でできてるさ」は、シェイクスピア『テンペスト』の一節が元ネタなんだ
人は何を夢の獲物だと思い込んで追いかけているのかという問いについて考えてしまいます。
登場人物たちは、伝説の宝像に自分の欲望や救いを投影して追い求めますが、その実体は拍子抜けするようなものかもしれません。それでもスペードは、最後にあえて自分の欲望より「筋」を選ぶことで、危うい均衡の中で自分なりの矜持を守ろうとするのです。
ダンボ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0157)
監督:ベン・シャープスティーン
64分/アメリカ
原題または英題:Dumbo
配給:大映洋画部
サーカスで生まれた赤ちゃん象・ジャンボJr.が、大きすぎる耳のせいで「ダンボ(まぬけ)」と呼ばれ、仲間から笑われながらも、やがてその耳を翼にして空を飛ぶ力を見つける物語です。





















































ウォルト・ディズニー本人のいちばん好きな映画に、この作品をあげました
唯一の味方である母親は、息子を守ろうとして檻に入れられ、友だちは小さなネズミのティモシーだけ。いじめや失敗を繰り返しながらも、サーカスの笑い者からスターへと飛躍していきます。
制作費は『ピノキオ』『ファンタジア』の赤字を埋めるため、あえて低予算・短尺に抑えられました。
見どころは、シンプルな線で描かれた柔らかなアニメーションと、感情をダイレクトに揺さぶる音楽です。母子が鉄格子越しに寄り添う「Baby Mine」の場面は、セリフほぼゼロにもかかわらず、今見ても胸が締めつけられる名シーンです。サーカス列車のシーンや、ピンクの象の幻想シークエンスなど、短い尺の中にユーモアと実験的な映像がぎゅっと詰め込まれています。
欠点だと思っていたものが、いつか武器になるかもしれないという視点を持ちましょう。
ダンボの大きな耳は、周囲から笑われ、自分でも恥ずかしいと思っていたコンプレックスですが、ティモシーの励ましと魔法の羽をきっかけに、そのままの自分で空を飛べることに気づきます。
完璧になることよりも、弱みや傷つきやすさごと抱えた自分を信じてあげられるかどうか。短くて子ども向けのようでいて、親子の愛情やいじめからの回復、自己肯定感といったテーマを抱えた、今でも十分感動します。
1942年

結婚五年目(パームビーチ・ストーリー)

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0158)
監督:プレストン・スタージェス
88分/アメリカ
原題または英題:The Palm Beach Story
配給:セントラル映画社
建築家の夫トムとその妻ジェリーは、アイデアはあるのにお金がないことで悩んでいます。ジェリーは夫の夢を応援したいと思い、「お金持ちと再婚して、その資金で夫を助けよう」という突飛な計画を立ててパームビーチ行きの列車に乗り込みます。列車の中では大騒ぎの金持ちハンターたちに出会い、さらに大富豪ジョン・D・ハッケンサッカー三世と知り合います。一方、追いかけてきた夫トムは、ジョンの奔放な妹プリンセス・センティミリアと出会い、誤解と勘違いの恋愛劇が次々と展開していきます。
















この映画は、監督の自伝的ネタが多いとのことです
結婚とお金と恋愛をユーモアたっぷりに描いた作品と言えます。
この映画の魅力は、テンポの良い会話と次々に起こる予想外の展開です。別れ話をしているのに息がぴったりな夫婦、列車で大騒ぎするお金持ちたち、パームビーチでの勘違いだらけの恋愛など、笑いどころが満載。
最初の企画タイトルは “Is Marriage Necessary?”(結婚って必要?)
これを「結婚制度をバカにしている」として、ヘイズ・コードに引っかかるからと即NG。
さらに脚本も「性をほのめかす台詞や、結婚・離婚を軽く扱いすぎ」「大富豪=ロックフェラーの露骨なパロディ」などでさんざん突っ返され、プリンセスの離婚歴も8回 → 3回+婚姻無効2回に減らされるハメに。
かんとくさん『ヘイズ・コード』というのは、昔のアメリカ映画にもうけられていた決まり事があってお行儀悪い内容は公開できなかったんだ





















































このころのハリウッド映画が綺麗ごとのように見えるのは全部このルールがあったからですね
特に終盤の「あっと驚く結末」もよく知られています。
結婚生活は、お金か愛かの単純な選択では解決できないということを伝えようとしているのかもしれません。
ジェリーは夫を愛しているからこそ、お金の問題を何とかしようとしますが、それがさらに複雑な状況を生み出します。
そんな人間のややこしい気持ちを責めるのではなく、「みんな自分なりの幸せを探しているだけだ」と優しく笑いに変えて見せてくれます。軽快なテンポで楽しめる作品です。
情熱の航路

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0159)
監督:アーヴィング・ラパー
117分/アメリカ
原題または英題:Now, Voyager
配給:セントラル映画
主人公シャーロットは、母親の言いなりになって生きてきた地味な女性でした。精神科医ジャキス先生の勧めで療養所に入り、少しずつ母親の呪縛から解放されていきます。回復後、一人で船旅に出たシャーロットは、家庭に問題を抱える既婚男性ジェリーと出会い、深く愛し合うようになります。しかし、結ばれることができない恋だと知り、別れを選びます。
その後、シャーロットはジェリーの娘ティナと出会い、かつての自分と重なる彼女を支えることで、別の形での愛を見つけていきます。
音楽はマックス・スタイナー。名テーマとして今も愛されてますが、ベティ・デイヴィス本人は「自分の芝居の上で鳴りすぎてうるさい!」と不満を漏らしていたとか。監督ラパーはそれを受け流し、結果的にスタイナーはアカデミー賞 作曲賞を受賞。
かんとくさん役者からクレーム、アカデミーからは表彰というシュールなお話しだね
見どころは、シャーロットの変化する姿と、母娘関係・恋愛・自己肯定が複雑に絡み合う感情の流れです。前半の地味で自信のない姿から、船旅での堂々とした姿への変化は見ていて気持ちがいいです。
有名な「ジェリーが二本同時にタバコに火をつけて一本をシャーロットに渡す」場面や、ラストの「月を求めないで、ジェリー。私たちには星があるじゃない」という台詞も名シーンです。
有名な2本のタバコに火をつけて、1本をシャーロットに渡すジェリーの仕草。ベティ・デイヴィスとヘンリード本人は「リハで思いついた」と長年語っていましたが、USCに残る脚本草稿には最初からこの動きが書かれていたことが判明。





















































役者のアドリブ説を本人たちが広めたけど、実は脚本家が最初から仕込んでたというオチなんですね
他人の期待ではなく、自分で自分の人生を選び直すことの大切さを教えてくれます。
シャーロットは、母親の価値観に押しつぶされていた自分から一歩踏み出し、恋愛も「結ばれるかどうか」だけでなく、「誰かを深く想い、その人の大切な存在を支える」という成熟した形へと変化させていきます。
「毒親」「メンタルケア」「自己肯定」といった現代的なテーマにもつながる作品で、しっかり泣きながらも、見終わった後には前向きな気持ちになれるメロドラマといえます。
生きるべきか死ぬべきか

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0160)
監督:エルンスト・ルビッチ
99分/アメリカ
原題または英題:To Be or Not to Be
配給:リュミエール・シネマテーク
ナチス占領下のポーランドを舞台にした戦争コメディ映画です。俳優夫婦が演技の力だけでナチスをだまし、仲間を守ろうとする物語です。
主人公は劇団を率いる夫婦、ジョゼフとマリア。ナチスがポーランドに侵攻してくると、劇団は偶然スパイ事件に巻き込まれます。彼らは演技と変装の技術を使って、ニセのゲシュタポ将校やヒトラーに化け、本物のナチスをだましながらレジスタンスの仲間たちを守ろうとします。
今でこそ戦争コメディの名作といわれているものの、公開当時は「戦争をコメディにするのは不謹慎だ」と強く批判されていました。
見どころは、舞台と現実が入れ替わる緊張感あふれる展開です。俳優たちがニセのナチス将校に化けて本物のゲシュタポ本部に乗り込み、演技力だけで敵をだましていく様子は、ハラハラしながらも笑えます。特にハムレットの有名な台詞「生きるべきか死ぬべきか」が物語の鍵となり、何度も繰り返されるのが印象的です。
冒頭、ワルシャワの街角にヒトラーが現れる → のちに劇団俳優ブロンスキの変装だったと分かる、という構造はそのまま本編どおり。さらに、尋問シーンが実は稽古だったり、劇中劇『ゲシュタポ』が現実の状況と地続きになったりと、「舞台=現実」が何度もひっくり返る作りになっています。





















































冒頭の“ヒトラー in ワルシャワは、全部「劇場ノリ」であるわけですね
なお、主演のキャロル・ロンバードは公開直前の1942年1月に飛行機事故で亡くなっており、本作が彼女の遺作となりました。
笑いは現実逃避ではなく、権力に対する抵抗にもなり得るということでしょうか。
俳優たちは武器も権力も持っていませんが、演技という自分の技術を使ってナチスに立ち向かいます。恐怖に飲み込まれて黙るのではなく、ユーモアと誇りを保ちながら戦う姿が描かれています。
「どんな状況でも、自分が持っている力で抵抗できる」というメッセージが込められた作品といえるのです。
偉大なるアンバーソン家の人々

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0161)
監督:オーソン・ウェルズ
88分/アメリカ
原題または英題:The Magnificent Ambersons
配給:UIP
『偉大なるアンバーソン家の人々』は、名門一家が時代の変化に取り残されて没落していく姿を描いたドラマです。
物語の舞台は20世紀初頭のアメリカ中西部。街一番の名家アンバーソン家の娘イザベルは、発明家ユージンとの恋を捨てて無難な男性と結婚します。一人息子ジョージは祖父母と母に甘やかされて育ち、わがままで傲慢な青年に成長します。父の死後、母イザベルとかつての恋人ユージンが再会して恋が再燃しますが、ジョージは二人の関係を激しく妨害します。
かんとくさんアンバーソン邸は本物の豪邸セットだよ
















しかも雪・そり遊びのシーンはロサンゼルスにある冷蔵施設内で撮影されました
時代は馬車から自動車へ。ユージンは自動車産業で成功しますが、ジョージは新しい技術を見下し続け、家の財産も人間関係も失っていきます。
アメリカでは、ウェルズが一発屋でないことを証明したと絶賛されました。このころから「一発屋」という概念があったんですね(笑)。
ただし、この映画には複雑な事情があります。ウェルズが撮影した元の版は132分でしたが、スタジオRKOが勝手に40分以上カットして88分にし、さらにハッピーエンドに差し替えました。ウェルズは激怒しましたが、当時南米で別の映画を撮影中だったため阻止できませんでした。カットされたフィルムは破棄され、現在では見ることができません。
見どころは、ウェルズらしい映像表現です。壁を貫くように移動する長回しカメラ、豪華な屋敷を見下ろす構図など、没落していく一族の姿が美しくも悲しく描かれています。
新しい制作トップだったチャールズ・コーナーは、倉庫スペースを空けるために オリジナル版のネガ・アウトテイクを“全部焼却”するよう命令…..そのせいで、ウェルズ版の完全な復元は物理的に不可能になり、「映画史上もっとも有名な失われたディレクターズ・カット」と呼ばれるように。





















































うっかりハードディスク初期化しちゃいました!のようなノリを平気でやってしまったのですね…..
過去の栄光にしがみつくことの危険性について考えさせられます。
ジョージは名家のプライドにこだわるあまり、時代の変化を受け入れられず、自分で自分の未来を狭めてしまいます。一方、ユージンは「何を成し遂げるか」で自分の価値を示そうとします。
自分の価値を過去に?これからの行動に?その選択は現代の私たちにも問いかけられています。
ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0162)
監督:マイケル・カーティス
126分/アメリカ
原題または英題:Yankee Doodle Dandy
配給:ヘラルド・エンタープライズ
ブロードウェイの伝説的なエンターテイナー、ジョージ・M・コーハンの人生を描いた音楽映画です。
物語は、年老いたコーハンがホワイトハウスに招かれ、ルーズベルト大統領から勲章を受け取る場面から始まります。そこで彼は自分の人生を振り返ります。一座の子役として全国を回った子ども時代、売れない作曲家として苦労した若い頃、そしてブロードウェイで大成功し、「ヤンキー・ドゥードゥル・ボーイ」「星条旗よ永遠なれ」「彼方へ」など愛国的な名曲を次々と生み出していく姿が描かれます。
アカデミー賞では8部門にノミネートされ、主演男優賞を含む3部門を受賞しました。





















































ジョージ・M・コーハンはかなり美化されていて、離婚、再婚歴があるのですがオールスルーされています
見どころは、何といってもキャグニーの圧巻のパフォーマンスです。実際のコーハンのスタイルを再現した独特の歌い方と、キレのあるタップダンスで舞台を縦横無尽に駆け回ります。
かんとくさんラストのホワイトハウス前の階段をタップで降りていくシーンは、脚本ではなくキャグニーのアドリブだったんだよ!
有名な楽曲がフルコーラスで再現され、観客はまるでブロードウェイの劇場にいるような気分を味わえます。
自分の得意なことで人を励ますって、素敵な事じゃないですか。
コーハンは兵士として戦うことはできませんが、歌とショーで人々に勇気を与えました。今を生きる私たちにとっても、「自分の仕事や表現で誰かの背中を押すことができる」というメッセージが込められています。
映画のクライマックスで歌われる「Over There」は、本来は第一次世界大戦の歌。ところが撮影中に真珠湾攻撃が起き、アメリカは第二次世界大戦に本格参戦。その直後に公開されたこの映画は、第一次世界大戦の曲だった「Over There」を第二次世界大戦向けの士気高揚ソングとして再ブーストする役割も果たしました。
ミニヴァー夫人

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0163)
監督:ウィリアム・ワイラー
134分/アメリカ
原題または英題:Mrs. Miniver
配給:セントラル映画社
第二次世界大戦下のイギリスで暮らす、ごく普通の中産階級一家の物語です。
主人公は母親のケイ・ミニヴァー。夫のクレムと子どもたちと共に、ロンドン郊外の村で穏やかな日々を送っていましたが、戦争が始まると、息子の出征、空襲、ドイツ兵との遭遇など、少しずつ平和な暮らしが壊されていきます。それでもケイは、家を守り、家族や近所の人たちを励ましながら、日常を続けようとします。
ケイ・ミニヴァーを演じたグリア・ガースンは、映画の中で息子ヴィンを演じたリチャード・ネイとのちに実生活で結婚します。劇中では母と息子、プライベートでは年の差カップルという関係で、当時はかなりゴシップのネタになりました。
アカデミー賞では作品賞や監督賞を含む6部門を受賞しました。
見どころは、派手なヒーローではなく「普通の主婦」が物語の中心にいることです。ケイは兵士のように戦場で戦うわけではありませんが、防空壕で子どもを守り、墜落した敵兵と向き合い、
村人たちを励ますスピーチをするなど、市民としての勇気を示します。
かんとくさんもともとは新聞コラムの「ほのぼの日記」だったのを、戦争ドラマ要素が盛られたんだ
元になったのは、ジャン・ストラザーが新聞に連載していた《Mrs. Miniver》というコラム。
もともとは戦争ヒロインではなく、イギリス中産階級主婦の、ささやかな日常と考えごとを描いたエッセイでした。ハリウッド映画になる際に、空襲や出征などのドラマ要素が大きく足されて、今の戦時ホームドラマのイメージになっています。
大きな戦争の中でも、日々の暮らしを大切にすることが抵抗になるということです。
家族に優しくすること、隣人を気遣うこと、日常を丁寧に続けることも、ひとつの力になるのです。
カサブランカ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0164)
監督:マイケル・カーティス
102分/G/アメリカ
原題または英題:Casablanca
配給:モービー・ディック
第二次世界大戦下のモロッコを舞台にした恋愛ドラマです。主人公リックは、難民や亡命者が集まるカサブランカでナイトクラブを経営しています。ある日、かつてパリで愛し合った女性イルザが、反ナチ活動家の夫ラズロとともに店に現れます。リックは、イルザへの愛と、世界のために戦う男を助けるべきか、という選択を迫られます。
















ロナルド・レーガン主演説は、宣伝用プレスリリースを元に広がった都市伝説で、実際にはボガート以外は検討されていません
アメリカ映画協会(AFI)の「アメリカ映画ベスト100」では1998年版で2位、2007年版で3位にランクインし、「映画史上最高のラブストーリー」では堂々の第1位に選ばれました。
かんとくさんピアノ弾きのサムで有名なドゥーリー・ウィルソンだけど、実は本職はドラマーでピアノは弾けなかったんだよ
見どころは完璧な脚本です。「君の瞳に乾杯」などの名セリフが自然に物語に溶け込み、ラストの霧の滑走路での別れは映画史に残る名場面です。
テーマ曲「As Time Goes By」は、カサブランカのために作られたと思われがちですが、
10年以上前、1931年のブロードウェイ・ミュージカル『Everybody’s Welcome』用の既存曲です。
本当に大切なもののために自分の欲しいものを手放す勇気を教えてくれます。
リックもイルザも互いを愛していながら、より大きな正義のために別れを選びます。その選択は切ないけれど、大人としての誇りを感じさせる爽やかな感動があります。
古典的名作ですが、テンポがよくわかりやすいので、初めて見る人におすすめの作品です。
キャット・ピープル

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0165)
監督:ジャック・ターナー
73分/アメリカ
原題または英題:Cat People
配給:IP
見せない恐怖で観客を震え上がらせた伝説のホラー映画です。
ニューヨークに住むセルビア出身のイレナは、自分の一族が「強い感情に駆られると黒ヒョウに変身する呪われた血筋だ」と信じています。彼女と結婚したオリヴァーは、妻が夫婦としての親密さを極端に恐れることに戸惑い、やがて同僚アリスに心を寄せます。イレナの不安と嫉妬は次第に「何か」を呼び覚まし、夜のプールや暗い街角でアリスを恐怖に陥れていきます。
かんとくさんお題はただのタイトル「Cat People」からスタートしたんだ
RKOの重役はヴァル・ルートンに、「タイトルは“Cat People”でいくから、これで映画1本作って」とだけ伝えたのです。





















































