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【充実度50%UP】日本映画はつまらないと言われる衝撃の理由を教えます

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かんとくさん

今日もいっぱい映画を見ようかな。

あおい

いいですねぇ。

映画には邦画と洋画があります。邦画はつまらないと言われることは多いですよね。とは言うものの邦画だって面白い映画はたくさん存在するのに、なぜこのように言われるのでしょうか。

日本映画、通称は邦画と呼ばれているものですが、洋画に比べるとなぜ面白くはないのかと言われているかを解説します。

まず前提として、本当に邦画は面白くないのかというところですが、正直ここからして意見が別れるところでしょう。邦画だって好きな人もいれば、実際に邦画のほうが興業収入は上回っているくらいですから。

ただ今まで、なぜ邦画はつまらないのかというようなお話はたくさん見てきたし議論もされてきました。

逆に「なぜ邦画に比べて洋画はつまらないのか」という議論は見たことがありません。

実際にはどうなのでしょうか。

やはり、洋画に比べれば邦画はつまらないといった意見が多いようです。

結論からいうと、わたしも邦画に比べれば洋画のほうが圧倒的に面白いし、比率からいうと邦画は10本に1本いくかいかないかぐらいのペースです。

結論から言うと、わたしがどちらがいいかと聞かれたら確実に

「洋画のほうがいいですよ。」

と答えるでしょう。

ただし、異論は認めます。というのは実際には

「邦画しか見ない!」

という人もいるからです。

実際に最近のアンケートによると、洋画がいいという人は40%ほどで、邦画がいいという人は30%くらいだそうです。残りは、どちらでもないということなのでしょう。

やはり洋画派が多い?とも言えるのでしょうが、ただそこまでの差はないようにも感じますね。

あえて結論から言いますと、洋画に比べると明らかに邦画はつまらないものが多いと言わざるを得ません。確かに邦画でも感動的なものはいくらでもあったし、「あの作品はいい映画だろ!」と固有名詞を出したくなる気持ちも理解はできます。

あえて世界のいろんな地域から、いろんな角度から感動の映像が送られてくるこの時代においては、洋画の底知れね魅力を認識する記事となります。

結論から言うと、欧米と日本では、育ってきた映画文化が異なっているからなのです。

おともだち

洋画と邦画はいろんな違いがあるよね。それを知っているだけでも、楽しく映画を見ることができそうだね。

目次

日本映画がつまらないと言われている理由を深掘り

「製作委員会」の問題点

巷でよく言われている事なので細かいことは割愛しますが、これはメリットもデメリットもあります。

日本映画のテロップでよく出てくる「製作委員会」を簡単に言うと、映画やアニメなどの作品を成功させるために、複数の企業や団体が協力し合ってリスクを分担し、資金を集め、作品の製作から宣伝、販売に至るまでを一体的に進めるシステムのことです。

映画は製作費がかかるうえに成功できるかわかないという「リスク」がともないます。そこでリスク分散のために、映画制作会社からテレビ局、出版社、音楽会社、広告代理店はたまたスポンサーなどのいろんな業界が出資します。各分野の得意分野で製作を行います。

それゆえに、各企業の出資した企業ブランドに逆らうシーンは改変させられたり、それも何社も集まっているわけですからそれぞれの思惑で思いのシーンが作れない、つまり当たり障りのないような作品しか作れない、というわけで退屈な作品が量産されるという図式になっていくわけです。

こう考えると、ある意味仕方がないとも言えなくもないですかね。

メリットは、一つの作品で各メディアがそれぞれの商品で収益を目指すことが可能という権利ビジネスができるこで、「メディアミックス」戦略ができることでしょう。

ただ、個人の独断と偏見的意見が混じっていますが、正直予算の有無はそこまで問題とは思いません。確かにハリウッド映画の予算など破格なものが多いので比べられませんが、欧州などは別にそこまで予算あるわけではないし、低予算でも驚くような名作はいつの時代でも登場しています。ちなみに日本映画では、B級映画のほうもそれなりに面白い映画がありますね。

製作者に権限がない

これはある意味、よく言われることですが日本だとどうしても旬のアイドルやタレントを起用するような流れになります。この手の議論で必ず出てくる話題で

ジャニーズや秋本グループばかり起用するというような感じで嫌気をさしている人もいるでしょう。

彼らに限らず、日本での映画製作において、力のある芸能事務所のゴリ押しで、主役ありきで作られるわけです。つまりは、「入口からして間違っている」という図式になるわけです。

これは裏を返せば、映画監督にはどれだけの権限があるのかということになるでしょうが、たぶんそんなに権限はないでしょう。

歴史をたどれば、81年の「セーラー服と機関銃」でアイドル路線にシフトしていき、ここで味をしめたのか以降は、それがどんどん当たり前になっていき作品の中身にテレビ局が制作に入るようになります。

それからはアニメやドラマの映画化というパラドックスに入るようになり、日本独特の手法が確立していきます。

監督の意見や製作者のメッセージがないようなものを垂れ長したところで一体わたしたちはどこをどう感動しろしろというのでしょうか?