テキトーなタイトル縛りから、映画史に残る心理ホラーが生まれたのですね
この映画の最大の魅力は、怪物を画面に映さない演出です。夜道を歩くアリスを追う足音が突然消える場面や、薄暗いプールでの不穏なシーンなど、影と音だけで観客の想像力をかき立てます。
この手法は「ルートン・バス」と呼ばれ、後のホラー映画に多大な影響を与えました。
RKOのホラー部門トップとして本作を手がけたヴァル・ルートン本人は、実は大の猫嫌いだったようです。
自分の不安や恐れを言葉にできないことの怖さを堪能できます。
イレナは自分の感情を誰にも打ち明けられず、孤独に追い詰められていきます。心理ドラマとしてもホラーとしても深い余韻を残す作品と言えます。
1943年

Fires Were Started

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0166)
監督:ハンフリー・ジェニングス
90分/イギリス
原題または英題:Fires Were Started
日本公開情報なし
第二次世界大戦中のロンドンを舞台に、空襲下で消火活動にあたる消防士たちの24時間を描いたドキュメンタリー風の映画です。出演しているのは本物の消防士たちで、新人隊員が配属されてから初めての大規模火災に挑むまでを、淡々と、しかし詩的に映し出します。
監督ハンフリー・ジェニングスの代表作として高く評価し、イタリアのネオレアリズモに先駆ける重要作品と位置づけています。
タイトルの 「Fires Were Started」は、「敵の爆撃で火災が発生しました」とラジオや報告書で伝えるときの定型句から取られたものとのことです。
この映画の魅力は、英雄物語ではなく「普通の人が普通の仕事として命がけで働く姿」を描いている点です。昼間の紅茶やピアノを囲む何気ない時間から、夜の激しい消火活動まで、派手な演出なしに現実を伝えます。
撮影に参加した消防士ウィリアム・サンソムの回想によると、古い雑草だらけの教会墓地で演技するシーンでは、隊員たちが 「こんな聖なる場所で芝居をするのは嫌だ」と本気で不気味がっていたそうです。
世界を支えているのは名も知れぬ人々の日々の努力だということです。
ドラマチックではないけれど、自分の持ち場で黙々と役割を果たし、仲間と支え合う姿は、現代の私たちにも通じるメッセージです。
どんな時代でも人が仕事と向き合う姿を記録した、力強い作品なのです。
牛泥棒

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0167)
監督:ウィリアム・A・ウェルマン
75分/アメリカ
原題または英題:The Ox-Bow Incident
配信:20世紀フォックス
正義と集団心理の恐ろしさを描いた西部劇です。ネバダの町で「牧場主が殺され、牛が盗まれた」という噂が広まると、町の人々は証拠もないまま犯人を私刑にかけようと自警団を結成します。ヘンリー・フォンダ演じる主人公も流されて参加してしまい、山中で3人の男を捕らえますが、本当に犯人なのか証拠は曖昧なまま。
「裁判にかけるべきだ」という少数の声は暴徒と化した多数派にかき消され、取り返しのつかない悲劇へと進んでいきます。
かんとくさんこの作品はアフリカ系アメリカ人の隊員が、物語の中で最も良心的な立場をとる一人として描かれているということでも有名だよ
1943年のハリウッド西部劇で、黒人キャラをモブ(その他おおぜい)ではなく、「暴走する白人たちをいさめる声」の一人として置くのは、かなり異例でした。
この映画の見どころは、派手なアクションではなく、じわじわと迫る心理的な緊張感です。怒りに任せて「みんなで決めたから正しい」と信じ込む怖さ、おかしいと思いながら何も言えない傍観者の弱さなど。
75分という短い時間の中で、集団心理の恐ろしさを痛烈に描き出します。
現代のネット炎上やSNSでの私刑問題にも通じる、普遍的なテーマを持つ重厚な一本です。





















































本作は1941年に完成していたのに、公開は1943年です
20世紀フォックスは「リンチと群集暴力を正面から扱った政治的すぎる題材」で、どう宣伝していいかわからず、2年近く棚ざらしにしていました。
正義感と集団心理の境目は、思っている以上に薄いということです。
怒りに任せてみんなで決めたから正しいと進んでしまうと、後からどれだけ悔やんでも取り返しがつかない。そんな当たり前のことを教えてくれます。
SNSの炎上やネット私刑が問題になる今見ると、セリフの一つひとつがそのまま現代に突き刺さるはず。見てよかったと思える作品になるでしょう。
老兵は死なず

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0168)
監督:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー
163分/イギリス
原題または英題:The Life and Death of Colonel Blimp
配給:英協=NCC
イギリス軍人クライブ・キャンディの人生を、ボーア戦争から第二次大戦まで40年にわたって描いた作品です。若い頃は「紳士的な戦い方」を信じていたキャンディですが、3つの戦争と、3人の女性(すべてデボラ・カーが一人で演じています)、そしてドイツ人将校テオとの友情を通じて、その考え方が少しずつ変わっていきます。
当時のイギリス首相チャーチルは、戦相ジェームズ・グリッグの進言を受けて情報相ブレンダン・ブラックンに「この愚かな製作を止めるために必要な手段を提案せよ」という手紙を送っています。しかも本編を一度も見ないまま怒っていたようなのです。





















































チャーチル首相は、自分のパロディと勘違いしていたという説もあります
最大の見どころは、驚くほど美しいテクニカラー映像です。鮮やかな色彩で、1900年代初頭のベルリンから空襲下のロンドンまでを描き、時代の移り変わりが映像だけで伝わってきます。
頑固な老将軍を笑いものにするのではなく、彼の温かさと信念の両方をしっかり描いている点も素晴らしいですね。敵国ドイツの将校との友情という、当時としては異例のテーマも心に響くことでしょう。
かんとくさん監督のペット犬もちゃっかり出演しているんだよ
年をとった人も、かつては若かったという事実と、時代が変わっても守るべきものと、変えなければならないものがあるということですね。
キャンディは最後まで古い戦い方を信じますが、テオは「負ければ悪が勝つ」と現実を伝えます。
自分の信念を大切にしながらも、時代に合わせて考え方を更新していく大切さが、年齢や立場に関係なく、私たちの生き方にも響いてくる作品です。
午後の網目

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0169)
監督:マヤ・デレン
14分/アメリカ
原題または英題:Meshes of the Afternoon
日本公開情報なし
※正式には「マヤ・デレン&アレクサンドル・ハメッド(共同監督)」ですが、デレンが主要な芸術的創造者として評価されています。ハメッドは主に撮影担当として関わり、デレン自身がすべてのストーリーボードを作成しました。
この映画は、前衛映画の先駆者マヤ・デレンが1943年に制作した14分の実験的な短編です。
ある女性が家に帰り、椅子で眠りに落ちると、鏡の顔を持つフード姿の人物を追いかける夢を見ます。花、鍵、ナイフ、電話といった日用品が何度も繰り返し登場し、現実と夢の境界があいまいになっていきます。
かんとくさん初公開時には音楽が一切なく、完全なサイレント作品だったんだよ
その後、1950年代になってから、マヤ・デレンの3人目の夫・伊藤貞司(Teiji Ito)が音楽を作曲し、新たなバージョンにスコアとして追加されます。
最大の見どころは、物語を説明するのではなく、心の中で感じている感覚そのものを映像にしている点です。主観と客観が入り混じり、階段を上っていたはずが突然別の場所に出るなど、時間と空間のつながりが意図的に壊されます。
カギ、ナイフ、電話といった普通の物が、カメラワークとスローモーションによって不気味な存在感を帯びていく様子は今でも新鮮ですね。
『午後の網目』は、アメリカ前衛映画の流れを決定づけただけでなく、デヴィッド・リンチらの悪夢系映画にも大きな影響を与えたと言われています。
同じ出来事でも、心の状態によってまったく違って見えるということです。
ほんの小さな出来事が、不安や孤独と結びついた瞬間に、頭の中でどんどん膨らんで恐ろしい悪夢に変わっていく。そうした心のプロセスを、言葉ではなく映像のリズムだけで体感させようとしました。
ストーリーを理解しようと構えず、「自分ならどんな気持ちでこの夢を見るだろう?」と想像しながら見ると、14分とは思えない濃密さで、無意識の不安や自分自身との向き合い方について考えさせてくれる作品です。
第七の犠牲者

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0170)
監督:マーク・ロブソン
71分/アメリカ
原題または英題:The Seventh Victim
日本公開情報なし
姉を探すためにニューヨークへやってきた少女メアリーが、悪魔崇拝者の秘密結社に巻き込まれていくというホラー作品です。
プロデューサーは名匠ヴァル・リュートン、監督は新人だったマーク・ロブソン。姉ジャクリーンが経営していたはずの化粧品会社はすでに他人の手に渡り、彼女が借りていた部屋には椅子と、天井から吊るされた縄だけが残されていました。調査を進めるうち、姉が「パラディスト」という悪魔崇拝の集団に関わり、脱会しようとして追い詰められていたことが明らかになります。
















冒頭の女学院セットは『偉大なるアンバーソン家の人々』のセット流用です
最大の見どころは、血や怪物を見せずに、影と静寂だけで不安を積み上げていく演出です。椅子と縄だけの部屋、シャワー中に侵入者が現れる場面(後の『サイコ』に影響を与えたとされます)、静かな廊下でのラストシーンなど、短いカットの積み重ねが観た後もじわじわと心に残ります。
また1940年代の作品でありながら、うつ病や自殺願望といった重いテーマを正面から扱っており、その大胆さが今では貴重な作品に見えてしまいます。
あのラストは、当時のヘイズ・コード(映画倫理コード)的にはかなりギリギリで、批評家やTV Guideは「死を冷たい世界からの解放として描く、ハリウッドでも屈指の暗いエンディング」と評しています。
孤独を抱え込むことは危険です。
ジャクリーンは誰にも助けを求められず、間違った居場所(カルト)に頼った結果、さらに孤立していきます。誰かのSOSに気づくこと、そして自分も助けを求める勇気を持つことの大切さを教えてくれる作品です。
灰色の男―変質侯爵物語―

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0171)
監督:レスリー・アーリス
116分/イギリス
原題または英題:The Man in Grey
配給:GFD
物語は空襲下のロンドンから始まり、遺品オークションで出会った男女が、古い肖像画をきっかけに先祖たちの愛憎劇へとフラッシュバックします。19世紀初頭、素直な娘クラリッサは冷酷なローハン侯爵と政略結婚しますが、貧しい旧友ヘスターを家に招いたことから、裏切りと嫉妬の悲劇が始まります。
イギリスでは1943年の興行成績で第7位に入る大ヒットとなり、主演のジェームズ・メイソン、マーガレット・ロックウッド、フィリス・カルバート、スチュワート・グレンジャーを一躍スターにしました。
タイトルは『The Man in Grey(灰色の男)』なのに、実態はほぼ女2人のライバル物語です。





















































今だと「タイトル詐欺」と言われそうですね
見どころは、善良なクラリッサと、コンプレックスと野心でねじれたヘスターという、対照的な2人の女性の関係です。メイソン演じるローハンの冷酷さ、「我らを辱める者は死ぬ」という家訓が炸裂するクライマックスも、メロドラマらしい見せ場です。
戦時下の観客が求めた豪華な逃避として、舞踏会や競馬場の場面も美しく描かれています。
本国版は約116分ですが、アメリカ公開時には検閲の都合で約93分に短縮されたと言われています。理由は終盤の暴力表現(むち打ちシーンなど)の過激さと、性的にかなりあけすけな描写・ニュアンスがあったからだとも。
おともだちイギリスとアメリカでは、ドロドロ度もかなり違うみたい
毒のある友情や、環境が人をどう歪めるかを考えさせられます。
クラリッサは善意からヘスターを助けようとしますが、相手の心の闇を見抜けず、自分を追い詰めることになります。一方ヘスターは、貧しさへの怒りを他人を傷つける方向に向けてしまいます。
誰を信じ、どんな関係に距離を置くべきか、そして嫉妬に飲み込まれたときの破壊力を、華やかな衣装の裏で考えさせてくれる作品です。
疑惑の影

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0172)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
108分/アメリカ
原題または英題:Shadow of a Doubt
配給:セントラル映画社
カリフォルニア州サンタローザに暮らす少女チャーリーの家に、大好きな叔父チャーリーが久々に訪れます。家族は洗練された都会の叔父の登場に大喜びしますが、叔父が持っていた指輪に見知らぬイニシャルが刻まれていることや、富裕な未亡人の話題で異様に激昂する様子から、彼が連続殺人犯なのではないかという疑いが、少しずつチャーリーの心に影を落としていきます。
ヒッチコック自身も複数のインタビューで「これがお気に入りの作品」と語っていたようです。
最大の見どころは、「何も起こらなさそうな平和な町」に、じわじわと入り込む悪意の描き方です。日当たりのいいリビング、家族の団らん、教会や図書館といった理想的なアメリカの日常のど真ん中に、笑顔で座っているのが連続殺人犯かもしれない叔父というのが恐怖を生み出します。
舞台になっているカリフォルニア州サンタローザで、実在の銀行、ウェスタンユニオン、バーなどをそのままロケ撮影しました。
叔父と姪の心理戦、食卓での会話やダンスホール、列車でのクライマックスなど、派手なアクションではなく会話と視線だけで緊張を積み上げていく演出は鮮やかですね。
家族だからこそ直視したくない真実と、そこから目をそらすことの危うさを考えさせられます。
姪チャーリーを演じた主演のテレサ・ライトは、デビュー時のスタジオ契約に「水中にいる場合を除き、水着写真に応じる義務はない」など、ピンナップ売りはしない条項を自分から入れさせました。





















































ゴシップ紙インタビューも断っていたのです
チャーリーは大好きな叔父が怪物かもしれないと気づきながら、母を傷つけたくない、平和な日常を壊したくないという理由で沈黙を選びかけます。
悪人よりもその周りで見て見ぬふりをする普通の人々の心理を丁寧に描き、誰かの違和感に気づいたときどう行動するかを問いかけてくる作品です。
郵便配達は二度ベルを鳴らす

画像引用元:映画.com
(NO.0173)
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
140分/PG12/イタリア
原題または英題:Ossessione
配給:アーク・フィルムズ、スターキャット
ジェイムズ・M・ケインの小説「郵便配達は二度ベルを鳴らす」を無許可で映画化した作品です。
舞台はイタリア北部ポー川流域。流れ者の青年ジーノは、道路沿いの食堂兼ガソリンスタンドで若い妻ジョヴァンナと出会い、激しく惹かれ合います。夫は金はあるが粗野な中年男。二人は夫を事故に見せかけて殺す計画を実行しますが、開けたはずの自由な未来は、罪悪感と貧しさ、互いへの不信によってゆっくりと崩れていきます。
この作品は「最初のイタリア・ネオレアリズモ映画」とも呼ばれ、ロケ撮影されたポー河畔の風景や、汗と埃にまみれた庶民の暮らしが、その後のイタリア映画の方向性を決定づけました。
かんとくさん世界で一番怒られた(かもしれない)無断映画化したのがこの作品だよ
この映画、ジェイムズ・M・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』の“無許可+ノークレジット”映画化です。
いっぽうアメリカではMGMが正式に権利を押さえて1946年版を制作していたため、
「イタリアのその映画、うちの原作じゃん?」となり、アメリカ公開は著作権問題で1976年まで禁止。実に33年間見たくても見られない映画という状態でした。
最大の見どころは、泥臭いまでのリアルさです。ハリウッド版と違い、田舎の食堂の薄汚れた台所や埃っぽい道路、安酒場などをじっくり見せ、登場人物も美化されません。
汗と欲望と疲労が画面にこびりついたような生々しさが、後のネオレアリズモやヨーロッパ映画に大きな影響を与えました。
環境や欲望に流されて選んだ道のツケは必ず回ってくるということです。
貧しさから抜け出したい気持ちはわかるけれど、近道として選んだ暴力や裏切りは、結局自分たちを深い袋小路に追い込んでしまう。
どんなに情熱的な恋でも、その後どう生きていくかを一緒に考えられなければ、やがて互いを責め合う牢獄になるという、そんな苦い真実を叩きつけてきます。
「1940年代には、同じ原作をもとにした映画がフランス・イタリア・アメリカで立て続けに作られた。ただしPostmanというタイトルを使えたのは、正式な権利を押さえていたMGM版(1946年)だけ」





















































1946年に同タイトルの映画あるのはこれが理由です
私はゾンビと歩いた!

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0174)
監督:ジャック・ターナー
69分/アメリカ
原題または英題:I Walked with a Zombie
配給:RKO
カナダ人看護師ベッツィーが主人公で、カリブ海の島にある砂糖プランテーションで、不思議な病気にかかった妻ジェシカの看護を任されます。ジェシカは熱病の後、言葉も感情も失い、夜な夜な屋敷をさまよう生ける屍のような状態に。島の人々の間では、彼女がヴードゥー教によってゾンビになったのではないかとささやかれます。
この映画の魅力は、血まみれの恐怖ではなく、光と影、音で不安を積み上げていく独特の雰囲気です。月明かりに照らされたサトウキビ畑、風に揺れる白いドレス、遠くから聞こえる太鼓の音。
特に、ベッツィーがジェシカを連れて夜道を歩くシーンは、ほとんどセリフがないのに強烈な印象を残します。
古典ホラーの名作といわれます。ターナーの喚起的な演出とリュートンの低予算美学が融合した、独特な作品といえるのです。
ベッツィー役は当初アンナ・リーが起用されていたが、別仕事の都合で降板。その代役としてフランシス・ディーに白羽の矢が立ったのです。ディーのギャラは6,000ドル。一方、あの強烈なビジュアルのゾンビ門番カリフーを演じたダービー・ジョーンズは、週給450ドル契約から換算されて3日分で225ドル。





















































ギャラも相当の「ゾンビ扱い」だったようですね
この映画は単なるホラーではなく、植民地支配の歴史や文化の衝突を描いています。
島の白人たちが黒人たちの文化や痛みを無視してきたことが、やがて悲劇を招くというメッセージが込められています。
人生の教訓として、「見て見ぬふりをすることの怖さ」と「異なる文化や価値観を理解しようとする大切さ」が浮かび上がってきます。
1944年

ローラ殺人事件

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0175)
監督:オットー・プレミンジャー
88分/アメリカ
原題または英題:Laura
配給:セントラル映画社
ニューヨークで成功していた広告会社の女性ローラ・ハントが自宅で散弾銃によって殺害され、刑事マーク・マクファーソンが捜査を始めます。
彼はコラムニストのウォルド・ライデッカーや婚約者シェルビーから話を聞き、日記や手紙、そして美しい肖像画を通してローラという人物を知っていくうちに、死んだはずのローラに恋をしてしまいます。
ところがある夜、ローラの部屋で肖像画を見つめていたマークの前に、本物のローラが現れます。殺されたのは別人だったのです。事件は一気に複雑になり、三人の男性それぞれのローラへの執着が、やがて真犯人を浮かび上がらせていきます。
心理的に複雑な執着の肖像であり、巧みに作られた殺人ミステリーといえます。
最初に監督を任されていたのはルーベン・マムーリアンで、数週間分の撮影まで進んでいました。しかし試写用ラッシュを見たスタジオ側(特にプロデューサーのダリル・ザナック)が不満を抱き、マムーリアンは解任、プレミンジャーが昇格して監督に。プレミンジャーは彼が撮った映像やセット、衣装をほぼすべて捨てて、キャストはそのままに一から撮り直したと言われています。
アメリカ映画協会の「史上最高のミステリー映画10選」にも選ばれ、ロジャー・イーバートの「偉大な映画」シリーズでも取り上げられました。
見どころは、派手なアクションではなく、会話と映像だけで見せるサスペンスです。鏡やガラス越しの構図、肖像画を見上げるシーンなど、映像そのものが「理想化された女性像」と「現実の女性」のズレを表現しています。
映画冒頭、ウォルドが巨大な大理石バスタブで全裸のまま、胸元を隠す棚の上にタイプライターを置いて執筆しているシーンは、フィルム・ノワール名場面として有名。
かんとくさん後に「バスタブでタイプする脚本家ダルトン・トランボ」の有名写真を思い起こさせる、と映画ファンにネタにされているよ
人は相手そのものではなく、自分が見たいイメージを愛してしまいがちということです。
登場する男性たちは、それぞれの理想をローラに投影し、一人の人間として見ようとしません。その結果、愛は所有欲や支配欲に変わっていきます。
他人を理想化しすぎず、ありのままの相手を受け止めることの大切さを教えてくれる作品です。
若草の頃

画像引用元:映画.com
(NO.0176)
監督:ヴィンセント・ミネリ
113分/G/アメリカ
原題または英題:Meet Me in St. Louis
配給:東京テアトル
1904年にセントルイスで開かれる万国博覧会。その前年の夏から物語は始まります。スミス家の二女エスターは隣の青年ジョンに恋をしていて、末っ子トゥーティはイタズラ好きの元気な女の子。そんな家族に突然、父親から「仕事の都合でニューヨークに引っ越す」という知らせが入ります。
大好きな町や友達と離れたくない…..家族みんなの心が揺れ動きます。
監督ヴィンセント・ミネリとジュディ・ガーランドは、この作品の撮影中に本格的に恋人関係になり、翌1945年に結婚。娘がのちのライザ・ミネリです。
見どころは、四季を通じて描かれる家族の何気ない日常です。夏のパーティーで歌われる「トロリー・ソング」、秋のハロウィンの騒ぎ、そしてクリスマス・イヴにエスターが妹を慰めながら歌う「ハブ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス」どれも心に残る名場面です。
派手な事件は起きません。でも、ケチャップの作り方で言い争ったり、電話を待ちわびたり、姉妹ゲンカをして仲直りしたり…そんな小さな出来事の積み重ねが、家族の温かさを伝えてくれます。
















トゥーティ役マーガレット・オブライエンの号泣演技はあまりに見事で、子役として特別アカデミー賞を受賞しました
「変化への不安」と「大切な日常」について考えさせられます。
引っ越しや進学など、環境が変わる時、誰でも不安になります。でも家族で本音を話し合い、自分たちにとっての幸せを見つけていくのです。
小さな勇気と日々の暮らしを大切にする心を、美しい映像と音楽で思い出させてくれる作品です。
脱出

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0177)
監督:ハワード・ホークス
100分/アメリカ
原題または英題:To Have and Have Not
配給:セントラル映画社
第二次世界大戦中のフランス領マルティニーク島。釣り客を相手に小さなボートで生計を立てるアメリカ人ハリーは、政治には関わらず自分の生活だけを守ろうとしています。しかし客に代金を踏み倒され、警察の銃撃戦に巻き込まれたことから、危険なレジスタンス運び屋の仕事を引き受けることに。そこへ現れたのが、謎めいた若い女性マリー。二人は皮肉たっぷりの会話を交わしながら、次第に惹かれ合っていきます。
原作はヘミングウェイの小説ですが、大きく改変され、19歳のバコールのデビュー作として、そして二人の初共演作として有名になりました。二人は撮影中に恋に落ち、実生活でも結婚しています。
監督ハワード・ホークスは親友ヘミングウェイに「お前のいちばんダメな本からでも、俺ならいい映画が作れる」と豪語。ヘミングウェイが「じゃあ『To Have and Have Not』でやってみろ」と返し、この企画が動き出した…という有名な逸話があります。
かんとくさんただし映画版は、タイトルと主人公の名前以外ほぼ別物と言われるレベルで改変されたよ
見どころは、ハリーとマリーの大人の掛け合いです。有名な口笛のシーンや、酔っ払いの相棒エディとの友情など、ハワード・ホークス監督らしいテンポの良い会話が続きます。
原作はノーベル賞作家アーネスト・ヘミングウェイ。脚本には、これまたノーベル賞作家のウィリアム・フォークナーが参加。





















































「ノーベル賞作家2人が関わったハリウッド映画」はかなりレアです
見て見ぬふりをやめて腹をくくる勇気をもちましょう。
ハリーは最初「政治には関わらない」と言い張りますが、仲間たちとの出会いの中で、目の前の人を見捨てられないという思いに動かされていきます。
大きな理想ではなく、大切な人を守りたいという小さな決断こそが人を少しだけヒーローにしてくれる、そんな渋くて頼もしい作品です。
ガス燈

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0178)
監督:ジョージ・キューカー
114分/アメリカ
原題または英題:Gaslight
配給:セントラル映画社
「ガスライティング」(心理的虐待)という心理用語の語源になった映画です。
かんとくさん「ガスライティング」という言葉自体は、本編の中では一度も出てこないよ
舞台はヴィクトリア朝ロンドン。若くして伯母を殺害事件で失ったポーラは、イタリアで出会ったピアニストのグレゴリーと結婚。かつて伯母が殺された屋敷で暮らし始めますが、物が消えたり、奇妙な物音がしたり、ガス燈が暗くなったりと不可解な出来事が続きます。
夫は「君の勘違いだ」と言い続け、ポーラは自分が狂いかけていると追い詰められていきます。
実はグレゴリーこそが伯母を殺した犯人で、屋敷に隠された宝石を探すため、妻を精神的に追い詰めていたのです。ガス燈が暗くなるのは、彼が屋根裏でガスを使っているから。
でも「そんなことは起きていない」と否定され続けることで、彼女は自分の感覚すら信じられなくなっていきます。
メイドのナンシーを演じたアンジェラ・ランズベリーは、当時まだ18歳。ロサンゼルスの高級デパート「ブルックス・ウィルシャー」で働いていたところを見出され、この作品で映画デビューしました。
この映画は第17回アカデミー賞で7部門にノミネートされ、バーグマンが主演女優賞、プロダクション・デザイン賞を受賞しました。
かんとくさんバーグマンは役作りのために実際に精神病院に行って患者を観察していたんだよ
見どころは、大声も暴力もないのに、言葉だけで相手を壊していく心理的虐待の描写です。「君が忘れっぽいだけ」という優しい声での否定の積み重ねが、どれほど人を追い詰めるのか?今見ても背筋が寒くなります。
どんなに親しい相手でも、自分の感覚や記憶を完全には手放してはいけないということです。
最後にポーラが自分の現実を取り戻す場面には、ただ怖いだけでは終わらないカタルシスがあります。
ヘンリィ五世

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0179)
監督:ローレンス・オリヴィエ
137分/イギリス
原題または英題:Henry V
配給:BCFC/ニッポンシネマコーポレーション
ローレンス・オリヴィエが監督・主演したというシェイクスピア劇の映画化です。
若きイングランド王ヘンリー五世がフランス遠征に乗り出し、アジャンクールの戦いで勝利を収めるまでを描きます。映画はロンドンのグローブ座での舞台から始まり、やがて舞台空間が本物の中世ヨーロッパへと広がっていく独特の構成です。
この作品は第二次世界大戦中に制作され、チャーチルの指示のもと英国軍の士気を高めるために作られました。ノルマンディー上陸作戦と時期を合わせて公開された、戦時プロパガンダとしての役割を持つ映画です。





















































実はほぼ「公式プロバガンダ」映画でした
見どころは、有名な「聖クリスピンの日の演説」です。戦の前夜、ヘンリーは圧倒的に不利な兵力でも、言葉の力で兵士たちを鼓舞します。
鮮やかなテクニカラーとウィリアム・ウォルトンの壮大な音楽で描かれる戦場は、まさに英雄譚そのものです。
ウェールズ兵フルーエリンを演じた エズモンド・ナイト は、本物の海軍軍人。1941年、戦艦プリンス・オブ・ウェールズ乗艦中に攻撃を受けて重傷を負い、両目とも一時は完全に失明。のちに右目の視力だけ少し戻った状態でこの映画に出演しています。
リーダーシップとは部下と同じ土俵に立ち、言葉で希望を差し出すことだということです。
ただし、戦争の悲惨さよりも栄光を強調した作りになっているため、「美しい物語をそのまま信じていいのか」という問いも同時に投げかけてきますね。
勇ましさの裏にある政治的意図にも目を向けてみましょう。そんなことを考えさせてくれる作品です。
深夜の告白

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0180)
監督:ビリー・ワイルダー
106分/アメリカ
原題または英題:Double indemnity
配給:ユニバーサル・ピクチャーズ
ロサンゼルスの保険セールスマン、ウォルター・ネフは、既婚女性フィリスと出会います。彼女は夫への不満と巨額の保険金への欲望を隠さず、ウォルターは最初こそ拒みながらも、その危険な魅力に飲み込まれていきます。二人は鉄道事故に見せかけた完全犯罪を計画しますが、やがて保険調査員キーンズが違和感を嗅ぎ取り、綻びが露わになっていきます。
物語は、銃で撃たれたウォルターが深夜のオフィスでテープレコーダーに告白を吹き込む形で進行します。この構成は、その後の犯罪映画のお手本となりました。
原作は 1927年クイーンズで実際に起きた保険金殺人事件 がモデル。妻ルース・スナイダーが愛人と組んで、夫にダブル・インデムニティ付き保険をかけて殺害した事件です。
見どころは、特別な悪人ではない普通のサラリーマンが、小さな妥協から一気に殺人へと滑り落ちていく過程です。「自分もどこかでこうやって一線を越えるのかも」と思わせるリアルさがあります。
かんとくさんこの映画も、ヘイズコードに何度もひっかかってNGくらっては修正しているんだ
人は大きな悪意よりも、ちょっとした妥協で壊れていくということです。
最初は小さな嘘でも、それを正当化するうちに引き返せなくなる。相棒だと思っていた相手が、実はもっと冷酷だったと気づいたときの虚しさも痛烈です。苦くて、それでもクセになるという犯罪映画です。
ブロンドの殺人者

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0181)
監督:エドワード・ドミトリク
95分/アメリカ
原題または英題:Murder, My Sweet
配給:IP
探偵フィリップ・マーロウが主人公のフィルム・ノワールです。元囚人のムース・マロイに「昔の恋人を探してほしい」と頼まれたマーロウは、次々と起こる殺人事件に巻き込まれていきます。
この映画の魅力は、ディック・パウエルが演じるマーロウの生き方にあります。彼はもともとミュージカルスターでしたが、この作品で皮肉屋の探偵に見事に変身し、後のハードボイルド映画の手本となりました。
影とネオンが織りなす映像美、謎めいた女性たち、複雑に絡み合う事件、すべてが観る者を引き込みます。
原作では、
- フロリアンズは黒人街セントラルアベニューにあるブラック専用クラブ
- マリオットの同性愛的ニュアンス
- アムソア&ゾンダボーグが上流階級に薬物を売るドラッグ供給元
といった要素が、かなりハードに描かれています。
しかし当時のプロダクション・コードと南部での上映事情を考慮して、
- クラブは“普通のナイトクラブ”に変更
- 同性愛やドラッグはほのめかしレベルに後退
という形で脚本が調整されました。
周りがどれだけ腐っていても、自分だけは正しいと信じる道を歩むという姿勢を学ぶことができます。
マーロウは危険な仕事だとわかっていても、一度引き受けた以上は最後まで真相を追い求めます。依頼人は嘘をつき、関係者は隠し事ばかり。それでも彼は「自分のルール」を曲げません。殴られても、騙されても、自分の信念を守り続けるのです。
かんとくさん目が回るドラッグ幻覚シーンは、実験精神の結晶だよ
マーロウが薬漬けにされる場面で出てくる、あのぐにゃぐにゃした主観ショット&顔の洪水。ドミトリクはこのシーンのために、多重露光や変形レンズを駆使して「顔の海に落ちていく」ようなビジュアルを作り上げたと伝えられています。
私たちの人生でも、周りに流されそうになることがあります。でも、「これだけは譲れない」という自分なりの信念を持つことが大切です。
そんな小さな誇りを持ち続けることの大切さを、煙たいロサンゼルスの夜と一緒に教えてくれる作品なのです。
イワン雷帝(一部・二部)

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0182)
監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン
190分/ソ連
原題または英題:Ivan, the Terrible Ivan Groznyi
配給:アルマ・アタ映画
『イワン雷帝』(一部1945年、二部1958年公開)は、16世紀ロシアの皇帝イワン4世の生涯を描いた歴史大作です。監督のセルゲイ・エイゼンシュテインが、ソ連の指導者スターリンの命を受けて制作しました。
若きイワンがロシアを一つの国にまとめようと奮闘する姿から始まります。しかし、貴族たちの裏切りや最愛の妻の死を経験するうちに、彼は次第に疑い深くなり、秘密警察を使って反対する者を力で押さえつけるようになります。
一部はスターリンに絶賛されましたが、二部は「描き方が残酷すぎる」として禁止され、公開されたのは監督の死後でした。
かんとくさん本当は三部作の予定だったんだよ
エイゼンシュテインは最初は二部構成の予定でしたが、後に第三部まで作る構想に拡張。すでに一部の撮影も始まっていました。しかし第二部の上映禁止で計画はストップ。エイゼンシュテインは1948年に急逝し、第三部は脚本とごく一部の断片だけを残して幻の作品になりました。
この映画の魅力は、まるで絵画のような美しい映像です。極端な角度から撮られたカメラ、影を効果的に使った演出、豪華なセット、そしてプロコフィエフの不気味な音楽。特に二部の舞踏会シーンは突然カラーになり、血のような赤と金色が画面を支配する狂気の世界として観る者を圧倒します。
正しいことをしようとしても、力に頼りすぎると自分も周りも壊してしまうということです。
イワンは国を守りたいという思いから出発しましたが、裏切りを恐れるあまり、誰も信じられなくなり、恐怖で人を支配するようになります。
周りの人を疑い、力で押さえつけようとすればするほど、孤独になり心が壊れていく。そんな恐ろしさをこの映画は見せてくれます。
リーダーシップとは何か、権力をどう使うべきか、深く考えさせられる作品です。
1945年

ミルドレッド・ピアース

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0183)
監督:マイケル・カーティス
109分/アメリカ
原題または英題:Mildred Pierce
配給:ワーナー・ブラザーズ
夫と別れた主婦が娘のために必死に働き、レストラン経営で成功を収めながらも、娘への愛情が行き過ぎて悲劇に向かう物語です。
映画は殺人事件から始まり、警察に呼ばれた主人公ミルドレッドが自分の人生を語る形で進みます。夫と別れた彼女は、娘たちを育てるためにウェイトレスとして働き始め、得意なパイ作りを武器にレストラン経営に乗り出します。努力の末にチェーン展開まで成功させますが、長女ヴェーダは母の「働く姿」を恥じ、お金と地位だけを求めて母を利用し続けます。
ケインの原作小説には、冒頭の殺人事件や犯人探しノワール構造はありません。プロデューサーのジェリー・ウォルドが、クライマックスの殺人そこへ向かうフラッシュバック構成を考え出し、「より道徳的に見えるラスト」にすることで、検閲機関(ブリーン・オフィス)からGOをもぎ取ったと言われます。
クロフォードはこの役でアカデミー主演女優賞を受賞し、彼女の代表作となりました。フィルム・ノワール特有の暗い影と光の演出が、母と娘の緊張関係をより一層際立たせています。
















女優3人がオスカーノミネート!男たちは完全にかすんじゃいました
愛情と過度な犠牲は違うということかもしれません。
ミルドレッドは良い母親でありたいという思いから、娘の要求をすべて受け入れ、自分を犠牲にし続けます。しかし、それは結果的に娘を甘やかし、わがままで冷酷な人間に育ててしまいました。
どれだけ愛していても境界線を引くことが大切です。相手のためを思うなら、時には厳しく接することも必要なのです。働く母親の苦労と葛藤を描いたこの作品は、今の時代にも通じる深いメッセージを持っています。
恐怖のまわり道