日本より海外の役者が演技が上手いように見えて当たり前

実は言葉の問題でもあります

これは昨今、日本の役者より海外の役者の方が上手いのでは?という印象を持っている人が多いです。個人的にはハリウッドでは世界的な役者が多数存在していて、日本はショボいという感覚をもつのは自然かもしれません。しかしこれは、「海外の役者のほうが日本より上手く見えて当たり前」です。

その理由は言葉の問題です。日本語は英語と違って単語の数が桁違いに多く、基本的に日本語はリアクションつけなくても相手に自分の気持ちが言葉だけで通用します。英語ではそうはいきません。

例えば、英語であなたというのは【you】(ユー)」なのはみなさん知っていると思いますが、日本語だと「あなた」「君」「あんた」「おまえ」「てめえ」「そちら」「貴様」「おたく」とザッと思い出すものでもこれだけあります。英語は【you】しかないのです。

つまり日本語はどの言葉を選ぶかで相手に対する思いを伝えられるので普段からジェスチャーをする必要がありません。

対して英語だと、例えば大きな「ユー!」だとお前!という意味合いになるし、小さい声で「ユー」だと「ちょっとすいません」という問いかけになったりします。それ故に、ある程度ジェスチャーをつけなければ相手に伝わらないのです。

これはあくまでも一例ですが、つまり英語では普段からリアクションを大げさにしたりするのは一般的になっているので、明らかに演技も違って当然なのです。

ということは逆に日本では、別にジェスチャーなど必要ないのにやろうとします。これで違和感ある演技の完成というわけです。

よって、海外の役者のほうが演技が上手いように見えるのは当然なのです。

ただし子役の演技はちょっと厳しいものがありますかね

小学校の教室にカメラをつけてその中で会話をしている子供たちをそのまま切り抜いた方がいいんじゃないか?と思うレベルです。

演技などさせなければいいのですが。

おともだち

是枝裕和監督の「誰も知らない」という映画では、こんな状況を逆手にとった感じになって子供の演技がばつぐんにすぐれていたね。

日本映画の違和感ベスト5

【個人的に感じる日本映画の気になる特徴】

1 食事シーンの有無

2 ラストがやたらとダラダラ

3 音楽がうるさすぎる

4 ここは感動するところ?怒るところ?善悪の区別がわからない

5 セリフでの説明多い

食事シーンの有無

これはわたしが以前から強く感じていたことでした。海外の映画においては、ホームドラマは無論、西部劇だろうがアクションだろうがSF映画だろうがミュージカルだろうがどんな分野においても作品中1回は必ず食事のシーンが出てきます。ハリウッドでもその他の国かまわずです。

そしてそのシーン、大抵は食事を美味しそうに、楽しそうに食べているのでそれがまた見ていて心地よくなります。

日本では、食事シーンを見ることはあまりありません。ホームドラマでたまに見るくらいです。

日本映画は全体的に微妙なことは同意しますが感動的な作品や衝撃的でいい映画だってたくさん見てきました。ただそんな作品は、必ずといっていいほど食事シーンはどこかにありますね。

ちなみに韓国映画においても食事シーンはほぼ出てきます。ただ、あまり美味しそうではないのが玉に瑕ですが(笑)。しかしそれもまた、お国柄や雰囲気を反映して、印象深い演出に一役買っています。

テレビ東京で「孤独のグルメ」というロングヒットになっているグルメドラマがありますが、主演の松重豊が美味しそうに食事する演技が見事だといつも感心します。あのドラマのヒットの影には、邦画においての美味しそうに食事するシーンが見られない反動からきているようにも感じますね。

ラストがやたらとダラダラ

これもまた、日本映画の特性か日本人の特性なのかもしれません。

特に最後の15分当たりのオチが終わった後のくだり、海外の映画は、「え?そこで終わりなの??」というようなバッサリ切って終わるものが多いです。しかし日本映画の多くはなぜか、オチが終わってネタの答え合わせをやった後に各登場人物のさわやかな表情を並べながらその後どうなったかをいちいち説明します。このくだりが長いのなんのって。