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0184)
監督:エドガー・G・ウルマー
67分/アメリカ
原題または英題:Detour
配給:IVC
フィルム・ノワールの本質を凝縮した作品です。一人の善良な男が運命に翻弄され、破滅していく様子を描いています。
ピアニストのアルは、恋人に会うためにヒッチハイクでニューヨークからカリフォルニアへ向かいます。しかし道中、車に乗せてくれた男が事故で死んでしまい、警察を恐れたアルはその男になりすまして車を運転し続けます。そこへ現れたのが、謎の女ヴェラ。彼女はアルの秘密を知っていて、そこから悪夢のような出来事が次々と起こります。
もっとも暗く運命的なフィルム・ノワールといわれています。
公開後、権利管理がかなり乱れていて、長年パブリックドメイン扱いされていたと誤解されるほど。
そのためあちこちで無料で流れてるノワール映画として知られていました。





















































映画の権利が一時期、無法地帯になっていたんですね
特にアン・サヴェージが演じるヴェラは、映画史に残る恐ろしい女性キャラクターとして有名です。低予算ゆえの荒削りな映像が、主人公の不安や恐怖をリアルに伝えています。
小さな嘘や隠し事が、取り返しのつかない結果を招くということでしょうか。
アルは最初の事故を隠そうとして嘘をつき、それがさらに大きな嘘を生み、最終的には抜け出せない泥沼にはまってしまいます。どんなに怖くても、最初の時点で正直に話していれば、ここまで酷いことにはならなかったはずです。
かんとくさん低予算だったから、同じ道を何度も走って撮影しているんだ
街道のシーンは、向きを変えて同じ道を走る → 別の場所に見せるという荒ワザで対応。気づきにくいけど、実はほぼ同じ場所。
人生では、小さな判断ミスが大きな代償を払うことになるという厳しい教訓を、この映画は私たちに突きつけてきます。
渦巻

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0185)
監督:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー
91分/イギリス
原題または英題:I Know Where I’m Going
配給:BCFC/NCC
「私は自分の行き先を知っている」と自信満々に言い切る主人公ジョーンが、思いがけない出会いによって人生観を変えていく物語です。
ジョーンは裕福な男性との結婚を目指し、スコットランドのヘブリディーズ諸島へ向かいます。ところが悪天候で島に渡れず、本土の村で足止めされてしまいます。そこで彼女は地元の人々や海軍将校トーキルと出会い、素朴な生活や古い伝説に触れるうちに、自分が本当に大切にすべきものが何なのか、次第に分かってきます。
白黒映像の美しさと詩的な雰囲気が堪能できます。スコットランドの荒々しい自然と霧に包まれた風景が、まるで絵画のように描かれており、「映画で見る詩」と称されています。
本作はスコットランド西岸の島々で撮影したけど、天候がひどくてスケジュールはズタズタ。しかしその荒れた海が、映画の『運命の渦巻』の象徴になり、監督は「天気がこの映画の共演者だ」と言いました。
人生は計画通りにいかないからこそ、豊かになるということもあるのかもしれません。
ジョーンは最初、すべてを自分でコントロールできると信じていました。しかし予期せぬ足止めによって、お金や地位よりも大切なものがあることに気づきます。
時には立ち止まって、予定していなかった道を歩くことで、本当に自分らしい生き方が見えてくるというメッセージを、美しい映像とともに伝えてくれる作品なのです。
イギリスでは一般的な名作というより、「私の人生を救った映画ベスト3」に入れる人が異様に多いです。人生が変わる映画として今でも愛されています。
失われた週末

画像引用元:映画.com
(NO.0186)
監督:ビリー・ワイルダー
101分/アメリカ
原題または英題:The Lost Weekend
配給:パラマウント映画
アルコール依存症を真正面から描いた社会派ドラマです。主人公ドンは作家を目指していますが、うまくいかない焦りと自信のなさから酒に逃げてしまいます。たった4日間の週末で、彼の人生は大きく崩れていきます。
アカデミー賞では作品賞・監督賞・主演男優賞・脚色賞の主要4部門を受賞しました。1945年という時代に、ここまでリアルに依存症を描いた映画は珍しく、今でも名作として語り継がれています。
最大の見どころは、レイ・ミランドの演技です。酒を求めてさまよう姿、幻覚に苦しむ様子を、まるで本当に依存症の人のように演じきっています。
ドンを見捨てずに支え続ける恋人ヘレンの存在もまた印象的で、この映画に希望の光を与えています。
かんとくさん依存症病棟の撮影許可を得るため、ワイルダーが直談判するも…最初はめちゃくちゃ反対されたんだよ
病院側は「お酒の怖さを映画で描くなんてイメージ悪い」と猛反発。ワイルダーは何度も説明しに行き、「依存症への偏見をなくす映画になる」と説得してようやく許可が下りました。
人間の弱さと、立ち直りのきっかけですについて考えさせられます。
一人で抱え込むと心が壊れてしまうけれど、誰かが手を差し伸べてくれれば、人生はまた前に進めます。そして、自分の弱さを認めることが、本当の強さへの第一歩になるということ。
逃げずに向き合う勇気こそが、人生を変える力になるのです。
原作者チャールズ・ジャクソンは原作の暗さと絶望が薄められていると感じて激怒。しかし映画が大ヒットしてアカデミー賞を取ると、「まぁ…これはこれでいい」





















































態度が急変したんですね
天井桟敷の人々

画像引用元:映画.com
(NO.0187)
監督:マルセル・カルネ
190分/G/フランス
原題または英題:Les enfants du paradis
配給:ザジフィルムズ
舞台は1830年代のパリ。芝居小屋が並ぶ「犯罪大通り」と呼ばれる街で、謎めいた美女ガランスと、彼女に恋する4人の男たちの物語が描かれます。パントマイム芸人のバチスト、情熱的な俳優フレデリック、冷酷な犯罪者ラサネール、そして貴族のモンテイユ伯爵。それぞれが違う形でガランスを愛しますが、その想いは交わることがありません。
1995年には600人のフランス映画関係者によって「史上最高のフランス映画」に選ばれました。ナチス占領下という厳しい状況で撮影され、多くのユダヤ人スタッフが偽名で参加していたという歴史的背景も、この作品の価値を高めています。
戦後すぐのフランスで公開されると、観客動員数は約400万人超えとも言われる超大ヒット。当時のフランス映画としては異例のロングランで、「フランス人なら一度は観たことがある映画」みたいな立ち位置にまでなりました。
見どころは、芝居小屋という舞台を通して描かれる「人生の二重性」です。舞台では愛や笑いが演じられる一方、楽屋裏では嫉妬や駆け引きがうごめいています。
そして劇場の最上階「天井桟敷」には、お金はないけれど情熱に満ちた庶民たちがいます。ジャン=ルイ・バローが演じるバチストの繊細な演技と、アルレッティのガランスの自由な魅力が、報われない恋の切なさを見事に表現しています。
かんとくさんセットがあまりに巨大で「フランス版シネマ・シティ」と呼ばれたんだよ





















































日本で言う「七人の侍」のようなお国の代表映画という立ち位置なんですね
人は誰でも「観客」であり「役者」でもあるということです。
私たちは時に本心を隠して演技し、でもその仮面の下の本当の気持ちは相手に伝わらないことが多い。誰かを愛することの難しさと、それでも人を愛さずにはいられない人間の姿が描かれています。
想いを伝えることの大切さと、すれ違いの切なさを教えてくれる、深い人間ドラマです。
サン・ピエトロの戦い

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0188)
監督:ジョン・ヒューストン
32分/アメリカ
原題または英題:San Pietro
配給:株式会社コスミック出版
1943年12月、イタリアの小さな村サン・ピエトロ・インフィーネで起こった激しい戦闘を記録しています。ドイツ軍が要塞化したこの村を奪うために、1,100人以上のアメリカ兵が犠牲になりました。
この映画が特別なのは、戦争の「リアルな現実」を映したことです。戦死した兵士たちの顔をクローズアップで映し、遺体が運ばれる様子を隠さずに撮影しました。当時のニュース映画では絶対に見られなかった生々しい映像です。あまりにリアルすぎて、アメリカ軍は「兵士の士気を下げる」として公開を止めようとしました。
公開当初、アメリカ陸軍内では「兵士の士気を下げる」として一時的に上映禁止にされました。理由は、兵士の遺体が生々しく映っていたから。
勝利の美談ではなく死の現実”見せるドキュメンタリーは前例がなかったのです。
しかし参謀総長ジョージ・マーシャルが「この現実を見せることで、訓練を真剣に受けるようになる」と擁護し、教育用として使われることになりました。
見どころは、勝利の高揚感よりも、失われた命と破壊された村にカメラが向けられていることです。洞窟に隠れていた村人たちが、瓦礫と化した故郷に戻るシーンは、戦争が一般市民の生活に何をもたらすのかを静かに物語っています。
かんとくさん破壊されたサン・ピエトロの村を歩く女性や子どもたちは、
実際にその村で暮らしていた住民本人たちだよ
地図の上では「作戦成功」の一行で済む出来事の裏に、顔と名前のある無数の人間の人生があるということです。
報告書では簡単に書いて終わる出来事も、現場では恐怖と迷いと取り返しのつかない死の積み重ねです。その現実を直視したとき、「戦争」という言葉を軽々しく口にできなくなります。
短い作品ですが、戦争の本当の姿を伝える重要な記録映画です。
この作品の後、ヒューストンは『黄金』『アフリカの女王』などでハリウッドに返り咲き。戦場の泥から華やかな映画界へ。
「人間の地獄と理想郷、どっちも知ってる監督」になりました。





















































この作品は、ジョン・ヒューストンの魂の原点ともいえる作品なんですね
逢びき

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0189)
監督:デヴィッド・リーン
86分/イギリス
原題または英題:Brief Encounter
配給:BCFC/ニッポンシネマコーポレーション
イギリスの小さな駅を舞台にした恋愛映画です。主人公は平凡な主婦ローラ。ある日、駅の待合室で医師アレックと偶然出会います。二人とも既婚者でありながら、お茶を飲んだり映画を観たりする関係が続き、やがて互いに惹かれ合っていきます。しかし、その想いには常に罪悪感がつきまといます。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が流れる中、素朴な駅のホームや煤けたカフェが、二人の揺れる心を見事に映し出しています。
かんとくさんロケ地であるイングランド北部のカーンフォース駅は、今でも「聖地」として残っているよ
見どころは、派手な展開ではなく「心の中だけで燃え上がる恋」が徹底して描かれていることです。ローラは家庭を捨てることも、関係を割り切ることもできません。
その曖昧さ、優しさ、弱さがとても人間的で、「自分だったらどうするだろう」と考えさせられます。
英国側の資料や映画史系記事では、ウィンストン・チャーチルがこの映画を何度も観て感動していたというエピソードがしばしば語られています。
人生には「選ばなかったほうの道」が必ず残り続けるということです。
もしあの日出会わなければ?そんな「もし」を抱えながらも、人は今いる場所で生きていくしかない。
大事件は起きないのに、心の中では一生忘れられない出来事が起きているという、人生のほろ苦さを教えてくれる作品です。
無防備都市

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0190)
監督:ロベルト・ロッセリーニ
103分/イタリア
原題または英題:Roma citta aperta
配給:イタリフィルム
ナチス占領下のローマを舞台にした戦争ドラマです。1944年、ドイツ軍に追われるレジスタンスの指導者マンフレーディは、印刷工フランチェスコの家に身を寄せます。その婚約者ピーナや、協力者である神父ドン・ピエトロの助けを借りて逃亡を図りますが、ゲシュタポは包囲網を狭めていきます。やがて過酷な拷問と見せしめの処刑が行われることに。
この映画は、ナチス軍がローマから撤退してわずか数ヶ月後、瓦礫の残る街でロケ撮影されました。限られたフィルムや資金をかき集め、プロと素人の俳優を混ぜて撮影した結果、ドキュメンタリーのようなリアルなタッチが生まれました。
ナチスがローマから撤退したのが1944年6月、ロッセリーニが撮影を始めたのはその数ヶ月後の1945年1月ごろ。街はまだ瓦礫だらけで、劇中に映る崩れた建物や荒れた通りはほぼそのままの現実。
これが後に「イタリア・ネオレアリズモ」の決定的なスタイルとして世界中から注目されます。
1946年のカンヌ国際映画祭でグランプリ(後のパルム・ドール)を受賞、アカデミー賞脚色賞にもノミネートされました。
見どころは、英雄的な戦争アクションではなく、ごく普通の市民や司祭が圧倒的な暴力の前でどう生き、どう踏みとどまるかが描かれていることです。
ピーナの必死の走り、子どもたちの小さな抵抗、拷問されても沈黙を守るドン・ピエトロ。そのすべてが「大義」ではなく「目の前の誰かを守りたい」という感情から生まれています。
かんとくさん戦後すぐでフィルムが足りず、「米軍が捨てたフィルムの切れ端」を回収して撮影していたんだよ
勇気とは特別な人のものではなく、追い詰められたときに自分の良心を裏切らないと決める、ごく普通の人間の選択だということです。
壮大な戦争スペクタクルではなく、瓦礫の路地と小さなアパートで紡がれる人間ドラマなのです。
白い恐怖

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0191)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
111分/アメリカ
原題または英題:Spellbound
配給:SRO=東宝
精神分析をテーマにしたサスペンス映画です。舞台は精神病院。冷静で有能な女性医師コンスタンスの前に、新任院長が赴任しますが、彼はどこか挙動不審で、自分の過去を覚えていません。やがて彼が別人の名前を名乗っている可能性が浮上し、殺人事件との関わりまで示唆されます。コンスタンスは彼が犯人だと疑いつつも惹かれ、精神分析を通じて心の謎を解こうとします。
サルバドール・ダリがデザインした夢のシーンや、白と黒の強烈なコントラストを生かした映像は強烈な印象です。
ヒッチコックは当時から「映画の夢シーンって、なんで全部ボヤ〜っとしてるの? 現実の夢って、もっと変にハッキリしてるじゃん」と不満だった人。だからダリには「陽の光の下で見る悪夢」のイメージで、くっきり・シャープな夢を依頼したのです。
見どころは、ミステリーとしての犯人探しよりも、トラウマに囚われた人間の心を少しずつほどいていくプロセスです。ヒロインが相手を疑いながらも彼の無意識に入り込み、「なぜ彼は自分を責め続けているのか」を探っていく過程は、恋愛映画と臨床ドラマの中間のような不思議な魅力があります。
当時のハリウッドでは、ここまで精神分析を前面に出した映画はほぼ初で、「フロイト用語を一般観客にここまで連打したなかなか最初の一本」と評されています。
















ただし現代の精神分析家や批評家からは、さすがに突っ込まれていますが
理屈ではなく「心の傷」を理解しないと、人は本当には変われないということです。
表面上の行動だけを責めても、根っこにある罪悪感や恐怖が解消されなければ同じことを繰り返してしまいます。誰かの過去やトラウマを知ることは、その人の今を理解し直すことでもあるのです。
そんな視点で見ると、現代のメンタルヘルスの感覚にもつながってくる作品といえるのです。
1946年

我等の生涯の最良の年

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0192)
監督:ウィリアム・ワイラー
170分/アメリカ
原題または英題:The Best Years of Our Lives
配給:セントラル映画社
戦争が終わった後を描いた群像ドラマです。舞台はアメリカ中西部の小さな町。戦場から戻った3人の復員兵―銀行員アル、元空軍大尉フレッド、海軍で両腕を失ったホーマーが、それぞれの家庭や職場に戻ろうとしますが、戦前と同じ日常にはなかなか戻れません。
妻との距離、仕事の変化、世間の無理解、身体障害への不安。街は平和を取り戻したように見えて、3人の心には戦争の影が深く残っています。
ウィリアム・ワイラーは実際に従軍してて、戦争中に片耳の聴力をほぼ失ってます。だからこの映画は、「もし自分がこの町に帰ってきたら」という半分ドキュメンタリーみたいな気持ちで撮っていたと言われています。
実際に従軍経験のあるワイラー監督が、派手な戦闘シーンではなく「家に帰ってからの苦しみ」にカメラを向けたことで、当時としては非常に斬新な作品になりました。アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、脚色賞、編集賞、作曲賞の7部門を受賞。





















































ホーマー役ハロルド・ラッセル、本当に両手を失った元兵士なんですね
ハロルド・ラッセルは、実際に義手を使う元兵士として出演し、助演男優賞と特別賞の2つのオスカーを受賞するという快挙を成し遂げました。
見どころは、ドラマチックな事件よりも「ささやかな場面」の積み重ねで心を揺らしてくるところです。
家族との再会のぎこちなさ、古巣のバーでの沈黙、新しい恋への罪悪感、そしてホーマーが恋人に義手を見せるシーンなど、一つひとつが静かなのに忘れ難い瞬間です。
















ワイラーは、ラストがあまりにベタなので内心ちょっと照れていたと言っていますね
戦争が終わっても人の心の中の戦争はすぐには終わらないということ。
傷を抱えたままでも、人は支え合いながらゆっくりと日常を取り戻していけるという希望です。誰も完璧なヒーローではないけれど、自分なりの最良の年を作っていくプロセスを丁寧に描いた作品です。
戦火のかなた

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0193)
監督:ロベルト・ロッセリーニ
125分/イタリア
原題または英題:Paisa / Paisan
配給:イタリフィルム/東宝
第二次世界大戦末期のイタリアを舞台にした6つの物語で構成されています。アメリカ軍がシチリアに上陸してから北へ進軍する過程で、兵士たちとイタリア市民が出会い、言葉も文化も違う中で助け合ったり、すれ違ったりする姿を描いています。
この映画の特徴は、俳優だけでなく一般の人々も出演し、実際の戦場跡で撮影されたこと。まるでニュース映像を見ているような生々しさがあります。
かんとくさんロッセリーニは「この映画は俳優なしだ」とドヤっていたけど、実はけっこう盛っているよ
アカデミー賞脚本賞にノミネートされ、若き日のフェデリコ・フェリーニも脚本に参加。ヴェネツィア国際映画祭やニューヨーク映画批評家協会賞など数々の賞を受賞。
見どころは、派手な戦闘シーンではなく、戦争に巻き込まれた普通の人々の小さな出来事の積み重ね。
ナポリ編の撮影では、ロッセリーニとスタッフが、現地当局に一時的に拘束されて事情聴取を受けたという記録がある。戦後すぐの混乱期で、「この連中ほんとに映画の撮影? それとも何者?」と警戒されたとのこと。
言葉が通じなくても心は通じ合える瞬間もあれば、同じ味方同士でも期待と現実がすれ違うこともある。その複雑な人間関係を、押しつけがましくなく静かに描いています。
戦争とは国同士の争いであると同時に、理解し合おうとする一人ひとりの努力の物語でもあるということです。
郵便配達は二度ベルを鳴らす

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0194)
監督:テイ・ガーネット
113分/アメリカ
原題または英題:The Postman Always Rings Twice
配給:MGM
アメリカの田舎のダイナーに、流れ者のフランクがやってきます。そこで店主ニックの若く美しい妻コーラと出会い、二人は恋に落ちます。夫との退屈な生活に不満を持つコーラは、フランクと一緒に新しい人生を始めようと考え、夫を殺す計画を立ててしまいます。
しかし、計画は思い通りにいきません。事故に見せかけた殺人、検事との駆け引き、弁護士の策略。二人は互いを疑い始め、最後には予想外の結末が待っています。
ラナ・ターナーの白い衣装と魅惑的な演技は「ノワール映画史上最高のファム・ファタール(運命の女)」として今も語り継がれています。
かんとくさん原作はもっとエグいよ。ギリシャ人設定&サドっぽい性描写は全カットされたんだ
人は「これしか道がない」と思い込むと、どんな理屈でも自分を正当化してしまう怖さです。
二人は「愛のため」「自由のため」と言いながら犯罪に手を染めますが、本当に恐ろしいのは「自分だけは大丈夫」という油断です。
サスペンスとして楽しむのもよし、人生の選択について考えるのもよし。何度観ても深い味わいのある作品です。
美女と野獣

画像引用元:映画.com
(NO.0195)
監督:ジャン・コクトー
96分/G/フランス
原題または英題:La belle et la bete
配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム
フランスの古典的な童話を映画化した幻想的なファンタジー作品です。商人の末娘ベルは、父が野獣の城でバラを摘んだ罰として、自ら城へ向かいます。恐ろしい姿の野獣ですが、実は孤独で優しい心の持ち主でした。やがてベルは、外見ではなく心の美しさに気づいていきます。
「最も魔法のような映画のひとつ」と感じさせられます。
ジャン・コクトーは撮影中、ひどい皮膚病(湿疹・静脈炎系)で倒れて入院してます。
その様子は自分の撮影日記『La Belle et la Bête: Journal d’un film』にも残っていて、「この映画が私を殺しかけた」とまで書いているレベル。入院中のあいだは、のちに監督として有名になるルネ・クレマンが現場をサポートしていました。
この映画の最大の魅力は、CGのない時代に作られた映像の美しさです。
壁から伸びた腕が燭台を持ち、ひとりでに開く扉、スローモーションで流れるような動き。当時の撮影技術を駆使した映像は、今見ても独特の詩的な雰囲気を持っています。
野獣のメイクは何時間もかけて作られ、恐ろしさと優しさが同時に感じられる表情を生み出しています。
制作は第二次大戦直後で、フランスは物資不足まっただ中。あの豪華に見える衣装たち、実は戦後の布不足の中、ハギレや残反をかき集めて作られています。
外見は中身を表さないということです。
完璧な王子様より、不器用でも誠実な存在のほうが、本当の愛にふさわしいのではないかと問いかけています。美しいモノクロ映像の中で、人を判断する基準について静かに語りかけてくる作品です。
殺人者

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0196)
監督:ロバート・シオドマク
105分/アメリカ
原題または英題:The Killers
配給:ユニバーサル・ピクチャーズ
アーネスト・ヘミングウェイの短編小説を映画化したフィルム・ノワール作品です。田舎町のガソリンスタンドで働く「スウェード」という男が、二人の殺し屋に狙われています。仲間が知らせに来ても、彼はなぜか逃げようとせず、ベッドで静かに死を待ちます。保険調査員ジム・リアドンは、なぜ彼が抵抗しなかったのか調べ始めます。
調査が進むにつれて、スウェードの過去が明らかになります。元ボクサーだった彼は、ケガで夢を諦め、美しい女性キティに恋をして、犯罪の世界へ足を踏み入れてしまったのです。
















実は、脚本にジョン・ヒューストンがこっそり参加しています
クレジット上の脚本はアンソニー・ヴィーラーだけですが、実際にはジョン・ヒューストンとリチャード・ブルックスが大幅にリライトしていたとされています。ただしヒューストンはワーナーと専属契約中だったため、名前は出せず完全ノンクレジットという裏方扱い。
この映画の見どころは、パズルのように組み上がっていくストーリーです。調査員が様々な人から話を聞くたびに、スウェードの人生の断片が明らかになり、最後には裏切りと二重三重のだまし合いの全貌が見えてきます。暗闇と光を使った美しい映像も魅力です。
公開当時、『殺人者』はニューヨークであまりに人気が出すぎて、一部の劇場は24時間オールナイト上映をしたと言われています。
過去の選択から逃れることはできないということです。
スウェードは一つ一つの決断で少しずつ道を誤り、最後には自分でも納得してしまうような結末を迎えます。運命のせいにしたくなりますが、道を選んできたのは自分自身だったと気づかされる作品です。
素晴らしき哉、人生!

画像引用元:映画.com
(NO.0197)
監督:フランク・キャプラ
130分/G/アメリカ
原題または英題:It’s a Wonderful Life
配給:日本RKOラジオ映画
人生の価値について描いた心温まる名作です。小さな町で金融会社を経営するジョージ・ベイリーは、若い頃から世界を旅する夢を持っていました。しかし、家族や町の人々を守るため、その夢を諦めて働き続けてきました。
クリスマスイブの夜、会社が倒産の危機に陥り、絶望したジョージは「自分なんて生まれてこなければよかった」と橋から飛び降りようとします。そこへ守護天使クラレンスが現れ、「もし君が生まれていなかったら、この町はどうなっていたか」を見せます。助けた命、救った家族、支えた友人たち、そのすべてが失われた世界を見たジョージは、自分の人生の価値に気づきます。
かんとくさんあのプール付き体育館は、本当にある学校だよ
1974年に著作権が切れてテレビで何度も放送されるようになり、今では「クリスマス映画の王様」と呼ばれるほど愛されています。
アメリカでこの映画知らない人はたぶんいないというレベルです。
自分の価値は、大きなことを成し遂げたかどうかではなく、日々どれだけ誰かを支えてきたかで決まるということです。
派手な成功はなくても、気づかないところで誰かの人生を変えているかもしれない。そんな視点をくれる、何度観ても心に響く作品です。
戦後の赤狩りムードの中で、FBIはこの映画を真顔でチェックしていて、内部メモで「悪徳な銀行家を悪役にし、小さな共同体金融を理想化しているのは共産主義の手口かもしれない」みたいなことを書いています。





















































「そこが疑うポイント?」と思いますよね
三つ数えろ

画像引用元:映画.com
(NO.0198)
監督:ハワード・ホークス
114分/アメリカ
原題または英題:The Big Sleep
配給:ワーナー・ブラザース
レイモンド・チャンドラーの小説を映画化したフィルム・ノワール作品です。私立探偵フィリップ・マーロウは、大富豪スターンウッド将軍から、次女カーメンが抱える借金トラブルの解決を依頼されます。しかし調査を進めるうちに、ポルノ写真、違法賭博、行方不明の人物、そして長女ヴィヴィアンまで絡む複雑な事件へと発展していきます。
この映画は「誰が誰を殺したのか分からない」と有名なほど複雑なストーリーですが、撮影中、監督たちも混乱して原作者チャンドラーに問い合わせたところ、「私も分からない」と答えたというエピソードが残っています。しかし、その複雑さこそがノワールの魅力です。
かんとくさん誰が運転手を殺したのか、原作者すら知らない問題はわりと有名なネタだよ
この映画の魅力は、ストーリーを理解することよりも、マーロウの視点で闇社会をさまよう感覚そのものです。ボガートとバコールの火花が散るような会話、煙たいバーの照明、夜のロサンゼルスのネオンなど、その雰囲気だけで十分楽しめます。
原作では、ガイガーは違法ポルノを扱う書店の店主かつ同性愛者で、ルンドグレンは恋人という設定。でも当時のヘイズ・コードでは、ポルノも同性愛もNGなので、映画では「中国風の椅子とチャイナドレスの写真をめぐる曖昧な会話」としてほぼ全部暗喩に差し替え。
世界がどれだけ混沌としていても、自分の中の信念だけは貫き続けることの大切さです。
完全にきれいな人間なんていない世界で、それでも「ここまでは許せるが、ここから先はダメだ」と決めて行動する。その姿勢が、渋くてカッコいい大人の生き方を教えてくれます。
ギルダ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0199)
監督:チャールズ・ヴィダー
110分/アメリカ
原題または英題:Gilda
配給:コロンビア・ピクチャーズ
リタ・ヘイワースの代表作として知られるフィルム・ノワール作品です。舞台はブエノスアイレス。博打打ちのジョニーは、富豪バリンに拾われてカジノの右腕となります。ところがバリンが新妻として連れてきたのは、ジョニーのかつての恋人ギルダでした。
二人は過去を隠しながらも、激しい嫉妬と執着で互いを傷つけ合います。ギルダはわざと男たちを誘惑してジョニーを挑発し、ジョニーは監視役として彼女を縛りつける。その裏では、ナチスの残党が関わるタングステン利権をめぐる陰謀が渦巻いています。
撮影中、リタ・ヘイワースとグレン・フォードは本当に恋愛関係になり、その関係は何十年も断続的に続いたと言われています。
相手に勝手なイメージを押しつけることの危険性について考えさせられます。
ジョニーは自分の嫉妬を認められず「ギルダが悪い女だ」と決めつけます。その結果、彼女の言動すべてが裏切りに見えてしまい、関係はどんどん壊れていきます。
私たちも日常で、相手を「こういう人だ」と決めつけていないでしょうか。華やかなカジノと甘い歌の裏で、人間関係の本質を問いかけてくる作品です。
本作のプロデューサーはヴァージニア・ヴァン・アップという女性で、当時のハリウッド大作としてはかなり珍しいメイン・プロデューサーが女性の作品。
天国への階段

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0200)
監督:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー
104分/イギリス
原題または英題:A Matter of Life and Death
配給:BCFC=NCC
イギリスを代表するファンタジー映画の傑作です。第二次大戦末期、炎上する爆撃機から脱出したイギリス空軍パイロットのピーター。パラシュートがない彼は、死を覚悟して米軍通信士ジューンと最後の会話を交わします。
ところが奇跡的に生還したピーターは、ジューンと再会して恋に落ちます。しかし天上界では「彼は本来死んでいるはずの人間」として、引き戻そうとする動きが。ピーターは自分の命と愛を守るため、天上の法廷で裁判を受けることになります。地上では医師が脳の手術を準備し、物語は「天上の法廷」と「手術室の現実」が同時進行していきます。
この作品、最初はイギリス政府側からの提案で、「イギリスとアメリカの関係改善に役立つ映画つくってよ」という半分プロパガンダ案件として企画されています。
かんとくさんその結果、イギリス兵パイロットとアメリカ人通信士の恋&天上裁判、というとんでもない設定になっちゃった
この映画は地上をカラー、天上界を白黒で撮影するという大胆な演出で知られています。
人生の価値は長さではなく、どれだけ真剣に生きるかで決まるということです。
ピーターは死を覚悟したとき初めて「生きたい理由」を自覚し、ジューンとの出会いで「誰かを深く愛すること」の意味を知ります。私たちも忙しい日常で、もし今日が「延長された一日」だとしたら、誰と何をして過ごしたいか考えてみる価値があるでしょう。
大いなる遺産

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0201)
監督:デヴィッド・リーン
118分/イギリス
原題または英題:Great Expectations
配給:BCFC/NCC
チャールズ・ディケンズの名作小説を映画化した傑作です。孤児のピップは鍛冶屋のジョーの家で育てられますが、墓地で脱走囚マグウィッチを助けたことが運命を変える始まりになります。
やがてピップは、時が止まったような屋敷に住む老嬢ハヴィシャムと、美しく冷たい少女エステラに出会います。身分の違いに苦しみながらも、エステラへの恋心を抱き続けます。
青年ピップを演じたジョン・ミルズは、養父的存在のジョー・ガージェリ役バーナード・マイルズと実年齢が数ヶ月しか違わないという事実。
ある日、正体不明の後援者から「紳士にする」ための資金援助を受け、ピップはロンドンへ。自分を支援しているのはハヴィシャムだと信じ込み、次第に昔の人間関係を軽んじるようになりますが、真の後援者の正体が明らかになったとき、自分の生き方と向き合うことになります。
墓地のシーンで、背景にドーンとそびえ立っている教会。「あれぞゴシック!」って感じですが、実物は高さ3メートルほどのミニチュアセット。カメラ位置と遠近感で「巨大な教会」に見せているだけ。
モノクロ撮影が生み出すゴシックな世界観が魅力です。
肩書きやお金で手に入れた地位よりも、自分の足で積み重ねた人間関係のほうが価値があるということです。
ピップは「紳士」になる過程で、育ての親ジョーを見下してしまいます。しかし真実を知ったとき、本当に自分を想ってくれたのが誰だったのかを思い知らされます。
外側のステータスに振り回されがちな私たちに、本当の財産とは何かを教えてくれる作品なのです。
荒野の決闘

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0202)
監督:ジョン・フォード
97分/アメリカ
原題または英題:My Darling Clementine
配給:セントラル映画社
ワイアット・アープとOK牧場の決闘を題材にしながら、撃ち合いよりも「街ができていく過程」を丁寧に描いた作品として知られています。
1880年代、アープ兄弟は牛を引いて旅の途中、無法者のクラントン一家と出会います。街に出かけて戻ると、牛は盗まれ末弟ジェームズは殺されていました。怒りを抱えたワイアットは、無法地帯のトゥームストーンの保安官となり、酒浸りのガンマン・ドク・ホリデイやクラントン一家と緊張感あふれる日々を送ります。
ワイアット・アープ役のヘンリー・フォンダにとって、『荒野の決闘』は第二次世界大戦の従軍から戻ってきて最初の主演映画。
上品な女性クレメンタインや酒場の女チワワとの出会いが、荒くれ者たちの心に変化をもたらし、やがて有名なOK牧場の決闘へと物語は進んでいきます。
海外では「史上最高の西部劇の一つ」として評価されており、西部劇の初心者はまず何を見ると聞くと、大抵の人はこの作品をあげるでしょう。
劇中のトゥームストーンの街は、アリゾナとユタの州境にあるモニュメントバレーに組まれたセット。実際のトゥームストーンは南アリゾナの砂漠地帯で、あんな巨岩だらけの絶景ではありません。
復讐をどう秩序に変えていくかという視点は考えさせられます。
弟を殺されたワイアットは、単に撃ち返すのではなく保安官になり、街のルールを整えていきます。理不尽な出来事に対して、そのエネルギーを「自分と周りの環境をよくする行動」に変えられるか。
静かな西部の黄昏の中で、この作品は語っているのです。
汚名

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0203)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
103分/アメリカ
原題または英題:Notorious
配給:セントラル映画社
1スパイ映画と恋愛映画が融合した傑作です。ナチスの戦犯として裁かれた父を持つアリシアは、自暴自棄に遊び歩いていましたが、アメリカ政府の諜報員デヴリンから、戦後ブラジルに逃れた元ナチス一派への潜入を依頼されます。
アリシアはデヴリンと恋に落ちますが、任務のため元ナチスの実業家セバスチャンに近づき、結婚することに。彼女は屋敷の謎のワインセラーを探るよう命じられ、パーティの鍵、割れたボトルなどからサスペンスが高まっていきます。やがて正体を悟られたアリシアは毒殺されかけ、デヴリンが本当の気持ちと向き合わざるをえなくなります。
「ヒッチコックが本気で大人のラブストーリーに挑んだ最初の作品」と騒がれました。検閲回避のため小分けにした「長すぎるキス」シーンは名場面です。
当時のハリウッドの検閲コードでは、「キスは3秒以上続けて映してはいけない」というルールがありました。ヒッチコックはこれを逆手に取って、「2〜3秒キスする」「耳元でささやく」「また2〜3秒キス」を2分半くらい延々と繰り返すという編集で突破。





















































こんなところで「法の抜け道」を考えるのもすごいけど、ルールもルールかと…..
信じてもらえないと、人はどれだけ自分を安売りしてしまうかということです。
アリシアは「汚れた女」というレッテルを自分で信じ込み、政府もデヴリンもその弱さを利用します。誰かに貼られたレッテルをそのまま自分の価値だと思い込んでいないか。この映画はスパイ物の皮をかぶった「信頼と自己肯定感の話」でもあるのです。
パーティ会場の上階からカメラがぐーっと降りていき、最終的にアリシアの手の中の小さな鍵にピタッと寄るショット。これは巨大なクレーンと特注のセットを組んで撮った大仕掛けで、映像の語りとして「このドラマの中心はこの鍵なんだ」と一発で分からせるためのもの。
かんとくさんクレーンショットの基本形はこうやってできたんだね
黒水仙