あれではせっかく余韻を残したのに完全に冷めてしまいます。

海外のいきなりプッチリ切れて終了って唖然としてしまいます。あれもたぶん賛否あるし「あれもどうかと思うよ?」と言いたくなる人もいるかもしれません。しかしあれはそれなりの意図があることが大半で、監督の意図を読み取るのもまた醍醐味の一つなのです。

音楽がうるさすぎる

これも気になりますね。とにかく日本の映画でいつも気になる事があるのですが、BGMが延々と流れます。そして大半は「役者のセリフが聞こえないんですけど。」という状態になることも頻繁で、テレビ視聴だとなぜが邦画だけボリュームを大きくしてしまうという摩訶不思議な状態で試聴をする羽目になります。音楽が耳障りで肝心の話の中身に集中できないのです。

「ここが感動せるところだぞ!」という無理やり感が見え透いてしまうので、あれではなかなかテンションが上がりません。感動するのかしないのかぐらいはこっちが決めたいものです。

特に欧州の映画は、延々とBGMなしで進行する作品が多いですね。。どんなジャンルでも中身はどうあれ、こういうものは見入ってしまいます。そして無音だと足音、呼吸、自然の音などが響くときがあります。ああいうのも観衆の心理をあおぐのに一役買っています。

ハリウッドでもBGMはありますが、もっとタイミングを考えた音楽の入れ方をしています。

ここは感動するところ?怒るところ?善悪の区別がわからない

これはひょっとして現代の日本社会全体に影響していることかもしれません。

これはみなさんがおそらく経験があるのではないかと思いますが、よく「感情移入が出来ない」ということが起きることがあるかと思います。当然映画の中でもキャラの個性がそれぞれに作られますので、「この登場人物は嫌いだなあ」と思う事もあるのでしょう。ドラマでしかも製作者も狙ってのことでしょうからこれはよくある話でしょう。

ただ、よくドラマで「何でそこで怒るの?」みたいなことがあったり、その怒った人が感動されたり、

「いやそれはダメでしょ」というところでなぜかめでたしめでたしの流れになったり。さすがにここは感動しないだろと思ったところで回りみんなが感動、しかも感動BGMガンガン、視聴者もここで感動しないのはおかしいですよみたいな謎の押し付け感とか。

海外でもこれはあります。常識非常識が日本と異なっているので洋画でもなんでこの人がヒーロー?ルール守らないからダメでしょみたいな。

セリフで説明することが多い

基本は映像で語るべきですね。これは正直世界全体に言えることかもしれません。

ただし、これはハリウッド映画でも似たような現象が起きています。

そしてこれは問題提起する人も増えてきました。

70年代までの映画では、情景だけで内容を説明する作品が主流でした。しかし現代では大抵、その情景を台詞で説明するケースが増えました。

現代の日本映画ではそれが顕著になっています。ちょっと考えれば映像で伝わるものをわざわざセリフにするケースが明らかに増えています。

ちなみにちょっと逆手にとってというわけではないのですが、邦画でもそれらを意識して作られた映画だってあります。(悲しいかな、むしろB級映画に多いのですが)そういうものは邦画だろうがやっぱり面白いと感じてしまいます。

実は日本映画と海外の映画では育ってきた文化が違っている

実はサイレント映画に答えがありました

実はサイレント映画において育ってきた文化が異なっているのが答えです。ここ重要です。

日本も海外も、最初はサイレント映画が主流でした。サイレント映画とはつまり無声映画のことです。音がなし、本当に画像だけなのです。そしていつしか海外では、映画の雰囲気を伝えようとピアニストや小規模のオーケストラが上映中に生演奏するのが一般化されます。それもまた贅沢ですね。

そして重要な場面とかセリフを伝えるために、「インタータイトル」という文字盤が使用されます。映画のシーンの間に挿入されるテキストで、物語を説明したりセリフが入ったりと、真っ黒の画面でぽつっと説明が入っていたりしますね。

これを観衆にわかりやすく映画を伝えようと、日本では「活動弁士」という独特の職業が出てきます。

活動弁士がやることは、映画館で映画が上映される際に、スクリーンの脇で映画の内容を語り、キャラクターの声や物語の背景を観客に伝える役割を担っていました。活動弁士は、映画の情感を豊かにし、観客とのコミュニケーションを深める役割を果たします。この活動弁士はしだいに人気キャラになっていきます。現代の声優みたいな感じでしょうか。