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0204)
監督:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー
100分/イギリス
原題または英題:Black Narcissus
配給:英国映画協会=NCC
ヒマラヤの断崖絶壁に建つ元藩王のハーレムが、修道院に生まれ変わります。イギリスから派遣された5人の修道女たちは、この場所で学校と診療所を開こうとしますが、強風が吹きすさぶ高地の孤独な環境が、彼女たちの心に予想外の変化をもたらします。
リーダーのシスター・クローダは、過去の恋愛を封印して修道女になった女性。そして問題児のシスター・ルースは、現地の英国人エージェント、ディーンに惹かれ、次第に嫉妬と欲望に呑み込まれていきます。信仰という鎧で守ってきた心が、高地の空気と孤立感によって少しずつ崩れ、やがて断崖での危険なクライマックスへと向かいます。
見た目は完全にヒマラヤ山頂だけど、撮影はほぼ全部イギリスのパインウッド・スタジオ内。背景の断崖や谷は、巨匠W・パーシー・デイが描いたマットペインティングとミニチュアで作られています。





















































ロケに行ったように見えて、実は一歩も行ってないんですね
最大の見どころは、色彩と構図がそのまま「感情」を表現している映像美です。実はすべて英国のスタジオで撮影されていますが、高地の空気の薄さや孤立感が驚くほどリアルに伝わってきます。
特に、白い修道服の中に差し込む赤色(ルースの口紅や夕焼け)が、抑え込んできた欲望が噴き出す瞬間を象徴していて、監督自身も「これはエロティックな映画だ」と語っています。
ただ我慢しただけの感情は、環境次第で簡単に爆発するということです。
仕事や家庭でも、「大丈夫」と言い聞かせて積み上げたストレスが、環境の変化ひとつで一気に噴き出すことがありますよね。自分の弱さや欲望を「なかったこと」にせず、適度に言葉にして外に出すことと、限界を超える前に距離をとることです。
修道院という極端な舞台を借りて、そんな「心のメンテナンス」を、強烈な色彩とサスペンスで教えてくれる作品です。
ストレンジャー

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0205)
監督:オーソン・ウェルズ
95分/アメリカ
原題または英題:The Stranger
配給:RKO
第二次世界大戦が終わったばかりのアメリカ。国連戦犯委員会の調査官ウィルソンは、逃亡中の元ナチ高官フランツ・キンドラーを追っています。手がかりは「時計に異常な執着を持つ男」という情報だけ。ウィルソンは元部下を釈放して尾行させ、コネチカット州の静かな小さな町ハーパーにたどり着きます。
そこには「チャールズ・ランキン」と名乗る歴史教師が住んでいました。彼は判事の娘メアリーと結婚したばかりで、町の教会の古い時計塔を修理しています。しかしウィルソンは確信します。このランキンこそがキンドラーだと。メアリーは夫の正体を全く知りません。ウィルソンは彼女に近づきながら、じわじわと包囲網を狭めていきます。
かんとくさんハリウッドで初めて「ホロコースト実写映像」を入れた映画なんだよ
メアリーに真実を見せるため、ウィルソンが戦時中の記録フィルムを見せるシーンがありますよね。あれはホロコーストの実写映像を使った、ハリウッド初の劇映画と言われています。当時の観客にはかなりショックだったはずで、娯楽サスペンスにしては相当攻めた作り。
緊張感あふれるサスペンスと時計塔でのクライマックスは、フィルム・ノワールの傑作といわれています。
見どころは、のどかな田舎町の風景と、その裏に潜む戦争犯罪の闇とのギャップです。教会の時計、結婚式、平和な日常と、すべてが健全に見えるのに、ランキンの本性だけが少しずつにじみ出て、最後の鐘楼での対決へと向かいます。
エドワード・G・ロビンソンが演じるウィルソンの執念と、ウェルズ自身が演じる冷酷なキンドラーの対比が印象的です。
悪は遠い国だけにあるのではなく、平和そうな日常にも紛れ込むということです。
人は心地よい日常に浸かるほど、見たくない真実から目をそらしがちです。でも、大切な人や場所を守るには、「信じたいイメージ」より「事実」を見る勇気が必要なのです。
1947年

過去を逃れて

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0206)
監督:ジャック・ターナー
97分/アメリカ
原題または英題:Out of the Past
配給:RKO
田舎町でガソリンスタンドを営むジェフ・ベイリーは、恋人アンと静かな暮らしを送っていました。ある日、昔の仲間が現れ、「元雇い主のホイットが呼んでいる」と告げます。車でホイットのもとへ向かう途中、ジェフはアンに自分の過去を語り始めます。
元私立探偵だったジェフは、ギャングのボス・ホイットから「お金を盗んで逃げた女キャシーを探せ」と依頼され、メキシコへ。しかし彼女に会った瞬間、ジェフは彼女に惹かれ、依頼を裏切って二人で逃亡してしまいます。やがて裏切りが裏切りを呼び、仲間が死に、キャシーも姿を消します。現在に戻ったジェフは、再びホイットとキャシーの陰謀に巻き込まれ、「過去から本当に逃げられるのか」という問いに直面することになります。
ジェフとキャシーが雨から逃れて彼女の部屋に飛び込むシーン、キャシーがオフ画面からタオルを投げてランプを倒し、部屋が真っ暗になる演出がありますよね。同時に風でドアがバン!と開き、カーテンが大きく揺れる。これは40年代ハリウッドでの「直接は映せない性行為の暗喩テンプレ」で、当時の観客には「はい今この2人、完全にそういう展開ね」と一発で伝わるお約束でした。
見どころは、光と影を巧みに使った映像美です。煙草の煙、ブラインド越しの光、湖畔の日差しなど、すべてが「逃れられない運命」を象徴しています。そして回想形式の語り口が、「すべては過去からにじみ出てくる」という感覚を自然に作り出しています。


とりあえず全員、ずっと煙草を吸っています
この映画から学べるのは、「過去とどう向き合うか」ということ。
ジェフは過去を封印して別人として生きようとしますが、一度踏み込んだ関係や見て見ぬふりをした罪は、形を変えて必ず戻ってきます。
誤魔化したままの失敗や、あの時だけと流した裏切りは、完全になかったことにはできないのです。その選択を美しい映像と苦い結末で突きつけてくるのです。
チャップリンの殺人狂時代

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0207)
監督:チャールズ・チャップリン
125分/アメリカ
原題または英題:Monsieur Verdoux
配給:KADOKAWA
不況で銀行をクビになったヴェルドゥ氏は、病弱な妻と子どもを養うために恐ろしいビジネスを始めます。それは、金持ちの未亡人たちと次々に結婚し、財産を奪った後で殺害するという連続殺人です。彼は優雅な身なりと知性で女性たちを誘惑し、名前を変えながら冷静に犯行を重ねていきます。
しかし、どこまでもしぶとい未亡人アナベラや、戦争で傷ついた名もない娘との出会いが、彼の計算された生活を少しずつ狂わせていきます。
モデルは実在の連続殺人犯アンリ・ランドル。チャップリンはこれを「殺人コメディ」として映画化し、トランプ姿を完全に脱ぎ捨てました。公開当時のアメリカでは、戦争直後にこのような作品は不謹慎だと大バッシングを受け、興行的には失敗。しかし現在では再評価されていますよね。
ヴェルドゥのモデルは、実在の連続殺人犯アンリ・デジレ・ランドル。第一次大戦期に裕福な未亡人たちを次々と殺害し、少なくとも女性10人+少年1人+犬2匹をオーブンで焼いたと言われているという、設定からして既にシャレになってない人。
















それを、連続殺人コメディに変換しようとしたチャップリンの発想が、すでに狂気でもあります
見どころは、チャップリンが演じるヴェルドゥの「品の良さ」と「非情さ」が同時に存在しているところ。
庭でバラを手入れしながら毒薬について語り、家族には優しい夫としてふるまいます。そしてラスト近くで、彼が法廷で語る言葉が核心です。「一人殺せば悪党、何百万人殺せば英雄だ」
戦争と軍需産業を痛烈に皮肉る演説は、名場面ですよ!
個人の悪と、社会が許している巨大な悪の境界はどこかということを考えさせられます。
ヴェルドゥの行為はもちろん許されません。でも、彼の言葉に少しでも「図星だな」と感じてしまうところに、私たち自身の無関心や見て見ぬふりが映し出されます。
この毒たっぷりのブラックコメディを通じて、笑いながらも自分と社会を疑ってみろ、と突きつけてきたのです。チャップリンはこんなにも暖かいメッセージを残してくれました。
邪魔者は殺せ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0208)
監督:キャロル・リード
115分/イギリス
原題または英題:Odd Man Out
配給:英協=NCC
銀行強盗に失敗して肩に銃弾を受けたアイルランド民族主義組織のリーダー、ジョニー・マクィーン。仲間とはぐれた彼は、警察が包囲網を狭める夜のベルファストを、血を流しながらフラフラとさまよい歩きます。ジョニーを愛するキャスリーンは必死で彼を探しますが、彼の前に現れるのは、金のために売ろうとする者、利用しようとする者、同情する者、狂気の画家。
負傷した「一人の男」を前に、街じゅうの人々の本音がむき出しになっていきます。
見どころは、街そのものが「迷路と良心の試金石」として機能しているところです。雨と闇に濡れた路地、工場の騒音、パブのざわめき、教会の静けさ。どの場所でもジョニーは「邪魔者」として扱われ、そこにいる人の恐怖、打算、信仰、優しさが透けて見えます。
撮影監督ロバート・クラスカーのモノクロ映像は、『第三の男』に通じる影と光のコントラストで、追われる男の意識がにじんでいく夜を視覚化しています。
リードはリアリティにこだわり、工場の轟音や蹄の響きなどを、実際の音を現場で録って使ったそうです。当時は既存の効果音ライブラリを流用するのが普通だったので、かなり手間のかかるやり方。
もう一つのポイントは、政治映画のようでいて、実は「極限状態に出る人の本性」に焦点を当てているところ。作中ではIRAという名前を直接出さず、対立の背景をぼかすことで、「誰が正義か」ではなく、「突然トラブルに巻き込まれた時、人はどんな選択をするのか」を問いかけてきます。
見知らぬ負傷者を前にして、助けるか、通り過ぎるか、利用するか?考えさせられます。
その選択が、自分自身の本性を映し出すという作品になっています。
幽霊と未亡人

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0209)
監督:ジョセフ・L・マンキウィッツ
104分/アメリカ
原題または英題:The Ghost and Mrs. Muir
配給:セントラル映画社
20世紀初頭のイギリス。若くして夫を亡くしたルーシー・ミュアは、義家族の干渉から逃れて自立した人生を送るため、海辺の家「ガル・コテージ」を借ります。ところがそこには、かつての持ち主である荒くれ船長ダニエル・グレッグの幽霊が住んでいました。
最初は家を追い出そうとする船長と、ここで暮らしたいルーシーがぶつかり合いますが、次第に奇妙な共存が始まります。二人は船長の航海記を本にして生活費を稼ごうと協力し、やがて互いに惹かれ合っていきます。
かんとくさん劇中ではイギリス南岸のホワイトクリフという町が舞台だけど、
実際の撮影は全部カリフォルニアだよ
さまざまなトーンを巧みにまとめた、古典的な幽霊ラブストーリーといえます。
ユーモア、哀愁、メロドラマ、ファンタジーを自然に行き来し、叙情的なスコアが、幽霊との恋という奇抜な設定に温かい余韻を与えています。
見どころは、ルーシーが「未亡人から一人の女性として生き直す物語」であること。海辺の風景の中で、自分で家を選び、仕事を得て、好きなように暮らそうとする姿は、時代を考えるとかなり先進的です。





















































ルーシーの娘・アンナの子ども時代を演じているのは若き日のナタリー・ウッドです
その一方で、死者との恋という形で、叶わなかった理想のパートナーシップが描かれます。二人は結ばれないけれど、互いの人生を尊重し合う関係として描かれているのが大人っぽいところです。
愛は「所有」や「一緒にいる時間の長さ」だけで測れないということです。
人生は思い通りにいかないし、計画した未来が崩れることもある。でも、その中でも自分の足で立ち、誰かを本気で想い、最後に「自分の人生は空っぽじゃなかった」と言えることが大事なのだと教えてくれるのです。
1948年

自転車泥棒

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0210)
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
90分/イタリア
原題または英題:Ladri di biciclette Bicycle Thieves
配給:イタリフィルム、松竹
第二次大戦後のイタリア・ローマ。失業中だったアントニオは、やっとポスター貼りの仕事を見つけます。ただし条件は「自転車を持っていること」。
妻は家のシーツを質屋に入れて自転車を買い戻しますが、初日に盗まれてしまいます。アントニオは幼い息子ブルーノと一緒にローマ中を探し回りますが、見つからず、最後には自分も自転車を盗もうとして…。
父アントニオを演じたランベルト・マジョラーニは、本当に工場で働いていた素人さん。デ・シーカがオーディション会場に息子を連れてきた彼を見て、「この人だ」と抜擢したと言われています。
かんとくさんところが勤め先の工場へ戻ると、「あんたもう映画スターでしょ?」って言われて解雇されたんだよ
一番心に残るのは、貧しさが人を追い詰めていく現実です。アントニオは真面目に働こうとしただけなのに、自転車一台失っただけで家族全員が困窮します。
そして最後、彼は自分が「盗まれた側」から「盗む側」になってしまいます。これは現代社会でもよくある痛烈なお話しですよね。
アメリカ側の検閲が本気で問題視したのは、ブルーノが道端でおしっこをするシーンだった、というエピソードがあります。
正しく生きようとしても、状況が許してくれないとき、人はどうすべきかという重い問いを投げかけます。
でも、最後に息子が父の手を握るシーンには、小さな希望があります。完璧でなくても、家族は支え合って生きていけるというメッセージが込められた作品なのです。
かんとくさんスタッフにセルジオ・レオーネもいて、教会のシーンで神学生のエキストラとしてちょこっと映っているんだよ
忘れじの面影

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0211)
監督:マックス・オフュルス
90分/アメリカ
原題または英題:Letter from An Unknown Woman
配給:東宝
20世紀初めのウィーン。有名なピアニスト、シュテファンのもとに一通の長い手紙が届きます。差出人は名前も書かれていない女性。彼女は少女の頃からシュテファンを愛し続け、たった一晩の恋の結果生まれた子どもと共に生きてきた人生を綴っています。しかし彼は、彼女のことをまったく覚えていませんでした。
手紙を読み進めるうちに、シュテファンは初めて、自分が見過ごしてきた女性の人生の重みと向き合うことになります。
公開当時は話題にならなかったものの、今では「黄金期ハリウッドロマンスの最高傑作」といわれます。
物語全体が、亡くなった(かもしれない)女の 「手紙の朗読」=“声” で進む構成なので、映画研究では
「ボイス・オーバーや主観の使い方の代表例」として教科書扱いされています。
自分にとって人生を変えた出来事でも、相手にとっては忘れられた一夜かもしれないという現実です。
一方的に愛を注ぐ女性の姿は美しくも切なく、大切な人の気持ちに気づくのが遅すぎたとき、人は何を選ぶのかを問いかけます。
誰かの思いを見過ごしていないか、そっと振り返りたくなる作品です。
扉の陰の秘密

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0212)
監督:フリッツ・ラング
99分/アメリカ
原題または英題:Secret Beyond the Door
配信:セントラル映画社
ニューヨークの裕福な令嬢シーリアは、メキシコ旅行で出会った謎めいた建築家マークと衝動的に結婚します。しかし彼の屋敷には、前妻の影を引きずる息子や支配的な姉など不穏な家族が住んでいました。
さらにマークは実際の殺人事件現場を再現した部屋をコレクションしており、その中に決して開けてはならない「七番目の扉」があることを知ったシーリアは、夫の秘密に迫っていきます。
クライマックス近くでシーリアが森の中を走っていく場面、実はユニバーサルの『狼男』で狼男が駆け抜けたあの林と同じロケーションが使われています。
公開当時は「フロイト心理学の無理やりな使い方」と批判されましたが、フリッツ・ラング監督の演出力と光と影を使った表現主義的な映像美は高く評価されました。
物語の粗さを雰囲気で押し切る不思議な作品という印象です。
公式にも『扉の陰の秘密』はブルーバード(青ひげ)童話の現代版アップデートとして企画された作品とされています。「開けてはいけない部屋」「殺人の部屋コレクション」「鍵を握る新妻」という構造は、まさにゴシック版ヤバい彼氏の家に行ってはいけない映画。
誰もが心の奥に「閉じ込めた扉」を持っているということです。
トラウマやコンプレックスを放置すると、いつか誰かを傷つける形で噴き出してしまう。逆に、その扉を一緒に開けてくれる相手がいれば、人は変われるかもしれない。
理屈よりも、心の暗い部屋を見せてくる不穏なムードが印象に残るかもしれません。
悪の力

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0213)
監督:エイブラハム・ポロンスキー
78分/アメリカ
原題または英題:Force of Evil
日本公開情報なし
ニューヨークを舞台に、やり手弁護士ジョーが主人公です。彼はギャングのボスのために働き、数字賭博のシマを独占する計画に加担しています。ボスは「776」という番号が当たるよう仕組み、小さな賭博銀行を一斉に破産させようとします。その小さな銀行の一つを経営しているのが、ジョーを育ててくれた兄レオでした。ジョーは兄を守ろうとしますが、二人とも巨大な悪のシステムに飲み込まれていきます。
1994年にはアメリカ議会図書館の国立フィルム登録簿に選ばれ、「文化的・歴史的に重要」として永久保存対象になりました。
ただ、この映画が資本主義批判と見なされ、監督ポロンスキーは赤狩りでブラックリスト入りしました。
この映画は企業とギャングが一体化した世界を描いたことで、当時の一部から「アメリカ資本主義への攻撃だ」と問題視されました。その結果、監督ポロンスキーは赤狩りの標的になり、1951年に議会の公聴会で証言拒否 → ハリウッドからブラックリスト入り。以後、20年以上も名前を出して仕事ができなくなります。





















































けっこう怖い時代だったのですねぇ…..
この映画が教えてくれるのは、「個人の悪」よりも「システムとしての悪」です。
自分はただの弁護士、サラリーマンのつもりでも、気づけば誰かを踏みつけにする側に立っていることがある。お金や出世のために、自分の良心をどこまで妥協しているか。
今の働き方にモヤモヤしている人ほど刺さる、痛く感じるけど見応えのある作品です。
田舎町の春

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0214)
監督:費穆(フェイ・ムー)
93分/中国
原題または英題:小城之春 Spring in a Small Town
日本公開情報なし
2005年に香港電影金像奨が選んだ「中国映画史上最高の作品」に選ばれた伝説の一本と言われています。
当時の製作会社・文華影業公司は赤字でボロボロ。だからこの作品はキャストは5人だけ、そして舞台もほぼ一軒の屋敷と城壁だけという「節約モード」で作られました。
かんとくさんその結果、「世界一有名な静かな三角関係映画」になったというオチなんだね
日中戦争が終わった直後の小さな町。病気がちな夫・理ヤンと妻・ユウェンは冷え切った夫婦生活を送っています。崩れた城壁や屋敷は、二人の関係そのものです。そこへ、夫の旧友で医者のジャン・ジーチェンが突然訪ねてきます。
実は彼は、ユウェンのかつての恋人でした。封じ込めていた感情が揺れ動く中、三人はそれぞれの選択を迫られます。
登場人物はわずか5人。派手な演出は一切ありません。でも、ユウェンの心の声(ナレーション)が冒頭約18分間流れ、彼女の視点から物語が展開するため、観る人は自然と彼女の心に寄り添っていきます。
視線や沈黙だけで伝わる感情の機微が、この映画の最大の見どころです。
当時の中国映画はまだ光学・モノラル録音。音楽・セリフ・環境音を全部ひとつのトラックに乗せていました。さらに、劇中で歌われるものはその場で役者が生歌収録。後から録り直しナシ。
















「録り直しも編集もほぼ不可」の縛りでも、ちゃんとはかない空気が出ているのは素晴らしいです
「義務だけで生きると人生が廃墟になる」「でも一瞬の情熱で全てを壊せば誰かを傷つける」というジレンマを描きます。
大切なのは、自分が本当に守りたいものは何か、どう前に進むかを、誰のせいにもせず自分で選ぶこと。
戦争で全てを失った後でも、人は小さな希望を見つけられる。そんなメッセージが心に残るでしょう。
赤い河

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0215)
監督:ハワード・ホークス
133分/アメリカ
原題または英題:Red River
配給:UA日本支社/松竹洋画部
テキサスからカンザスまでチザム・トレイルを通る最初の大規模な牛追いを描いた西部劇です。
テキサスで牧場を築いた頑固な牧場主トム・ダンソンは、南北戦争後の資金難から、養子のマットとともに1万頭の牛をミズーリまで運ぶ危険な旅に出ます。しかし、過酷な旅の中でダンソンは独裁的になり、マットや部下たちとの対立が深まっていきます。最後には、父と息子が対決する事態にまで発展します。
実際の牛数千頭を使った牛追いシーンの迫力が圧巻です。川渡り、暴走、先住民の襲撃など、西部開拓時代の厳しさをダイナミックに映し出しています。
かんとくさん映画ではハッピーエンドだけど原作はそうではなかったんだ
同時に、恐怖で支配する父と、仲間の信頼を重視する息子という「リーダーシップの違い」が丁寧に描かれ、単純な勧善懲悪ではない深い人間ドラマになっています。
『赤い河』のウェインを観た盟友ジョン・フォードが、「あのデカいクソ野郎が、演技できるとは知らなかった」と驚いていたという逸話があります。それまでのウェインをスターだけど役者としてはまだまだと思っていたフォードが、この作品で「お、こいつマジでいけるな」と確信して、後のコンビにつながっていったのです。





















































最初はフォート、ウェインを疑っていたんですね
本当の強さとは何かを考えさせられます。
ダンソンは自分の正しさを信じて突き進みますが、その頑固さが周囲を傷つけ、自分の居場所も失わせてしまいます。ラストでダンソンが誤りを認め、マットと和解する瞬間は、「過ちを認めて関係を結び直すことも、また強さである」と教えてくれます。
豪快な西部劇としても、リーダーシップや父子関係を考えさせる作品としても楽しめる一本です。
腰抜け二挺拳銃

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0216)
監督:ノーマン・Z・マクロード
91分/アメリカ
原題または英題:The Paleface
配給:セントラル
ボブ・ホープ演じる臆病な歯科医と、ジェーン・ラッセル演じるカラミティ・ジェーンが繰り広げる西部劇コメディです。パラマウント社の1948年最大のヒット作となり、興行収入450万ドルを記録しました。
政府は、先住民に銃を密売している犯罪者を捕まえるため、刑務所にいたカラミティ・ジェーンを釈放し、潜入捜査を依頼します。しかし協力者が殺されてしまい、ジェーンは偶然出会った臆病な歯科医ペインレス・ポッターと結婚し、夫婦を装って調査を続けます。
かんとくさんボブ・ホープが演じるペインレス”・ポッターは、実在の歯科医パイ ンレス・パーカーがモデルだといわれているよ
実際に悪党を倒しているのはジェーンなのに、周囲はポッターを勇敢なガンマンだと誤解。臆病な歯医者が意図せず英雄扱いされていく展開が笑いを呼びます。
ボブ・ホープの臆病なキャラクターと、実は最強のジェーン・ラッセルの組み合わせが絶妙で、西部劇の定番シーンをすべてコメディに変えた痛快な作品です。





















































この西部劇コメディは、のちに何度もリメイクを繰り返されるようになりますね
見た目や評判が必ずしも真実ではないことを教えてくれます。
ポッターは最後まで臆病なままですが、ジェーンという「影の協力者」のおかげで成功します。誰かの支えで私たちは輝けること、そして完璧でなくても前に進めば何かが変わることを気づかせてくれます。
コネホ・バレー空港はすでに閉鎖されていて、今となっては『腰抜け二挺拳銃』の映像の中にしか残っていないロケ地になっています。
蛇の穴

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0217)
監督:アナトール・リトヴァク
108分/アメリカ
原題または英題:The Snake Pit
配給:セントラル
メアリー・ジェーン・ワードの半自伝的小説を原作とした心理ドラマです。
主人公ヴァージニアは、精神病院で目を覚まし、なぜ自分がここにいるのか分かりません。夫のことさえ認識できないほど混乱した状態で、親身になってくれるキック医師の治療を受けます。フラッシュバックを通して、彼女の過去のトラウマや症状の原因が少しずつ明らかになっていきます。
タイトルの「蛇の穴」は、最も重症な患者が入れられる病棟のことです。
タイトルの意味は「蛇のように怖い患者」じゃなくて、「人間を蛇扱いする社会のほうが恐ろしい」という皮肉な意味が込められています。
この映画の公開後、アメリカの複数の州で精神病院の改革が進められたと記録されており、「映画が社会を動かした例」として知られています。
かんとくさんこの映画がきっかけで、13の州で精神医療関連の法律や制度が改正されたんだよ
デ・ハヴィランドの体当たりの演技が圧巻です。監督リトヴァクは制作前に3ヶ月かけて、キャストとスタッフ全員を精神病院に連れて行き、実際の治療現場を見学させました。そのリアルな描写が、当時の精神医療の問題点を浮き彫りにしました。
もともと主演候補だったのはジーン・ティアニー。ところが妊娠のため降板し、そのあとオファーがいったジンジャー・ロジャースも断ってしまい、最終的にオリヴィア・デ・ハヴィランドが抜擢されました。ロジャースはのちに回想録で「オリヴィアはこの作品と『遥かなる我が子』でオスカー級の役を二つもさらっていった。彼女は私に感謝してもいいくらいね」と自虐まじりに語っています。
精神疾患を「弱さ」として切り捨てない視点を提示します。
完全な治癒ではなく、傷を理解しながら社会に戻っていくラストは、「心が限界を超えそうなときは助けを求めていい」と教えてくれるのです。
20世紀フォックスで本作のパブリシティを担当したチャールズ・シュライフラーは、キャンペーンの過程で精神医療の現状にショックを受け、のちにワシントンでメンタルヘルス改革のためのロビイスト&活動家へと転身しました。議会のヒアリングにもたびたび招かれ、研究費の増額などに尽力したそうです。
上海から来た女

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0218)
監督:オーソン・ウェルズ
87分/アメリカ
原題または英題:The Lady from Shanghai
配給:インターナショナル・プロモーション
アイルランド人の船乗りマイケルは、ニューヨークで謎めいた美女エルザを助けたことから、彼女と夫である大物弁護士のヨットクルーズに雇われます。
やがてビジネスパートナーのグリズビーが「自分を殺したことにして欲しい」と奇妙な依頼を持ちかけ、マイケルは大金とエルザへの恋心から話に乗ってしまいます。しかし計画は予想外の方向へ転がり、誰が誰を騙しているのかわからない混乱した殺人劇へと発展していきます。
クライマックスは映画史に残る「鏡の部屋」での銃撃戦。無数の鏡に映る姿の中で、真実と嘘の境界が完全に崩れ去ります。
きっかけは、ウェルズが舞台『80日間世界一周』の演出で資金ショートしたこと。
コロンビア社長ハリー・コーンに電話して「5万5千ドル貸してくれたら、映画1本タダで撮るよ」と交渉。
そのとき、たまたま近くにいた女の子が読んでいた小説『If I Die Before I Wake』を見て、「この本を原作にしよう」とその場で決めた、という有名な逸話があります。





















































ウェルズ、適当すぎる…..
欲望と甘い誘惑に目がくらむと、人は簡単に他人の罠にはまってしまうということです。
美味しい話が舞い込んできたとき、「これは本当に自分の意思なのか、それとも誰かの計画に利用されているだけなのか」と一度立ち止まって考える大切さを、スタイリッシュな映像で教えてくれる一本です。
ウェルズが演じる主人公マイケル・オハラはアイルランド人設定。そのせいで、ウェルズは全編にわたってかなりクセの強いアイリッシュ訛りを頑張っているのですが……
かんとくさんウェルズはなんで自分で主演して、さらにアイリッシュ訛りまでやろうと思ったんだろうと映画ファンからよく突っ込まれているね
ロープ

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0219)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
80分/アメリカ
原題または英題:Rope
配給:MGM
ニューヨークの高級アパートを舞台に、高慢な青年ブランドンと神経質な友人フィリップが、元同級生デヴィッドを絞殺し、遺体を部屋の大きな箱に隠します。さらに二人はその箱の上に料理を並べてディナーパーティーを開き、被害者の父親や婚約者、そして二人に「超人思想」を教えた元教師ルパートを招待します。
会話が進むにつれて、ルパートは違和感を覚え始め、やがて真実に気づいていきます。
脚本は、1924年のリオポルド&ローブ事件(天才大学生2人が完全犯罪を試みた実話)に着想を得ています。ヒッチコックはこの話を「知性を悪用した人間の傲慢」として描き、ニーチェ的な“超人思想”を警告する寓話に仕上げました。
この映画の最大の特徴は、ほぼカットなしの長回し撮影で、まるで舞台を見ているような臨場感があることです。実際には約10分ごとにカットしていますが、人物の背中や家具にカメラを寄せて巧みに繋いでいるため、ほぼワンカットに見えます。
ヒッチコック初のカラー作品でもあり、窓から見える空の色が夕方から夜へと変わっていく様子も効果的です。
かんとくさん窓の外の夜景は全部手作りなんだ。
ニューヨークの街並みが見える窓の外は、ミニチュア+絵画背景+点滅ライトで再現。しかも撮影中、時間経過に合わせて夕焼けから夜空までの光の変化をリアルタイムで調整。照明スタッフは舞台のように、照明を手動で操作していたんです。
物語の核にあるのは「優秀な人間は劣った人間を殺してもいいのか」という危険な思想です。
他人を「上」「下」で序列づける考え方の怖さです。
どんな基準であれ、人を見下す癖が強くなると、相手を人間ではなくモノとして扱い始めてしまう危険性を、緊張感あふれる密室劇を通して教えてくれる作品です。
赤い靴

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0220)
監督:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー
133分/イギリス
原題または英題:The Red Shoes
配給:デイライト、コミュニティシネマセンター
才能あるバレリーナが「芸術への情熱」と「恋愛」のどちらを選ぶのか、という究極の選択を描いた映画です。主人公ヴィッキーは、名門バレエ団の厳しい興行主レルモントフのもとで頭角を現し、アンデルセン童話を題材にした新作バレエ「赤い靴」の主役に抜擢されます。しかし、若い作曲家ジュリアンと恋に落ちたことで、「バレエに全てを捧げよ」と迫るレルモントフとの間で板挟みになっていきます。
見どころは、映画中盤の15〜17分にわたるバレエシーンです。鮮やかなテクニカラー映像で、現実と幻想が混ざり合うような表現は、多くの映画監督やダンサーに影響を与えてきました。
















あの15分バレエは、現実では絶対に真似できない仕様です
ヴィッキー役のモイラ・シェアラーは本職のバレリーナで、当時はロイヤル・バレエ(前身)で大人気。パウエル監督が口説いても、「映画なんて安っぽいから出たくない」と一年以上断り続けたと言われています。
かんとくさん最終的には、脚本の出来と、バレエをちゃんとリスペクトしている姿勢に折れて参加を決めたんだ
舞台で踊るヴィッキーは美しくも、どこか追い詰められているように見えます。赤い靴に操られるように踊り続ける姿は、「何かに夢中になることの素晴らしさ」と同時に「自分を見失う怖さ」を表現しています。
仕事や趣味に夢中になりすぎたとき、自分の人生を見失っていないか?ということを考えます。
情熱を持つことは大切ですが、それに人生のすべてを捧げてしまったとき、本当に大切なものを失っているかもしれません。
熱中することと、自分らしく生きることのバランスを考えさせてくれる作品です。
黄金

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0221)
監督:ジョン・ヒューストン
126分/アメリカ
原題または英題:The Treasure of the Sierra Madre
配給:ワーナー・ブラザース
1920年代のメキシコを舞台に、金を求める3人の男たちが「欲望」によって崩壊していく様子を描いた1948年のアメリカ映画です。貧しいアメリカ人ドブスは、同じ境遇のカートン、そして年老いた金鉱掘りハワードと出会い、3人でシエラ・マドレ山中での砂金採りに挑みます。苦労の末、本当に金を見つけるのですが、大金を前にして疑心暗鬼が生まれ、友情は少しずつ崩れていきます。
ハリウッド作品としてはかなり本格的なメキシコ・ロケで撮影されましたが、
- 熱気と埃でスタッフ総バテ
- 山中ロケで輸送・宿泊がぐちゃぐちゃ
- ボガート含めキャストが何度も体調崩す
……と、現場はなかなかの地獄だったと伝えられています。





















































そのせいで、スタジオ撮影では出せない「汗と砂ぼこりのリアルさ」が画面に焼き付いていますよね
ジョン・ヒューストン監督は本作でアカデミー監督賞と脚本賞を受賞、父親のウォルター・ヒューストンも助演男優賞を受賞し、親子同時受賞という珍しい記録を残しました。
最大の見どころは、「金を見つけてからのほうが怖い」という点です。砂金を探している間は協力していた3人が、いざ成功すると、ささいな一言や視線のズレから疑いが生まれます。
ドブスは「仲間が自分の取り分を奪おうとしているのでは」と妄想に取りつかれていくのです。山賊や厳しい自然環境よりも、欲望に飲み込まれる自分自身こそが最大の敵だったのです。
かんとくさんハンフリー・ボガートが珍しく「クズ役」をやっていて、当時はセンセーショナルだったんだ
お金そのものよりも、それに向き合う心の持ち方が人を壊すということです。
急に手にした大きな成果は、かえって人間関係を壊してしまうことがある。『黄金』は、「自分は何のためにお金を手に入れたいのか」「どこで欲にブレーキをかけるのか」を問いかけてくる作品です。
ルイジアナストーリー

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0222)
監督:ロバート・フラハティ
78分/アメリカ
原題または英題:Louisiana Story
配給:TCエンタテインメント
アメリカ南部ルイジアナの湿地帯に暮らすケイジャン(フランス系移民の子孫)の少年を主人公にした作品です。少年はペットのアライグマと共に、自然の中でのんびり暮らしています。そこに石油会社の人たちがやってきて、湿地に巨大な油田掘削装置を建て始めます。
沼地のワニはほぼ本物をそのまま撮影。とにかく自然にそこにいるので、「これ演出いらなくない?」とツッコまれがち。
ヴァージル・トムソンの音楽がピューリッツァー賞を受賞し、映画音楽としては唯一の受賞作品となりました。一方で、この映画はStandard Oil社(石油会社)の依頼で製作されたため、石油開発を好意的に描いているという話もあります。





















































現場がいつもあんなに綺麗なわけが…..
見どころは、美しく撮影された湿地帯の自然と、少年の素朴な日常です。最初は警戒していた少年が、石油掘削作業員たちと次第に心を通わせていく様子が描かれます。
派手な事件は起こりませんが、静かな映像の中に「便利さやお金を生む開発」と「もともとそこにあった暮らしや自然」の関係が映し出されています。
開発と自然の共存について考えることの大切さを教えてくれます。
どちらが正しいとは一概に言えませんが、その土地で生きる人たちの視点を忘れてはいけない。変わっていく世界の中でどう生きるかを問いかけてくる映画です。
石油会社が資金を出した、ある意味かなり露骨な“企業イメージアップ作品”にもかかわらず、のちにアメリカの国立フィルム登録(文化的・歴史的に重要な作品)に選ばれています。
1949年