2019年公開周防正行監督の「カツベン」という映画でその情景が詳しく描かれています。

海外で長編のサイレント映画が幅を利かせます。音は一切なく映像だけですべて頭で解釈する必要がありました。

ところが日本では、それはわからないだろうと活動弁士がすべて説明をつけたのです。

裏を返せば、映像をみて自分の頭で考えましょうという文化が育ってこなかったのです。1900年代から1930年代までサイレント時代が続きました。

サイレント映画は言葉を伝えずに物語を伝える必要があったため、映像や表情などで視覚で感じて感動をする、想像力が必要だったのです。そしていかにその想像で感動させるかのごとく技術力も試行錯誤しながら製作されており、そのような感覚が養われていった欧州です。

たいして物語の説明をちゃんとすることで話の中身を理解させた日本とは、いい映画の解釈も自然と異なっていったのです。

かんとくさん

とはいえ黒澤小津溝口は世界的な名監督だよ。

あおい

あの人たちはみんな戦前からハリウッド映画から学んでいたんだよ。

いい映画とはなに?という概念が違う

日本だと、脚本の良しあしを上げる人が多いようですね。面白い映画はいい映画。

眠くなる映画は良くなかった。という概念です。

あなたが映画を見て眠くなったのは、ある意味心地良かったから。裏を返せばあなたに相性の良い作品だったわけです。実は眠くなるほどいい映画です。本当にダメな映画は怒りの感情しか出てきません。但し感情移入が出来ない、悪役にイラっとするみたいな意味ではありませんよ(むしろそういうのは良作です)。あまりのしょうもない演出や演技にもう物語に入りこめなくなってしまうっていう感覚です。

いい映画は結末を知っていようが関係ありません。世界観に共感できる、感動するのもそうでしょうけれど、風景が美しいとか、現実離れした生活感、あり得ない生活感など、それもワンシーンが何年も記憶から離れないような感覚の映画は年代関係なくひきつけられます。

この感覚が出てくるだけで、人生の充実度がガラリと変わってきます。

興行収入が変わらないのが実態です

やっぱりランキング上位は正義!?

そうはいっても興行収入は、最近では邦画が上回っています。とはいえ日本では日本アニメのビッグヒットが独占しているために結果的に邦画が伸びています。ちなみに洋画でも最近はマーベル系のビッグヒットとこちらも偏っているのが実情ですが。ただ年代ごとで見ると、ビッグヒットが出た年は邦画が上回るものの、平均的に洋画の方が安定して上回っているようです。わたしは、実は邦画のほうが上なのかと思いましたがそうではないようです。

いずれにせよ、個人的にはこのランキングでは出てこない作品でもいくらでも名作は出ていますし、探せばたくさんあれど探すのも大変なのが映画だったりします。

人生に活かされるほど心に残る映画を見るために

洋画と邦画、実際にはどちらも思った以上に感動したことや印象的だったのもあれば、逆にどちらもやっちまった感満載のつまらなかったのもあります。ただし大きな違いと言えば邦画はやっぱり普段日本で生活している以上、現実感を求めるというはどうしてもあります。よって矛盾しているとか、実際にあんなくだりにはならないだろ~とかツッコミを入れたくなるのも邦画に多い印象です。その理由はそもそも生活感があるからです。

一方で洋画の場合は、実際に現地の人たちの常識や生活感がまるで違うので、何だこれ感情移入できないというシーンでも実際には現地では常識的なことかもしれません。それ故に想像力を働かせなければいけないわけで、その分夢も出てくるというのはどうしてもあります。

それを踏まえると、日本で仕事とか生活で癒しを求めたい時、手っ取り早いのはやはり洋画です。世界のいろんな考えを知ることが出来て、知識が入るのもメリットでしょう。

もっと感じるのは映画は心の補充に大きく役に立ちます。

心に残るシーンはその場で「あー面白かったなあ」だけで終わるだけではなく、何年たっても記憶に残り続けます。それがいつしか生活において悩んだりへこんだりした時こそ、映画の記憶が心の活力剤になる可能性を秘めています。特に洋画は世界のいろんな思想がいいように入っていて、必ずあなたの心の支えになってくれます。それは心の「複利効果」として出てくるでしょう。

まとめ

かんとくさん

やっぱり映画もむかしからこころがひきつがれているんだね。

あおい

名作映画でもVシネマでも、面白いものは面白いのですよ。

わたし自身のことを言うと正直、日本映画はなんでこんなにつまらないの?と自問自答していた時期もありました。ただイラッとすることが多く、これを最後まで見るのはしんどいというのも多々ありました。

それもまた冷静に理由を考え、今はほとんどの映画は、それなりの面白いところを見つけて鑑賞するようになりました。

映画選びのお供にどうぞ。

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