拳銃魔

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0223)
監督:ジョセフ・H・ルイス
87分/アメリカ
原題または英題:Gun Crazy
配給:日本アライド・アーチスツ=映配
幼い頃から銃に魅せられてきた青年バート・テアと、天才的な射撃の腕を持つ女性アニー・ローリー・スターが出会い、犯罪の道へ進んでいく1950年のフィルム・ノワール作品です。カーニバルで射撃ショーをしていたアニーと出会ったバートは一目で惹かれ合い、結婚します。しかし、刺激と金を求めるアニーの欲望に押され、二人は銀行強盗を重ねながら逃避行を続けることになります。
フィルム・ノワールの傑作として、後の『俺たちに明日はない』などにも影響を与えた作品です。犯罪映画でありながら、純愛の物語でもある点が独特です。
脚本には、小説家マクリン・ケイターのほか、のちに黒名簿入りする脚本家ダルトン・トランボが深く関わっています。ただし、当時は赤狩りの真っ只中だったため、彼の名前はクレジットされず、別の脚本家名義で出されたというややこしい経緯があります。
最大の見どころは、車の中から撮影された長回しの銀行強盗シーンです。編集に頼らず一発撮りの緊張感が伝わってきます。
ペギー・カミンス演じるアニーは、単なる悪女ではなく「退屈を恐れる普通の人間」としても描かれており、そこに複雑な共感が生まれます。
好きなものが簡単に自分を滅ぼすものに変わりうるということです。
バートは銃が好きで、アニーを愛しているだけのつもりでも、情熱にブレーキをかけられず、気がつけば引き返せない場所まで来てしまう。夢中になることは尊いですが、「ここから先は危ない」というラインを自分で見極めることの大切さを教えてくれるのです。
かんとくさんB級映画のはずなのに、海外では映画学校の教材でよく使われているんだよ
白熱

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0224)
監督:ラオール・ウォルシュ
114分/アメリカ
原題または英題:White Heat
配給:ワーナー・ブラザース日本支社
主人公コディ・ジャレットは、冷酷な犯罪組織のボス。しかし激しい頭痛に悩まされ、母親に異常なほど依存している男でもあります。列車強盗の後、警察を欺くため刑務所に入りますが、そこへ潜入捜査官が近づいてきます。仲間の裏切り、母の死、妻の不貞が重なり、コディの心は壊れていきます。
古典ギャング映画の傑作の一つで、主人公の歪んだ母子関係や心理を深く掘り下げた点が特徴です。
主演ジェームズ・キャグニーの演技は、暴力的で子どもっぽい男という難しい役を見事に演じきっています。
ジェームズ・キャグニーは、30年代にギャング映画で人気が出すぎて、「もう悪党ばっかりやるのは嫌だ」と一度その路線から離れていた人。それでも『白熱』の脚本を読んで、「ここまでぶっ壊れたキャラなら、もう一回やってもいい」と引き受けたと言われます。結果、代表作のひとつに。
見どころは、警察とギャングの頭脳戦です。刑務所での緊張感あふれる会話劇、そして後半の工場での強奪計画と迫力のクライマックスは圧巻です。
ラストでコディが叫ぶ有名な台詞「やったぞママ、世界の頂点だ!」は名場面です。
かんとくさん「ギャング映画 × マザコン心理ドラマ」という組み合わせは、当時はレアだったよ
頂点に立つことへの執着が、人をどこまで追い詰めるかということです。
コディは強さにこだわりながら、心の中では母に認められたい子どものまま。成長できないプライドと依存心が破滅へと導きます。成功や勝利にとらわれすぎると、人は孤立し壊れていく。
派手な犯罪映画の形で、そんな人間の危うさを見せてくれる作品です。
無謀な瞬間

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0225)
監督:マックス・オフュルス
82分/アメリカ
原題または英題:The Reckless Moment
日本公開情報なし
主人公ルシアは、夫が出張中の郊外に住む普通の主婦。娘ビアが年上の男テッド・ダービーと付き合っていることを知り、別れるよう説得に向かいます。その後、ビアとダービーが揉み合いになり、男は事故で死亡してしまいます。娘を守るため、ルシアは遺体を隠してしまいます。
やがて恐喝者マーティン・ドネリーが現れ、大金を要求します。しかし、必死に家族を守ろうとするルシアの姿を見て、ドネリーの心にも変化が生まれていきます。
暗い街ではなく明るい郊外を舞台にしたフィルム・ノワールという点が特徴です。
恐喝に来る男ドネリーは、肩書き的には完全に悪役側ですが、
・ルシアの事情に揺れる
・娘を守ろうとする姿勢を理解し始める
など、実は一番まともな倫理観を見せる人物でもあります。
かんとくさんいちばん怖いのは彼じゃなくて、体裁に縛られた良識的な郊外社会のほうだよ!
見どころは、ごく普通の主婦が、子どもを守ろうとするあまり、次々と危険な選択をしていく様子です。日常生活を送りながら、裏では犯罪を隠そうと必死になる母親の姿がリアルに描かれています。
恐喝者のはずのドネリーが、ルシアへの同情と犯罪者としての立場の間で揺れる展開も見応えがあります。
家族を守るという正しいはずの気持ちも、恐怖と焦りが重なると、間違った行動につながってしまうことです。限界まで追い詰められたとき、人はどんな選択をするのか。サスペンスを通して問いを投げかけてくるのです。
アダム氏とマダム

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0226)
監督:ジョージ・キューカー
101分/アメリカ
原題または英題:Adam’s Rib
配給:セントラル映画社
主人公のアダムとアマンダは、ニューヨークで働く弁護士夫婦。ある日、浮気した夫を妻が撃つ事件が起こります。アマンダは妻の弁護を引き受け、アダムは検察側として夫を守る立場に。法廷で対立することになった夫婦は、家でも激しく議論するようになります。
アマンダは「男なら許されるのに、女だと厳しく裁かれるのはおかしい」と、性別による二重基準を指摘します。一方、アダムは法の秩序を重視する立場。法廷での戦いは、二人の結婚生活にも影響を与えていきます。
見どころは、法廷と家庭の両方で繰り広げられる夫婦の攻防です。アマンダの主張は正論ですが、それを家庭に持ち込むと、アダムは居場所を失ったように感じてしまいます。
スペンサー・トレイシーとキャサリン・ヘプバーンは、公私ともに長年のパートナー。撮影現場でも、脚本にないアドリブの応酬や、ちょっとした言い合いが多かったらしく、その本当に慣れきった夫婦の空気が、映画のセリフまわしにもいい感じに滲み出ています。
正しさと人間関係、どちらも大切だからこそ、観客は悩むはずです。
正しさと一緒に生きることは別だということでしょうか?
議論で勝つことと、相手との信頼関係を守ることは、時に反対方向を向きます。大切な人とぶつかったとき、「何を守りたくて戦っているのか」を考える大切さを、ユーモアたっぷりに教えてくれる作品です。





















































よく見たら、夫婦の部屋が感情の温度計になっています!
・仲が良いとき → 家の中が広く、開放的に見えるショット
・ケンカが激化 → ドアのフレーム越し、柱の影越しなど「仕切り」を強調したショット
が増えていきます。
観客は意識していなくても、画面だけで「この二人、今マジでこじれてるな…」と感じるようになっていて、意外に芸が細かいのです。
女相続人

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0227)
監督:ウィリアム・ワイラー
105分/アメリカ
原題または英題:The Heiress
配給:パラマウント映画
19世紀のニューヨークを舞台にしています。裕福な医師の娘キャサリンは、内気で不器用な性格で、父からいつも亡き母と比べられています。そんな彼女の前に、ハンサムな青年モリスが現れ、優しい言葉をかけます。
初めて愛されていると感じたキャサリンは彼に惹かれますが、父は「彼は金目当てだ」と結婚に反対します。キャサリンは駆け落ちを決意しますが、約束の夜、モリスは現れず、深く傷ついた彼女の心は変わっていきます。
かんとくさんラストの階段シーンは原作にはなく、映画オリジナルの名場面でもあるよ
古典メロドラマの傑作の一つで、主演オリヴィア・デ・ハヴィランドは、頼りない娘から冷静な決意を持つ女性への変化を見事に演じ、アカデミー主演女優賞を受賞しました。
キャサリン役は、スタジオから降ってきたものではなく、オリヴィア・デ・ハヴィランド本人が舞台版を見て「これは自分の役だ」と惚れ込み、映画化と出演を強く望んだ、と言われています。その執念の結果が、アカデミー主演女優賞。





















































ほしい役は自分から取りに行く姿勢、見習いたいものです
見どころは、キャサリンの心の変化を追う心理劇です。彼女の声のトーンが、高く弱々しいものから、低く力強いものへと変わっていく演技は圧巻です。ラストで彼女が下すある決断のシーンは、静かでありながら強烈な印象を残します。
誰かに選ばれることで自分の価値を測ろうとすると、必ず壊れてしまうということです。
父の愛情や恋人の言葉に振り回されたキャサリンは、痛みを通して「自分の価値を決めるのは自分だ」と気づきます。他人の期待に合わせて生きてしまいがちな私たちに、境界線を引く強さを考えさせてくれる作品です。
第三の男

画像引用元:映画.com
(NO.0228)
監督:キャロル・リード
105分/G/イギリス
原題または英題:The Third Man
配給:モービー・ディック
第二次世界大戦直後のウィーンが舞台です。アメリカの小説家ホリー・マーティンズは、親友ハリー・ライムの招きでウィーンを訪れますが、着いた途端にハリーが事故死したと聞かされます。葬式で目撃者の証言に食い違いがあることに気づいたホリーは、「第三の男」が関わっていたのではないかと疑い、独自に調査を始めます。
映画史に残る傑作とされていて、映画好きの人は一度は通る名作ですね。モノクロの映像と斜めに傾いたカメラアングル、そしてチターの音楽が独特の雰囲気を作り出しています。イギリスでは1949年の興行成績トップを記録しました。
名テーマ曲を弾いているアントン・カラスは、当時は無名のチター奏者。監督キャロル・リードがウィーンの居酒屋で生演奏を聴いて惚れ込み、「この音だ!」とほぼ衝動的に映画に起用したと言われています。
かんとくさんその結果、映画がヒットする前に音楽だけが先に大ヒットしてしまうという珍事が起きたんだ
見どころは、ハリー・ライムという人物の描き方です。彼は悪事を働く闇市場の商人でありながら、どこか魅力的で、友人たちが簡単には憎みきれない存在として描かれます。観覧車での会話シーンは、「悪人とは何か」「友人をどこまで許せるか」という問いを突きつけてきます。
暗闇の中で、猫が靴にじゃれついて、そこからハリーの顔がライトに浮かび上がる名シーン。実は監督キャロル・リードの飼い猫だったと言われています。
















しかもその猫、ウェルズの靴をやたら気に入っていたようで
大きな戦争が終わっても、人の心の中には別の戦いが続いているということです。
正しいと信じていたものが揺らいだとき、過去の友情にすがるのか、それとも自分なりの線を引くのか。ホリーの選択と有名なラストシーンは、自分ならどんな別れ方を選ぶかを問いかけてきます。
カインド・ハート

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0229)
監督:ロバート・ハーメル
106分/イギリス
原題または英題:Kind Hearts and Coronets
配給:NBCユニバーサル
史上最高のブラック・コメディの一つとして知られています。主人公ルイスは、母親がイタリア人歌手と結婚したため、名門ダスコイン家から勘当された青年です。母が亡くなった後も一族は冷たく、怒りを抱えたルイスは、自分と公爵位の間に立ちはだかる8人の親戚を次々と片づけていく計画を立てます。
この映画の最大の見どころは、殺される8人の親戚全員を名優アレック・ギネスが演じ分けていることです。年配の公爵から若者、女性まで、まるで別人のように演じる姿は圧巻です。
ルイスの犯行は冷静でユーモラスに描かれ、観客はつい彼の視点に立って物語を追ってしまいます。そこが、この映画の恐ろしくも魅力的なところです。
優雅な映像と会話、そこで起きている殺人のギャップ、そしてルイスの皮肉たっぷりのナレーションに引き込まれるでしょう。
かんとくさんラストの「どっちに転んでも詰み」というオチ、あれは検閲対策だったんだ
地位や肩書きへの執着が自分自身を見失わせるということです。
ルイスは不当な扱いを受けた被害者でしたが、復讐心を殺人に向けた結果、最後には自分の足元まで危うくなります。嫉妬や劣等感に突き動かされそうになったとき、「本当に大切なのは何か」を考えさせてくれるのです。
ウイスキー・ガロア(WHISKY GALORE!)

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0230)
監督:アレクサンダー・マッケンドリック
82分/イギリス
原題または英題:Whisky Galore!
日本公開情報なし
イーリング・スタジオ製作のコメディで、実際に起きた出来事を元にしています。
第二次世界大戦中、スコットランドの小さな島トデイでは、配給制のためウイスキーが底をつき、島民たちはすっかり元気をなくしていました。そんなある夜、沖合で貨物船が座礁。その積み荷が50,000ケースものウイスキーだと分かり、島の人々は大喜びで救出作戦を開始します。しかし、融通のきかないイギリス本土出身のワゲット大尉が厳しく取り締まろうとして…という物語です。
撮影はスコットランドの島を実際に使って行われ、村人役の中には本当にその土地で暮らしている人たちも混ざっていたと伝えられています。そのおかげで、訛りの強さ、表情の抜け感、「酒さえあれば何とかなる」感じがメチャクチャリアルに伝わってくるのです!
本作は『市民のパスポート』『カインド・ハート』と同じ1949年に公開され、この3作品によって「イーリング・コメディ」というブランドが確立されました。
見どころは、島民たちのしたたかさと団結力です。夜の海での密輸作戦、樽を隠す知恵比べ、ワゲット大尉を出し抜こうとするユーモラスな駆け引きなど、細かなエピソードが積み重なっていきます。ウイスキーという一点で団結する姿が愛おしく描かれています。
映画のモデルになったのは、1940年代にスコットランド近海で起きた貨物船座礁事件。
その船にはとんでもない本数のウイスキーの瓶が積まれていたと言われていて、近くの島の住民たちがこっそり回収・隠匿した…という実話が、原作小説『Whisky Galore』になり、映画化されています。
この映画から学べるのは、本当の豊かさは物の量ではなく、分かち合う仲間がいることだということです。
戦争で物資が不足していても、笑い合える人々がいて、ささやかな喜びを共有できれば人生は幸せです。逆に、規則にこだわりすぎると人を遠ざけてしまうのです。孤立するワゲット大尉の姿が教えてくれるのです。
ウイスキーというのがヨーロッパの人にはいかに大切な飲み物であるのかも感じとれますよね。
踊る大紐育

画像引用元:Rotten Tomatoes
(NO.0231)
監督:ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン
98分/アメリカ
原題または英題:On the Town
配給:セントラル
24時間だけニューヨークに上陸した3人の水兵、ガビー、チップ、オジーが、限られた時間で街を満喫しようと走り回ります。その中で、タクシー運転手ヒルディ、人類学者クレア、地下鉄のポスターに載っていた美女アイビーなど、それぞれが個性的な女性と出会い、恋に落ちていきます。
この映画は、レナード・バーンスタインとロジャー・イーデンスの音楽、ベティ・コムデンとアドルフ・グリーンの脚本によるブロードウェイ・ミュージカルの映画化です。実際のニューヨークでロケ撮影を行った初期の本格ミュージカル映画です。
かんとくさんニューヨークのロケは、シナトラのファンが殺到して大混乱だったんだよ
見どころは、オープニング曲「ニューヨーク・ニューヨーク」に象徴される、街そのものが踊り出すような開放感です。港、ブルックリン橋、ロックフェラーセンターなど、実際のニューヨークの名所で撮影されたシーンは、スタジオ撮りにはないスピード感があります。女性キャラクターたちも、受け身ではなく自分から積極的に動くタイプで、特にタクシー運転手ヒルディのパワフルさが印象的です。
ブロードウェイ版のバーンスタイン作品の多くは「映画には難しすぎてオペラっぽい」と判断されアーサー・フリード組のロジャー・エデンズが新曲を書き下ろし、そちらがメインに採用。その結果、バーンスタインは映画版をボイコットしたと言われています。





















































その差し替えでオスカー受賞という皮肉
限られた時間でも、動けば世界は広がるということです。
3人の水兵は、たった1日の休暇を嘆くのではなく、とりあえず街に飛び出し、人と出会い、全力で楽しもうとします。その勢いが新しい体験や恋につながっていくのです。
完璧な計画がなくても、一歩踏み出すことの大切さを教えてくれる、明るく元気な作品です。
まとめ

この記事では、『死ぬまでに観たい映画1001本』のうち、1940年~1949年までの、40年代作品の概要をお伝えしました。
かんとくさん『素晴らしき哉、人生!』のように、自分の存在がどれだけ大事だったのか、存在感がわかったぞ!





















































おお!ところでなぜそう感じたんですか?
かんとくさんいいねの数とフォロワー数が増えたんだ!





















































今だとそうなっちゃいますかぁ…..
『死ぬまでに観たい映画1001本』の完全リストはこちらです。
50年代の概要はこちら
『死ぬまでに観たい映画1001本』1950年代リスト(後編)
60年代の概要はこちら
『死ぬまでに観たい映画1001本』1960年代リスト(前編)
『死ぬまでに観たい映画1001本』1960年代リスト(後編)
70年代の概要はこちら
『死ぬまでに観たい映画1001本』1970年代リスト(前編)
『死ぬまでに観たい映画1001本』1970年代リスト(後編)
80年代の概要はこちら
『死ぬまでに観たい映画1001本』1980年代リスト(前編)
『死ぬまでに観たい映画1001本』1980年代リスト(後編)
90年代の概要はこちら
『死ぬまでに観たい映画1001本』1990年代リスト(前編)
『死ぬまでに観たい映画1001本』1990年代リスト(後編)
2000年代の概要はこちら
『死ぬまでに観たい映画1001本』1990年代リスト(後編)
『死ぬまでに観たい映画1001本』2000年代リスト(後編)
2010年代の概要はこちら
2020年代の概要はこちら
